第20話 クリスマスイヴ一週間前(ルートβ)

 十二月十八日昼間。


 羽田空港旅客ターミナルでウィザードは考え込んでいた。あごに手を当てて自分のすべきことを整理している。孤児みなしご能力者オーバーテイカーの人身売買を行っている起業家の捕縛。それが目的のはずだった。だが、他に為すべきことがあるはずだ。だがもやがかかってそれ以上先を考えられない。

 一見すると北欧系の血が流れた青い瞳の少年バックパッカーといった風貌の少年にしか見えないだろう。だが、巧妙に分解したトカレフ TT-33が登山用のバックの中に入っている。


 ――人は恋するまで恋したことを認識できない。


 誰から聞かされた言葉だが思い出せない。しかし頭のすみで反芻はんすうする。何かやるべきことがある気がしたが、ウィザードは思い出せない。何よりも大切なことのはずだ。なぜ思い出せないのか。C・Jで幼い内から徹底して教えられていた為、不愉快な思考のぐらつきをウィザードは、シャットアウトした。


「(相棒を受け取りに行くか。ホテルは……足がつかないラブホテルがいいか)」


 依頼の日が来る前に相棒を受け取りたいところだが、世界一銃の脅威がない国だ。簡単には受け取れないだろう。

 そう思って移動していると三人怪しい者を見かけた。旅行や海外出張とは思えない手荷物の少なさ、周囲に配る警戒心。なにより目が殺人者の独特の光を放っている。不自然な赤茶色の瞳。安物のカラーコンタクトレンズで偽装ぎそうした能力者だろう。


「(こちらウィザード……フェアリー、慈善活動ボランティアをするよ。能力者のテロリストだ。玩具も持っている)」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……あまり目立つことは……しないでね』

「(了解)」


 ウィザードは、男たちの背後に近づく。そろそろかとタイミングを見計らう。


「お前たち動くなッッ‼ 撃ち殺すぞッッ‼」


 三人の男のうち太った一人が大声を上げて、玩具おもちゃのガスブローバックガンを改造したと思われる銃を赤子を抱いた母親に向けた。ざわめく旅行客たち。狙われた母親は、赤子を守るようにして伏せる。

 全員、人が殺せるほどに改造したガスブローバックガンで武装していた。次々に人質として集められる旅行客たち。銃など目にしたことがないからかヒステリーを起こした客をあばた顔の男が撃った。肩から赤い液体が漏れる。それを見て騒然とする人質。


「(まだ……タイミングが合わないな)」


 ウィザードは、臆病者おくびょうものだ。決して死なない安牌あんぱいをとりながら、独特のセンスを発揮しながら生きてきた。だから今回も依頼に支障がないように、ちっぽけな自己満足と矮小わいしょうな正義感を満たす。

 丁度、男たちのうちせた男が前に来た時、ガスブローバックガンを奪い取り、一本背負いで一気に一人を倒した。ワルサーP99がモデルと思われる改造トイガンガスブローバックガン胸の位置ハイポジションで構えた。射程距離は短いと判断して、あばた顔の男に突進しながら、ウィザードは銃を発砲する。スターンッと本物の銃に比べたら気の抜けた音が聞こえた。腹のあたりに銃弾がめり込む。二人目を攻略した。三人目の太った男は、近くの母親から赤子を奪い取り、玩具の改造銃を向ける。その赤子に銃を向けて、「来たら殺すぞッッ‼」と叫ぶ男の顔が、ウィザードに何かを思い出させた。


 強い吐き気と激しい頭痛がする。


 浮かび上がるのは妙齢の女性を人質にする男の顔。

 やることがあるはずだと誰かの声が聞こえた気がした。気が付くと銃口を向けられている。赤子はベンチに落とされてギャアギャアと泣き叫んでいた。好都合だ。ウィザードは、手を大きく伸ばして、銃を向けてくる相手の腕を掴んだ。近距離戦で銃を腕を伸ばして構えるのは素人のやること。銃を奪ってくださいと言っているようなものである。銃を奪い取ると踵落かかとおとしからの空中回し蹴りを決めて、男を沈黙ちんもくさせた。

 人質たちからパチパチパチと拍手が舞い起こる。数分後空港に待機している警官がやってきて事情をウィザードから聞く。


「フユツキ・ヨダカさんねえ、日系フィンランド人とは……珍しい」

「世界中を歩き回るのが趣味なんです。日本はいい国だと聞きました」


 日本語も元居た組織クロックワークジョーカーの英才教育で堪能だが、フィンランドなまりの英語で会話をする。警官の持っている自動翻訳機が日本語を表示していた。


「最近は活動家テロリストが多くて困る。ヨダカさんを表彰したいところだが、あまり大きなニュースになると奴らが調子に乗るからな」

「やはり平和だといわれる日本でさえ情報統制メディアコントロールをしているんですね。SNSにそれらしい情報がないので驚きました」

「秘密にしてくださいね。まあ、あなたが何を話そうが信じてくれる人はいませんがね」


 そう言って、警察官は去っていく。極東の島国。欧米人が見る地図では東の端にちょこんと載っている。それを日本の国民は知らない。世界はいう程、日本を愛してはいないのだ。


