第10話 火花とのデート(ルートα)

十二月二十六日昼間。


 ウィザードは、しばらく火花の隠れ家にひそむ為に、外に買い出しに行っている。秋葉原から少し離れた大型ショッピングモールへと足を運ぶ。どうしても一緒に行きたいという火花も一緒だ。まあ、一人にしておく方が危ないだろう。それにしても火花の準備は時間がかかった。

 おしゃれなセーターに、プリーツスカートという恰好。道行く人が十人のうち十人が振り返りそうな美しさがある。


「ねえ、ウィズ……手を繋がない?」

「え⁈ 恋人でもないのになんで?」

「恋人ごっこだよ。その方が違和感ないでしょ?」


 そういうものなのかとウィザードは内心でドキドキしながらも手を繋ごうとした。少し触れるだけで、色んな刺激がしてクラクラする。


「次で降りるぞ」

「あ、あ、手を離さないでよ。彼氏さん」

「こういうの慣れていないんだ」

「…………やっぱり、ウィズは初心うぶなんだね」


 ウィザードは再び火花の手を繋ぎながら、「やっぱりってなんだよ」と愚痴ぐちをこぼした。火花はそれを聞いて、手に圧力をかけて、一言。


「ウィズは可愛いね」


 ウィザードは、顔を真っ赤にしながら、周囲の警戒を怠らない程度の、余裕は辛うじて持っていた。誰も彼もが怪しく見える。が、脳内の経験則というフィルターに通して一般人しかいないと結論づけた。


「ウィズ……二人っきりっていうのも楽しいね」

「世界が滅んで二人になっても楽しく暮らせそうだよ」

「ほ、本当に? 本気で言ってるの?」


 手を繋ぐ火花の手の圧力がさらに強まる。息も少し荒げていた。

 そんなに大事なことを俺は言ったか。ウィザードはかなりの朴念仁ぼくねんじんだった。


「僕、ショッピングモールとか来るのは数年ぶりだよ」

「ずっと逃げ回っていたんだもんな」

「だからさ……今日は一日彼氏さんになる義務と権利をウィザードにあげるね」

「…………はあ⁈」


 火花の言うことに一瞬放心して、咀嚼そしゃくし、嚥下えんげするだけで数秒かかった。そんな義務と権利はいらないと言ったら、泣き出しそうなほど真剣なまなざし。

 断るのは無粋ぶすいと感じた。ならば俺ができるのは一日彼氏とやらをこなすだけだ。ウィザードは、火花の気持ちに薄々気付いていたが言語化できるほどには明確ではない。


「ダメかな? こんなに可愛い子の彼氏になれるんだよ?」

「…………分かったよ。光栄だと思って、一日彼氏をさせて頂きます」

「やった! 今、最高にハッピーかも」

「一日彼氏をする身としては、これから先が最高にハッピーと言ってもらいたいかな」


 それに対しては火花は口角を上げて、「じゃあ、ちゃんとエスコートしてね」と口にした。

 大型ショッピングモールに入ると平日だというのに人でごった返いしている。


「なんか、カップルが多いね。なんでだろう?」

「あ、あれだよ、火花!」


 ウィザードが指示したのは映画館のキャンペーン。空前の大ヒット作がカップルなら五百円割引だと書いてある。火花も映画には興味があるのだろうか。そんなことを考えていると火花に手を引っ張られる。


「まずはお昼を食べましょう?」

「和洋中伊仏どれがいい?」

「イタリアで、ピザが食べたい気分」


 イタリア料理店に入るとクラッカーが鳴った。


「おめでとうございます。本日百人目の方には温泉旅行のペアチケットをプレゼントいたします」

「やったね、ウィズ。私たちいいカップルみたいだね」

「草津温泉だってしかも二泊三日。色々片付いたら二人で行こう」


 ペアチケットをもらい、店内に入る。ボックス席へと座ると、即行で火花は店員を呼んだ。


「ナポリピザを二つとドリンクバーをお願いします」

「承りました。ドリンクバーは奥にあります」

「火花、ちょっと公衆電話に寄ってきてもいいかな」

「ええ……いいけど――何か重要な用事なの?」

「うん、外に出たついでじゃないとできない用事なんだ」


 ウィザードは席から離れ、レストランの前の公衆電話で国際電話をかけた。


 レストランに戻ると不良と火花がケンカをしている。どうやら泣いている子供を不良が泣かせているらしい。近くの客が飲んでいたウーロン茶を奪うとウィザードはその現場に近づく。


「子供がぶつかったからって、蹴りを入れようとするなんて最低だわ」

「ならガキの代わりにお嬢ちゃん、俺らと今日遊ぼうぜ」


 ウィザードは、間に入る。


「俺の……俺の彼女に手を出すと許さないぞ」

「こぶ付きかよ。でも……今すぐ別れるなら、痛い目に遭わずに済むぜ」

 

