第14話 ケルベロス部隊(ルートα)

 十二月二十七日昼間。


 公安調査庁のケルベロス部隊は裏社会の都市伝説だ。いわく見た者はただひだすら無惨に死ぬ。いわくだけで住所氏名年齢来歴全てを調べられ、場合によっては裏で殺される。


 そんな……亡霊のような存在を認識したウィザードは目隠しをされ、移動している時も、気が休まらなかった。宇宙戦争のサイボーグの呼吸音と同じ様な音がずっと聞こえる。


 そして、冷たい床の上に投げ出された。目隠しを取ると火花が一人だけ連れていかれる。


「ウィズ……ウィズ……離れるのはイヤだよ」

「火花を離せ……お前たち殺してやるッッ‼ 許さないからなッッ‼」


 だが、ケルベロス部隊の隊員は一切反応することすらなく、火花を連れてどこかへ消えていく。火花がこれからどんな目に遭うのかと思うとウィザードは正気ではいられなかった。鉄格子を何度も手から血が出ても叩いて壊そうとした。


「くそ、くそ、くそ、火花を助けるんだッッ‼」


 誰も答える者はいない。時々ケルベロス部隊の隊員がなんの反応も示さずに、巡回しているだけだ。静寂せいじゃくだけがただただひたすらウィザードの心をむしばんでいく。支配するのはき出しのナイフのような殺意。


「お前ら、皆殺しにしてやるッッ‼ 絶対に地獄の果てまで追いかけて、誅罰ちゅうばつを与えてやる」

「…………ッッ⁉」


 ケルベロス部隊の兵士は牢屋から伸びたウィザードの手が黒いギリースーツを掴むと手を思いっきり、20式5.56mm自動小銃で手を叩き落とそうとする。

 だが、ウィザードは離さない。段々と手の甲が血塗れになる。


「出せッッ‼ ここから出せッッ‼」

「…………ッッ‼」


 ウィザードは蹴りを牢屋越しに入れられて、手を離した。連れていかれた火花のことを考えると心が絶望色に染まる。初めて会った時の寂しげな火花の笑顔が思い出された。


「フェアリー……聞こえないか? 頼む、誰か火花を助けるのに協力してくれ」

「ウィザード……冷静さを失うとはお前らしくないな。」


 カツカツとヒールの足音をさせて現れたのはジェーン・カラミティ。後ろには影縫が忠犬のように付き従う。ジェーンは、愛銃のデザートイーグルを出し、片手で背後をとったケルベロス部隊の隊員の顔面を撃ち抜いた。


 その合間に、影縫は電子キーを操作して、ウィザードの牢屋の鍵を開けた。


「先生……捕まったんじゃ……」

「わざと……捕まって……情報収集をしていたのさ。フェアリーに『すべては台本通り進んでいる』と伝えたはずだが?」

「パニックに陥ってしまって……」

「紫火花に出会って、良くも悪くもお前は変わったな」


 やはりジェーンは別格だとウィザードは思い知る。だが、思考はグチャグチャだった。

 火花がどんな目に遭うかを想像しただけで、怒りと後悔が津波のように押し寄せる。


「先生……火花が……火花が……」

「落ち着け……早々に……火花がなにかされるとは限らないだろう」


 また近づいてきたケルベロス部隊の一名がデザートイーグルで風穴かざあなを開けられる。ウィザードはベレッタ92ノーペインがないことを今更後悔し始めた。銃がなければ無力なのがウィザードなのだ。


「ウィザード……影縫を付ける。武器の保管場所へ案内がいるだろう」

「先生はどうするんですか?」

「私は音林公安調査庁長官と楽しいお茶会でも開いてくるよ」


 ジェーンは散歩でもするかのように近くの階段を上って行った。


「ウィザード様、武器はこちらです」


 影縫は地下を右へ左へと走っていく。匂いで嗅ぎ分けているのかと思う程、的確に位置を把握している。そして、武器庫にベレッタ92ノーペインと特殊弾丸などが無造作に置いてあった。ホルスターを付け、弾薬の入ったマガジンを所持した。気が付いたケルベロス部隊の兵士が一人現れたが、手裏剣で首の動脈を切断し、即死させる。血がプシューッとシャワーの様にコンクリートの壁を鮮やかに彩った。


