第31話 最終決着(ルートγ)

 十二月二十五日深夜


 火花は数日まともに寝ないで、昏睡こんすい状態にあるウィザードの側にいる。もしかしたらウィザードがむくりと起きだすのではないのかと甘い希望的観測もあった。だが、火花が何度も唇を重ねても起きる気配はない。精密検査の結果、ウィザードはあと数日中に死ぬだろうと医師に言われた。


「ウィズ……君がいないと……僕はダメだよ」

「…………」

「聞こえているかな……僕は君を愛している。やっと相思相愛そうしそうあいになれたのに」

「…………」

「ウィズ……またホワイトクリスマスなんだよ?」

「…………」

「僕……最後の力を振り絞ってもう一度過去に戻るよ。多分決戦の時までしか戻れないけど……君を失うくらいなら……死んだ方がマシだ」


 火花は意識を集中させる。段々と視界がぼやけて、意識を手離しそうになる。だが、それだけ。タイムリープ能力はなくなってしまったのか。火花は何度も何度もタイムリープをしようと意識を集中させた。


「ダメだ。もう能力を使い切っちゃったのかな?」

「…………」


 そこでウィザードの指が少し動く。火花はただの痙攣だが奇跡を見たような心地がした。火花はもう一度意識を集中させる。


 一瞬で上下左右が分からず、真っ暗な空間にフワフワと浮遊しているような気分になった。久しぶりのタイムリープの感覚。


「や、やった。まだ……ウィザードを助けられる。今度こそ……未来を掴むんだ」


 火花は気が付けば、造船ドックの奥で三角座りをしていた。

 外では爆発音が聞こえる。火花は建物の入り口へと走った。


「ウィズ……まだ、生きている」

「火花……危ないだろ。奥で隠れてろよ」

「ウィズ……僕ね……記憶が……」


 窓の外ではケルベロス部隊が殲滅せんめつされる様が映し出されている。全てが爆破されて、ケルベロス部隊は完全に沈黙した。勝利の雄叫おたけびを上げるC・J離反組とジェーンの兵士たち。

 そんな中ウィザードは、外に出ようとする。火花は、それを見て、ウィザードの服の裾を掴んだ。


「火花……何をするんだ。ヴェンがやって来るだろ」

「ちゃんと帰ってくるおまじない」


 そう言って、火花はウィザードにありったけの想いを込めたキスをする。これくらいしか、ウィザードを助ける手段がなかった。いや、これ以上に効果があると思えるものはない。


「火花……もしかして記憶を取り戻したのか?」

「ウィザード……僕……君がいないと……もうダメみたい」


 そう言うと、ウィザードは火花を抱きしめる。少し痛い抱き慣れてない感じが火花の記憶を更に鮮明にした。そしてもう一度キスをする。周りの人々の視線も火花は気にならなかった。


「ウィザード……一緒にパン屋になる夢……叶えて」

「ああ……ああ――必ずだ」

「それから……ヴェンが……――」


 火花が言いかけると心にウィザードの不器用な声が伝わる。


《火花……心を読ませてもらうよ》

《ウィズ……ウィズ……愛しているよ》

《俺もだ。必ず生きて……無事に帰るよ》


 ウィザードが外に出ていく。ベレッタ92ノーペインのマガジンを換装し、岩瀬の姿のヴェンが近づいているのが見えた。間を置くことなくベレッタ92ノーペインが火を噴く。岩瀬が激痛で崩れ落ちる。銃を手に取った壱乃院のことも弾を撃ち昏倒させた。


「殺したはずなのに……ヴェンに……ウィザードが寄生パラサイトされてない」

「ゴム弾でも使ったんだろう。気絶させて、序列一位アリスと真っ向勝負といったところかな?」


 ジェーンが、状況が飲み込めない火花に教えてくれる。だがそうだとするとアリスが現れて、ヴェンを殺せば、前回と同じ状態になってしまう。火花はウィザードのことを心配した。


「ウィザードさん、こんばんは」


 綺麗な鈴の鳴るような声がした。アリス・ノア・スカーレットが現れたのだ。ウィザードはアリスに発砲。だが、銃弾は徐々に速度が下がり、パラパラとコンクリートの地面に落ちる。火花はその様を固唾かたずを飲んで見守った。


