第29話 決戦(ルートβ)

 十二月二四日クリスマスイヴ昼間。


 ウィザードが外に出て三十分程が経つ。レイニー・アンブレラの持つ機械デバイスによると既に強化人間のほぼ全部がケルベロス部隊により倒されたという結果らしい。強化人間はC・Jの能力がほぼ開花しなかった能力者を素体に身体の強化手術と薬物による洗脳によって作られるとウィザードは説明を受けた。


「死ねたのはもしかしたら幸せなことかもしりんせん」

「アマジークの姿が見えないが……?」

「今は……戦う準備をしていんす」


 妙に歯切はぎれが悪いと思い、オルテガにくと気まずそうにだんまりを貫く。

 その二人より半歩後ろでジェーンが、ゴロワーズで一服している。背景をスコットランドのパブにでも置き換えて、ウィスキーを並べれば、まさに芸術的な黄金比の出来上がりだ。


「そろそろ来るので、みんな俺の後ろに隠れるっす。アマジーク先輩の為にも……ッッ‼」


 公安調査庁のケルベロス部隊の輸送車両と指揮車両が入ってくる。輸送車両は運転席が半壊していた。おそらく強化人間とやり合ったのだろう

 一度は味方となった公安調査庁の京角指揮官、壱乃院隊長、岩瀬副隊長がケルベロス部隊を整列させる。

 拡声器から声が聞こえる。


「私は公安調査庁ケルベロス部隊隊長だ。投降すれば悪いようにはしない。これは最終警告だ」


 壱乃院の警告に従う者は誰一人としていない。対能力者特殊弾AOBの存在はC・J離反組には既に伝わっている。投降して背後からズドンというのは間違いないだろう。


「(岩瀬……お前だけは絶対に許さない)」


 ウィザードは怒りを通り越して憎悪のまなざしを岩瀬に向ける。それに気づいたジェーンがウィザードに話しかけた。ジェーンが他人に気を遣うのは珍しい。


「ウィザード、タイムリープ前のことは聞いているが、もっと冷静になれ」

「分かっています」

「じゃあ、何故、自分の相棒を既に抜いているんだ?」

「…………」


 だが、ウィザードは答えない。答えられない。答えたら復讐鬼へと変貌してしまうから。愛する人が傷つけられ、悲しい結末を辿った前回の状況。繰り返させてたまるか。


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……ジェーンの言う通りよ……今は目の前に集中しなさい』

「集中はしてるさ……ただ、普通ではいられないだろ」

怨敵おんてきってヤツね。ただ、復讐めいたことで留飲りゅういんを下げるよりも、火花さんと結ばれる方がお姉さんは安心するわ』

「……それは無理だと思う。タイムリープ前の火花を知ってるから……すれ違いの連続だよ」

『きっと火花さんも思い出すわよ。愛は地球さえも救うのだから』


 そこで、ウィザードは話に興じるのをやめた。ケルベロス部隊が真っ赤なゴーグルを光らせて、襲ってくる。既に対能力者特殊弾AOBを装填しているようだ。百名近くのケルベロス豚が発砲。ダダダンッダダダンッと20式5.56mm自動小銃の雨あられ。だが、オルテガがその運動エネルギーで充電し、更に雷撃をケルベロス部隊に喰らわせる。


《クソッッ、強化人間さえ出てこなければッッ‼》

《壱乃院隊長……予備のクローン兵はとっくに呼び出しましたぜ》


 声は聞こえないが、ウィザードは岩瀬たちの心を読んでいた。


「まだ予備のクローン兵がやって来るらしい」

「私の部下と序列三位オルテガで均衡を保っているが、このままだとマズいな」

「大丈夫っす。アマジーク先輩が来るっす」


 ウィザードは心を読みながらサポートに徹している。倒したケルベロス部隊のクローン兵はたったの三体だ。壱乃院の指示で背後から奇襲をかけようとしている敵がいる。ジェーンに伝えると肩を叩かれて、その場に留まるように制された。


「オルテガ……そろそろ、能力の負荷に耐えきれないんじゃないか?」

「やっぱ、能力者殺しの名は伊達ではないっすね。いいところであと十分です。あとはアマジーク先輩に任せるっす。もう強化は終わっているはずっす」

「強化?」

「脳を直接弄って攻撃的な人格に改造するんっす。本当なら俺が適任なんすけど……」

「次で最後の攻撃っす。みんなその後はバリケードに隠れてくださいっす」

 

