第19話 運命の分岐点(ルートα)

 十二月二十七日夜。


 造船ドックの建物に入ると、強化人間が入った就眠しゅうみんポッドが多数目に入る。中では黒い外骨格を持った強化人間が、時々痙攣けいれんするような様が見えた。


「ライトクリア」

「レフトクリア」


 ジェーンの兵士は、かなりの練度を誇るようだ。ウィザードは一足先ひとあしさきに中に侵入した公安調査庁のアルファ小隊に追いつきたかった。もし、火花が撃ち殺されたらと思うと居ても立っても居られない。


「ウィザードさん、急ぎましょう」

「ああ……――そうだな」


 ダダダンッダダダンッと戦闘音が響く。ウィザードたちは急いでそちらに向かう。能力者と思われる者の死体が散乱さんらんしていた。対能力者特殊弾AOBはかなりの効果があるようだ。またしても銃声。うつろな目をした能力者の死体を踏み越える。


「(数日前なら……能力者が殺されたら……喜んでいたが……これは虐殺ぎゃくさつだな)」


 能力者は、分かりやすい赤く光る眼ですぐに社会から弾かれる。元々C・Jは能力者の受け皿だった。だが、社会からの圧力ゆえ段々と先鋭化せんえいかしていった。ウィザードがC・Jに入ったのがその時期だ。学校のいじめと同じ。異端者は吊るし上げられ、消えるまで攻撃を受け続ける。


「ウィザードさん能力者です。みんな撃ち殺されています」

「こんなことをするなんて第二次世界大戦と変わりないじゃないか」


 そこにフェアリーからの連絡が入る。至急という感じの慌ただしさがあった。


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……急いでクルーザーに……能力者の子供たちが……運ばれているわ』

「火花も運ばれるって話か」

『そうよ……先にケルベロス部隊に……ザザザッ……見つかったら殺されるかも……しれない』

「じゃあ、急がなくちゃな」


 隣の大部屋で派手な爆発音がした。見ればケルベロス部隊が罠に引っかかり半数ほど動けなくなっている。ウィザードは先へ先へと進んだ。火花を助けるのは俺の役目だ。そう思い、どんどんと前へ行く。

 罠も多数あったが、全て解除した。最後に大きな空間に出た。クルーザーが横付けされている。造船ドックの中枢部だった。


「動くなッッ‼ 火花を返してもらうぞッッ‼」

「もう来んしたんでありんすか?」

「お前は……レイニー・アンブレラ……ッッ‼」


 抑えきれない殺意が漏れる。ベレッタ92ノーペインを向けた。

 だが、そこに割り込む人影。


 ――それは火花だった。


「火花……無事でよかった。でもなんでそいつをかばうんだ」

「C・Jは敵だけどそうじゃない人もいるんだよ」

「でもこいつは火花をさらったんだぞ」


 後ろを守るジェーンの兵士たちが困惑した雰囲気を作っているのをウィザードは感じた。

 なぜ火花がC・Jを擁護ようごするかがウィザードにはさっぱり分からない。動揺するのみだった。


未来翻訳書ミドラーシュのコピーを一繋ぎにしたよ。これでC・Jいや能力者たちを保護する者たちは潰されずに済む」

「つまり……こいつらはC・Jとは縁を切ったのか?」

「そう……抑止力的に未来翻訳書ミドラーシュコピーを持っているだけで、未来を変えるなんておこがましいことはしないんだ」


 火花の背を、レイニー・アンブレラが押す。少し転びそうになりながらウィザードの身体に抱きつく。その重みと体温が火花が取り返せたという安心感に繋がる。


「わっちらは未来翻訳書ミドラーシュのコピーがあるだけで、未来予知能力者は要りんせんで返しんすよ」

「子供たちを積んだクルーザーでどこに行くんだ?」

「まずは身を隠くす拠点に移るつもりでございんす」


 そう言うとレイニー・アンブレラは子供たちを乗せて、自分も乗り込んだ。

 能力者を殺して、殺して、殺し抜いてきたウィザードだったが、毒気が抜かれた。

 誰を相手に戦っていたか。何の為に戦っていたか。何を懸けて戦っていたか。それらが歪な理由によるものだったとウィザードは感じた。


 クルーザーが東京湾に出ていく。それを見守る火花とウィザードたち。子供たちは幸せになれるのだろうか。そんなことを考えていた矢先――


 ――クルーザーは爆散した。


「ッッ⁈」

「え、ええ、え⁈ 子供たちが……子供たちが……⁉」


 気が動転して海に飛び込もうとする火花を抑えるだけの理性が残っていたのは幸いだった。ウィザードも起きたできごとを飲み込めない。取り敢えず誰もC・Jの生き残りがいなくなった造船ドックを後にする。


「火花……覚悟してくれ……イヤな予感がする」


 だが更なる混乱が起きていた。急いで外に出たウィザードが目にしたのは――


「壱乃院隊長さんよお、プラン通りにクルーザーをミサイル攻撃してくれて助かりましたぜ」


 そう言い放つのはケルベロス部隊副隊長の岩瀬だった。9mm拳銃を京角の額に突きつけている。壱乃院は武装を全て解除した。岩瀬はガツンと京角の頭を銃口で殴る。

 岩瀬の意図いとが伝わったようで、壱乃院は隠し持っていた暗器あんきも地面に落とした。


 ウィザードは一体何が起きているのか分からない。


「先生……これはどういうことですか?」

「クソッタレが裏切ったのさ」


 壱乃院が武装を解除すると岩瀬は更に要求する。残りのケルベロス部隊の指揮権を寄こせというのだ。だが、京角が叫ぶ。


「壱乃院、命令だ。私諸共岩瀬を殺せ。コイツは危険過ぎる」

「……お母さん……そんなことできません」


 武装を解除したのを見て、岩瀬は京角の頭を撃った。スイカが破裂するように、頭蓋が弾ける。声を上げて岩瀬に詰め寄る壱乃院も岩瀬はなんの躊躇ちゅうちょもなく撃ち殺した。隊長が死んだ為、ケルベロス部隊残り五十体ほどは副隊長の岩瀬の指揮下に入る。


