第162話 使嗾
11日目―――1
深夜、カケルが寝息を立て始めたのを確認したアルファは、今夜もカケルの布団に後から潜り込もうとして……
ふとその手を止めた。
誰かいる?
「何者だ?」
「アルファ、俺だ」
いつの間に転移してきたのであろうか?
部屋の隅の壁に、黄色い短髪を切り揃えた筋肉質の男性がもたれかかっていた。
彼の装備する薄紫色の重装鎧が暗闇の中、不可思議な
アルファがその男性に言葉を返した。
「ベータ……」
彼は守護者ベータ。
共に創造神に仕える存在。
鎧を脱ぎ、普段着に着替えているアルファの様子を見て、彼は嘆息した。
「鎧はどうした?
「カケルは冥府の災厄ではない。その事も含めて、今一度、
「しっかりしろ、アルファ!」
守護者ベータは、アルファの両肩を掴んだ。
「俺達守護者の中でも最強の存在のはずのお前が、そんな事でどうする?」
彼はアルファの両肩を離すと、懐から1本の短剣を取り出した。
その短剣は黒く禍々しいオーラを放っていた。
彼はそれをアルファの手に握らせた。
「これは?」
「これは
「私は霊力を奪われてはおらぬ。現に、私は一定の条件下では霊力を使用出来た」
守護者ベータがベッドで眠るカケルを顎で指した。
「その条件とは、そこの災厄の事を強く想う事では無かったか?」
アルファの目が大きく見開かれた。
「! なぜそれを?」
カケルを起こしたくないのだろう。
守護者ベータは、アルファに声を
「
「それは……」
「そして魅了されたお前が、災厄を守ろうとする時だけ、霊力を使用出来るようにしているのだ。」
「違う!」
「違わない。今、俺の言葉にムキになっているその姿こそ、魅入られている何よりの証拠だ」
二人の会話の声が大きくなったためか、カケルが寝返りを打った。
守護者ベータは、カケルが目を覚ましていない事を確認してから言葉を続けた。
「その神器は、刺した者と刺された者の“状態を入れ替える”事が出来るそうだ。すなわちその神器を使えば、お前は再び霊力を取り戻し、災厄は霊力を失う事になる。そうすれば、災厄を処断して神都へ復帰せよという、
守護者ベータは言葉を切って、アルファに試すような視線を向けた。
「俺達は神都でお前の復帰を心待ちにしている。お前自身の意志の力で、災厄の魅了を打ち払うのだ。いいな?」
守護者ベータは霊力を展開した。
次の瞬間、転移したのであろう。
彼の姿は
翌朝、僕が目を覚ますと、『彼女』は普段着のまま、壁際の椅子に腰かけていた。
昨夜は布団の中に潜り込んでこなかったんだな……
僕はホッとするとともに、少し寂しさも感じた。
しかしすぐに『彼女』の様子がおかしい事に気が付いた。
なんだか、思いつめたような顔をしている。
僕はとりあえず『彼女』に声を掛けた。
「おはよう」
『彼女』は、ハッとしたような感じで顔を上げ、ぎこちない笑顔で挨拶を返してきた。
「お、おはよう……」
「どうしたの? 顔色悪いよ?」
「大丈夫だ。ちょっと色々あったからな。疲れているのかもしれぬ」
もしかすると、昨日のあの銀色のドラゴンとの会話――女神は簒奪者である云々――が、『彼女』にはこたえたのかもしれない。
ここは、そっとしておいた方がいいのかも。
そう考えた僕は、それ以上深くは詮索しなかった。
着替えを終え、『彼女』と共に居間に顔を出すと、そこには椅子で
昨晩はまだ帰ってきていなかったはずだから、明け方前に戻って来ていたのかもしれない。
彼は僕達の姿に気付くと椅子から立ち上がり、いきなり土下座した。
「カケル、それに守護者様。鉱山を元通りにして下さったんですね? 感謝してもしきれねえです」
「ガルフさん、顔を上げて下さい。あと、鉱山なんですが、僕達が直したっていうより、精霊達が直してくれたっていうか……」
「せいれい?」
ガルフが不思議そうな顔になった。
そう言えば、精霊って、この世界では
僕は銀色のドラゴンとのやり取りの部分はぼかして、鉱山での顛末をガルフに伝えた。
話を聞き終えたガルフは、神妙な面持ちになった。
「そうか……あの鉱山の中には、
ガルフの館で朝食を御馳走になった後、部屋に戻った僕達は、出発の準備をしながら、今後の予定を相談した。
「確認だけど、このまま神都に向かうっていう事で良いよね?」
「ああ、構わぬ」
「じゃあ、僕の霊力で転移する? 今なら多分、神都にも転移出来そうだけど」
マーバの村人達の“想い”に加えて、今はドワーフの集落の人達の感謝の“想い”も、僕に力を与えてくれていた。
“想い”は霊力へとカタチを変え、前の世界で感じていた以上の力強さで僕を満たしている。
しかし『彼女』が意外な言葉を口にした。
「……神都にいきなり転移せずに、歩いて向かわないか?」
「別に良いけど……歩きだと、今夜はヨーデの街で1泊ってなると思うから、神都への到着は、明日になっちゃうと思うよ?」
「構わない。急ぐ旅でも無いし、道々の風景、二人で楽しみながら、のんびり行こうでは無いか」
『彼女』は、そう答えて笑顔を見せた。
しかしその笑顔は、やはりどこかぎこちない。
僕は『彼女』の反応を確認しつつ、聞いてみた。
「もしかして、昨日の話、まだ気にしている?」
「昨日とは?」
「鉱山の中で、僕や銀色のドラゴンさんと話した内容」
「どうしてそんな事を聞く?」
「なんだか、朝から元気無いなって」
「大丈夫だ。カケルは、やはり優しいな」
なんだか、話をはぐらかされた感じだ。
しかし僕の方も、それ以上話を広げる材料を見付ける事が出来ず、結局、この話はここで打ち止めとなってしまった。
僕と『彼女』は、ガルフ以下、大勢のドワーフ達に見送られ、集落を後にした。
日は既に大分高く昇っていた。
道はまばらに木々が生えている林の間を縫うように続いており、時々小鳥のさえずりが聞こえてくる。
そのまま並んで歩いて行く内に、彼女の笑顔からも、次第にぎこちなさが消えて行った。
僕は『彼女』に、今更ながらの質問をしてみた。
「ねえ、君の事って、アルファって呼べばいいのかな?」
「ん? ああ、名前の事か。私に対して、アルファ、と呼びかけるのは、
そして『彼女』は、悪戯っぽい笑顔でを浮かべながら言葉を継いだ。
「カケルがどうしてもって言うなら、私の事を“サツキ”と呼んでも良いぞ? 一回、私の事を実際、そう呼んでいたしな」
女神に閉じ込められていたあの妙な空間で、巨大イソギンチャク――ジャイアントアネモネ――と
僕は苦笑した。
「でも君が僕の世界についてきて、もう一人の“サツキ”とばったり出会ったら、混乱するかもよ?」
「その時は、カケルに真の“サツキ”を選んでもらって、選ばれなかった方は改名する!」
僕は少し安心した。
朝のぎこちなさは気になるけれど、こんな軽口が出る位なら、心配する程でも無いだろう。
僕達はそのまま、他愛もない会話を交わしつつ、ヨーデの街を目指して歩いて行った。
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