第25話 歪な三角関係(ルートβ)

 十二月二十日早朝。


 次の日の朝、タワーマンションの屋上階の庭に小型ヘリが着陸した。現れたのはウィザードの師匠ジェーン・カラミティと影縫千聖だ。ジェーンは不機嫌さを隠さない。


「ウィザード、依頼主に一方的に仕事のキャンセルを行わなければならないところだった。私を便利屋か何かと勘違いしていないか?」

「いえ、猫の手も……えと……先生と影縫さんじゃないとダメな話なんです」

「ウィズ……なんで、ジェーン・カラミティと影縫千聖を呼んだの?」

「これからC・Jの日本最大の拠点に行くからだよ」


 それを聞いた火花は目をパチクリさせながら驚きを隠さない。それはそうだろう。C・Jの日本最大の拠点にはかなり強い能力者がいるのだから。下手をしたら殺されかねないし、火花も拉致される危険性もあるだろう。


「ウィザード……何を考えている? 様子がおかしいぞ」

「それは――」


 未来翻訳書ミドラーシュの奪還という目的。前回のタイムリープ前の状況の説明。これから、チャンスは一度きりだということ。諸々をウィザードはジェーンに説明した。


「気に入らんな。私が影縫の身体を操る者に殺されるとは」

「先生……」

「だが、依頼は受けてやる。私も娘がいる身でな。ろくでなしの母親の自認はあるが、そんな未来はごめんこうむる。影縫、ヘリを飛ばす準備を。ウィザードは一番いい酒を。紫火花はさっさとヘリに乗れ」


 その後、ボウモアの十五年モノを持ってきたウィザードを乗せるとC・Jの造船ドックに進路を取った。


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……番人ナンバーズ序列四位アマジーク・ハイドリヒ……に連絡を付けたわ……ザザザッ……向こうは歓迎するそうよ。どうやらC・J……も一枚岩じゃないようね』

「フェアリー、ありがとう」

『もし昨晩……一線を……超えていたら……ザザザッ……口なんか利かないところ……だったわよ』

「ははははは、よかった。自制心が強い方で」


 そこに火花が乱入。


「ウィズ……僕と……やっぱり、したかったんじゃないの?」

『……ッッ⁈』

「そういうことを昼間から言うなよ。痴女みたいだぞ?」

『……ふう』

「ウィズは、あの後、朝早くこっそりトイレで出してたの知ってるよ」

「えっ? えええええ⁈」

『ウィザード……小娘に手玉に取られないのッッ‼』


 その後は無事平穏に、造船ドックに辿り着いた。

 数人の幹部クラスの能力者が現れる。番人ナンバーズ序列三位オルテガ・バサーカ・サバス、序列四位アマジーク・ハイドリヒ、序列五位レイニー・アンブレラたちだ。知らない能力者も若干名ながらいる。


「ようこそ、ジェーン・カラミティ、君がウィザード? 若いんだね。紫火花……君も歓迎かんげいしよう。四人共危害を加えるような真似はしないと約束しよう」


 アマジークがそう答えると、ジェーンが親指を背に向けて発言する。


「そう言って、背後を狙う大バカ者をどうにかしろ」

「オルテガさん……敵じゃないんだから」

「非能力者は信頼できないっすよ。それに俺たちの計画を知っているのも油断できないっす」


 オルテガは一番年下のようだ。だから代表がアマジークなのだろう。敵意は感じるが、殺意は感じない。ウィザードはホッと溜息ためいきを吐いた。だが、油断はできない。一枚岩ではないということは、この拠点の他の能力者も殺意を向けてくる可能性はある。


「背中にズドンはないから警戒しないでくんなまし」


 天狗下駄てんぐげたの着物の少女、レイニー・アンブレラがそう言った。


「取り敢えず、私はジェーン・カラミティ、そしてこいつが――――」


 ジェーンが仕切り、建物の中の会議室で、軽い自己紹介が行われた。そして、あくまで未来予知の結果として前回の情報をウィザードは伝える。段々と聞く毎に、深刻そうな顔をするC・Jの離反組の面々。子供たちを乗せた船がミサイル攻撃を受けたくだりで、オルテガが切れた。


「公安調査庁の連中、腐ってやがる」

「それはあなたが所属している組織も同じだろ?」

「ウィザードさん……それは間違っちゃいないっすけど……」

「問答をしている暇はないぞ、離反組……未来翻訳書ミドラーシュのコピーを奪ってきてくれ。できるだけ早くだ。俺と先生はホーエンツォレルン米海軍司令のところへまずは向かう。その後は、公安調査庁の岩瀬を殺し・・に行く」