「影縫さんあとは大丈夫だから先生の所へ行ってください。無茶しているのは分かっているんです」

「それも計算した上での主様の指示でございます」


 次々に現れるゴーグルが赤く光るケルベロス部隊。ウィザードは通常の弾丸でわざわざ急所だと言わんばかりに光っている赤いゴーグルを狙って、無限に沸いてくる敵を倒していく。しばらくしてジェーンが上って行った階段に辿り着き、影縫と並走する。


 ズッドドドドドンッという建物全体に響き渡る轟音が聞こえた。何故か一旦光源がなくなり、非常用の電源が作動する。


「近くに……火花様の気配を感じます。私がおとりになりますので、その間に、火花様をお助け下さい」

「分かったよ、影縫さん……先生の所へ早く行かなくちゃね」


 影縫は少し赤くなり、こくりと強くうなずいた。先生のことが好きなんだなとウィザードは影縫のほんの一瞬みせた素顔に人間味を感じて、なんとなくホッとする。牢屋は地下二階だったらしく一階に行くと、火花がケルベロス部隊の隊員に拘束されていた。


 ウィザードの殺気が駄々洩だだもれになる。それを敏感に感じ取る敵兵士たちは、自衛隊でも使われる20式5.56mm自動小銃を乱射してきた。だが、ウィザードはそれを高く跳躍して回避し、ターンッターンッターンッとベレッタ92ノーペインで発砲。頭部に被弾。崩れ落ちるケルベロス部隊の兵士たち。


 地上へウィザードが着地すると、生きているのはウィザードと火花と影縫だけになっていた。 

 十数人を一気に制圧する力をウィザードは見せつける。だが、すぐにケルベロス部隊の兵士が火花を囲む。


「火花……火花……火花……助けに来たよ」

「ウィズ、後ろッッ‼」


 ダダダンッダダダンッと20式5.56mm自動小銃が凄まじい精度の軌道で放たれる。ウィザードはそれを転がるように回避。ベレッタ92ノーペインのトリガーを引く。発砲音。倒れる兵士たち。だが、火花が再びケルベロス部隊の兵士に囲まれる。


「クソったれッッ‼ 何体いるんだッッ⁉」


 無尽蔵に現れることとピッタリとした正確無比な連携攻撃。かなり厄介だ。一気に制圧しないと火花の元へすら辿り着けない。ウィザードは倒した兵士の20式5.56mm自動小銃を拾うと横薙よこなぎに発砲。さらに影縫も手裏剣とクナイをどこに隠しているのか大量に投擲する。


「ウィズ……助けて……怖いよ」


 ケルベロス部隊の兵士が火花の頭に20式5.56mm自動小銃を突きつけた。火花は恐怖で震えている。ウィザードの心に黒い炎が燃え上がった。純粋な怒りの感情と冷静な理性が双輪そうりんとなり、ウィザードはベレッタ92ノーペインのトリガーを引く。ターンッターンッターンッと怒りの咆哮ほうこう。火花を人質に取ったケルベロス部隊の兵士は頭蓋ずがいを撃ち砕かれ、倒れた。


「ウィズ……ウィズ……怖かったよ……怖かったんだよ」

「ごめん、でもちゃんと助けに来ただろ?」


 ウィザードと火花はひしと抱き合った。お互いの体温が相手の生存を伝える。


 床に転がるケルベロス部隊の兵士。ウィザードは顔を見たが、のっぺりとした特徴のない禿げ頭だった。まるで成人するまで何の刺激も受けなかった赤ん坊のような印象をウィザードは受ける。


