第16話 雷撃使いの襲来(ルートα)

十二月二十七日昼間。


 遠くに数機のチヌーク軍用ヘリが現れた。アヴェンジャー機関砲を操るウィザードはテイルローターを破壊し、次々に撃ち落としていく。チヌーク軍用ヘリが落ちる直前に大きな何かが落下した。

 ズーンッズーンッと思い何かが飛び跳ねる音が聞こえた。


『ザザーッ……各員……ザザザッ……パワードスーツを着た……強化人間よ』

「こちら、ウィザード。本当に強化人間なのか?」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……ほぼ百パーセント……都市伝説が相手よ』

「こちら、ウィザード、了解した。敵は……C・Jということだよな」

『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……C・Jは……アメリカ軍と同盟を結んだわ……いえ……正式には米海軍横須賀よこすか基地の……ホーエンツォレルン司令官と……直接同盟を結んだと……情報が入っているわ……どうしても火花さんが……欲しいようね』


 ズーンッズーンッと樹海じゅかいの木々がぎ倒されていくのが見える。ウィザードはアヴェンジャー機関砲をぶっ放す心の準備をした。いつ出てきても俺が必ず仕留めてやる。そう思っているとヘリポートの近くの有刺鉄線ゆうしてっせん付きの網を軽々と踏み越えて、黒い外骨格に白いパワードスーツを装備した強化人間が現れた。


 ズダダダダダダダダッとアヴェンジャー機関砲の轟音ごうおんで近くの樹海じゅかいから鳥が飛び去った。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”…………倒れろよッッ‼」


 基地内のジェーンの部下たちがアヴェンジャー機関砲を発射する。だが、パワードスーツを着た強化人間は高々と跳躍ちょうやくし、アヴェンジャー機関砲を撃っている兵士を装備した爪で切り裂いた。血の雨が降る。爪には人間だった頃の顔半分と脳漿のうしょうがこびりつく。次々にパワードスーツを着た強化人間が現れ、その頑強さと素早さで現代最強の機関砲を手玉に取る。


「なんなんだ。こいつら……遊んでいるのかッッ……⁈」


 ウィザードは思わず声を出す。だが諦めたわけではない。


「倒れろ、倒れろ、倒れろ、倒れろ――――」


  ――ぐしゃッッ‼‼


 兵士は下あごから上が破裂し血の噴水を上げて死んでしまった。ガクンと膝から崩れ落ち、人だったはずの肉は床に倒れる。ぬめりがある鮮血が絵の具のように広がっていく。百戦錬磨のプロたちにも恐怖の感情が伝染した。だが、勇気ある一人の兵士の言葉がそれを打ち消す。


「島津の仇をとるぞッッ‼ 最後まで撃ち続けろッッ‼」


 ズダダダダダダダダッとアヴェンジャー機関砲が少しずつだが、一体目の強化人間の頭部の外骨格を削り取っていく。だが、次の隊員へと強化人間は迫った。涙と鼻水と唾液よだれ塗れになりながら、攻撃を続けるジェーンの兵士。


 ――べちょッッ‼‼


 横薙ぎに乱暴に振られた強化人間の腕が、兵士の首から上を壁に貼りつく染みへと変えた。ただの肉片と化した兵士の頭は壁からずれ落ち、真っ赤なペンキを塗り始めたかのようになる。それでも、男たちは手を緩めない。


「北山……ッッ‼ クソ、死にやがれッッ‼ この化け物がッッ‼」


 一人、また一人とひしゃげた肉塊になり果てる兵士たち。それでも逃げないのは、称賛しょうさんされるべき行動だった


 ウィザードは、危険を覚悟でテレパシー能力を強化人間に使う。チャンネルは百パーセントで繋げた。


 ――気持ちいい、苦しい、死にたい、殺したい。


 強化人間にされた者の悲鳴がウィザードの精神をむしばむ。ウィザードはそれでもテレパシー能力を使い続け、相手の精神を操作・・した。振り上げた拳を止めて、強化人間同士が取っ組み合いの暴力の嵐を作る。


  ――気持ちいい、苦しい、死にたい、殺したい。


 ウィザードは精神力が、操る強化人間と同化するのをギリギリで堪えている。だが、しばし失神。ウィザードの脳が精神汚染――強化人間の『悲鳴』――に耐えきれなかった。だが、強化人間は敵と見た相手を殺すまで、動き続ける。結果的に効果覿面こうかてきめんだった。


「ッ⁈ 気を失っていたのかッッ?」と口走ったと思った。


 意識とは逆に倒れるウィザード。


「グオオオオオオオンッッ‼」


 お互いの爪と爪で血みどろになりながら争う強化人間はしばらくして動かぬ肉塊と化した。

 その後、ウィザードは影縫の介抱で何とか正気を取り戻す。

 男の声がする。見れば堂々と樹海から歩いてくる。


随分ずいぶんウチの備品強化人間を手玉に取ってくれたみたいっすね」

『目の色を見ろッッ‼ 能力者オーバーテイカーだッッ‼ 砲撃始めッッ‼』

 

