第26話 仇討ち(ルートβ) 

 十二月二十日昼間。


 影縫の操るヘリは米軍横須賀基地に着陸した。強大な敵の眼前に立った気分のウィザードは委縮いしゅくしてしまう。その背中をジェーンが思いっきり叩く。痛みより先にしっかりしなければという意志が生まれた。


「ヤンキー共、道を退けろ。ホーエンツォレルン米海軍司令の客人だぞ」

「貴様、ここが米軍横須賀基地だと思って着陸したのか?」

「私は顔パスで入れるはずなんだかな……影縫こいつらの相手を任せる。やり過ぎて殺さないように注意しろ。最近は米政府がうるさいからな」

「主様、承知致しました」


 気の短いジェーンが発砲をしないのを見て背中にゾゾーッと寒いものが走るウィザード。その後を付いていく火花は、なんとなく浮かれているような雰囲気をまとう。


 司令室に繋がる建物に入ろうとするとM16自動小銃を構えた兵士が侵入をはばむ。ジェーンやウィザード、火花を屈強な男たちが囲んだ。


「ジェーン・カラミティだとしてもここは通すわけにはいかん」

「なぜだ? 少尉殿、私は正式な客人だぞ」

「そ、それは……ホーエンツォレルン司令官殿が娘だけを拘束しろと」


 その瞬間ジェーンが一人の兵士の腕を掴み組み伏せた。明らかに曲がってはいけない方向へ曲がる腕を見て、ウィザードも痛々しさを共有する。

 発砲するぞと威嚇射撃をするがジェーンはお得意の気の短さを発揮して、デザートイーグルを抜き出し、兵士の腕を撃ち抜いた。殺されなくてよかったなとウィザードは苦笑いするのみだった。カツカツとブーツの音をさせて、建物の正面から入っていくジェーンを追いかける。


 ウウウウウウウウウウウウッッ――――――――


 サイレンの不快な音が耳をつんざく。だが建物に入ってしまえばこちらのもの。故にウィザードは火花を守ることに集中できる。勝手知ったる我が家のようにジェーンはいつの間にか背後にいる影縫から煙草に火を点けてもらい、フーッと紫煙を吐き、煙草を燻らせた。


「先生、能力者が一名、司令官の部屋の前に陣取っているようです」

「ウィザード、相手は任せる」

「僕は……ウィザー……ウィズといる」

「ダメだ、紫火花……男と男の勝負の場面だ。それに足手まといにしかならん」


 ウィザードはベレッタ92ノーペインを構える。段々と能力者を見て、ウィザードは闘争本能に火が付いた。心を軽く読んだところ、相手がマリアをハメて、殺した相手シュナイダー・レッドストーンだと分かったからだ。


 ダーンッとジェーンが威嚇射撃を一発撃った。だが、青髪の青年はヘラヘラと笑い、動く気配すら見せない。ブチッというジェーンが切れた音がした。シュナイダーをジェーンはデザートイーグルで撃ち抜いたかのように見えたが、服に穴が開くだけで、まったく動きを見せない。


時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカー番人ナンバーズ序列二位シュナイダー・レッドストーンだ。そちらは、世界一の殺し屋様か。ケンカなら買いますよ」

「やめておく……というかお前を殺したら、弟子に殺されかねないんでね」

「おい、バカ弟子ウィザード……いいことを教えてやる。ヤツは――――だぞ」


 そして悠々とシュナイダーの横を通り司令官の執務室に入っていくジェーン。

 隣を歩く火花は、扉が閉まるまでウィザードを心配そうに見つめていた。


 ウィザードはネックレスにしている9x19mmパラベラム弾に触れる。途端にマリアが死んだ時の悲しみと憎しみが蘇った。必ずこの弾丸で息の根を止めてやる。


「君、元序列四位のマリアの愛人ペットだよね。あいつは笑えたね。使えない能力者をわざわざ集めて慈善団体じぜんだんたいを作ろうとかぬかし始めるんだから」

「…………」

我が主ジョーカーに、そのままの言葉を伝えたら、すぐ審判しんぱんは下ったよ。何が慈善団体だ。力こそが全て……そして……全てを手にれるのは我が主ジョーカーに決まっている。まあ、ゴミの愛人ペットに言っても理解できないだろうけど」

