第15話 ジェーンの〝要塞〟(ルートα)
十二月二十七日昼間。
ジェーンの〝要塞〟と言われる拠点は
「ジェーン……〝要塞〟に引き籠って何をするつもり?」
「フェアリー、紫火花の存在を公安調査庁、アメリカ軍、C・Jに流してくれないか?」
「敵が大挙して襲ってくるわよ? 正気なの?」
くくくとジェーンが笑う。こういう時にジェーンは人でなしの行動をとるとウィザードは知っていた。火花は
「ウィズ……私の顔ずっと見てるけど……何かあったの?」
「いや、綺麗だなって……思っただけだよ」
「ふふふ、ウィザードはのん気ね。でも、ありがとう。あなたがいれば私は何も怖くないわ」
「火花のことは死んでも守るさ」
それを聞くと火花は少し寂しい笑顔を見せた。ウィザードはその笑顔が死んだ相棒のマリアと
「先生、〝要塞〟ってどんな場所なんですか?」
「ウィザード、私も軍隊ほどじゃないが部下がいることは知っているな」
「はい、影縫さんのような人がいるのは知っています」
「そいつらが寝起きしている場所が〝要塞〟なのさ」
段々とヘリが低空飛行を始める。ヘリポートがあり数機の軍用ヘリが置かれていた。影縫は、手慣れた様子で、ヘリを着陸させる。ジェーンがヘリから下りると、数十人の軍人らしき者たちが敬礼した。
「ジェーン様、今度は内閣府直属のタケミカヅチと戦争でもやるつもりですか?」
「もっと派手で殺し甲斐のある奴らさ」
「承知致しました。対空攻撃を準備します」
ウィザードと火花は影縫に連れられて、地下の核シェルターに入った。核ミサイルが来ようが安全は保障される。だがウィザードはベレッタ92ノーペインを触り、戦うという決意を固めた。
「影縫さん、俺も戦いたい。火花を敵から守りたいんだ」
「主様の意志に背くことになります。ですが……その気持ちは痛いほど分かります。あとで許可を取りましょう。その間は火花様と話でもしていてください」
影縫は、そう言うと一人地上に戻っていった。
それを見ながらウィザードは横に座る火花を見つめる。何かを
「ウィズは、定期的にメンテナンスを欠かさないところは変わらないね」
「ああ……もしもの場合に備えるのは当り前だろ?」
「僕……少し……ウィズとまた二人きりになれて嬉しいかも」
「俺もだよ、必ず火花を守ってみせる」
ウィザードと火花は両手を繋ぎ合い、キスをした。今までで一番深いキス。ウィザードは脳が痺れるような心地よさに沈んだ。ギュッと火花の小さな手が力を強くする。ウィザードは、このまま一つになりたいと根源的な欲求が沸き上がってきた。
「うぅん……私たち……悪い子だよね。みんなが……私たちを守ろうと……必死になのに」
「火花……今回は……我慢できないかも……しれない」
「来て……ウィズ……私は大丈夫だよ」
なおも深い深いキスは続く。ウィザードが火花の着ている服をめくり、ブラのホックを片手で外す。だが、そこで
「お二人がそういう関係とは知らず……すみませんでした」
「いい、いいんです。い、一線を踏み越えなかったのは……か、影縫さんのお陰ですから」
「ウィザード様の、配置が決定しました。こちらに来てください」
火花と目線を合わせるとウィザードは、「行ってくるよ」と火花の
「GAU-8 アヴェンジャー機関砲です。対空から、対人までを担ってもらいます」
「やっぱり先生はすごいな。ガンシップに載せられる機関砲まで持っているなんて」
アヴェンジャー機関砲は毎分三九〇〇発もの大口径の弾を撃つ。かすっただけで人間の体など吹き飛んでしまう。ジェーンらしい武器の選び方だとウィザードは笑った。使い方を影縫から聞いていると、肩までかかる銀髪に、
「フェアリー……一緒に戦ってくれるんだね」
「愛する男の子の為なら地獄でサタンを殺すことも厭わないわ」
「影縫さん、フェアリーと話がしたいから、少し席を外してくれませんか?」
「承知しました」
そう言うと影縫の姿は背景にぼやけるように消えた。
フェアリー――アールヴ・イザベラ・パーシヴァルはなんとなく儚げな様子でウィザードを見つめている。そして、大きなため息を吐くと、話しを始めた。
「フェアリー……俺は気持ちには答えられそうにない」
「そう……もし火花さんと会う前だったら、どうなっていたかしら?」
「分からないけど、それでも多分フェアリーは恋愛対象には見れなかったと思う」
「…………この歳で恋愛感情で泣くなんてね。みっともないわね」
ウィザードは、フェアリーを抱きしめる。妖精のように低い背丈。サラサラの銀髪。濡れた翡翠色の瞳。どれもが男なら惹かれるが、六歳の頃からの付き合い故ドキドキはしない。だが、いつも傍にいてくれたから、ウィザードは生き残れた。感謝してもしきれない。
「フェアリー……みんな一緒に生き残ろう」
「……そういう
「…………ごめん」
「謝るくらいの覚悟しか持っていないなら言わないの……ばか」
そう言ってフェアリーは立ち去っていく。
「ウィザード様、アヴェンジャーの使い方を教えて差し上げます」
「頼むよ、影縫さん。そういえば先生はどこにいるの?」
「司令室ですね。何か用事でもあるのですか?」
「敵の力を削ぐのが目的なんだろうけど……その後はどうするのかなって?」
影縫は背を向けて、「主様から話を聞いた方が早いでしょう」といい、地下通路を通って、司令室へと向かう。電源のコードと思われる配線や薄暗い灯りが続き、いきなり開けた空間に辿り着く。ジェーンは戦闘準備は部下たちに任せて、ボウモアの十五年モノをストレートで飲んでいた。
「先生……ここで戦った後はどうするんですか?」
「部下と共に公安調査庁とアメリカ軍を潰しにいく。お前は火花を守ることに専念しろ」
「火花を守るだけってどういうことですか?」
「騎士は姫を守っていればいいのさ。今回の件は一人二人じゃ解決できない。ウィザード……お前がどれだけ八面六臂の活躍をしても、足りないんだよ。圧倒的に戦力が足りないんだ」
ウィザードはそれを聞いて、悔しく思ったが筋は通っていると思い、アヴェンジャー機関砲の近くで、敵がやって来るのを待つことにした。ジェーンが離れた後、そこに火花が顔を出す。
ウィザードは数十分前の
「ウィズ……僕は……ちゃんと信じているから」
「その言葉が聞けただけで、俺は頑張れるよ。火花……全てが終わったら、パン屋になろう」
「うん、きっとその世界に行くチケットをウィズが持っているんだと思う」
もう一度だけでいいから体温を感じたいと思ったウィザードは、火花を抱きしめる。ウィザードは、俺は怖かった。正直に言って逃げ出したいと今も思っている。だが、フェアリーのくれた言葉を思い出す。
――最強なのは、勇気を出した臆病者よ。
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