 ジェーンの子飼いの私兵がアヴェンジャー機関砲を黒いポニーテールの男に発射する。一分ほど弾を撃つとジェーンの命令で土煙がなくなるのを待つ。バチバチッという何かが爆ぜる音がする。土煙が消えた場所に見えるのは砲弾が男の周りで制止している様子。


時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカー番人ナンバーズ序列三位オルテガ・バサーカ・サバス推参ってところっすね」

『ザザザッ……ウィザード……敵の能力を探れ』

「先生、了解です」


 ウィザードはオルテガの能力を探った。こちらに能力者がいるとバレないように。


《エネルギーも溜まったし、放電爆発かましてやるっすよ》


 エネルギーが溜まったという言葉と放電という言葉を認識してウィザードは叫んだ。


電撃使いエレクトロマスターだッッ‼。伏せろッッ‼」


 オルテガが指を鳴らすと、爆発的な雷電があたりを覆う。不規則な電撃がバチバチと走り、アヴェンジャー機関砲が暴発して、腹や首に刺さる者。電撃に当たり黒焦げになり感電死する者が後を絶たない。

 オルテガは……スッキリしたという顔を作る。現代最強クラスの機関砲の攻撃を無効化する能力、圧倒的な雷撃。強化人間の比じゃない絶対的な力。強化人間を倒して浮かれていた雰囲気は既に消え去っていた。


「撃ってこないんっすか? だったらこっちからもう一発強烈なのをお見舞いするっすよ」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”――――――死にたくないッッ‼」


 アヴェンジャー機関砲の銃の嵐が舞い戻った。だがそれは恐怖から。蛮勇ですらない。

 ズダダダダダダダダッと耳をつんざく砲撃が続く。だが、またしても砲弾はオルテガの半径約二メートルの地点で止まっている。

 ウィザードは強化人間を操った反動で精神感応テレパシーもかなり辛くなっていた。だが、勝ちに行くならウィザードが動くしかない。


《充電完了っす。チョロいっすね》


 充電とはどういう意味か。ウィザードは分からず、電撃から身を隠す。圧倒的な雷電の竜があたりを走り、また犠牲者が増えていく。


「(充電と放電……? 二つで一つの能力? 二メートルの範囲?)」


 ウィザードは確信した。そしてジェーンに叫ぶ。


「先生、全員引かせてください。俺一人で倒せます」

『ザザー……正気か?』

「もちろんです。撃退くらいはしてみせますよ」

『全隊員建物に避難しろッッ‼ あとはウィザードが何とかする』


 オルテガは笑う。現れたのはウィザード一人だけだ。


「あれ? 君……元序列四位のマリアの愛人ペット君?」

「お前……何故マリアを知っているんだ?」

「C・Jのトップがえらく謀反人といって焦って殺したからっすよ。まだテロ組織になりたての頃だから、反発する連中も多かったんっすよね」

「まさか……生き残った愛人ペット君と戦うことになるとは、因果なものっすね」


 ウィザードは殺意を込めてベレッタ92ノーペインの火を噴かせる。だが、半径二メートルで停止。そして落ちる。


「いくっすよ?」

「ッッ⁈」


 ウィザードは心を反射的に読み、雷撃を躱す。段々と威力が弱まっている。


「お前の能力は分かったぞッッ‼ 半径二メートルの空間に攻撃の運動エネルギーを雷撃にチャージして使っているんだなッッ‼」

「ッッ⁈ ……知られたところで。勝てる目が見えるんっすか?」

「そのにやけ面気に入らないッッ‼ いくぞッッ‼」


 ウィザードは雄叫おたけびを上げて、オルテガとの距離を一気に縮める。弱まる雷電をベレッタ92ノーペインの弾で弾きながら、半径二メートル内に入り殴りつけた。転がっていくオルテガ。

 勝ったと思った瞬間ウィザードは倒れ、オルテガは敗走した。


 倒れたウィザードを再び影から現れるように影縫が抱きかかえ、目を覚ますよう促す。ウィザードは能力の使い過ぎで焦点が定まらない。


『ザザーッ……ウィザード……ザザザッ……さっきの強化人間の同士討ちは……ウィザードの仕業ね……ザザーッ……電撃使いの撃退も……お疲れ様……今掴んだ情報だと公安調査庁が……襲撃を受けているみたい……未来翻訳書ミドラーシュのコピーも揃う……可能性が高いわね』