「え……? なにこれ? 心が読めない……?」

精神感応テレパシーは、意志が強い方が勝つ。お前は完全複写で、能力の数は多いが、一点に特化したタイプじゃない。そして能力は想いの力が源泉げんせんだ。お前じゃ俺を倒せない」

「黙れ、黙れ、黙れ……私はジョーカーの為に生きてきた。やっと一つになれる。その邪魔はさせない」


 会話を聞いていた火花は、ねじ曲がっているが、その身を捧げるアリスを見て、共感する部分があった。もし、ウィザードがこのまま同じ道を歩んだら、きっと火花は狂ってしまう。


「能力がさえぎられているッッ⁈ ただの最弱のテレパスじゃないの⁈」

「そう……ただのテレパスだった。だが、死線を何度もくぐり抜けた。今の俺はサイコジャッカーだ」

精神支配サイコジャックが解けてるわよ。あはは、後はジョーカーを殺すだけ」


 手の平で転がしていたビー玉をアリスは弾く。だが、それも地面に転がるのみ。


「え⁈ 能力が使えない? どうして……まさか、あなたが何かしたのッッ⁈」

「何度でも試すといい。これからは非能力者として暮らすんだな」


 心が折れたのか、アリスは地面に座り込んだ。そこで岩瀬――ヴェンの身体が起き上がる。


「アリス――俺の最高の身体が何故負けているんだ?」

「俺はアリスの心に鍵をかけた。二度と能力は使えない」

「ク、クソが……俺がこの世界の王様になるはずだったのにな」


 そう言って、岩瀬は9mm拳銃を抜き、ウィザードに至近距離から発砲。火花からは、ウィザードが攻撃を先読みしたように見えた。ターンッターンッターンッ連続して発砲。だが、ウィザードには当たらない。


「ヴェン・ヴァン・ヴィエール……お前を殺す者が現れても……お前の心が死んでいたら……寄生パラサイトが発動しても、意味がないだろう」

「てめえ……何をするつもりだ?」


 その会話を聞いていた火花がウィザードに抱きつく。


「また、無茶する気でしょう?」

「火花……きっと……これしか方法はない」

「ウィザード……お願い……私を救って……もう未来なんて要らない。ウィザードが再起不能になるくらいなら……私も……」


 そこで、ウィザードに火花はキスをされた。大して深くもない普通のキス。だが、ウィザードにとっては、何よりも大切なキス。火花にとっても、それは同じ意味を持つ。


「ガキがキスごときで涙を流してッッ‼ 殺してやるッッ‼」


 ターンッターンッターンッと9mm拳銃を放つ。だが、ことごとく外れる。そして銃弾が空になり、ヴェンはがっくりと肩を落とした。


「ヴェン・ヴァン・ヴィエール……お前に今から仕掛けるのは、ここで生きている全員の膨大な感情を一気に流し込む精神攻撃マインドアタックだ。俺もただでは済まないだろう。だが、お前の醜悪しゅうあくな心をつぶす為に俺は全力を以って相手をしてやる」

「やめろ……やめろ……やめろ」

「今のうちに後悔するんだな。お前はもう詰んでるんだよ」


 ウィザードが苦痛を感じ始めたのを火花は感じ取り、抱きしめる。そして手を繋いだ。


「あああああ、あああああ――、あああああ……頭が割れる。俺は、俺は……助けてくれッッ‼ ああああああ、助けてくれ、ああああああ、ああああああ……あああああ、俺が……俺が消えていく」


 ヴェンは、叫び声を上げながら、段々と身体が動かなくなっていく。ウィザードはそれを見終えると、火花から離れるように倒れ、意識を失った。


「ジェーンさん、お医者さんをッッ‼」

「分かった。すぐ呼ぶ。影縫は序列一位アリスを見張れ」


 ワラワラと造船ドックから能力者たちが現れる。人垣ができたところを割り込む形でC・J離反組の闇医者がウィザードに能力者が脳を休ませる為の薬剤が入った点滴を打った。その後火花は意識を失ったウィザードと日本有数の最高クラスの病院へと送られていく。


 粉雪が降ってきた。それを見ながら火花は確信する。ウィザードはきっと返ってくると。

 何の根拠もないが、愛に勝てるものなどこの世に存在しないと断言できる。

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