第21話 思い出した記憶(ルートβ)

 十二月十八日昼間。


 ウィザードは、タクシーで墨田区すみだくのジャンク品ショップに向かっている


「羽田空港からこんな閑散かんさんとしているところに来るなんて……外人さんは物好きですね」

「ええ、少ししたらまた迎えに来てください」


 ウィザードの暴れ馬のような運転とは対照的にタクシーの運転手は紳士的に車を走らせる。間もなく墨田区に入ることがカーナビの映像で分かった。


「近くに……雨谷工務店あまがいこうむてんっていう看板があるはずなんだ」

「分かりました。料金はこれ以上は取りませんよ。羽田からここまで乗ってくれたんだ。こっちは万々歳ですからね。少し裏道を……あれ……あのびた看板に書いてありますよ」

「じゃあ僕はここで降ります。料金はクレジットカードで」

「探し物が見つかると良いですね」


 タクシーから降りて、雨谷工務店の敷地を踏む。

 鉄さびと機械油の匂いがする東京下町の工場こうばらしい場所だ。冷蔵庫の解体を行っている男性に声をかけた。最初は、普通の大きさの声で話しかけたが、通じないので大声をかける。


「はッ⁈ なんだ外国人か……道にでも迷ったのか?」

「偉大なる主の導きでイエスは天に召された」

「アーメンハレルヤ……ついて来い」


 工場の中には地下へと続く階段が作られていた。ウィザードは、白髪の男性の歩き方を見て只者ではないと感じる。少なくとも警官一人くらいならノックダウンさせてしまうだろう。


「おい、銀彌ぎんや、お前の客だってよ」

「親父……今日はそろそろ家でくつろいでろよ」


 そう言ったガタイがいい男性はウィザードのことを見るなり、「マフィアの殺し屋か?」とたずねてきた。ウィザードは、それには曖昧あいまいな笑みを作って答えない。


「いつの荷物だ?」

「三日前、フィリピン領ネグロス島からの空輸された品。ベレッタ92エリート IAを元にしたソロモンって名前のガンスミスの作った銃だ」


 銀彌と呼ばれた男は奥の部屋に入り、小包こづつみを持ってきた。


「悪いが中身は確認させてもらった。タングステン弾を撃てるように銃身がチタン合金で作られているんだな。ジャムらないように配慮されているのも匠の技を感じる。どうだい一千万円で買い取らせてくれないか? ドル払いでもウチは困らないからよ」

「あんたミリタリーオタクってやつなのか?」

「銃の蒐集しゅうしゅうが趣味なんだよ。いつか一流のガンスミスになるんだ。それで……答えは?」

「ずっと昔からの相棒なんだ。譲れないよ」


 銀彌は頭をポリポリとかきながら、「そうか……残念だ」と話す。

 ウィザードは、その代わりにトカレフ TT-33を出した。銀彌は最初は怪訝けげんそうに見始めて、グリップを握ったり、取り回しを確認したりを数分行う。


「これは……ただの中国製トカレフじゃないな?」

「中国の手先が器用なガンマニアが作った無銘の逸品さ」

「無名の匠の品か。これは買い取ってもいいのか?」

「その代わり、おススメの銃を売ってくれ」

「二百万で買い取ろう。ちょっと待ってろよ……ちなみに使い手は坊やか?」


 ウィザードは首を二回ほど縦に振った。


「ベレッタ92ノーペインを整備している間の護身用だ」


 はははと銀彌は笑いながら奥の部屋に入った。数分間時間が流れる。ウィザードは、未来のタイムリミットを知ったので、一分一秒が惜しかった。銀彌が鼻歌を歌いながらガサゴソと音を立てている。シグ・ザウエルP320を銀彌は持ってきた。


「フルサイズ・キャリー・コンパクト・サブコンパクトの四種類の中からコンパクトを持ってきた。アメリカ軍のベレッタの次に使われている正規品だ。役に立つと思うぞ」

「銀彌とか言ったな。あんたいいセンスだね」

「MGSからか?」

「正解」


 トカレフ TT-33を売った代金で、シグ・ザウエルP320と弾を買った。昔読んだマンガの等価交換という言葉を思い出す。なんて名前だっけと思いながらウィザードは銃を鞄に入れた。銀彌のいる地下室を出て、老人に挨拶して歩こうとすると、一言声をかけられた。


「普段から足音を消すのはよくないぞ」

「……ははは、そうですね。勉強になりました」


 何者だろうといぶかしんだ。その足で先程乗ったタクシーを呼ぶ。


 子供たちが帰宅時間なのか黄色い帽子をちらつかせてキャッキャッと笑顔を作って駆けていく。ウィザードは自身の幼少期を思い出していた。テレパシー能力という最弱の能力で訓練の時も他の子供たちにボコボコにされた思い出が蘇る。


