第18話 C・Jとの激戦(ルートα)

 十二月二十七日夜。


 軽トラが残りわずかな差で造船ドックに先に着いた。火花は造船ドックに収容されたらしい。フェアリーの情報なら間違いはないだろう。ウィザードは外目にも分かる程焦っていた。


「ちょうど、ケルベロス部隊の兵士と並んで到着か」

「火花はいるんでしょうか?」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……車に乗せられて……造船ドックに入ったわ』

「ホッとしていいのか悪いのか……とにかく敵をたおして、火花を助ける」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……日本最大の……拠点だけあって……能力者だらけよ……気を付けて』


 ジェーンの兵士も数十名がヘリから降り立った。

 京角が乗る指揮車両もやって来た。輸送車両から下りてきた壱乃院と岩瀬が敬礼する。


「このクソ寒い中……よくもまあ、C・Jはやってくれましたねえ」

「岩瀬……煙草を吸うなら向こうで吸え。煙が臭い」

「京角さん、壱乃院隊長は刺々とげとげしくて困りますよ。育ての親なんでしょう?」


 そこにウィザードとジェーンが近づく。


壱乃院海穂いちのいんかいほは京角指揮官の娘なのか?」

「いえ……孤児みなしごだったのを拾い育てたら私と同じ職場に。いつもヒヤヒヤしていますよ」

「がははは、それで俺の出世が阻まれているんですけどね」


 ジェーンは岩瀬を無視するようにケルベロス部隊が整列する様を見た。

 全員が20式5.56mm自動小銃を持ち、96式40mm自動擲弾銃グレネードランチャーを持つ兵士もいる。


「自衛隊の優秀な隊員の記憶でも転写されているのか?」

「がはははは、それは企業秘密ですよ」

「岩瀬とか言ったな。私はお前が嫌いだ。話しかけるな」


 ジェーンが人を嫌いになる最も多い理由はがさつさだ。日本のがさつなジ・オッサンを代表しているような岩瀬が嫌われるのは無理がない。ただし、それだけではないようで影縫に命令を下す。


「岩瀬と言う男から火花が予知能力者だという話が漏れている可能性が高い」

「寝首をかかれぬよう見張っておきます」

「先生の勘ですか?」

「超一流のプロは合理的思考と第六感をバランスよく持つものだ」


 スッと影縫がジッポライターでジェーンが加えたゴロワーズに火を点ける。

 影縫はスッとまた背景に溶け込んだ。能力はなんなのかとウィザードはいつも気になっていた。


「ジェーンの姐御あねご、対強化人間用のアヴェンジャー機関砲の設置が終わりました」

「姐御と呼ぶなと言ってるだろうがせめてジェーン様くらいにしておけ」

「みんな先生をしたっているんですね」

「違う違う違うぞ、ウィザード。たまたま助けたやつらが組織を作っちまったのさ。ホスト崩れやら女衒ぜげんに薬の売人、ヤクザとかそんな連中だ。だが、勇敢さでは世界で一番を取ってもおかしくない連中だよ」


 ズシンッズシンッと思い何かが歩く音が聞こえてくる。ウィザードの予測通りに強化人間が三体現れた。一瞬で隊列を組んだケルベロス部隊の兵士たち。ジェーンの子飼いの兵士たちは、二門のアヴェンジャー機関砲とそれを守る為M4A1カービン自動小銃を構えている。


「ウィザード、先の戦いで見せた精神操作はいざという時の為にとっておけ」

「でも、先生の兵士たちが殺されるかもしれません」

「その役目はケルベロス部隊が担ってくれそうだ」


 ダダダンッダダダンッと20式5.56mm自動小銃が発射される音が聞こえる。ケルベロス部隊が正確な狙いで強化人間の頭を狙っていた。ババババッババババッと96式40mm自動擲弾銃グレネードランチャーも発射される。強化人間はその巨躯を機敏に動かし、ケルベロス部隊へと突っ込んでいく。鋭利な爪が光る。


