第32話 夢が叶う瞬間(ルートγ)

 C・J離反組により、首魁であるヴェン・ヴァン・ヴィエールを日本内閣府直属の部隊タケミカヅチに引き渡し、東京拘置所内の能力者オーバーテイカー特別監獄へと移送された。仲介役は米軍すら怖れないジェーンがとりなした。

 十二月三十一日に始まる東京核攻撃は行われず、越権行為を働いたホーエンツォレルン米海軍司令官は失職し、軍事裁判にかけられている。。

 ウィザードは起きる気配はないが、火花は看護師にウィザードの世話を任せず、自分でやるようになっていた。


 ――――――――半年が過ぎる。


 六月六日は、ウィザードの誕生日だ。C・J離反組改め能力者保護団体ベルガモットのオルテガやレイニーが遊びにやって来た。忙しいはずのジェーンと影縫も一緒だ。

 ウィザードは相変わらず起きないが、全員が全員、いつか目覚めると信じている。


「え⁈ アマジークジュニアあと少しで生まれるんだ‼」

「ウィザードさんたちに助けられたから命があるんですよ」


 火花がレイニーの腹に耳を当てると蹴る音が聞こえる。火花はウィザードのことを想った。


「そろそろ、誕生日ケーキ分けるっすよ」

「その前にウィザードと一緒に写真を撮ってやれ」


 ジェーンの指示で、オルテガがベッドテーブルの上にショートケーキを置く。火花は写真を撮ろうとすると携帯をジェーンに取り上げられる。オルテガに促されるままに火花はウィザードの横に並んだ。


「笑え、二人共‼」

「撃つぞと言っているみたいでありんすね」


 その言葉に影縫がツボにハマったのか大爆笑している。火花はウィザードにもその様子を見て欲しかった。人間味が薄いと感じていた人もこんな笑顔を作るんだと。


 久しぶりに明るく朗らかな雰囲気の後、火花は病院の外に出た。夜風に当たりたい気分だったのだ。みんなで看護師に隠れて飲んだワインが身体を火照ほてらせている。

 日本の能力者用の病院としては頂点に立つのが御茶ノ水にあるこの病院だ。


「ウィズ……いつになったら君は戻ってくるんだい?」


 火花の背後から近づく者が一名現れた。自動拳銃を火花に突きつける。火花は存在に気付いていた。ウィザードならもっとスマートにやると想像する。


「動くな……未来予知能力者だと聞いて、やっと居場所を見つけたんだ」

「随分、銃の扱いに慣れているみたいね」

「グリーンベレーに鍛えられたんだ。今どきのヤクザはインテリになるか兵隊になるかの二択なんでな」


 火花は、過去へのタイムリープを何度も何度も何度も……限りなく繰り返していた結果、ウィザードやジェーンから銃の扱いを教えてもらう経験が多かった。自動拳銃なら尚更だ。


「セーフティーがかかったままだよ?」

「な……に? げふッッ⁈」


 数人の男相手にシグ・ザウエルP320を胸から少し離れた位置エクステンデッドポジションで構えた。ウィザードの予備の銃だ。アメリカ軍のサイドアームであるベレッタ M92Fの後継の自動拳銃だ。


「お前たち何をしているッッ‼」


 警備に付いている自衛隊の隊員が大声を上げる。だが、次の瞬間、隊員二名は宙に浮かび身動きがとれなくなった。暗がりから赤く光る目が見える。念動力サイコキネシスを使ったのだろう。


「こいつらを殺されたくなかったら、言うことを聞くんだな」

「用件はなんなんだい? 僕の身体?」

未来翻訳書ミドラーシュとかいう文書を寄こせ」


 ふふふと火花は笑ってしまう。そんなものはもう存在しない。そもそももう未来翻訳書ミドラーシュに記された未来とは違う選択肢ルートに世界は乗っている。


「何がおかしいんだ?」

「君たち情報が半年ほど遅れているよ。もうそんなものは存在しないし、それに記された未来は永遠に訪れない」

「意味分からねえこと言うと殺すぞ?」

「ふふふ、ウィズやジェーンさんとは迫力も全然違うね」


 そこに足音をさせずに・・・・・・近づく存在が一人。発砲音。ターンッターンッターンッと甲高いベレッタ92ノーペインの音色。火花が後ろを見るとそこには、愛する人の顔があった。痩せこけているが、間違いなくそれはウィザード本人だ。間違いない。一瞬でその場を制圧したウィザードの胸に火花はだかれに頭を擦りつける。


