第15話 ジェーンの〝要塞〟(ルートα)

十二月二十七日昼間。


 ジェーンの〝要塞〟と言われる拠点は富士山麓ふじさんろくにあった。山と樹海じゅかいに囲まれており、徒歩では入れないようになっている陸の孤島。唯一の移動手段はヘリのみだ。フェアリーは操縦を影縫に代わってもらいパソコンとにらめっこしている。


「ジェーン……〝要塞〟に引き籠って何をするつもり?」

「フェアリー、紫火花の存在を公安調査庁、アメリカ軍、C・Jに流してくれないか?」

「敵が大挙して襲ってくるわよ? 正気なの?」


 くくくとジェーンが笑う。こういう時にジェーンは人でなしの行動をとるとウィザードは知っていた。火花は終始しゅうし何かを考えている。その横顔がとても綺麗だとウィザードは思った。

 物憂ものうげに窓ガラスの外を見ていた火花がウィザードの視線に気が付く。


「ウィズ……私の顔ずっと見てるけど……何かあったの?」

「いや、綺麗だなって……思っただけだよ」

「ふふふ、ウィザードはのん気ね。でも、ありがとう。あなたがいれば私は何も怖くないわ」

「火花のことは死んでも守るさ」


 それを聞くと火花は少し寂しい笑顔を見せた。ウィザードはその笑顔が死んだ相棒のマリアとかぶっていることに無意識で気が付いていた。生きることを諦めた者が作る笑顔。どれほど悲しいかははかり知れない。段々と眼下がコンクリートではなく緑の絨毯じゅうたんに変わっていく。ウィザードですらも、ジェーンの〝要塞〟のことは全く知らなかった。


「先生、〝要塞〟ってどんな場所なんですか?」

「ウィザード、私も軍隊ほどじゃないが部下がいることは知っているな」

「はい、影縫さんのような人がいるのは知っています」

「そいつらが寝起きしている場所が〝要塞〟なのさ」


 段々とヘリが低空飛行を始める。ヘリポートがあり数機の軍用ヘリが置かれていた。影縫は、手慣れた様子で、ヘリを着陸させる。ジェーンがヘリから下りると、数十人の軍人らしき者たちが敬礼した。


「ジェーン様、今度は内閣府直属のタケミカヅチと戦争でもやるつもりですか?」

「もっと派手で殺し甲斐のある奴らさ」

「承知致しました。対空攻撃を準備します」


 ウィザードと火花は影縫に連れられて、地下の核シェルターに入った。核ミサイルが来ようが安全は保障される。だがウィザードはベレッタ92ノーペインを触り、戦うという決意を固めた。


「影縫さん、俺も戦いたい。火花を敵から守りたいんだ」

「主様の意志に背くことになります。ですが……その気持ちは痛いほど分かります。あとで許可を取りましょう。その間は火花様と話でもしていてください」


 影縫は、そう言うと一人地上に戻っていった。

 それを見ながらウィザードは横に座る火花を見つめる。何かを懸命けんめいに考えているようだ。それを邪魔しないように、ウィザードはベレッタ92ノーペインを分解しメンテナンスをする。火薬で黒く銃身が汚れていた。その様子を火花が見つめていることに気が付く。


「ウィズは、定期的にメンテナンスを欠かさないところは変わらないね」

「ああ……もしもの場合に備えるのは当り前だろ?」

「僕……少し……ウィズとまた二人きりになれて嬉しいかも」

「俺もだよ、必ず火花を守ってみせる」


 ウィザードと火花は両手を繋ぎ合い、キスをした。今までで一番深いキス。ウィザードは脳が痺れるような心地よさに沈んだ。ギュッと火花の小さな手が力を強くする。ウィザードは、このまま一つになりたいと根源的な欲求が沸き上がってきた。


「うぅん……私たち……悪い子だよね。みんなが……私たちを守ろうと……必死になのに」

「火花……今回は……我慢できないかも……しれない」

「来て……ウィズ……私は大丈夫だよ」


 なおも深い深いキスは続く。ウィザードが火花の着ている服をめくり、ブラのホックを片手で外す。だが、そこで咳払せきばらいが聞こえる。影縫がウィザードの後ろに立っていた。ウィザードは、顔を上気させ、火花は慌ててブラを付け直す。


