第22話 作戦会議(ルートβ)

 十二月十九日早朝。


 ウィザードは浅草にあるラブホテルで宿泊した。起きた後すぐにフェアリーに連絡を入れる。


「フェアリー……聞こえるか?」

『ザザッ……ザザザッ……何かしら?』

「俺が……未来からタイムリープしてきたって言ったらびっくりするか?」

『……ザザザッ……冗談は……ウィザードの得意分野じゃ……ないものね』

「未来から来た証拠を……見せたら信じてくれるか?」

『証拠がなくても……八割は信じるわよ……で証拠ってなに?』

「茨城県南部で震度四マグニチュードの地震があと約五分で起きる」

『本気で言ってるのね……ザザ……それで……何かして欲しいことが……あるんでしょ?』

「ああ……だけど……通信では……言えないんだ」


 話をしている間に地震情報が携帯に出てくる。フェアリーがハッと息をのむ音が聞こえた。


『ザザーッ……信じるわ……東京スカイツリー駅から……近くの和洋折衷の……創作レストランで……ザザーッ……待ち合わせをしましょう』


部屋の中で分解されたベレッタ92ノーペインをすぐに組み立てる。一発ほどゴム弾を試しに発射する。ターンッという愛銃の発砲音と共に壁に穴が開く。どうやらメンテナンスはされているらしい。登山用リュックから折り畳まれたボストンバックを出し、ベレッタ92ノーペインと予備の銃としてシグ・ザウエルP320を詰め込んだ。

 今からウィザードが行くのは、スカイツリーを楽しめる瀟洒な和洋折衷の創作レストランだ。携帯で調べると名前はリヨン、シェフがフランスで修業時代に住んでいた街から名付けられたらしい。

 オシャレらしいオシャレはできないがウィザードは、念の為香水を少し振りかけた。

 レストランとは隅田川を挟んですぐなので、徒歩で行ける。フロントに鍵を預けてラブホテルを出た。師走だからか、クリスマス前だからか人通りが多い。待ち合わせた和洋折衷の創作レストランへ行くのに一分三十七秒ほど遅れる。

 小柄な体系の銀髪に翡翠ひすい色の目をした妖精と言われてもおかしくはない雰囲気をまとうフェアリーが待っていた。ウィザードを見るとハイヒールでカツカツと音を立てて、ウィザードに近寄る。少し怒っているなとウィザードは感じた。こういう時は言葉に気をつけなければならない。


「女を待たせる男はクズか英雄のどちらかになるわ。ウィザードは英雄にはなれそうにないわね」

「クズでも愛してくれるんだろう?」


 初心うぶ臆病者おくびょうもののウィザードが言うには百年ほど足りない台詞セリフだ。

 フェアリーは失笑する。


「まだまだ青臭い童貞可愛いチェリーが言う言葉じゃないわね」

「メモを持ってきた。筆談ひつだんで情報は伝えるから――」

「――メモは直ちに処分するんでしょう? 分かっているわよ」


 二人は、店の中に入った。フェアリーが事前に予約を取っていた為すぐに予約した個室席へと案内される。店内にはスーツやドレスを着たお洒落な客でいっぱいだった。スーツ姿のフェアリーはともかく、ウィザードは、スウェットにジーンズというラフな格好だ。最初だけドレスコードに引っかかるかもしれないと不安になった。すぐに前菜と食前酒が配膳される。ボルドー産のワインだ。ウィザードは、葡萄酒は特別な時しか飲まない。だが、飲んでみると甘い貴腐ワインだった。


「いい雰囲気の店よね。ウィザードは外で食事はあまり取らないから……新鮮なんじゃないかしら?」

「緊張で胃がキリキリしているよ。そういえば乾杯かんぱいをしていなかったね」

「久しぶりの再会を祝って……」

「「乾杯」」

 その後、少しばかり本来の目的とは違う話をした。

「フェアリーは、大切な人を失う未来があったとしたら、手段を択ばず行動できる?」

「ええ、例えばウィザード……あなたが死ぬかもしれないなら……ジェーンを裏切ってでも行動を起こすわよ」


 やはりフェアリーは信用できると確信して、紙に文字をしたためる。


『二週間後、核爆弾が東京に落ちる』

『それで、タイムリープしてきたの?』


 ウィザードは軽くうなずきながら、文字を書く。フェアリーは突然の大きなできごとに驚きを禁じ得ないと言った様子だ。


『俺は未来予知ができるという女の子を助ける為に時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカーと戦い、途中で公安調査庁と協力関係になるが、一人の隊員の裏切りで全員殺される』


