第30話 決着(ルートβ)

 十二月二四日クリスマスイヴ夕方。



「公安調査庁、一部のアメリカ軍、時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカー、これが未来翻訳書ミドラーシュのオリジナルとそのコピーだ。これを今燃やしてなかったことにする。下らない出来心で、東京核攻撃などしてみろ。俺たちC・J離反組が喉元に食らいついて噛み殺す」

「オッケーっす。これで大手動画サイトに様子が流れたはずっす」


 ウィザードは灰になっていく手記を見ながら、長い時間が経過したような心地がした。

 隣で見ている火花の顔が気になってしょうがない。


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……さっきの動画に三者ほぼ同時に閲覧した痕跡があるわ。その後運営に圧力がかかって動画は非公開にされたみたい』

「岩瀬が近づいてくるから、通信は切って」

『ザザザッ……ウィザード……ザザッ……無茶はしないで……信じているから』


 信じているという言葉が心に棘のように刺さった。


「ウィズ……僕……君が……」

「火花……ごめん、俺……やっぱり前の火花が好きだ」

「今の僕……じゃダメなの?」

「……傷になるのはイヤだ」

「え⁈ どういう意味?」

「俺は……もう誰とも付き合いはしない。それがほぼ本人だったとしても」


 そして、憎むべき敵が近づいてくるのを察知する。


「武器はこれ9mm拳銃だけだ。恐ろしい顔でにらむなよ」

「同じく武器はナイフだけだ。未来翻訳書ミドラーシュを燃やしたというのは真実か?」

「間違いない……手に入れたら、ここにいる能力者全員を殺すつもりだったんだろ?」


 ――ッッ?!


「よく見抜いたな。岩瀬が立案した計画プランだ。能力者相手にデータもとれるし一石二鳥だったが」

「アレにコテンパンにやられましたがね……」


 岩瀬が親指で指し示したのは、アマジークとレイニーの二人だ。アマジークは目を瞑り倒れており、レイニーが胸の中で泣いている。岩瀬は、9mm拳銃を抜くと、レイニーの元へと走った。まだ意識があるアマジークは岩瀬を爆破しようとする。


 ウィザードは――ベレッタ92ノーペインで岩瀬の足を撃ち抜く。だが、遅かった。アマジークは岩瀬の身体を爆破してしまう。


「みんな建物の中に逃げろッッ‼」


 泣き叫ぶレイニーを手刀で眠らせたジェーンが「頑張りな」と言って最後に建物に入る。


「あー、若い身体はいいな。そう思わないか? ウィザード、俺の寄生パラサイトの能力で一度恋人を殺されかけたんだろ?」


 アマジークの記憶を読んだヴェンがゲラゲラと笑う。


「お前は……拘束しても絶対に脱獄するだろう。きっと今までもそうして快楽殺人かいらくさつじんをしてきたんだろう。だが、俺はお前をつぶして完全に殺す方法を知っている」


 ヴェンは、アマジークの目をウィザードに向けて、爆破しようとする。だが、爆破されるのは周りのバリケードだけだ。ヴェンは不思議な顔をアマジークの顔で作る。


「お前の心はジャック済みだ。あと一押しで廃人にでき……ッッ⁈」

「なんだと……タイムリープ? お前……俺の正体が分かったのか?」

「ジョーカーだとッッ⁈ マリアの仇のッッ⁈ お前が殺したのかッッ‼」


 ウィザードはヴェンの過去を垣間かいま見た。老若男女ろうにゃくだんじょ問わず誰にでも化けて、序列一位のアリス・ノア・スカーレットに指示を出し、組織C・J牛耳ぎゅうじっていたことも何もかもすべてを。

 ウィザードは今すぐ殺したいという思いがつのる。そこに造船ドックの高い位置から声が聞こえる。


「ウィザードさん、こんばんは」

「お前はアリス・ノア・スカーレット……ッッ‼」

「私が現れたってことは察しがついているんでしょう?」


 黄金律が飛び出してきたような少女はスッと姿を消して、ヴェンの前に降り立った。ビー玉を何個か持って遊んでいる。その姿は異常ともいえる程に朗らかだった。


「久しぶりだな、アリス。ちゃんと煙草とライターは持っているんだろうな」

「ええ、我が主ジョーカーよ。少し痛みを伴うけど我慢してね」


 物質加速能力でアリスの持っていたビー玉がヴェンの今の身体の眉間に刺さり後頭部から噴き出る。アマジークの身体は糸が切れた人形のように力なく倒れた。そして――


「ははははははッッ‼ アリス……お前は最高だ。お前の身体は俺の為にある」

「最初から自殺する前提で能力を集めていたのかッッ?」

「ああ……そうだ。今、この体には百を超える能力が完全複写パーフェクトコピーされている。若いし、次の身体に乗り換える必要もない。闘争本能のままに……自由に生きることができる。もう俺を殺せるのは俺しかいない」

