第23話  Re:ボーイミーツガール(β)

 十二月十九日夕方。


 冬の寒空の下、夕陽に東京コンクリートジャングルが赤く照らされている。その中の一つの廃ビルで、少年は時間を待っていた。宵闇が支配する緞帳どんちょうが降りるのを待つ。長い……――それがウィザードの感覚だった。まだ、襲撃まで大分時間がある。銃の整備でも行うかとウィザードは考えた。


「(シグ・ザウエルP320の点検でもするか)」


 ウィザードは誰に言うでもなく、つぶやきを漏らした。早く愛しい人に会いたい。抱きしめたい。抱きしめられたい。キスしたい。キスされたい。絶対に君を失いたくない。

 その心の根源からの叫びをウィザードは銃の点検で懸命けんめいおさえつけていた。

 

「(火花……火花……君は今何を考えているんだ?)」


 想いと指が同期してネックレスの9x19mmパラベラム弾を触る。


 あっという間に点検は終わった。段々と夕陽がビル群に沈み闇夜が支配するようになる。奴ら能力者跳梁跋扈ちょうりょうばっこする時間だ。


 廃ビルの中も暗くなってきたので、LEDのランタンの光を灯す。


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……あなたが言うように……ザザザッ……能力者の子供が集められているわ』

「突入して、火花だけを救い出すのはありかな?」

『……ザザッ……ウィザード……ザザザッ……急がば回れよ。……今、情報収集しているから……待ちなさい』

「フェアリー急かせてごめん」

『キス一回分で……ザザザッ……許してあげる……ザザッ……なんてね』


 話した未来での自分があっさり身を引いたことにフェアリーは納得しているようだ。だが、その心中は、まだ初心うぶなウィザードには察せない。大人の女がどう未練と別れを告げるかなど少年に分かるはずもなかった。


「フェアリー……テレビ局の電波を乗っ取って、日本人全員に東京核攻撃を知らせるのはどうだろう?」

『……ザザッ……ウィザード……一番セキュリティーが高い……私の腕でも……無理よ』

「電子の妖精様でも無理か」

『……ザザッ……ウィザード……黒渕邸には……今なら警備員が……数名しかいないから……チャンスよ』

「ありがとう、フェアリー」

『ジェーンには仕事をさっさと終わらせて最短で来るように連絡は入れたから』


 それを聞くとウィザードはフェアリーに感謝しつつ、行軍こうぐんを開始した。黒渕の豪邸までは三十分で着く。その間、監視カメラからNシステムなどはフェアリーがジャックした。何の妨害もない完全な無菌状態と化している。


さびれた地区だけあってガラの悪い者が多くいる。ボストンバックに武器を携行しているウィザードはクリスマスイヴに能力者オーバーテイカー三人組に襲われていた少女を助けたことを思い出す。


「(遥か、昔のことだったような心地がするな)」


 能力者は、国に届け出をして管理されるのが常だ。だが、それを厭う脱法能力者がこの地区には集まっている。闇夜で赤い目が光っていた。


 黒渕の豪邸に着いた。ベレッタ92ノーペインでドアのカギを壊し、中に侵入。途中で警備員と鉢合わせした。銃尻で思いっきり殴りつけると昏倒こんとうする。まだPMCは雇っていないようで豪邸の中は静かだった。


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……まだ能力者の……子供たちも……集められていないみたい』

「だからPMCがいないのか」

『ザザーッ……タイムリープ前の…ザザザッ……私なら言ってるとザザッ……思うけど、地下に建設会社のデーターに載ってない……ザザザッ……空間があるわ』

「大体同じことを言ってるよ。少し安心した」


 ウィザードはトラップが仕掛けられていないかを確認して地下へと入っていく。厚い金属製のドアが少し開いており、中には人の気配。火花に違いないと思った。中に入ると着替えの最中だったのか、下着を付けた状態の火花の姿がある。


「だ、誰よ、あなたはッッ‼」

「え⁈ 火花……俺だよッッ‼ ウィザードだよッッ‼」


 グロック17自動拳銃を向けて、顔を上気させている。金髪ツインテールが濡れているのは風呂の後だからだろう。ウィザードは手を挙げて、ホールドアップの姿勢をとる。


「あなた、本当に依頼したウィザードなの? 予定は一週間先なはず……」

「岩瀬が黒幕の一人だったんだ。一緒にタイムリープしたじゃないか?」

「悪いけど……記憶にないわ。ただ一つだけ言えることがあるわね」


 火花は、震える手でゆっくりと時間をかけて自動拳銃を下げた。


「タイムリープ能力を知っているのは世界で私だけなはず。知っているってことは本当に一緒にタイムリープしたってことで間違いないのかも」

「火花が何度タイムリープしているのかは分からないけど、未来翻訳書ミドラーシュのオリジナルとコピーを誰が持っているかは分かったんだ」


 火花の目が変わったのが分かる。恐らくは言うことは信じてくれているようだ。


「オリジナルを持っているのはホーエンツォレルン在日米海軍司令だ。コピーのうち二つは公安調査庁の長官の手に。もう一つは時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカーが持っている」