「こいつら……みんな同じ顔だ……クローン兵なのかな?」

「培養槽で自我がない赤ん坊のような姿で作られるんだよ。生まれたら、脳の前頭葉に戦いのテクニックとあるじに服従する強烈な意思を記憶転写するんだ」


 ズッドドドドドンッという音がまた走る。建物が揺れて灯りが点いたり消えたりを繰り返す。

 ケルベロス部隊はウィザードと火花を囲んで、20式5.56mm自動小銃を向けてくる。だが、火花がいる為攻撃をしてこない。それを逆手にとってウィザードはベレッタ92ノーペインのトリガーを引く。ケルベロス部隊の隊員が倒れていくが、次から次へと沸いてくる。


「ウィズ……どうしよう百体はいるよ」

「こういう時は……影縫さん……お願いします」


 スッと影縫が現れて手榴弾付きの手裏剣やクナイをどこからともなく出して投擲する。爆発音が響き渡る。ケルベロス部隊の厚い包囲網は解けて、ウィザードと火花、影縫は外へと脱出した。外から公安調査庁の庁舎を見るとニ十階建てのうち三分の二が燃え上がっている。


「さすが先生だ。グラウンドゼロ爆心地の名は伊達じゃない」

「そろそろ、主が戻られる気配がします。お二人は近くの公園に移って下さい。殿しんがりは私が務めさせて頂きます」

「影縫さん頼みました」


 ウィザードは公園で民間のヘリに乗り、操縦士と話すとなんとフェアリーだった。


「フェアリー、まるで何でも屋だね」

「ウィザードがいけないのよ。こんな綺麗で一途なお姉さんをメロメロにするんだから。いつか責任は取ってもらうわ」

「先生と影縫さんがまだ戦っているんだ」

「少し集中するから待っていて、ホバリングしながらジェーンと影縫を回収するから」


 まず初めにジェーンがヘリに入ってきた。次に影縫が絶妙なタイミングで手榴弾を投げてケルベロス部隊を退かせる。


「影縫、よく二人を助け出してくれたな。お前がいるおかげで公私にわたって助かっている。感謝しているぞ」

「主よ、身に余る光栄でございます。これからも変わらぬ忠義を尽くす所存」

「うむ……今は能力の使い過ぎで疲労しているだろう。休んでいいぞ」


 そこで、ジェーンの目がウィザードを捉える。


「先生……未来翻訳書ミドラーシュはどうだったんですか?」

「音林長官の目ん玉にデザートイーグルを突きつけたんだが、三つ揃ったコピーは別の場所へと移されたらしい。そしてオリジナルの場所も分かった。アメリカ軍の駐留する横須賀基地だ。ホーエンツォレルン司令官が管理しているらしい。どちらも手に入れるのは困難だぞ」

「もしかしたら……東京核攻撃は……未来翻訳書ミドラーシュのコピーを消す為だとは考えられないかな?」


 ジェーンが黙って考えを巡らせている。そしてワシワシとウィザードの頭を撫でた。


「よく気が付いたな。その可能性は充分にある。なにせ持っている者は未来の形を変える為に争うわけだしな」

「C・Jの動きも気になりますね。組織の根は各国に深く張り巡らされています」

「都市伝説の強化人間が拝めるかもしれんな」

「それはない……とは言えませんね。公安調査庁もクローン兵なんて恐ろしいものを作り出していたわけですし」

「紫火花……ケルベロス部隊のクローン兵や強化人間が存在するのは未来の技術が未来翻訳書ミドラーシュに書かれているからか?」


 ジェーンの言葉に火花は黙り込んでしまう。それが物語るのは真実だということだ。


「取り敢えず……ジェーン。あなたの〝要塞ようさい〟にヘリをとめるわよ」


 フェアリーがやっと一言話し、ヘリは東京コンクリートジャングルの空を飛んだ。

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