「…………」

「だんまりはつまらないね。何か言ったらどうなんだい?」


 ウィザードは、ジェーンからのアドバイスを有効活用することにした。ジェーンはシュナイダーを瞬間冷凍能力者アイスマンと見抜いた。ウィザードのベレッタ92ノーペインが火を噴く。一発、二発、三発と。だが、全て衣服を破るだけで被弾箇所は氷で覆われている。


「さっきの見なかったのか? 弾丸で俺を倒せるわけがないだろ?」

「お前だけは能力なし・・で殺してやる」


 ターンッターンッターンッと連続で弾を十七発あらゆる急所を狙って撃ちまくる。すぐにマガジンを換えて弾を連射していく。全て当たる直前で弾が停止。だが、少しずつ体から二十センチ程で止まっていた弾がわずか数ミリシュナイダー自身に近づく。


「そろそろこっちの番だ。ゴミの愛人ペット……死ねよ」

「ッッ⁈」


 一気に空気が冷える。足元の床が凍り足が動かせなくなった。そしてシュナイダーの周りに無数の氷の弾丸が浮遊している。一斉に発射。だがウィザードは急所に刺さらないように撃ち落としていく。だが、出血。血も床に零れ落ちると氷と化す。


「これでも手を抜いているんだぜ。その気になればお前をあのマリアみたいに氷漬けの人形にすることもできるんだ」

「言いたいことはそれだけか?」


 マガジンを換える。残り僅かなタングステン弾のマガジンだ。通常の弾丸の二倍近い重さを誇る。つまり二倍近くのダメージがあるということだ。能力は限界や反動、負荷など欠点が必ずある。ウィザードはベレッタ92ノーペインの薬室に入った9x19mmパラベラム弾を含めて、十七発の弾を撃った。

 ターンッターンッターンッと重い発砲音。一点に集中してさらにマガジンを換えて、タングステン弾を放つ。弾が段々とシュナイダーの皮膚にかすり傷をつけていく。


「クソがッッ‼ ただの銃弾で、俺を本気にさせるだと……許せねえ……許せねえよッッ‼」

「先生が情けをかけたのが分かる。能力者同士では最強格かもしれないが、上には上がいる。先生なら余裕ぶっている間に、頭を西瓜スイカみたいに破裂させるだろう」

「マリアの奴の愛人ペットの分際で……ッッ‼」


 氷の弾丸を撃ち落としながら、ウィザードはありったけの憎しみを込めて特殊な弾が入ったマガジンを交換。

 急所を除く全身に氷の弾丸が突き刺さっている。怒りで沸騰したウィザードは痛みを感じていない。だが、頭脳は氷よりも冷静だった。


「お前の能力は……一瞬で相手を凍らせる。マリアもそれで死んだ。だけど、そんな反則技……制限なしで使えるわけがない他の能力を解除しない限り、使えないと見た」

「ッッ⁈」

「カマかけただけなんだが、これで序列二位とは笑ってしまうな」


 瞬間、ウィザードは氷の弾丸も消え、凍っていた足も元通りになったことを自覚した。

 本気にさせてしまったかと我ながら甘いと思う。ウィザードは一回きりの切り札を出すことにした。


「あいつと同じで絶対零度アブソリュートゼロで殺してやる。マリアの駄犬がッッ‼」


 シュナイダーの周りの物質が凍っていく。その範囲一メートル。飾られていた花瓶の花が絶対零度で氷り砕け散る。ウィザードは離れて弾を撃つ。だが、ことごとく凍り付き地面に落ていく。