「最後に、書いた本人を拉致して世界を我が意のままにってことか」

『ついでに……ザザザッ……非人道的な研究もされるでしょうね……ザザーッ……』

「そんなこと……させない。させて……たまるか」

『ザザーッ……ウィザード……ジェーンが代わるって』

「……分かった。今なら……何を話されても……驚かないよ」

『……ザザーッ……ウィザード……私だ……今から公安調査庁と……呉越同舟ごえつどうしゅうの……作戦を開始する』


 ――ッッ⁈


 ウィザードは驚かないと言ったばかりで、声にならない声を出す。


『……ザザーッ……ウィザード……今すぐ火花を連れて……ザザザッ……ヘリポートに向かえ……私の……〝要塞〟は放棄ほうきする……怪我をしていない……ザザザッ……兵士と武器を積んで……ザザザッ……C・Jの日本最大の拠点を……ザザーッ……襲撃する』

「先生……分かったよ。火花を連れてヘリポートだね」


 ウィザードは、立ち眩みを感じる。強化人間への精神支配サイコジャックは反動が大きいようで鼻から血が大量に出ていた。影縫がどこから出したのかハンカチを貸してくれる。


「ありがとう、影縫さん。このことはみんなには秘密で」

「主様にそむくことになりますが、致し方ありませんね」


 そう言うと影縫はスッと言葉通りに消えた。ウィザードは鼻血を拭うと火花が保護されている核シェルターへ向かう。あらかじめ教えられていたパスコードを入力し厚い扉を開ける。

 火花がシェルターの隅っこで三角座りをしながら寝ていた。目尻めじりが赤くれている。イヤな夢でも見たのだろう。静かに声をかける。


「……火花、起きて」

「……うーん、ウィズ? もう戦闘は終わったの?」

「状況が変わったんだ。公安調査庁と一緒にC・Jの日本最大の拠点を襲撃することになった」

「え⁈ ああ……そんなことが……あり得なくはないけど……」


 ウィザードは、火花の歯切れの悪い言葉に違和感いわかんを覚えた。未来予知能力者なら想定の範囲内なのではないか。そう思うも、先ほどまで涙を流していた火花にかけるべき言葉ではない。


「火花……俺思ったんだ。全てに決着がついたら必ず同じ道を歩くって」

「大丈夫……それまで私は待っているから」

「火花……君が大好きだ……だから、絶対に死なないし、死なせない」


 火花は、驚いたような嬉しいような表情を作ったかと思えば、笑い出した。火花とのウィザードの夢はもう同じ方向を向いている。感極かんきわまってあたり前のことを叫ばれて驚いただけだった。

 火花は、少し汚れたウィザードの服を払ってやると、手を大きく広げた。それは、『抱きしめて』のサイン。

 ウィザードは何の躊躇ためらいもなく抱きしめる。まだ生き残れた。そう強く感じる。


「裏社会の能力者殺しが、こんな可愛いお嫁さんを持っていて、パン屋に転職したって聞いたら、誰もが耳を疑うわよね」

「自分で可愛いお嫁さんって普通言うのか?」

「半分冗談に決まっているでしょ」

「半分は本気なんじゃないか」


 そこで二人で大声で笑い合う。他愛たわいもない会話が一番楽しい時期のカップルなのだ。ウィザードにも火花にも真っ暗だった世界が美しく輝いて見える瞬間だった。だが、それもすぐに終わりを迎える。ジェーンが影縫を側に付けながら、シェルターに入ってきた。


「ウィザード、火花、早くヘリに乗れ」

「先生、すみません」

「まあ、セックスするくらいの時間なら待ってやってもいいぞ」

「せ、先生ッッ?!」

「若い盛りで死に別れることになっても子供がいれば絶望しなくて済むだろう」


 クツクツと笑いながら、ジェーンは影縫を後ろに付けて、カツカツとブーツを鳴らして去っていく。残された二人は取り敢えずキスをすることにした。ジェーンの言う通りなら綺麗な思い出を残して死にたい。二人は同じことを考えていた。


「ウィザード様と火花様はアパッチ軍用ヘリにお乗りください」


 影縫が途中で合流する。遺体が散乱していた。通常なら埋葬まいそうするが今はそれもできない。

 アパッチ軍用ヘリを操縦するのは影縫のようで隣にはフェアリーが座って黒い画面を流れる緑の数字や記号を見てブツブツとひとりごとを漏らす。


「早かったな、ウィザード。まさかお前、童貞だった上に早漏なのか?」

「違います。なにも……いや、抱きしめはしましたけど、それ以上のことはしていません」

「そういう中途半端ちゅうとはんぱなヤツは、場の流れに飲まれて死ぬぞ?」


 凄みを利かせて、ジェーンが話す。ウィザードはこの手の精神攻撃に弱かった。すぐに降参を宣言する羽目はめになる。


「先生には敵いません。意地悪はもう止してください」

「この程度の会話で音を上げるとは、尻に敷かれるタイプだな」

「ウィズをみんなでいじめないでください。童貞どうていでも早漏そうろうでも短小たんしょうでも不能ふのうでも私はウィズが大好きなんです」

「くくく……ならば必ず生きて帰らなければな」


 ウィザードたちを乗せたアパッチ軍用ヘリが先にホバリングしていた数機のヘリと共に東京秋葉原へと飛んだ。

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