「待たせてごめんな。火花……みんなが騒いでるのには、気が付いていたんだけど、身体が上手く動かせなかったんだ」

「うう、うわーん、ウィズ、ウィズ、ウィズ、ウィズ、会いたかった。ずっと待ってたんだよ」


 火花は泣きじゃくる。だが、ウィザードは二人同時に転倒。

 まだ、病み上がりの身体の調子が悪い状態で無理に動いた為、反動が来た。


「火花……ようやく、二人になれたな」

「ウィザード……ごめん。僕の為に……いつも無理をさせて」

「火花……一つお願いがある」

「言ってみて、ほとんどの返事がイエスだけど」


 火花はウィザードの目を直視する。少し火花の目を見て目が泳ぐ赤い瞳。青いカラーコンタクトを入れていないその顔はウィザードから仮面を取っていた。年相応の欲を火花もウィザードも持っている。能力を使わなくても、言葉を交わさずとも分かった。


「火花……君と一つになりたい」

「はい……初めて……だから……優しくしてね♪」


 二人は初夜を迎える……はずだった。だが、担当医が絶対安静を厳命した為、退院するまで許されないという結果に。だが、二人は退院まで、リハビリや投薬治療を乗り越えて半年後ようやく解放される。その間に多くの友人知人たちがやって来た。だが、姿を見せない者がただ一人……。


△▼△▼


『ザザーッ……ウィザード……耳小骨イヤホンは……付けたままなのね』

「フェアリー半年も一体なんで連絡してくれなかったんだ?」

『ザザザッ……ウィザード……ザザッ……資金繰りが難しくてね……ザザッ……空き店舗をずっと探していたのよ』

「空き店舗? 何のことだい?」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……あなたたち二人の為に……ザザッ……お姉さんは奔走しました以上。能力者保護団体ベルガモットの元闇医者に耳小骨イヤホンは外してもらいなさい』


 ブーンッという音と強風がぐ。小型ヘリコプターからジェーン・カラミティと影縫千聖が降りてきた。ウィザードと火花は追い立てられるように小型ヘリに乗せられ、千代田区麹町の聖イグナチオ教会の近くに下ろされた。ジェーンが声を最後にかける。口調はどことなくほがらかだ。


「ウィザード……これからが大仕事だぞ。今までで一番の試練かもな」

「火花……何か知ってるんだよね? 親しい人の心は読まないのが基本だけど……気になるよ」

「こっちよ。ついてくれば分かるわ」


 裏道を通りながら火花はすいすいと進んで行った。ウィザードはついて行くのでやっとだ。

 火花は、瀟洒しょうしゃな作りの店のドアを開いた。カランカラント鈴の音が響く。


「火花さん……五分遅い。パンだったら黒焦げだよ」

「風岡さんごめんなさい。退院の手続きで遅くなりました」


 ウィザードも火花と一緒に頭を下げた。風岡という妙齢の女性は、ウィザードをまじまじと見つめて、笑う。


「合格ね。物腰も柔らかそうだし、一本芯が通った感じがするわ。私はこの店を譲る代わりに南の島国で悠々自適に暮らせるから文句はなし。それまでの半年間で店の味を二人には教え込むから、覚悟してよね」

「火花……これはもしかしてパン屋をやる為の準備?」

「美味しくて、人気があるパン屋さんよ。誓い合ったじゃない?」


 フェアリーは、ウィザードと火花の為店を譲ってもいいという店主を探し回ったらしい。その労力に何か対価を払わなければと思うと同時に、これから先が大変そうだとウィザードは気合を少なからず入れた。


 外では雪が降っている。今夜はクリスマスイヴだ。風岡詩音かざおかしおん元オーナー兼元店長は明日から半年間休まずに教育する旨を告げ、雪の中恋人とデートに行くと去っていく。


「ウィズ……びっくりした? 後悔していない?」

「嬉しいよ。後悔ならタイムリープの時に死ぬほどした」

「ここはね……パン屋とカフェを兼業している店なんだ」


 それから半年後。


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