「(みんな死んだんだよな……)」


 ウィザードを蔑視べっししてた者も仲良くしていた者も皆死んだ。ウィザードが十歳になる頃、マリアに出会った。能力者としては最低レベルのウィザードをバカにしない博愛主義者はくあいしゅぎしゃ。誰にでも優しく公平に接する人格者。ウィザードが成人になったら子供を作ろうと誓い合った仲。

 だが、ある冬の日……寒い寒い冬の日……マリアは時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカー謀反むほんを起こそうとした罪で処刑された。うち捨てられた冷たい死体の前で何日も泣いて過ごしたのを昨日のことのようにウィザードは覚えている。


 プップとタクシーがクラクションを軽快に鳴らす。さっさと潜伏する為のラブホテルに泊まろう。ウィザードは寒くなるといつもマリアを思い出していた。その時また頭を誰かに引っ叩かれるような心地がする。


『愛しい人を思い出せッッッッ‼‼‼』

「わっ、なんで叫んだんですか、お客さん? 私心臓病持ちなんですよ。びっくりさせないでください」

「運転手さんすみません。ちょっと考え事をしていたので」


 ミラー越しにウィザードの顔を運転手は覗う。港区から少し離れた浅草の登山ショップで車を降りた。


「また、待っててもらってもいいですか?」

「もちろんですよ。お客さんみたいにタクシーを頻繁に使ってくれりゃ貧乏にはならずに済むんですがね」

 運転手は愚痴っぽいことをつらつらと話し、自動でドアを開けた。


『ザザッ……ザザーッ……ウィザード……相棒ノーペインは受け取れたの?』

「ああ、問題なかったよ。流石はお人好ひとよしの国だよ。追加の料金すらも請求されなかった。なんか……長くい過ぎると平和ボケっていうヤツにかかりそうだよ」

『ザザザッ……隣の大国が目を付けているのにも……ザザッ……一般人は気が付いてないわ』

「情報操作だけは超一流だというのは本当だね。少し前の活動家テロリストの事件もSNSで拡散されたはずなのに、まったく話題になっていない」

『ザザーッ……ウィザード……次世代量子コンピューターターンエーが……ザザッ……全てをもみ消しているのよ。あとは……ザザッ……一般人は知らない秘密警察がね……公安調査庁―― PSIAが口封じをしているわ』


 ウィザードは監視社会ってヤツかと一人呟く。大人しい民族だと聞いたが、真実を突きつけられたら、どんなことになるのか予想がつかない。

 ウィザードはそんなことを考えながらも気になったものを買い物篭かごに入れていく。テントに寝袋、携帯コンロ、携帯食料などなど。

 大量の買い物を入れる為のグレゴリーのデイアブロシリーズの大容量の登山リュックを持って会計に入る。ウィザードはアメックスのブラックカードで一括払い、二十万円ほどの買い物をした。


「お客さん……すごい買いますね。登山家さんですか?」

「いえいえ、趣味でバックパッカーをしているんですよ」

「あーなるほど。なら納得しました。今はニ十パーセント安売りなんでいい買い物だと思いますよ」


 荷物を全て登山用リュックに入れて、ウィザードは待たせておいたタクシーに乗り込んだ。


「お客さん、次はどこへ行くんですか?」

「浅草のラブホテル……えとホワイトシティってところにお願いします」

「今度はラブホテル……外人さんは行動が読めないですね」


 タクシーの運転手は、ゆっくりとラブホテルの方に車を回す。ウィザードは、素性がバレにくいラブホテルに日本では泊まる。合理的な思考がウィザードの臆病おくびょうさと噛み合って、生存率を上げていた。


 タクシーの運転手に礼を言い、ラブホテルにチェックインした。

 部屋に入ると、予定日時を書いたメモを確認する。書かれていたのは――


 ――クリスマスイヴ、黒渕幸平の身柄を拘束して欲しい。


 はいビルでの潜伏せんぷく生活。黒渕の豪邸での火花との邂逅かいこう。C・Jの罠と裏切り。ケルベロス部隊のとの戦闘。〝要塞〟での戦闘。黒幕の一人岩瀬の正体。

 万華鏡まんげきょうを覗いたかのようにそれらの記憶は、不規則に思い出されていく。火花との別れを思い出して、ウィザードのほおを熱いものが伝わる。それがなみだだということに気付くまでに数秒の時間を要した。

 そうだ。やるべきことがあった。この最後の機会を逃したら終わりだ。絶対に希望の未来を掴んでやる。そして――


 ――火花、今度は君を救う。

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