第164話 告白


11日目―――3



お風呂に向かったはずの『彼女』は、10分程で再び部屋へ戻ってきた。

しかしお風呂上りと言う雰囲気では無い。


「あれ? お風呂、誰かに先を越されていた?」


『彼女』がぎこちない笑顔を向けて来た。


「まあ、そんなところだ」


お風呂に向かうまでは元気だったはずの『彼女』が、また今朝みたいな状態に戻っている?

この短い時間の間に、何かあったのだろうか?


『彼女』が昨夜から何かに悩んでいる事は間違いないように感じられた。

だけど、その何かが分からないもどかしさ。

だから僕は、『彼女』をそっと抱きしめた。

『彼女』は少し驚いたような感じで身体をピクっとさせた後、しかしすぐに力を抜いて僕の胸の中に顔をうずめて来た。

そして、僕にとっては意外な言葉を口にした。


「カケル、お前は私を魅了したのか?」

「魅了?」

「カケルの事を想うだけで、胸がドキドキする。カケルを失うかもと考えると、胸が張り裂けそうになる。今こうして抱きしめられているだけで、私は死んでも良いと思えてしまう。これは、私の本来の心の動きなのか? それとも、お前が何かの術で、私の心を魅了した結果なのか?」


『彼女』の様子がおかしかったのは、これが原因だったのだろうか?

『彼女』からの一方的な好意の表明に対して、自分が何も伝えてないので、『彼女』を不安にさせてしまったのかもしれない。


僕は自分の気持ちを素直に言葉に出してみた。


「僕は、誰かを魅了したりする能力は持ってないよ。おまけに自分で言うのも何だけど、容姿で魅了出来るほどかっこよくもないし」


まあ、容姿は人並みのはず。

僕は苦笑した。


「でも、そんな風に君に想ってもらえているのなら、僕はとても嬉しいよ。白状すると、こういうシチュエーションには慣れてなくてさ。うまく言葉に出来ないけど、その……君の事は、好きだと思う」


僕の言葉を静かに聞いていた『彼女』が、僕の胸元に顔を押し付けたまま突然泣き出した。


「私はバカだった。なぜ一瞬でも、カケルに対する自分の気持ちが、誰かに操作された結果だ、等と思ってしまったのだろう。私は、カケルに好きなどと言ってもらう資格は無い……」


嬉し泣き? にしては、なんだか情緒不安定な感じだ。

僕は改めて、『彼女』に言葉を掛けた。


「え~と、君を不安にさせたみたいで、ごめんね。これからは、出来るだけ……」


しかし『彼女』は顔を上げると、僕の言葉をさえぎった。


「違うんだ。実は昨晩、守護者ベータが現れて……」


話しながら、彼女は懐から1本の短剣を取り出した。

そしてそれを僕に見せながら、昨日と今日、2度に渡り、守護者ベータが『彼女』のもとを訪れた事を話し始めた。


「……昨晩は、眠っているカケルを見ながら、この神器でカケルを刺すべきかどうか、考えてしまった。そしてさっきもまた、ベータの言葉に心が動揺した。だから私にはもう、カケルに好意を寄せてもらう資格が無くなってしまった……」


話し終えた『彼女』は、僕の胸をそっと押して僕から身を離した。

そしてそのまま、床に座り込んでうなだれてしまった。


『彼女』の話は衝撃的だった。

しかしよく考えてみれば、あの女神は、何らかの方法で僕達の行動を“見ている”可能性は十分にあった。

そして『彼女』以外にも、守護者は存在する。

彼等が僕と『彼女』に、何のアプローチもして来ないと考える方がおかしい。

今後も彼等による直接的、或いは間接的な干渉は行われると見て間違いないだろう。


僕は床に座り込んでいる彼女のそばに腰を下ろした。


「とりあえずさ、明日は起きたらすぐに神都に向かおう」

「……」

「道中、また色々あるかもしれないけどさ」

「……」

「神都に着いたら、僕が君の神様に、自分は冥府の災厄じゃないって説明するよ」

「……」

「僕が君の神様の敵じゃないって分かってもらえれば、セリエを生き返らせてって、頼みやすくなるだろうしね」

「……カケル……」

「君にはこれからもずっと傍に居て欲しい。一緒に頑張ろうよ」

「カケル!!」


『彼女』が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、僕にすがり付いてきた。

僕は『彼女』が落ち着くまで、いつまでもその背を撫ぜ続けた。




12日目―――1



僕は、窓辺から差し込む日の光で目を覚ました。


「朝か……起きないと……」


布団の中で伸びをしようとして……


「あれ?」


腕がげられない?