 ――バシャッとウーロン茶を不良にぶっかけた。


「てめえ、ふざけやがって……ぶっ殺す」

「痛い目遭わないと分からねえみたいだな」

「泣いても許してやらねえからな」


 ウィザードは相手が構える前に脳天に踵落とし。一人が倒れる。


「てめえ、よくも……ぐへッ⁈」


 回し蹴り。二人目が泡を噴く。


「はは、はっはっ、なんだよ。なんなんだよッ⁈」


 正拳突き。三人目もダウン。


「火花、店を出よう。店員さんお勘定かんじょうお釣りは要りません」


 二人でショッピングモールを走った。走って、走った。


 そして昼時で空き始めた映画館に逆戻りしてチケットを二枚買った。

 火花は、そこでようやく言葉を発した。


「ウィズは……結構短気なんだね」

「いや……今日は一日火花の彼氏だから」

「そう……そっか……一日彼氏なんだもんね」


 思いをみしめるように火花は何度も何度も同じセリフを反芻はんすうした。映画館はそこそこ賑わっていた。往年の映画俳優の最後の作品だという口コミが広がっているようだ。

 既に映画前の広告が始まっている。少しスクリーンからは遠いが、空いている席に座った。


「(シュワちゃん最後の作品か……僕、映画は結構見てるんだ)」

「(じゃあ、アタリだといいな)」

「(うん、そろそろ始まるね)」


 その映画は宇宙人、未来の人型殺人ロボット、身一つでテロリストをフルボッコにするシュワちゃんなどが入り乱れたカオスな内容だった。だが、火花はお気に召したようで目を輝かせてみている。

 ウィザードは映画そっちのけで、火花の横顔を見ていた。まるで黄金律おうごんりつが人の身体に宿ったような美しさがある。不良が声をかけるのも必然か。視線に気づいた火花がにこやかに笑う。

 寂しさのない本物の笑顔。段々と強く握られる手の痺れ。強くなる自分の心臓の大きな音。


「(ウィズは……私の『魔法』にかかったみたいだね♪)」

「(そんなわけないだろ……一日彼氏を演じているだけだ)」

「(……ふーん、それは義務と権利どっちなの?)」

「(…………)」


 この場合、沈黙は金雄弁は銀は当たっているといえるだろう。ウィザードは、これ以上語るのを避けて、映画を見始めた。途中からだから、何が起きているのか分からない。大乱戦が起こっているのだけは理解できた。


「(ウィズ……腕貸して♪)」

「(ああ……いいけど……どうしてだ?)」

「(こうするの♪)」


 火花は、腕に抱きつかれ頭を預けてくる。シャンプーの香りがした。ウィザードは自分も同じにおいに包まれていることを今更ながら思い出す。


『ザザザッ……ウィザード……ザザッ……お楽しみのようね』

「(楽しんでなんか……なんか……いや……楽しんでる)」

『ザザッ……今度……私も……一日彼氏……いや……一年彼氏に……なってもらおうかしら』

「(それはもはや、立派な彼氏じゃないか⁉)」

 横を見ると、火花がほおを膨らませて、やや不機嫌な顔をしている。

 映画に気に入らない点があったのかと思っていると不満を口にした。

「(今日は一日……僕の彼氏なんだから……浮気はなし)」

「(はい……彼女様)」

「(分かればよろしい)」


 映画は佳境かきょうに入っていた。宇宙人と未来からやって来た人型殺人兵器をロケットランチャーで倒したシュワちゃんが、最後に残った宿命のライバルとガチの殴り合いをしているところだ。

 混沌とした映画だが、火花が喜んでいるのを見るとウィザードは心が温まるような心地がした。


「ふーッ、面白かった。やっぱりシュワちゃんが最強なのがいいんだよね」

「今度こそ……食事に行こうか?」

「その前に……映画で盛り上がったんだから……プリーズハグミー♪」

「え⁈ 人がまだいるじゃん?」


 火花は半眼はんがんを作り、「彼氏なら当たり前」と述べる。その姿に気圧けおされて、ウィザードはあたりを見ながらも、火花を抱きしめた。柔らかく、線が細いのが分かる。心臓の鼓動こどうが直に聞こえて、それだけで本能がざわつく。ちょうどいいタイミングで、火花は身体を離した。ウィザードは不覚にももっと心音が聞きたかったと思ってしまう。

 映画館から出ると、火花は食事は家で食べようと言った。

 その代わり、食料品を買い込んだ。家路に就く頃には夕陽が東京コンクリートジャングルを赤く照らしていた。


 ――いつの間にか火花と恋人繋こいびとつなぎをしていることにウィザードは気が付かなかった。

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