 最大火力の放電の後、オルテガは顔が真っ青になっていた。大分無理をしたことが分かる。ウィザードたちは一斉に造船ドックの中に身を隠す。地下に繋がる階段から足音が聞こえる。ウィザードはアマジークの足音だと判断。


「強化後、間もないからほっといてくんなまし」

「デリケートな状態ってことか……」

「さらに言えば、使い捨ての欠陥品けっかんひんに身を落とした状態でございんす」


 瞬間移動能力者のレイニー・アンブレラがウィザードに説明をする。

 ウィザードは、暗がりから現れたアマジークを見て、驚きずっと握っていた手を開いた。以前の優し気な表情はなく苦悶の表情を浮かべて、ブツブツと独語をしている。


「ケルベロス部隊……殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。仲間の為……殺す。殺す。殺す殺す。殺す」

「これでも安定している方っす。多分、あと数時間で脳が使い物にならなくなって植物状態になるっす」

「わっちらが何を言っても、自分が強化を施されると譲りんせん」


 そう言うとレイニー・アンブレラが大粒の涙を零し始める。ウィザードは気が付いていた。彼らは恋人だったと。自分に同じことができるだろうか。ウィザードは答えを見つけられなかった。


「アマジーク……わっちらも行こうかぇ?」

「ケルベロス部隊……殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。仲間の為……殺す。殺す。殺す殺す。殺す」


 アマジークは発する言葉は同じだが、レイニー・アンブレラと抱きしめ合う。それを見てウィザードは造船ドックの奥で身を潜めている火花のことを想った。


「では、あとは頼みんす」


 ウィザードたちは、建物から出ていくアマジークとレイニーを見ていた。ケルベロス部隊が対能力者特殊弾AOBを発射。すると弾丸全てが爆発炎上し、アマジークの視界にある障害物を含め、ケルベロス部隊が爆散した。


「す、すごい。爆破能力エクスプロージョンか」

「目の前にあるものを爆破する能力っす。でも弾丸まで爆破できるようになるとは……」

「自我はどのくらい残っているんだ?」


 ウィザードはオルテガに質問をする。その間にも派手な爆発音が響き渡った。


「分からないっす。あれだけの能力を見る限り……自我は存在しないと思った方が……」


 ズドドドドドンという爆破音。ケルベロス部隊の輸送車両が爆破された。

 壱乃院や岩瀬は後ろに下がっている。そしてケルベロス部隊を満載した輸送車両が到着した。


 次々と現れる赤く光るゴーグルをつけた黒一色の兵士たち。夕陽にコンクリートジャングルが赤く焼けている。造船ドックの入り口は血で赤く染まっていた。ケルベロス部隊のクローン兵の死体を踏みながら、新しく補充されたクローン兵はアマジークとレイニーに近づこうとする。だが、ことごとく爆散。


「ウィザードさん、なんとかなりそうっすね」

「うん……だけど……岩瀬がいる」


 敵の公安調査庁の隠密おんみつ部隊を指揮する者もバカではない。段々とアマジークとレイニーを包囲するような陣形を取る。視界に入らなければ、対能力者特殊弾AOBから身は守れない。

 普通なら同士討ちフレンドリーファイアを防ぐ為、銃の射線上には味方を置かないのが鉄則だ。しかし、ケルベロス部隊はクローン兵で構成されている。幾ら損耗そんもうしようとも痛くも痒くもないのだろう。


「全隊員、敵能力者へ攻撃ッッ‼」

「…………」


 ダダダンッダダダンッと20式5.56mm自動小銃が火を噴く。だが、もうそこには、アマジークもレイニーもいない。同士討ちで数体の敵が死んだ。ダメージを受けた者は遥かに多い。

 ウィザードはレイニーの思考を読み目線は上空へ。全てのケルベロス部隊をアマジークに視認させる為の策だった。


《なに……クローン兵を全て潰すつもりかッッ⁈》

《いやあーやられましたね。これは完敗だ》


 次々に爆破されていく敵の隊員たち。全員が倒されたところで再び地上へ。

 ケルベロス部隊は完全に沈黙した。ウィザードは勝ったと確信する。あとは岩瀬――ヴェン・ヴァン・ヴィエールをどうするかだ。


「ウィズ……勝ったの?」

「火花……まだヴェン・ヴァン・ヴィエールが残っている。隠れていてくれ」

「イヤよ……最後の結末は……この眼でしっかり見ておきたいの」


 海側の敵を殲滅したジェーンがウィザードの頭をポンポンと叩きながら声をかける。


「限りない絶望を味わってきたんだ。最後の結末くらいは見させてやれ」


 ウィザードはこくりとうなずき建物から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る