その時になって、僕は暖かくて柔らかい何かが、自分に纏わりついているのに気が付いた。

横を見ると、すぐ目の前に『彼女』の顔があった。

どうも『彼女』に抱き付かれているらしい。

まだ眠っているらしく、目を閉じて、スースー寝息を立てている。


「可愛い寝顔……じゃなかった、ちょ、ちょっと!」


慌てて『彼女』を揺すると、『彼女』が目を開いた。


「ん? もう朝か……カケル、おはよう」


そう口にした『彼女』が、にっこり微笑みかけてきた。


僕は昨夜の記憶を辿ってみた。


昨夜、彼女が泣き止むまで背中を撫ぜてあげて、その後、一緒のベッドで寝たんだっけ。

その時は、枕を並べて二人で他愛も無いお喋りして、“何事も無く”僕はいつの間にか寝入っていたはず。

なぜ抱き合う事態になっているのだろうか?


「カケルが先に眠ってしまった後も、中々寝付けなくてな。カケルの寝顔を見ていたら、つい抱きしめたくなって、そのまま寝ていたようだ」


『彼女』は少し頬を赤らめながら、布団の中から、僕を上目遣いで見上げてきた。

自然と鼓動が早くなる。

僕達の視線が絡み合い、互いの唇がそっと重なった。



1時間後、僕達は階下の食堂で朝食を食べながら、今日の予定を話し合っていた。


「カケル、やはり神都には明日向かう事にして、今日は西の森林地帯に行ってみないか?」

「いいの? 神都、後回しになるけど」

「カケルは路銀が底を尽き掛けているのであろう? まあ一日延びても、神都は逃げてはいかないしな」


昨晩は勢いで今日起きたらすぐに神都に向かおうと話はしたけれど、今の残金は、神聖銀貨で1枚ちょっと。

今日明日でこの世界を去るならいざ知らず、今後を考えれば、いずれどこかでお金を工面しなければいけないのは明らかなわけで。

昨日の話だと、西の森林地帯にはモンスターがいるらしいし、モンスターを狩って、魔結晶を手に入れられれば換金出来る。


そんな事を考えていると、『彼女』が急に真剣な面持ちになった。


「それに……神都でしゅに謁見出来たとしても、何があるか分からぬ」

「えっ?」

「事前に色々“準備”は……しておいた方が良い」

「それって、君の神様と……戦いに……なるかもしれないって事?」


それはセリエを殺されて以来、僕の心の中にずっとあった懸念。

そして『彼女』との旅路では、決して口にする事の出来なかった懸念。

最初から、あの女神は僕に対して、過剰なまでに敵対的であった。

それにあのドワーフの鉱山の地下で、銀色のドラゴンは、女神と対立しているらしい“ネズミ”と呼ばれる何者かが、僕をこの世界に召還した、と語っていた。

僕を冥府の災厄と呼んだあの女神は、その事を知っていたのかもしれない。

そうであれば、たとえ女神と対面出来たとしても、平和的に話が進むとは限らない訳で……


僕の言葉を聞いた『彼女』は黙り込んでしまった。

僕は改めて『彼女』に言葉を掛けた。


「そうだね。どんな時も準備は必要だしね。あ、最初から君の神様と戦うつもりで準備って意味じゃないよ。交渉失敗して、またどこかのダンジョンに飛ばされたりするかもしれないし。武器や防具、それに消耗品は買っておいた方が良いよね」


『彼女』が顔を上げた。

その瞳には、何かを決意した色が宿って見えた。


「もし……」

「もし?」


『彼女』が一度目を閉じた。

そして呼吸を整える素振りを見せてから再び目を開けた。


「もし、しゅとカケルが争う事になったら、私はカケルの側に立つ」



その瞬間、突如轟音が響き渡り、宿屋全体が揺れた。

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