「ふー、なんか疲れたな」


 ベンチに腰を落とすとまたおかしな現象が起こる。


「(為すべきことを思い出せッッッッ‼‼‼)」


 ウィザードの口が勝手に動く。尋常じんじょうではない吐き気と眩暈めまい。走馬灯のように金髪ツインテールの碧眼の美少女が寂しげに笑う姿が脳裏のうりぎった。

 誰だと思う前に、愛おしいという感情が溢れかえる。誰だ。知らないぞこんな女は。ウィザードは、ついに人を殺し過ぎて頭が狂ってしまったのかと考えた。

 ここ数日で、フィリピンのアヘンキング麻薬王を組織諸共、能力者を皆殺しにした。そのストレスが脳におかしな作用を引き起こしているのかもしれない。

 ポケットから麻薬性鎮痛薬オピオイドの錠剤を取り出し、ミネラルウォーターで胃に流し込む。


「(このまま……おかしなことが起こったら……終わりだな)」


紫火花むらさきひばな……」


 口から一言誰かの名前が漏れる。


「紫火花……変わった名前だな。日本語の名前らしくない」

『……ザザザッ……こちらフェアリー……ウィザード……活動家テロリストを倒した正義感は胸を……張っていいけど……目立ちすぎるのはよくないわよ』

「ああ……そうだな。フェアリー……俺が狂ったら……先生はどう動くのかな?」

『……ザザーッ……何かあったの?』

「会ったこともない長い金髪ツインテールの女の記憶が浮かんでくるんだ。あと紫火花って名前も」

『ザザッ……ザザザッ……映画でも……飛行機で見たの? ザザーッ……紫火花ね……調べてあげるわよ』


 ――ウィザード能力者殺しなんて名前はさっさと引退して捨てなさい。


 ウィザードは、フェアリーの使う言葉が印象に残ることが多い。六歳の頃からの付き合いだ。オネショをしない方法や自慰オナニーの仕方すらもフェアリーから学んだ。


「(少し過剰だけど……薬を多めに飲むか)」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……薬はもうやめなさい』

「(フェアリー、さっきから調子が悪いんだ。わけの分からない幻覚まで見るし)」

『ザザザッ……ウィザード……ザザーッ……代理人に会ったら……タクシーでホテルに……直行しなさい……能力者の罪人を……殺し過ぎたのよ……ゆっくり休んで』

「(そうだね。フェアリーの言うことはいつも大体正しいからね)」


 一人の女性がウィザードに近づいてきた。真っ赤な紙で耳にピアスを何個つけた女だ。目立つ格好なはずだが、何故か自然とその場に溶け込んでいる。


「好きなバンド名は?」

「タイマーズ……ブルーハーツ……ウルフルズ」

「ようこそ日本へ。私が今回の依頼主の代理人よ」

「ウィザードだ、よろしく。依頼で人と話すのは久しぶりだな」


 女性は舌にもピアスをつけていた。パンクな格好をした娘だなとウィザードは少々面食らう。そんな様子を悟ったのか、依頼主の代理人は笑顔を作った。能力者特有の赤い目が輝く。


「私もね……黒渕に能力者売買の犯罪シンジケートに売られたの。ただ、憐れんで拾ってくれる富豪パパがいたおかげで、生きながらえている感じよ」


 ウィザードの脳裏にブルドックのような顔の男と金髪碧眼の美少女が浮かんだ。飲んだ薬を吐き出したくなる。


「大丈夫? 乗り物酔いとか?」

「いや……平気だ……問題はない」

「でも顔が真っ青だよ。私と大して変わらない歳で、人助けをしているなんてね。信じられないよ。まるで映画のヒーローみたい。これが予定日時を書いたメモだよ」


 ウィザードは早く話しを切り上げたかった。何故かこの少女を見ると金髪碧眼の美少女の映像がちらつく。性処理も任務において重要だから、ポルノを見て出す時は多い。だが、最近金髪ツインテールに碧眼の女でそれをした経験はここ最近は全くない。ウィザードは、臆病者おくびょうものだ。そして初心うぶだった。商売女しょうばいおんなを買うこともしたことはない。


「信頼できそうな殺し屋さんで良かったよ。代理人の仕事が終わったら富豪パパとハワイに行くの」


 ウィザードは、それを聞いて薄っぺらい道徳観どうとくかんで依頼の代理人を引き受けたのかと赤毛の少女のことを嫌いになった。


 ――やらない善よりやる偽善の方が幾分マシよ。


 フェアリーの言葉を思い出しながら、タクシーに乗った。

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