第186話 躊躇


16日目―――6



「冥府の災厄さん。今更自己紹介は不要だと思うけれど、私は代行者エレシュ。しゅの命により、あなたをここで殺します」


エレシュは、禍々まがまがしい黒いオーラをまとう槍を手にしていた。

あの槍には見覚えがある。

前回、ヨーデの街で対峙した時、やはりあの槍を手にしていたエレシュの言葉第166話が思い起こされた。



―――この槍を用いれば、霊力を持つ者の力を奪い、殺すことが出来る



背中をサッと緊張感が走り抜ける。

僕はダメ元でエレシュに呼びかけた。


「エレシュさん。僕はあなた達と戦いに来たのではありません。神様に会いに来ただけです。通してもらえないですか?」


エレシュは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、爆笑した。


「冥府の災厄さんって、意外と冗談のセンスあるのね。聞こえなかったかしら? あなたはここで死ぬの。『始原の地』にはいけないわ」


エレシュが右手を上にサッと上げた。

それに応ずるかのように、4人の守護者達がエレシュを護る位置へと移動した。

彼等は既に光球を顕現していた。

その中の一人、薄紫色に輝く重装鎧で身を固めた黄色い短髪の男――確か『彼女』が守護者ベータと呼んでいた第167話――が、大声を上げた。


「代行者! 俺にやつを殺させて欲しい。やつはアルファの魂をけがし、力を奪った。俺達にとって不倶戴天の仇敵だ」


しかしエレシュは、守護者ベータをジロリと睨みつけた。


「あなた達守護者に与えられた任務は、霊力の盾を展開し、冥府の災厄の邪術が私達に及ぶのを未然に防ぐこと。与えられた任務に専念しなさい」

「しかし……!」


なおも言いつのろうとする守護者ベータに、エレシュがさげすんだような視線を向けた。


「ベータ。この戦いの指揮権は私にあります。あなた達守護者はアルファに敗れ、しゅのお情けで、ようやく戦線復帰したばかりだという事、よもやお忘れでは無いでしょうね?」


守護者ベータは、歯噛みしながら黙り込んだ。

彼を含めた4人の守護者達が、エレシュを護るように、霊力の盾を重ねて展開した。

それを確認してから、エレシュが再び僕に呼びかけて来た。


「そろそろ始めましょうか。と言っても、あなたのお相手は、私では無いの」


エレシュは、背後に率いてきている数十人の武装した集団の方を振り返り、声を上げた。


「ゼラム! これへ」


武装した集団の中から、大柄な一人の獣人の男性が進み出てきた。

簡素な革鎧を身に着けた彼は、自身の身長を上回る程の大剣をたずさえていた。


エレシュが僕に向き直った。


「冥府の災厄さん。私が率いているのは、神都でもりすぐりの剣奴第136話達よ。中でもこのゼラムは、1,000を超える戦い全てに勝利してきた無敗の最強者なの」


ゼラムと呼ばれたその男性の顔を目にした僕は、嫌な予感がした。

エレシュが僕の反応を確かめる様な素振りを見せつつ、言葉を続けた。


「そして、あなたが殺したセリエの父親でもあるわ」


やはり!


セリエの、そして彼女の祖父、ゼラムさんの面影おもかげがあるその男性が口を開いた。


「代行者様。特別のはからい、感謝いたします。冥府の災厄を討ち滅ぼし、しゅの御心を必ずややすんじて見せましょう」


ゼラムさんの言葉を聞いたエレシュが、満足そうにうなずいた。


「よくぞ申しました、ゼラムよ」


そして再び僕に呼びかけてきた。


「ゼラムの大剣には、しゅから特別な加護を頂いているわ。この剣で受けた傷口からは、霊力が止めどもなく流れ出ていくの。つまり斬られ続けたら、いくらあなたでも最後には、霊力が枯渇してしまうでしょうね。そうなったら……ふふふ、あなたがどうなるか、見物みものだわ」


エレシュの顔には、酷薄な笑みが浮かんでいた。

相手をいたぶりながら、じわじわ殺す武器……!

いかにも女神が思いつきそうな趣向だ。


その悪趣味さに若干気分が悪くなりながら、僕は言葉を返した。


「エレシュさん。それにゼラムさん。僕はセリエを殺していない。それにセリエは……」


しかし言い終わる前に、憤怒の表情を浮かべたゼラムさんが声を上げた。


「黙れ、冥府の災厄め! しゅの御心をわずらわせ、我が娘の命を奪ったその罪、お前自身のその命でつぐなってもらおう」


背後の剣奴達が一斉に叫び始めた。



―――ゼラム! ゼラム! ゼラム!