「お二人がそういう関係とは知らず……すみませんでした」

「いい、いいんです。い、一線を踏み越えなかったのは……か、影縫さんのお陰ですから」

「ウィザード様の、配置が決定しました。こちらに来てください」


 火花と目線を合わせるとウィザードは、「行ってくるよ」と火花のほおにキスをする。


「GAU-8 アヴェンジャー機関砲です。対空から、対人までを担ってもらいます」

「やっぱり先生はすごいな。ガンシップに載せられる機関砲まで持っているなんて」


 アヴェンジャー機関砲は毎分三九〇〇発もの大口径の弾を撃つ。かすっただけで人間の体など吹き飛んでしまう。ジェーンらしい武器の選び方だとウィザードは笑った。使い方を影縫から聞いていると、肩までかかる銀髪に、翡翠ひすい色の瞳を持つ物語に出てくる妖精を彷彿とさせる女性が現れた。


「フェアリー……一緒に戦ってくれるんだね」

「愛する男の子の為なら地獄でサタンを殺すことも厭わないわ」

「影縫さん、フェアリーと話がしたいから、少し席を外してくれませんか?」

「承知しました」

 

 そう言うと影縫の姿は背景にぼやけるように消えた。

 フェアリー――アールヴ・イザベラ・パーシヴァルはなんとなく儚げな様子でウィザードを見つめている。そして、大きなため息を吐くと、話しを始めた。


「フェアリー……俺は気持ちには答えられそうにない」

「そう……もし火花さんと会う前だったら、どうなっていたかしら?」

「分からないけど、それでも多分フェアリーは恋愛対象には見れなかったと思う」

「…………この歳で恋愛感情で泣くなんてね。みっともないわね」


 ウィザードは、フェアリーを抱きしめる。妖精のように低い背丈。サラサラの銀髪。濡れた翡翠色の瞳。どれもが男なら惹かれるが、六歳の頃からの付き合い故ドキドキはしない。だが、いつも傍にいてくれたから、ウィザードは生き残れた。感謝してもしきれない。


「フェアリー……みんな一緒に生き残ろう」

「……そういう女垂おんなたらしなところがウィザードの悪いところね」

「…………ごめん」

「謝るくらいの覚悟しか持っていないなら言わないの……ばか」


 そう言ってフェアリーは立ち去っていく。ののしったらどんなに楽だろう。かかわりを断ったらどんなに楽だろう。だが、それでもフェアリーは命を賭して助けてくれる。その気持ちには応えられないけど、俺はみんなと生き残りたい。ウィザードは最後の覚悟が決まった。


「ウィザード様、アヴェンジャーの使い方を教えて差し上げます」

「頼むよ、影縫さん。そういえば先生はどこにいるの?」

「司令室ですね。何か用事でもあるのですか?」

「敵の力を削ぐのが目的なんだろうけど……その後はどうするのかなって?」


 影縫は背を向けて、「主様から話を聞いた方が早いでしょう」といい、地下通路を通って、司令室へと向かう。電源のコードと思われる配線や薄暗い灯りが続き、いきなり開けた空間に辿り着く。ジェーンは戦闘準備は部下たちに任せて、ボウモアの十五年モノをストレートで飲んでいた。


「先生……ここで戦った後はどうするんですか?」

「部下と共に公安調査庁とアメリカ軍を潰しにいく。お前は火花を守ることに専念しろ」

「火花を守るだけってどういうことですか?」

「騎士は姫を守っていればいいのさ。今回の件は一人二人じゃ解決できない。ウィザード……お前がどれだけ八面六臂の活躍をしても、足りないんだよ。圧倒的に戦力が足りないんだ」


 ウィザードはそれを聞いて、悔しく思ったが筋は通っていると思い、アヴェンジャー機関砲の近くで、敵がやって来るのを待つことにした。ジェーンが離れた後、そこに火花が顔を出す。

 ウィザードは数十分前の痴態ちたいを思い出し赤面した。顔が湯気ゆげが出ると思う程熱くなる。


「ウィズ……僕は……ちゃんと信じているから」

「その言葉が聞けただけで、俺は頑張れるよ。火花……全てが終わったら、パン屋になろう」

「うん、きっとその世界に行くチケットをウィズが持っているんだと思う」


 もう一度だけでいいから体温を感じたいと思ったウィザードは、火花を抱きしめる。ウィザードは、俺は怖かった。正直に言って逃げ出したいと今も思っている。だが、フェアリーのくれた言葉を思い出す。


 ――最強なのは、勇気を出した臆病者よ。

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