第188話 道化


英雄は信頼に応え、偽りの輝きの中、ついに隠されていた真実を掴み取った。

込み上げる歓喜の念を抑え込み、私は最後まで道化にてっしよう。



16日目―――8



「あんなのが最強名乗れるなんて、やっぱり剣奴は無能の集まりだったのね。所詮、殺し合いの見世物道化みせものどうけに、少しでも期待した私がバカだったわ」


エレシュの言葉を聞いた剣奴達の間にざわめきが起こった。

彼等は、彼等自身の与えられた役目に誇りを持っていた。

そして最強者ゼラムは、彼等の誇りの象徴であった。

剣奴達の間から声が上がった。


「代行者様! お言葉ですが、我等は見世物道化みせものどうけではありません」


エレシュは声の方に顔を向け、あざけるような言葉を投げかけた。


「あら? 殺し合うしか能の無い奴隷風情どれいふぜいが、何か喋ったかしら?」


そして手近の剣奴の一人に視線を向けた。


「そこのあなた! 次はあなたがあの災厄とゼラムをまとめて殺してきなさい!」


しかし声を掛けられた若い獣人の剣奴は、剣呑けんのんな雰囲気のまま、命令に従う素振りを見せない。

その様子にイライラをつのらせたエレシュが、声を荒げた。


「あなた達ねえ、一体何様のつもりなの!? わざわざ、なんであなた達を連れて来たと思っているの? それは私の大事な兵士達と違って、あなた達が使い捨て出来る駒だからでしょ? ちゃんと、そこの所をわきまえなさい!」


エレシュの言葉に、背後の剣奴達の不穏な空気がますます増大してきた。

中には、武器を構え直す者まで現れた。

ゼラムが声を上げた。


「代行者様! お言葉を取り消して下さい。我等剣奴は此度こたび、冥府の災厄を討つとの壮挙に、皆心躍らせてこの場に臨んでおりました。我等のその心意気、代行者様の兵士の皆様に勝るとも劣らないと自負しております」

「魅了されたバカが、何か騒いでいるみたいね」


エレシュはゼラムの言葉にまともに返事もせず、背後の剣奴達の方を振り向いた。


「あなた達、これは、命令よ! 数だけは多いのだから、さっさとみんなであの少年とゼラムを殺してきなさい。ちょっとは使える所を見せるのよ。でなければ、私がしゅに無能扱いされるでしょ!」


しかし剣奴達は動かない。

それどころか、彼等は怒りの表情をエレシュに向けてきた。

その様子を眺めていたゼラムが、仲間の剣奴達に向けて声を張り上げた。


「皆、落ち着け!」


そして改めてエレシュに呼びかけた。


「代行者様。今一度、この少年が冥府の災厄かどうか、調べ直されてはいかがでしょうか?」

「魅了されたバカは、そこで大人しく殺されるのを待ってなさい!」


エレシュは話すや否や、無詠唱で強力な魔力をゼラムに向けて解き放った。




エレシュの傲慢な言葉をきっかけに、内輪もめ(?)が始まっていた。

そんな中、イライラをこじらせたらしいエレシュが、強力な魔力をゼラムさんに向けて解き放つのが見えた。

僕は慌ててゼラムさんの傍に駆け寄り、エレシュの攻撃を、前方に展開した霊力の盾で防御した。

それを確認したエレシュの顔が、忌々し気に歪むのが見えた。


エレシュは背後で不穏な雰囲気を見せる剣奴達に視線を向けながら、彼女を護る4人の守護者達に声を掛けた。


「ベータ。早くこの無能剣奴共をあの災厄とゼラムにけしかけなさい! ガンマ以下は、私だけを霊力の盾で守るのよ!」


エレシュの度重なる侮蔑的な言動に、忍耐の限度を超えたらしい剣奴達が騒ぎ出した。

それを守護者達が鎮圧しようとして、現場は一気に騒然とした雰囲気に包まれた。


状況の急展開についていけなくなった僕があっけに取られていると、傍に立つゼラムさんが声を掛けてきた。


「少年、お前の名は何という?」

「僕はカケルと言います」

「セリエを……娘を知っているのか?」


僕は力強くうなずいた。


「はい。あなたの娘さんは素晴らしい人です。この世界に落ちてきて、右も左も分からない僕に、彼女は……」


セリエと過ごした短かったけれど、しかし充実した日々について語ろうとした僕を、ゼラムさんが優しく制してきた。


「その話はまたいつか、ゆっくり聞かせてもらおう」


そして僕の目を、真剣な面持ちで見つめてきた。


「本当はセリエに何が起こった?」

「神様に一度殺されました」


僕はそこで言葉を切った。

どうだろうか?

信じてもらえるだろうか?

