第28話 決戦前、すれ違う想い(ルートβ)
十二月二四日クリスマスイヴ昼間。
意識が段々と緩慢に再構成される。ウィザードという一個の人格としての自我を認識したところで、目を開く。染みのない真っ白な天井をウィザードはボーッと見ていた。幻肢痛というのだろうかなくなった方の目が痛む気がする。視界が右半分だけになったことで、遠近感が失われた心地がした。
「ウィズ……気が付いたんだね。よかった」
「火花か……無事でよかった。目はダメだったんだな」
「ジェーンさんが呼んだ凄腕の闇医者だけど……網膜まで傷が入っていて、治せないから摘出するしかなかったみたい」
「……そうか。C・J離反組は? 序列一位が襲ったんじゃないのか?」
「大丈夫、まともに戦いにならなくて撤退したから……」
ウィザードは超一流のガンマンであるジェーンから一流のガンマンにしてもらった。だが、片目が使えなくなっては、ガンマンとしての寿命が尽きたと言っても過言ではない。
ウィザードは、肩を落とした。戦力外になってしまう危機感を感じる。火花を守ることができるだろうか。
「やはり、気落ちしていたようだな」
ジェーンが現れる。そういえばここはどこだと考えていると、仕草から心境を読まれた。
「ここはC・Jの離反組の拠点の造船ドックだ」
「そう……ですか……」
「どうせ、片目が潰れたから、ガンマン廃業だとか女々しく考えているんだろ?」
「隻眼の一流ガンマンなんていますか?」
「私の祖父がそうだった。私より腕は上だっただろう。お前もまだ若い。成長する余地は十分ある。気を落とすな」
そうは言っても、現時点での戦力低下は否めない。そこに、オルテガやアマジーク、レイニーが現れた。三人共表情は真剣そのものだ。
「ウィザードさん、あんたが抜けても俺らが頑張るっす」
「誰も戦線復帰しないとは言ってないだろ」
「じゃあ、まだ一緒に戦ってくれるんっすね?」
「今決めたけど……後悔はしたくないからな」
そこで電子の妖精から連絡が入る。
『ザザーッ……ウィザード……ザザッ……公安調査庁のケルベロス部隊が……動き出したわ』
「フェアリーこっちに向かっているのか?」
『ザザーッ……ウィザード……ザザッ……そっちの拠点に……ザザザ……向かっているみたい』
「どこから情報が…漏れてるんだろう?」
『ザザーッ……恐らくは……ホーエンツォレルン在日米海軍司令官……ザザザッ……からだと思うわ』
「岩瀬と繋がりがあったらしいからね。」
『ザザーッ……寄生ね……生け捕りに……ザザザッ……するのも難しい……か』
「一か八か通用しそうな手はあるんだ。俺もただじゃ済まないけれど……」
『ザザザッ……自己犠牲とか……バカなこと考えている……わけじゃないわよね?』
「…………」
『……ザザーッ……ウィザード……紫火花さんと……結ばれたいんでしょう?』
「…………」
『……バカなこと考えないで……ザザザッ……しっかり……しなさい』
そこで、通信は切れた。フェアリーは始終不安そうな声音をしていた。ウィザードは、岩瀬やケルベロス部隊との戦いにどう挑むか決心がまだつかない。
「ウィズ……怪我をしてるんだから……無理はしちゃダメだよ」
「あと少しで、火花――君を呪われた因果の
「じゃあ、約束して。タイムリープ前の私――紫火花に誓って……絶対に命を捨てるような無茶はしないで」
「……そんなの約束できるわけない。敵は殺しても死なない能力者……それに対能力者特殊弾を装備したケルベロス部隊を率いてる。圧倒的に不利だ」
「君は――ウィズは、僕のことを一人ぼっちにしても平気なの?」
「平気なわけない。でも、でも、君が、前と同じ寂しそうな笑顔を作るから……見ていられないんだ」
火花はいつの間にか目元を真っ赤に腫らしながら、涙を流している。その悲しそうな顔を見てウィザードは嘘を吐こうと決意した。タイムリープ前の火花に許しを乞う。俺の身勝手な決意で傷つけてごめん。ウィザードは決意を固めた。
「火花には……負けてしまうな。必ず、全員無事で終わらせて、笑い合おう」