 ――ぐちゅッッ‼‼


 トマトが潰れるようにケルベロス部隊の兵士が原型を留めない肉と骨のミンチになる。あとから血の果汁がジワリとにじみ出て、あたりをねっとりとした血液がけがしていく。


「アルファ小隊、強化人間の背後に回れッッ‼」


 壱乃院が指示を出すと躊躇うことなく、ケルバロス部隊は背後をとった。

 そして射撃再開。機敏な連携によって強化人間は手玉に取られている。


「ブラボー小隊、チャーリー小隊、よこつらを引っ叩け」


 岩瀬も壱乃院のサポートを十全にこなしている。

 だが、強化人間はまだまだ無傷であり、善戦しているという状況だ。


「(お互い決定打に欠ける……か)」


 ウィザードが独り言を言うとジェーンがそれに反応した。


「私ならここで能力者を投入する。だが、C・Jの連中は何かを警戒しているようだな」

対能力者特殊弾アンチオーバーテイカーバレッドという単語を耳にしました」

「能力者が持つF因子を破壊する特殊弾だ。かすり傷で能力が使えなくなる」


 ウィザードは能力が使えなくなると聞いて、身震いした。使えなくなったら玩具が使えるだけのただの少年になってしまう。

 そんなことを考えていると、アヴェンジャー機関砲が発射され始めた。

 ズダダダダダダダダッと轟音ごうおんを鳴らして、強化人間の足がもげた。パワードスーツなしだからか動きも遅い。倒れた強化人間をケルベロス部隊が囲んで、20式5.56mm自動小銃を頭部に集中攻撃させる。


「やはりパワードスーツなしならこちらに分があるな」

「飛んで跳ねるような動きはしませんからね」


 そこで信じられないことが起きる。ケルベロス部隊を運んでいた輸送車両が爆発ししケルベロス部隊を強化人間諸共潰した。残るケルベロス部隊は半数を切る二百体ほど。


「あはははははは、時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカーが番人……《ナンバーズ》序列三位オルテガ・バサーカ・サバス推参……っす‼」

「全員発砲を禁止する。相手は銃弾の運動エネルギーを、放電の力に変える」

「あはははははは、開幕ネタバレは辛いっすね。でも俺も強化されたんで簡単には攻略できないっすよ」

 

 ウィザードは心を読んだ。拷問のように脳を――精神を弄りまわされた映像が浮かび、精神感応テレパシーのチャンネルを切る。以前とは別人と考えた方が良さそうだ。


「あはははははは……いくっすよ。大放電最大出力ッッ‼」


 笑い声を上げながら以前の数倍の雷電が走り、ケルベロス部隊が消し炭になっていく。ウィザードは至近距離に近づくことは困難と判断。電撃使いの攻撃が止むのを待つしかないと考える。

 だが、電流は強さを増すばかりだ。


「あはははははは……反撃はしてこないんっすか」

「アルファ小隊……対能力者特殊弾AOBを装填発射準備ッッ‼」

「あはははははは、エネルギーをくれるんっすね」


 ジェーンがやめろと叫んだ瞬間。号令がかかる。


「撃てッッ‼」


 二百体のケルベロス部隊の20式5.56mm自動小銃が火を噴く。当然のように、銃弾の雨あられは、二メートルほどの間で止まり、パラパラと落ちる。更に充電されたオルテガ。


「あはははははは、効かないっすよ。弾一発で人を殺せるくらいの効率に改造されたんっすから」

「改造だとッッ?」


 壱乃院が叫ぶ。それには笑い声で答えるオルテガ。


「あはははははは、今度は誰が餌食になってくれるんっすかね」


 最強の盾と矛を持った存在にオルテガは改造された。物理的なダメージを与えることは不可能に思える。近づく前に高出力に改造された電流の的になるのは明白。さらに、対能力者特殊弾AOBとやらもかすり傷すら追わないので、意味をなさない。唯一殺せるとしたらテレポート能力持ちくらいだ。


