第163話 苛立


11日目―――2



周囲の情景は、やがて両脇に鬱蒼と茂る木々の迫る山間部へと変化してきた。

つづら折りの山道を登る僕の息は上がり、汗が額をつたう。

一方、『彼女』は鼻歌交じりに快調に歩いていく……って、あれ?


これって、前にセリエと一緒に歩いた時のデジャブ第137話

やっぱり、僕が体力無いだけかな?


そんな事を考えながら、懸命に登っていくと、やがて視界が開け、見晴らしが良い場所へと辿たどり着いた。

遥か彼方に、大きな湖の真ん中に浮かぶ島に築かれた、巨大な円形都市が霞んで見えた。

その中心には、天にも届かんばかりの高さの聖空の塔が立っている。


その情景を感慨深そうに眺める『彼女』がポツリと呟いた。


「神都だ……」


僕の胸中にも複雑な想いが去来した。

1週間前、ここに初めて立った時、隣にはセリエがいた。

そしてこの1週間、あまりに色々な事が起こり過ぎた。


僕は『彼女』に声を掛けた。


「行こうか。神様に会って、僕の事を説明して、セリエを生き返らせてもらって、元の世界に帰る方法探して……やらなきゃいけない事は、まだまだいっぱいあるしね」

「そうだな……」


空が夕焼けに染まる頃、僕達はヨーデの街に到着した。



1週間ぶり第138話のヨーデの街は、以前同様、通りを行き交う人々の活気に満ちていた。

丁度夕食の時間帯だ。

僕は『彼女』を連れて、前回、セリエと共に訪れガルフに絡まれた、あの食堂を目指した。

食堂に入ると、前回の時に対応してくれた同じ店員が声を掛けてきた。


「おや、いらっしゃい。この前は災難でしたね」


どうやら覚えていてくれたらしい。

僕は彼に軽く頭を下げた。


「いえいえ、この前はご飯タダにしてもらって、有り難うございました」

「お客さんがあの酔客、追い払ってくれたみたいなもんでしたからね。私達の方が感謝ですよ」


店員はちらっと『彼女』を見てから、僕にそっとささやいてきた。


今日きょうはえらく綺麗な女性を連れてらっしゃいますね。デートですか?」

「デートと言うか、旅の同行者と言うか……」


まさか、守護者である『彼女』を連れて、大変な決意のもと、神様に会いに神都を目指しているところです、と正直に説明する訳にもいかない。

しかし僕が“代わりの説明”を思い付く前に。店員が勝手に納得した風でうなずいた。


「なるほど、今から口説こうってとこですね。この前の獣人の女の子とも良い雰囲気でしたけれど、あんまり女性を泣かしちゃだめですよ?」

「違いますよ~」



食事時という事もあり、食堂内は混みあっていたけれど、店員が隣り合わせで座れるカウンター席を、二つ確保してくれた。


「何、頼もうか? って、読めないんだった」


メニューを片手に苦笑する僕の手元を、『彼女』が覗き込んできた。


「どれ、私が読んでやろう」


僕の希望を聞きながら料理の注文をしてくれている『彼女』に声を掛けてみた。


「君も好きなの頼んでよ」


守護者は飲食不要とは聞いているけれど、昨夜、『彼女』はドワーフのうたげの席で、料理に口をつけてはいたし、飲食自体は可能なようだ。

それにこういうお店に入って、僕一人だけ料理を楽しむのもなんだか居心地悪いし


『彼女』が微笑んだ。


「しかし路銀もそう多くないのであろう? カケルが好きな料理を頼めば良い。私は味見程度にさせてもらおう」


言われてみれば、今、僕の全財産は神聖銀貨3枚程度。

まあ、前回、店員から聞いた話では、この街の宿屋、二人で1泊銀貨1枚らしいので、今日明日はまだ困らないはず。

だけど今の所、いつまでこの世界で過ごす事になるのかさっぱり分からない。

お金をどうにかする算段、そろそろ考えておいた方がいいだろう。

で、僕的には、まとまったお金をすぐに作れそうな算段と言えば……


「この辺って、モンスター、出ないのかな?」


『彼女』は少し考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。


「そうだな……西の森林地帯に行けば、何体かはいるだろう。しかしなぜ、そんな事を聞くのだ?」

「魔結晶をこの街で買い取ってくれるみたいだからさ。モンスター退治が、一番手っ取り早くお金稼げるかなって」

「そうか。カケルは飲食や睡眠が必須であったな。では、明日は西の森林地帯へ案内してやろう」

「ありがとう」



料理を楽しんだ後、食堂を出ると外はすっかり日が暮れていた。

僕は『彼女』を連れて、宿屋が集まっている区画へと向かった。

宿屋街の雰囲気は、1週間前とそう大して変わりは無いように感じられた。

しかし1週間前とは異なり、今回はすんなり部屋を確保出来てしまった。

それはそれで、なんだかとても複雑な気分になったけれど……


何はともあれ、事前情報通り、1泊朝食付きの2人部屋の宿賃として、銀貨1枚を差し出すと、お金を受け取りながら、宿の従業員が色々説明してくれた。



「それじゃあ、お二人さんのお部屋は2階の215号室だ。体を洗いたいなら、1階の奥に共用のお風呂があるからね。使用中は札を下げといておくれ」


お湯で身体を洗える!


その言葉は、僕の心を浮き立たせてくれた。

この世界に来てから、水場で水浴びする位しか出来ていなかったし、平均的日本人を自負(?)する僕としては、お風呂と言う言葉には、やはり反応せざるを得ない訳で。


部屋で荷ほどきをした僕は、『彼女』に聞いてみた。


「お風呂、君も使うでしょ? 先に入ってくる?」


『彼女』が苦笑交じりに言葉を返してきた。


「カケルが先に入ってくると良い。風呂が好きなのだろう? 早く入りたくて仕方ないって顔に書いてあるぞ」

「そ、そうかな?」


そんなに顔に出ているのだろうか?

ともかく僕は、有り難く先にお風呂を使わせてもらう事にした。




カケルが1時間ほどで風呂から戻って来た後、アルファは入れ替わるように風呂場に向かった。

扉に使用中の札を掛け、脱衣スペースに足を踏み入れた直後、気配を感じた彼女の足が止まった。


「ベータ!?」


転移してきたのであろう、守護者ベータが脱衣スペースの壁にもたれかかっていた。

彼がジロリとアルファを睨んできた。


「アルファ、その様子では、まだあの災厄の魅了を打ち払えていないな?」


アルファは静かに言葉を返した。


「ベータ、カケルは敵では無い。カケルは……」

「何を言っているんだ? しゅが名指しで“冥府の災厄である”とおっしゃっているのに、お前はあいつをかばうのか?」

「それも踏まえて、カケルと共に神都に戻り、今一度、しゅに申し開きさせて頂こうと考えている」


守護者ベータが目を大きく見開いた。


「申し開き? アルファ、思い出せ。我等守護者が成すべきはしゅの御意思の遂行だ。しゅの御心をわずらわすような行動は、我等にとって有り得ない選択肢だぞ。冥府の災厄に完全に取り込まれてしまったか?」

しゅの御心を煩わすのではない。しゅがお考え違いを……」

「アルファ! それ以上、不遜を口にすれば、いかに我等とてお前をかばいきれなくなる」


そして守護者ベータは真剣な表情でアルファに詰め寄った。


「今夜中に、必ずあの災厄を討つのだ! いいな?」


守護者ベータはそう言い置くと、霊力を展開し、いずこかへと転移して行った。



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