「ウィザード、簡単に言うな。奴の寄生パラサイトという能力は厄介やっかい過ぎる。簡単に姿もくらませることができる上、不死者アンデッドと同義だ」


 会議は、未来翻訳書ミドラーシュ奪還だっかんし、破棄はきするということで一応の合意は取れた形になった。さらに拠点代表のアマジークが発言する。


「C・Jの番人ナンバーズ序列一位と二位がどこかに潜んでいる可能背が高い。気を付けて下さい。彼らはただの能力者ではありません。序列三位のオルテガ君と越えられない溝がある」

「序列二位のシュナイダー・レッドストーンだけは俺の手で殺してやる」


 愛をくれた人の遺品であるネックレスの9x19mmパラベラム弾を怒りで握り震えているとそこに火花の手が乗せられる。小さな温かい手だ。


「ウィズ……怒らないの。なんでなのかはよく分からないけど……優しいウィズでいて欲しいよ」

「火花……俺は……大事な人を序列二位に殺されたんだ」

「大事な人……だったら仕方がないね。僕も大事な人が殺されたらそんな怖い顔をするんだろうな……」


 そこでパンパンッと手を叩いたのはレイニー・アンブレラだ。


「喋るだけで、話が進まないのは愚の骨頂でありんす」

「ウィザード、火花……お前たちは私と影縫が面倒を見てやるさ」


 アマジークが愛想笑いを浮かべながら次いで話す。


「下手したら、組織の全能力者を相手にしなきゃならないかもな。僕らだけでなんとかなるかな。下手したら、序列一位と二位がやって来るかもしれない」

「私の子飼いの兵士を味方につけてやる。勇猛果敢さで言えば世界一だ」

「世界一の殺し屋、グラウンドゼロ、一〇〇億ドルの賞金首のジェーン・カラミティがそういうなら間違いないんでしょうね」


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……ホーエンツォレルン米海軍司令が……会いたいと言ってきてるわ。紫火花を……ザザザッ……渡すなら、身の安全を保障するって』

「そこには他に誰がいるんだ。どうせ能力者だろ?」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……――――よ』


 ウィザードは手から血が出る程力を込めた。それが……どんなに心を黒く燃やすかを分からない。ウィザードが怒りに満ちているのも関せず話は進んでいく。


未来翻訳書ミドラーシュが全部そろったら、大手動画配信サイトで映像を流しながら、全て焼いてしまうか? ついでに紫火花の訃報ふほうも出して」

「僕は……それで構わない。他の人たちはどう?」


 C・J離反組の面々はうなずき合った。そして会議は終了。

 ウィザードは、側に火花がいるのを忘れて、鬱血うっけつする程唇を噛みしめていた。


「ウィズ……ジェーンさんが行っちゃうよ。早く追いかけなきゃ」

「火花……俺必ず……マリアの仇を取るよ。そしたら、何度でもいいからデートしよう」

「僕は……ウィズの想ってた僕がじゃないかもよ?」

「それでもいいんだ。俺には……もう火花しかいないから」


 そこにスッと背後から影縫が現れる。


「主様が、お怒りです。お早く」

「分かったよ、影縫さん。あと一分時間をください」


 ウィザードは愛する人の唇を奪った。罠かもしれない。今度こそ死んでしまうかもしれない。火花がいなくなるかもしれない。そんなことを考えながら火花と舌を絡ませる。途中で火花が離れた。


「慣れているのは……タイムリープ前の……」

「うん……火花と何度もキスはしてた」


 それを聞くなり、火花は身体をウィザードから剥がす。


「ウィザード、もうキスはやめよう」

「な、なんで? 気持ち悪かった?」

「タイムリープ前と後の私は別人だから……」


 そう言って、火花は会議室を出て行く。途中で涙をまなじりたたえていたのをウィザードは見過ごしてしまった。ウィザードとタイムリープ前の火花と今の火花。その関係性は、三角形はいびつな形を取っていた。

 そんなことを知らずにウィザードは火花の後を追いかけていく。最後にウィザードが乗り込むと、一気にヘリは舞い上がり、横須賀基地へと向かう。これからが正念場しょうねんばだぞとウィザードは雑念ざつねんを振り切り、自分に言い聞かせた。


 ――男と女の三角関係は美しいけどもろいものよ。


 フェアリーのその言葉がウィザードの脳裏に過ぎった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る