「ウィザード、本当に? 間違いないんだね?」


 ウィズと呼んでくれない。あんなに心の距離が近づいたのにとウィザードは悲しくなった。


「タイムリープ前、君は……火花は……俺を――ウィズと呼んでくれた」

「記憶もないし、恋愛感情もないから、僕はウィザードと呼ばせてもらう」


 ウィザードは若干肩を落とし、「そうか」と返事をした。下着姿の火花は服を着始める。

 気がゆるんだ瞬間、闖入者ちんにゅうしゃが現れた。護身用のSIG SAUER P365自動拳銃を持った黒渕だ。

 ウィザードは火花を庇う。ターンッという発砲音。ウィザードは背中に痛みを感じる。


「火花、大丈夫かッッ?」

「黒渕さん……手を下げてくれるかな? ウィズは僕の大切な客人だよ」

「とんだ早とちりを……火花……済まない……すぐに医者を呼んでくる」


 ウィザードは怪我の対処よりも火花が思わず発した言葉に驚きを覚えていた。ちゃんとウィズと呼んだ。記憶は戻っていないかもしれないが、正真正銘の大切な人だとウィザードは再認識する。


「ウィザード、大丈夫かい?」

肩甲骨けんこうこつのあたりで弾丸は止まってる。医者が弾を取り除いてくれれば、これから先の戦いには問題ない」

「ウィザード……一つきたい。どうやって一緒にタイムリープしたんだい?」

精神感応テレパシーのチャンネルを限界以上に高めて、意識を一つにしたんだ」


 火花はなるほどと言い動かなくなった。ウィザードは思い出して欲しいと心から願う。だが、そうそう簡単に問題が解決するはずもなく、火花は相変わらず堅い表情のままだ。

 火花の笑顔が見たかった。楽しく話したかった。幸せな時間を共に過ごしたかった。

 だが、それらはタイムリープ前の火花だ。今の火花とは違う。


「もう一度、僕と精神感応テレパシーのチャンネルを限界を突破して使ってみないか? もしかしたら僕も記憶を思い出すかもしれない」

「ダメだよ。人格やら思考やらが狂ってしまう可能性がある」

「う……む、そうか……分かったよ。僕もタイムリープ前は知らないが、親しくもない男の子に、心を覗かれると考えると嫌な気持ちになる」


 ――人は恋するまで恋したことを認識できない。


 フェアリーの言葉がぎる。今の火花は恋愛対象としてウィザードを見ていない。恋焦がれた相手が、全くの別人のように振る舞ってくるのは正直辛かった。ウィザードに落ち度がないのも辛い。誰も攻めるべきとがを犯していないから、やり切れない思いだけが残る。


『ザザッ……ウィザード……ザザザッ……気を落としたらダメよ。恋だけでなく人類の未来が懸かってるんだから』

「フェアリー、分かっているよ。東京核攻撃を防がないといけないからね」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……私なら……あなたを……受け入れてあげるけど……それじゃダメなのよね』

「フェアリーからもアプローチはかけてもらったけどタイムリープ前は、振ったよ」

『私は……ザザザッ……二番目でも……なんなら情婦でも……満足なんだけどね』


 そう会話を交わしていると火花がいつの間にか身支度を済ませていた。さらに黒渕が医者を連れてくる。医者は背中から銃弾を取り出し、傷口を縫った。麻酔はいざ戦う時に邪魔になるので、生傷の痛みにウィザードは耐える。


「黒渕さん……それじゃおいとまさせてもらうわね」

「火花……お前をかくまってやった恩を仇で返すのかッ‼」

「あなたは散々、やりたい放題してきてじゃない? もう魔法は解けたんだよ」


 顔面がブルドックの豚のような男――黒渕幸平は肩を落として、がっくりとうなだれた。


 ウィザードは隠し通路の方へと向かった。火花は若干驚いていたが、許容範囲内だろう。なにせ、ウィザードは凄まじいクリスマスイヴからの日々を過ごしていたのだから。


「ウィザード、本当にタイムリープしてきたんだね。実感が沸いたよ」


 ウィザードは、箪笥の奥のレバーを引く。ズズズズーンッ。壁が割れて地上へ出るコンクリートむき出しの階段が現れた。


「それでウィザードここからどこに行くの?」

「君の隠れ家だよ」

「何でも知っているみたいだね。まるで僕のようだ。ただ、希望が持てるよ。君がこんな行動をとる未来は経験してこなかったからね」


 階段を上り車庫に着いた。ウィザードは、レガシィツーリングワゴンを選び、火花を助手席に乗せる。アクセルを思いっきり踏んで、火花の隠れ家へとレガシィをぶっ飛ばした。

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