 未来予知能力者と聞いて、フェアリーが顔色を変える。少し不満そうな顔を作った。


「紫火花って子と……何かあったんでしょ? 空港でもかれたし……」

「嫁にもらうことになった」

「――ッッ⁈」


 驚きと嫉妬が入り混じった顔をして、フェアリーが眉根を寄せる。


『バカね。どうせれた弱みというヤツでしょう』

『それはある。だけど、ジェーンと影縫さんが殺されてしまう』


 大体の筋は大まかにウィザードは伝えた。フェアリーは複雑そうな顔をする。自分がこれから会う可能性がある人物を上げられても、実感は沸かないだろう。そして岩瀬に裏切られるとは夢にも思うまい。


「私は……信じるわ……ウィザード、あなたが選ぶ道をサポートするわ」

「フェアリー……いつもありがとう。最初にフェアリーに打ち明けてよかった」


 フェアリーはまるで血の繋がった姉のように振る舞う。その行動に親愛以上のものがあるとウィザードは知っているが、黙っておいた。

 フェアリーが質問を紙に書く。


『C・Jの穏健派――能力者を保護する目的の者たちと合流したい。その前にまずは黒渕幸平の所に隠れている紫花火というタイムリープ能力者に合流する。フェアリーの力で、俺を黒渕幸平の豪邸にクリスマスより先に潜入させてくれないか?』

『紫火花と出会った後はどうするの?』

『助け出して、クリスマスのスケジュールを繰り上げる』


 フェアリーは難しそうな顔をしながら、ウィザードと筆談を続ける。

 筆談のできごとをワインと一緒に咀嚼そしゃくしているようだ。最初は驚きの色を隠せなかったようだが、ウィザードが書く内容を見て納得がいった様子を見せている。


『その岩瀬――ヴェン・ヴィン・ヴィエールという男のことは捕まえて尋問でもする?』

『尋問しても吐かなかったら意味がないから……泳がせたいと思っている』

『相手の組織の全容が掴めればいいんだけど』

『少なくとも、未来翻訳書ミドラーシュに書かれている東京核攻撃は防ぎたい』


 蝦夷鮑のステーキ を器用に切り分けながらウィザードは考えを進める。敵を炙り出すにはどうしたらいいか。まだ尻尾しか掴めていないので慎重に動く必要がある。

 あとは肝心かんじんな火花からの連絡がないのが気になった。イヤな予感は当たるものだ。


「ウィザード……眉間にしわが寄っているわよ。まだ時間はあるわ。気楽にとはいかなくても、悲壮感ひそうかんたっぷりで物事を考えるのはよくないわよ」

「でも……俺は……火花やジェーンが死ぬ経験さえ覚えているんだ。真剣になるのはしかたないだろ」

「お姉さんからの助言よ。笑った者の勝ち」

「……開き直れってこと?」

「そうね……それもそうだけど……ピンチを楽しむ器の大きさを……持ちなさいってことよ」


 ほうじ茶ムースのシャルロット 抹茶アイス添えが運ばれてくる。ピンチを楽しむか……自分にはできそうにないとウィザードは決めつけた。


「今、俺には無理そうだとか考えたでしょう?」

「フェアリーの『魔法』だな。よく分かったと感心するよ」

「六歳の小便垂れを十年以上面倒見てきたんだもの。分かって当然よ」


 〆のアメリカンコーヒーが出された。いい豆を使っているなと匂いでウィザードは察知する。


『最後に一つ願いがある。これから先…………するかもしれない』


 読んでいくとハッとした驚きの表情をフェアリーは作る。止めようとするが既にウィザードは席を立って外へ出ていた。急いで後を追いかけるフェアリー。


「ウィザード、ちょっと待って……あなたそんなことしたら、ただでは済まないわよ」

「C・Jに拾われていなかったら、マリアに会わなかったら、死んでいた命だ。既に覚悟は決めてある」

「安っぽい自己犠牲じこぎせいに浸るなッッ‼‼ 男なら……貪欲に全てを奪い取れッッ‼‼」

「そうできたら……最初から迷っていないさ……」

「ウィザードのばーかばーかばーかばばーかッッ‼‼」


 フェアリーは翡翠色の瞳から涙を流して、ありったけの大声で叫ぶ。周りを歩く人々の目を引く。そんなこともお構いなしに、フェアリーはウィザードに近づき、思いっきり力を込めた右ストレートをみぞおちに放った。

 耐えきれる痛みだったが、何か別の所が痛む。

 それはウィザードの心だった。

 ずっと愛してくれていたんだものなとウィザードはフェアリーの気持ちを汲み取ろうと決める。それがどんなに残酷な選択肢であったとしても。


「今のパンチは効いたよ、フェアリー。これから先何があっても命は粗末にしない」

「ほんとうに? ほんとうなんだよね? ダメだよ、私の前から姿を消さないで」


 ウィザードはフェアリーと抱擁を交わす。フェアリーの身体からは甘いバニラのような匂いがした。

 ウィザードは愛する女を絶対に守ってみせると心に深く覚悟を刻み込んだ。

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