「残りは……可愛いお嬢ちゃんを殺せば完了だな」


 瞬間、岩瀬が背後から音もなく現れた影縫の忍者刀で心臓を貫かれた。

 岩瀬は血の泡を噴き出しながら、絶命した。命令がないと動けないケルベロス部隊は微動だにしない。影縫は岩瀬の持っていた9mm拳銃を拾う。


「影縫……よくやってくれた。後味は胸糞悪いが、仕方がない」


 ジェーンがそう言うと影縫が返事をする。


「はい、ジェーンさん、その通りですねえ」

「んん? 影縫……何かあった……ッッ⁈」


 ターンッターンッターンッと発砲音。影縫が9mm拳銃をジェーンに向けていた。


 赤い花リコリスが三つほど咲き、すぐ散った。


 ウィザードは意味が分からなかった。なぜ影縫がジェーンを撃つのか。また幻覚でも見ているのではないかと目の前の現実から逃げ出したくなっていた。


「「「「「姐御あねごッッ‼」」」」


 近づくジェーンの兵士たちも影から現れる影縫に撃たれてその場にうずくまる。


「影縫さん、あんた何しているんだッッ‼」

「おっかない顔するなよ。俺だよ、俺。岩瀬だぜ」


 声は影縫、口調は岩瀬だった。どういうことが起きているんだ。絶望しかかった俺を支えているのは火花の存在だけだった。ウィザードはベレッタ92ノーペインを構える。


「今度は大当たりの身体だな」

「お前……本当に岩瀬なのか?」


 影縫はゴロワーズに火を点け、一服し始める。


「ふー、いい煙草だぜ。気分がいい。俺は影縫千聖でもあり、岩瀬でもあり、他の誰かでもある。俺の本当の名前はヴェン・ヴァン・ヴィエール」

「人格を乗っ取ったのかッッ?」

「俺の能力は……寄生パラサイトだ。俺を殺した奴の精神を乗っ取る」

「精神を乗っ取るッッ?」


 ウィザードは危機感を覚えた。殺しても意味がない。しかも影縫の能力は一騎当千の力を持つ。拘束することも叶わない。ジェーンの兵士たちも同じ考えのようでトリガーに手をかけて、動けないでいる。


「まずは……ウィザード、お前の番だ」


  発砲音。腹が熱い。ヴェンの持つ9mm拳銃で撃たれたのだ。

 身体から血が、命の水が、漏れ出ているとウィザードは感じた。


「次はその彼女……別嬪さんだな。殺すのがもったいない」

「やめろッッ‼」


 火花も腹に数発弾丸を食らう。ウィザードは憎悪の感情をヴェンに抱いた。

 だが、それも今となってはもう遅い。

 終わりだ。ウィザードは心が折れた。最後に火花と話がしたくなる。精神感応テレパシーのチャンネルを百パーセントにして火花と話を始めた。


《ウィズ……一つの賭けができる……大きな賭けだが、試してみないか?》

《あああ……なにを……いまさら……》


 血濡ちぬれの……ボロ雑巾ぞうきんのような……ウィザードの肩を火花が弱々しく掴んだ。


《僕と一緒にクリスマスイヴから一週間前の過去へ帰るんだ》

《は……?!》


 ――過去へ帰る?


 ウィザードは理解できなかった。なにを言ってるのか分からない。


《僕は未来予知の能力なんて持っていないんだ。全てはタイムリープして五十年後の未来を見てきた事実を未来翻訳書ミドラーシュという文書に綴ったんだ。僕は能力の限界が来るまで何度も何度も何度も、東京核攻撃から第二次太平洋戦争……第三次世界大戦……絶望の文明崩壊まで見てきた。だが、今の未来でようやく黒幕の尻尾が掴めた。これは千載一遇のチャンスだ。ジェーンも影縫も誰も失わずに済む希望の未来が見えかけている》

《でも……火花だけがタイムリープするんじゃ俺は意識と記憶を過去へ飛ばせないじゃないか?》

《昨日……君が強化人間の意識を乗っ取った話を見て思いついた。僕とテレパシーのチャンネルを百パーセントで繋げた状態にして欲しい。もしかしたら君も過去へ帰ることができるかもしれない。ただし、今まで何百回も能力を使ったからだと思うが……これが最後ラストチャンスだと思う》


 ――最後ラストチャンス


 その言葉を聞いたウィザードは大昔にフェアリーからもらった言葉を思い出す。


 ――人間は転んだ後にどう動くか。本質はそこで分かる。


「分かった。火花……一緒に過去へ帰ろう」

「ぶっつけ本番だから……多少の過負荷は耐えてね」


 ウィザードは、テレパシー能力を使い、火花と意識を共有した。期待や怖れなど花火が抱いている感情が手に取るように分かる。ウィザードは、火花とのチャンネルを百パーセントの先を超えた状態に。


 一瞬で上下左右が分からず、真っ暗な空間にフワフワと浮遊しているような気分になった。

 ここはどこだ? 俺は一体何者だ? 大切な人……使命?


 そこに遥か遠くから小さな小さな光がやってくる。記憶はおろか意識も手放しそうだったが、手を伸ばすと光が身体を包んだ。ガヤガヤと耳に音が聞こえてくる。覚醒。


 ウィザードは、クリスマスイヴから一週間前の羽田空港旅客ターミナルに立っていた。


 タイムリープは成功したのだ。

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