 その間も、ケルベロス部隊は損耗そんもうしていく。いずれジェーンの兵士たちも標的ひょうてきにされるだろう。ウィザードは、危険だが精神感応テレパシーのチャンネルを最大限にする。そして、真っ先に命じたのは充電能力――半径二メートルの障壁の解除だ。

 瞬間、対能力者特殊弾AOBがオルテガを撃ち抜く。


「あはははははは、あれ? 能力が使えない。あははははは、なんすかこれ?」


 ウィザードは、オルテガに近づく。心を浅く読みながら言葉を発す。


「楽に殺してやるから……教えろッッ‼ マリアを陥れた者の名前を教えろ」

「あははははは、痛覚は改造でなくなったんで楽になんかしなくていいっすよ。時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカーが番人……《ナンバーズ》序列二位シュナイダー・レッドストーンっす。東京コンクリートジャングルのどこかにいるはずっす」

「分かった。ウソではないみたいだな。介錯かいしゃくは要らないんだったな」


 ウィザードがその場を離れると岩瀬がやって来て――


「ヒヤヒヤさせやがって、C・Jのクソガキがッッ‼」


 ――岩瀬が、血濡れのボロ雑巾のようなオルテガに向けて、9mm拳銃を嗜虐的しぎゃくてきな表情を作りながら踏みつけて発砲する。

 ウィザードはその姿を見て、岩瀬のことを本気で嫌うようになった。


「岩瀬……何を遊んでいるのだ。まだまだ強化人間は沸いて出てきているんだぞ」

「へいへい、壱乃院隊長。ブラボーチームは新たなターゲットを足止めしろ」


 戦線は、膠着状態こうちゃくじょうたいおちいった。ケルベロス部隊が半数へ減ったことが主な原因だ。設置されたアヴェンジャー機関砲が頼みの綱。そこに白旗を持った青年が一人現れた。ジェーンと壱乃院がそれを注視する。


「私は、番人ナンバーズ序列四位アマジーク・ハイドリヒ……C・J日本拠点の代表だ。そちらの要求は全て飲む。だから、攻撃を止めて欲しい」

「ウィザード……ヤツが言っているのは本当か?」

「…………間違いありません。能力者の子供たちを守りたいようです」


 それを聞いたジェーンは、壱乃院に目線を送る。しかし――


「デルタ小隊、エコー小隊、突入しろ」

「おい……まさか、最初から皆殺しにするつもりだったのか?」

「ジェーン・カラミティ……これは京角指揮官からの命令だ。能力者は排除する」


 その様子を見たアマジークは冷静な口調。


「私はそちらが戦うというのであれば、能力を使い排除するまでだ」

「アルファ小隊……アマジークを殺せ」

「…………」


 対能力者特殊弾AOBを装填した20式5.56mm自動小銃が発射される。ダダダンッダダダンッと発砲音。爆破されたアルファ小隊を道ずれに、対能力者特殊弾AOBを食らったアマジークは膝から先がなくなったかのように倒れ落ちる。


「おい、公安調査庁の犬ども……恥を知らないのか……戦いにもルールがあるだろう」

「正義の前には、恥もルールも意味をなさない」

「つまり同盟も正義の前には意味をなさないとも捉えられるな」


 ウィザードは慎重に壱乃院と精神感応テレパシーのチャンネルを開いた。


《同盟を破棄するかは京角さんが決めることだ》


 ウィザードは、ジェーンと目を合わせてうなずく。


「裏切られてもこちらは逆襲をかけるだけだ。ウィザード、突入部隊を任せる。中にいる紫火花を助け出せ。早く安心させてやれ」


 五名のM4A1カービン自動小銃で武装したジェーンの兵士と共にウィザードは造船ドックの建物の中に入っていく。もちろんケルベロス部隊も先行している。


 ――火花だけは絶対に守ってみせる。


 ネックレスにしている9x19mmパラベラム弾に触れながら、ウィザードは火花のことを一刻も早く救い出したかった。

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