「クソッッ‼ あと少しだったのにッッ‼」

「ガキには小遣いをやらなきゃなッッ‼」


 アリスが持っていたビー玉を物質加速能力で、弾丸のように弾き飛ばし、ウィザードの腕や足が撃ち抜かれる。とても少女が作るような顔ではない嗜虐心しぎゃくしんを感じる笑みを作った。


「楽しいな……強いっていうのは最高の気分だな。何もかもが自由だ」

「その為に、あんな幼い子を殺したっていうのか?」

「それは当たり前だろう? 様に身体を譲り渡したんだ。あの世で幸せだと思っているだろう」


 ウィザードの前に人影ができる。それはウィザードの愛する人だった。


「火花……なんで出てきたんだ」

「好きな人の盾になるくらい当たり前の行動よ」

「…………分かった。君に俺の全てを捧げよう」


 ウィザードは精神感応テレパシーのチャンネルを全て開いた。百は優に超える味方の声を集めて、膨大な情報量の渦を作った。タバコを吸おうとしていたアリスの顔――ヴェンの顔から生気が失われる。まるで何かに怯えるように大声を上げた。


「お、お前、まさか――――俺と心中するつもりかッッ⁈」


 煙草を取り落とし、驚愕きょうがくの顔を作るヴェン。火花が心中という言葉を聞いて振り向こうとした時、ウィザードは自分でも処理しきれない膨大な感情の塊をヴェンへと送った。その瞬間ウィザードは目や鼻、耳、口から血を流して意識を手離した。真っ暗が広がっていく。


「あああああ、あああああ――、あああああ……頭が割れる。俺は、俺は……まだ死にたくないッッ‼ ああああああ、誰だお前らは、ああああああ、何を考えて……あああああ、俺が……俺が消えていく」


 その声を聞きながら、ウィザードは懐かしい者に手を繋がれ、白い……どんな白より純白な世界へと進んでいった。身体は数年前の姿に変わっており、大好きだったひとに手を引かれて、天へと上って行く。軽い身体。清められた心。大好きだったひとの手。だが、天へと意識が上る前に、泣いている声が聞こえた。一人ぼっちで生きてきた最愛の女の子。


「ジョン、まだ行かないんだね」

「ああ、マリア……そっちに行くのはまだ早いみたい」


 倒れたウィザードをC・J離反組の仲間の闇医者が診察する。隣で精神崩壊を起こしたヴェンは、時折ピクンと痙攣するのみで、ジェーンと影縫に見張られている。


「まったく、何をしたらこんな状態になるんだ?」

「主様、ウィザード様を日本最高の医療施設がある病院に運びます。よろしいですか?」

「ついでに岩瀬を私の兵士に護送させて、東京拘置所内の能力者オーバーテイカー特別監獄に引き渡す。コイツがまた野に放たれるようなことは防がなければな。C・Jの首魁しゅかいジョーカーと聞けば、誰もが震えあがるだろう」


 ウィザードは能力者が脳を休ませる為の薬剤が入った点滴を打たれて、ハイエースで都内の病院に運ばれて行く。ヴェンの身体は、周りが恐れて触れようともしないので、影縫が運んだ。


「ジェーン・カラミティ……少し話をさせて欲しい」

「お前が京角指揮官か……我々は敵同士だろう? 話すことなどない」

「私からもお願いする。岩瀬は一体何をしたんだ?」


 壱乃院が懸命に頼み込む。影縫にヴェンの身体を任せて、ジェーンはバカ弟子ウィザードのことを思いながら、一連の騒動について語り始める。煙草が初めて不味いと思うジェーンだった。


「ウィズ……雪が降って来たよ。あれ……僕一緒にパン屋になるんだ。なんで忘れてたんだろう。もっと早く思い出していれば、ウィズを一人ぼっちになんてしなかったのに。なんで、こんなタイミングで……思い出すの? 神様……神様……あなたは意地悪です」


 火花はウィザードの胸の上で泣きじゃくる。それを止める資格のある者はいなかった。


 ――人は恋するまで恋したことを認識できない。

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