しばしの逡巡の後、僕は言葉を続けた。


「だけど僕が復活させました。セリエは今、安全な所で僕の帰りを待ってくれています」


ゼラムさんの目が大きく見開かれた。


「……そうか。それで、お前はここへは結局、何をしに来たのだ?」


聞かれて僕は、もう一度自問した。


僕はここへ何をしに来たのだろう?

僕は……


一度呼吸を整え、ゼラムさんを真っ直ぐに見つめ返しながら、はっきりとその理由を口にした。



「この世界を救いに来ました」



僕の言葉を聞いたゼラムさんがニヤリとした。


「世界を救う……か。大きく出たな」


言われて少し僕は、恥ずかしくなってきた。

ちょっとカッコつけすぎたか!?

だけど女神と対決し、『彼女』を救い出し、この世界を“魂の牢獄”から解放してあげたい、という気持ちに嘘は無い。


それはともかく、僕は先程から気になっていた事を聞いてみた。


「あの……どうして急に僕を信じてくれたのですか?」


もしかして、何度も同じ主張を繰り返したのが効果的だったとか?

しかしゼラムさんは、意外な言葉を返してきた。


「お前は一本、すじを通してきたからだ」

「筋?」

「俺は剣奴だ。3年間で1,000を超える相手と対戦し、全て殺してきた。だから分かる。どんな相手でも、死の瞬間には、自分が可愛くなるもんだ。それがお前は、自分が殺されそうな瞬間でもなお、俺を傷付けまい、と行動し続けた。そして傷が完全に癒え、再び全力を出せる状態に戻っても、そのすじを通し続けた。そんな気合の入った奴が、嘘を言う理由が見つからない」


その言葉と共に、ゼラムさんの温かい……というより、熱い“想い”も同時に僕に流れ込んでくるのを感じた。

僕はゼラムさんに頭を下げた。


「信じてくれてありがとうございます」


ゼラムさんは不敵な笑みを浮かべたまま、顎で広間の奥を指した。


「早く行きな。おあつらえむきに、大騒ぎになってやがる。神様に会いに行くんだろ?」


ゼラムさんが指し示した広間の奥に、女神を模した等身大の像が据えられているのが見えた。

あれがポポロの口にしていた、『始原の地』に至る転移門を開く仕掛けだろうか?

僕は再び周囲の状況を確認してみた。

エレシュや4人の守護者達は、僕とゼラムさんそっちのけで、騒ぐ剣奴達と小競り合いを起こしている。

幸い、彼等の誰一人として、こちらに注意を向けている者は見当たらない……って、え?


僕はかすかな違和感を抱いた。



いくらなんでも、“注意が向いて無さ過ぎ”ないか?



しかしこれは絶好のチャンスでもある。

僕は騒然とするエレシュや4人の守護者達、そして剣奴達を横目に、広間奥の女神像へと駆け寄った。

そして霊力を展開したまま、女神像に触れてみた。

しかし、案に相違して何も起こらない。


「あれ? この仕掛け、どうやって動かしたら良いんだろう?」


ポポロからは、仕掛けが僕の霊力に反応するはず、としか聞いていない。

霊力を展開するだけではダメなのだろうか?

僕は霊力を展開して女神の像に触れつつ、『始原の地』に行きたいと具体的に念じてみた。

けれど一向に、『始原の地』へ転移出来そうな感じがしない。

もしかして、女神が何か細工を施して僕を妨害しているのだろうか?

だとすると、少々面倒な事に……


戸惑っていると、ようやく僕の行動に気付いたらしいエレシュが、叫び声を上げるのが聞こえた。


「まずいわ! 冥府の災厄が、“宝玉”に触ろうとしている! しゅ御座所始原の地に侵入する気よ!」


そして4人の守護者達に声を掛けた。


「こうなったら、私自身があの災厄を止めるしかないようね。ベータ! この無能剣奴共を拘束しなさい。あとで全員まとめて処分してやるわ。ガンマ! デルタ! イプシロン! 霊力の盾で私を護りながら、私に付いてきなさい!」


守護者ベータが、騒ぐ剣奴達を霊力で次々と昏倒させていく中、エレシュは、残りの3人の守護者達を従えて、僕の方に向けて慎重に近付いて来た。


「ガンマ! デルタ! イプシロン! あなた達は私の守護にてっしなさい。勝手に攻撃したら許さないわよ?」


守護者の一人が、エレシュに声を掛けた。


「代行者。しかしあの災厄が宝玉を作動させようとしても、しゅのお許しが無ければ、御座所始原の地には入れないはずでは?」


エレシュが苦々し気に言葉を返した。


「アレはアルファの力を奪った冥府の災厄よ? しゅのお許し無しでも、“尊像の額にめ込まれた宝玉に霊力を注ぎ込めば、宝玉が勝手に作動”してしまうかもしれないわ!」


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