恐らく彼の実績と人柄がそうさせるのだろう。

ゼラムさんは、同じ剣奴仲間達からも慕われる存在であるようだ。


臨戦態勢を取り、僕の方へ向かってこようとしていたゼラムさんに、エレシュが声を掛けた。


「ゼラム、待ちなさい。これも持っておきなさい」


エレシュが懐から薬瓶のような物を取り出すのが見えた。

ゼラムさんが言葉を返した。


「これは?」

しゅの奇跡が込められたポーションです。万一、冥府の災厄の邪術で瀕死の重傷を負っても、これさえ使えば、たちどころに傷が癒されます」


薬瓶を受け取ったゼラムさんが、不敵な笑みを浮かべた。


「ご配慮、感謝いたします。しかしこのポーション、冥府の災厄を倒した後、代行者様に未使用のままお返しする事になりましょう」


ゼラムさんが改めて大剣を構え直した。

そして信じられない程のスピードで距離を詰めてくると、凄まじい勢いで大剣を振り抜いてきた。



―――キィィィン!



しかし当然ながら、その攻撃は僕を護る霊力の盾を突破する事は出来ない。


「冥府の邪法か!」


ゼラムさんは忌々し気にそう吐き捨てると、何かを投げつけてきた。

それは霊力の盾に衝突し、虹色の煌めきを発して消滅した。


霊晶石!


霊力に干渉する事の出来る鉱物。

もちろんそんな物で霊力の盾を破壊する事は出来ないけれど、どうやら僅かな隙間が生じてしまったらしい。

霊力を一切感知出来ないはずのゼラムさんが、その隙間を縫って、正確に大剣を突き入れてきた。

僕はりながらかわそうと試みた。

しかしその切っ先が頬をかすめてしまった。

血が頬を伝う感触と同時に、傷口から何かが漏れ出て行く異様な感覚が襲い掛かってくる。

先程のエレシュの言葉――この剣で受けた傷口からは、霊力が止めどもなく流れ出ていく――が、脳裏に蘇ってきた。

僕は霊力で自分の身体能力を高めながら、なおも攻撃を繰り出してくるゼラムさんから大きく距離を取った。

そのまま彼の攻撃を回避し続ける事数分。

受けた傷が小さかったからであろうか?

幸いな事に、傷口からの霊力の漏出が停止した。

それと同時に、傷口そのものも霊力によってあとかたもなく修復された。


ゼラムさんの攻撃の回避に専念しつつ、僕はどう行動するべきか決めかねていた。

4人の守護者達は、この場の指揮官であるエレシュを、霊力の盾で四重に護っている。

しかしゼラムさんは、その守護の範囲に入ってはいない。

本来なら、霊力を使って締め上げ昏倒させるなりして、彼の無力化を図るべきだろう。


だけど……


ゼラムさんはセリエの父親だ。

復活させる事が出来たとはいえ、僕と出会い、神都に案内しなければ、本来死ぬ必要も無かったはずの女の子のお父さんだ。

そして娘が僕に殺されたと信じ、憤り、そして娘の仇を討とうと、持てる力の全てを使って僕を殺しにかかっている。

そんな彼に対し、何かをするという事は、それが合理的だと頭では分かっていても、僕の心がそれを許さない。


回避に専念しつつ、僕はゼラムさんとの対話を試みた。


「ゼラムさん、聞いてください。僕はセリエを殺してなんかいません」

「何をぬかすか、冥府の災厄め。大勢の人々を貴様の邪法で魅了したらしいが、俺にはそんなものは通用しないぞ!」

「セリエがどうして死んだのか、御存じですか?」

「代行者様から、お前がセリエを殺す場面の記録を見せてもらったのだ。今更、言い訳など見苦しいぞ!」


記録?

もしかすると女神、或いはエレシュは、ある出来事を記録して、後で再生して見せる魔道具のような物を持っているのかもしれない。

しかし、セリエを殺したのは女神だ。

もしゼラムさんが何かを見せられたとしたら、それは改竄された記録に違いない。


セリエをゼラムさんに会わせる事が出来れば……


ダメだ。

ポポロは、“門”を聖空の塔内部には開けない、と話していた。

それによく考えたら、僕の方からポポロに呼びかける手段も無い。



考え事に気を取られていた僕に向かって、ゼラムさんが再び霊晶石を投げつけて来た。

そして間髪入れずに踏み込んできた彼の大剣が、僕の肩口を深々と切り裂いた。


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