 凄まじい能力だとウィザードは戦慄を覚えた。だが、マリアの仇をとるという意志はむしろ燃え盛る。


 ウィザードは自分に話しかけた。その間一秒にも満たない。


《代償を払う覚悟はあるか?》

《ある。マリアの仇を討てるなら……なんでも払う》


《使えるのは一度だけ……それでも今ここで使うのか?》

《マリアの為なら、一度だけの切り札でも使うに決まっている》


《心残りはないのか?》

《……ある。だけど、マリアの仇を討たなければ……先へは進めない》


《一度きりの『魔法』をかける。十秒だけお前の精神は加速する》

《……ッッ‼》


「凍り砕けろッッ‼ 絶対零度アブソリュートゼロッッ‼」

「どこを狙っているんだ?」


 残像めいたものを残して、ウィザードはシュナイダーの背後に立った。シュナイダーは、振り向きざまに手を突き出して、狙いをつけ、絶対零度アブソリュートゼロを使う。だが、凍るのは空気だけ。ウィザードは自己洗脳により、常人ではあり得ない運動能力と動体視力で攻撃をかわす。


「あと五秒……お前は……俺を捉えられない」

「ふざけんなッッ‼ 雑魚のテレパシー能力使いのくせにッ‼」


 ウィザードは、絶対零度アブソリュートゼロの能力を見切った。


「さっさと死ねよ。絶対零度アブソリュートゼロッッ‼」


 ターンッターンッターンッと発砲音がシュナイダーの声と重なる。

 ウィザードは、膝から崩れ落ちるシュナイダーを見た。ボトボトボトと血液が床に広がっていく。


「なんだ……と身体が……動かない」


 どさりとシュナイダーが倒れる。手足が不規則にビクンビクンと動いている。


「一ミリグラムで象も麻痺する神経毒を入れた弾丸だ」

「く、くそ……が……なぜ……」

「お前が攻撃する時、絶対零度アブソリュートゼロの結界が薄くなった所を狙った」


 早く蹴りをつけたい気持ちとなぶり殺しにしたい気持ちがウィザードの中で拮抗きっこうする。だが、浮かぶのはマリアが慈悲深く己を救ってくれた姿。それは火花とも重なる。


《もう一度、絶対零度アブソリュートゼロで凍らせてやる》


 ウィザードは心を読んでいる。いくらシュナイダーが能力を使おうとしても絶対零度アブソリュートゼロは発動しない。


「ク、クソッタレが……どんな『魔法』を使った?」

冥途めいど土産みやげに教えてやるよ。俺はもうただのテレパスじゃない。お前の意識を乗っ取った。最初から詰んでいるんだよ」

精神支配サイコジャックだとでもいうのか……?! そんなことをしたら脳に過負荷が……」

「お前への怒りがそれを上回った。そして……お前はここがデッドエンド……だよ」


 ポキリという心の芯が折れる音が聞こえたようにウィザードは感じた。


「能力は使わないんじゃ……なかったのか?」

「なんでお前みたいなヤツに正々堂々と戦わなきゃいけないんだ?」

卑怯ひきょうだ……ぞ。俺は……真剣に戦って……」

「黙って死ね。マリアとは違い、地獄に落ちるだろうけどな」


 ウィザードは、精神支配サイコジャックを解いた。自己洗脳で身体を限界以上の動きで使った為、肉体の疲労も極限を超えている。精神的な疲労は言わずもがな。


 外道げどうになるつもりは毛頭もうとうないので介錯かいしゃくくらいはしてやろうと近づくと。視界の左側が真っ赤になった。見ればシュナイダーが氷の銃弾を作っている。


「ざまあ見ろ……鏡でその目を見る度にお前は俺のことを思い出す。マリアが俺に殺されたことを一生後悔しろ」


 最後の最後でしてやられたが、相手に向けてターンッターンッと二発の弾を発砲した。

 ビクンビクンと身体が痙攣するシュナイダー・レッドストーン。

 更にマガジンの弾がなくなるまで連射した。一発撃つ毎に憎しみと怒りの炎が心を焼いていく。最後に、瀕死のシュナイダーにネックレスにしていたマリアの唯一の遺品である9x19mmパラベラム弾を装填し、息の根を止めた。


「マリア……仇は取ったよ。あれ、涙が……?」


 ツーッと一筋の熱いものが頬を伝わる。ただただ、悲しい。そして悔しい。マリアを失った時の絶望を思い出す。それと同時に浮かび上がるのは火花の笑顔。ようやく人を愛する覚悟が決まる。


 ウィザードはホーエンツォレルン司令官の執務室に入った。

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