「ウィズ――僕は、タイムリープ前の紫火花じゃないけど……君に恋しかけてる。だから、今の僕を絶望させないで欲しい」
ウィザードは、小さく首肯する。それが一時凌ぎで、真っ赤なウソだとしても、それが愛ゆえの過ちだと知っていても。
『ザザザッ……ウィザード……あとおよそ一時間後に公安調査庁の……ザザーッ……ケルベロス部隊がやってくるわ』
「フェアリーからあと一時間後にケルベロス部隊がやってくるそうです」
それを聞いたC・J離反組は顔を見合わせた。そしてそれぞれが決意を固めた様子。
「対能力者特殊弾を撃たれる前に強化人間で先制攻撃しんす」
レイニー・アンブレラが階下に降りていった。
「そういえば、一週間後に子供の能力者をクルーザーに乗せると聞いたけど、どこから集めたんだ?」
ウィザードが話を聞くと、黒渕から能力者の孤児たちを買っていたのはC・Jらしい。離反組はその子供たちを南国の島国に連れて行き、衣食住に加えて教育を受けさせていると言う。
「少し昔、マリアっていう先輩がC・Jの方針に異を唱えたんだ。能力者至上主義を掲げる国際テロ組織になる前のことだけどね」
ウィザードは、マリアのことを思い出した。マリアの意志が、受け継がれていることを嬉しく思う。マリアは無駄死にしたわけではなかった。そう思うと、彼らを守るという大義名分もできる。
「ウィズ……僕……マリアって人に命を助けられたから、今まで生き残れたんだ」
「知ってる。テレサ――今の火花が殺されたことにしてくれたんだろ」
「うぅーん、なんだかタイムリープ前の僕が恋敵に思えるよ」
窓から外の様子を見ると強化人間が倉庫から出ていく。ケルベロス部隊の半数は亡きものになるだろう。だが、対能力者特殊弾は脅威なことに変わりはない。有利に立ち回れるのはオルテガくらいだろう。
「火花……生き残れたら、パン屋でも開かないか?」
「戦士が……戦う前に食べ物の話をすると縁起が良くないって聞くよ」
「そっか、そう……だよな」
「あからさまに気落ちしているけど……もしかしてタイムリープ前の僕との約束だったりする?」
「ああ……そうだよ」
ウィザードは遠くから自動小銃の発砲音が聞こえるのを耳にして外を見ている。
「気に喰わないけど……約束してあげるよ。その代わり関係性はオーナーが僕で、ウィザードは店長だからね」
「俺と結ばれるのがそんなに嫌なのか?」
「好きでもないのに自分のことを知り過ぎている相手を好きになれるかい?」
「生理的に嫌悪感が生まれるってヤツか……」
少しずつと銃声が近づいている。そろそろ火花を造船ドックの奥へと導かなくてはならない。火花の手を繋ぐ。途中で思いっきり殴られた。
「人を無理矢理黙連れて行くとはどういうこと?」
「安全な場所に連れて行くだけじゃないか……そんなことも分からないのか?」
「ウィズ……いや、ウィザードのバカ、アホ、天然ジゴロ」
「そんな言い方ないだろ。こっちだって好きだった女の子が態度を
ウィザードは繋いだ手を離した。
投げ出すように、どうなってもいいというように。
「う……う……ウ、ウィザードなんて大嫌いッッ‼」
「こんなわがまま娘なんてこっちから願い下げだ」
ウィザードと火花は完全に違う方向に向かって歩き、決別する。ウィザードは、怒りで身体が熱くなっていた。臆病なウィザードがケンカをすること自体が稀なことであり、火花とケンカをするのは初めてだ。
「おい、バカ弟子。戦う前は思い残すことはなくしておけ、と……今まで何度も何度も言っておいたはずだぞ」
「ケンカが向こうから舞い込んできたんです。無視できません」
「タイムリープ後の紫火花は、私から見て少なくともお前に懸想しているぞ」
「だったら何故こんな時に反発してくるんですか?」
「知らん……お子様の恋愛に口を出すようなお節介焼きではないんでな」
ジェーンはカツカツと呆れたようなブーツの音をさせて表に出て行った。一人残されたウィザードはやりきれぬ思いを胸にジェーンの後を追う。
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