第9話 火花の隠れ家(ルートα)
十二月二十六日早朝。
ウィザードはキングサイズのベッドの上で眠っていた。場所は秋葉原の超高級タワーマンションの屋上階。強力なコネがなければ、金をいくら積んでも買うことができない物件だ。ようやく、
起き上がると隣にはシースルーのネグリジェを着た火花がスヤスヤと寝息を立てている。長い金髪は艶かしく乱れており、少し火照っている薄い褐色の肌がウィザードの男心を刺激した。だが、ほんのわずかな理性が黒いフリルの下着から目を離させた。
「んんん♪ ウィズ……好き♪」
逃れる前に、ウィザードは、火花に腕を掴まれた。柔らかい感触がウィザードの腕を
柔らかいのかな。ウィザードの心に一点の黒い
そんな葛藤をしていると、火花の目が開いていることに気付く。その目には
「ウィズ……たしか、まだファーストキスはしていないんだよね」
「なんで、それを知っているんだ?」
「え……と、予知能力者に不可能はない……かな?」
なんとなく大事なことをはぐらかされたような気がしたがウィザードはそれ以上追及しなかった。いや追及できなかった。腕を更に強く絡ませ
そこに突然のぐうと腹の虫の鳴き声が聞こえる。火花は
泣いているのかと一瞬ウィザードは心配になるがそれは
「ふふふ、せっかくいい雰囲気だったのにな。ウィズとは結ばれない運命なのかな」
「人をからかうんじゃない」
「でも、ドキドキしてたのは本当でしょう?」
「…………」
沈黙は金雄弁は銀なりというが現在この状況では、それは通じない。
「ウィズは朝食はお米とパンどっちを食べるの?」
「あ……えと、パンだな」
「テキトーな答えは好きじゃないな」
「……どっちでも気にしないな」
それを聞くと火花はキッチンへと歩いていった。ベッドに長い金髪が一本落ちている。それを触ると絹のような触感。染めた髪ではないのは明白だ。
日本人だとは考えにくい。紫火花とは本名なのだろうか。あとで聞いてみようとウィザードは決めるのだった。
キッチンへと足を運ぶ……前に顔を洗って、服を着替えなければ。お手洗いに映るウィザードは灰色の髪が寝癖で立っており、寝ぼけ眼だ。顔を洗うと一瞬で目が覚める。コンタクトレンズをしていないのでウィザードの瞳は赤い。なぜ、能力者の瞳が赤くなるのかは現在分かっていない。
――能力は伝染する。
これが一般的に表の社会で言われていること。だが真相は違うことをウィザードは知っている。各国政府は能力者を意図的に作り出しているのだ。
考えるだけでおぞましい結果だが、これが世界の現状。
消毒していた青いカラーコンタクトレンズを入れる。絶対に
ウィザードにとって能力者は敵だ。今まで多くの能力者を殺せたのも、徹底した
復讐の願いが叶うようにと思うと自然とネックレスにしている9x19mmパラベラム弾にを触った。
「ウィズ……? 鏡を
「ああ……少し考えごとだ」
「トーストとベーコンエッグを焼いたんだけど……もっと食べる?」
「いや……ちょうどいいくらいだ」
ウィザードは、テーブルに着いた。ベーコンエッグにチーズトースト、ドリップ式のコーヒーが用意されている。
「さあ、召し上がれ」
「それでは頂きます」
ウィザードはベーコンエッグから手を付けた。それを火花は楽し気に見つめる。
「美味しい?」
「ベーコンと卵焼きがマズいわけがないだろ?」
火花は、うーんと頭を押さえて、「そういう意味じゃない」と肩を
じゃあ、どういう意味なんだと思いながら、チーズトーストを
「ねえ、ウィズ……ウィズはこれからも依頼があれば、能力者を狩るの?」
「ああ……それは、それだけは――変わらないな」
「マリアさんだっけ……C・Jに濡れ衣で殺されたのは?」
「火花に話したっけ?」
火花はハッと驚いた顔を一瞬みせたが、すぐに顔を元の
「マリアは、テレパシーしか取り柄のない俺とは違って優秀なエージェントだった」
「能力は?」
「
俺がパートナーとして不甲斐ないばかりに死なせてしまった。それはウィザードの心に残る深い傷。最後に聞こえた内容が鮮明に思い出される。
――ウィズ……心から愛しているわ。
「ウィズは。きっと自分が弱いから死なせてしまったとか考えているよね?」
「…………だってその通りだからな」
「ウィズ……それは違うよ。きっとマリアさんも私と同じ気持ちだよ」
ウィザードは、マリアと火花の映像が重なって見えた。マリアは黒い髪に、雪のような白い肌。どちらも似ている部分はなかったが、悲しそうな笑顔が重なる。
「じゃあさ……俺は誓うよ。なにがあっても火花を守るって」
「僕は……そのウィズのこと……す……嫌いじゃないよ」
「ありがとう……火花……俺は命に代えても……君を守るよ」
――チャンスは一度きり。
「……ウィズは重すぎだよ。そんな簡単に僕が死ぬと思う?」
「しぶとそうではあるね」
「でしょう? だから過度に心配しないで」
ウィザードは視線をテーブルの上に油断なく置いてある
「
「コピーは劣化版だからだよ」
「劣化版? つまり肝心なことが書かれていないとか?」
「ご明察。オリジナルを持つ者が丸々完全なものを渡すわけがないだろう?」
火花は、コピーを手に持つとライターで火を点けようとした。ウィザードは火が付いた部分を手で握り消す。。もしかしたら、今後何かの交渉に使えるかもしれない。破棄するのは急ぎ過ぎだ。
「なんでウィズは破棄するのを止めるの?」
「交渉に使えるかもしれない」
「これは世界を滅ぼす元になるんだよ。オリジナルやコピーを求めて最終的には文明崩壊が始まるんだ」
まるで見て来たかのように言う火花の様子に、未来予知能力の持ち主であることを今更ながら思い出した。
「取り敢えず、何か動きがあるまでは簡単には破棄できないだろう」
「う……ん、でも第三者の手に笑るなら燃やすからね」
「分かった……ごちそうさま」
その後、ウィザードは屋上階の建物ペントハウスから東京コンクリートジャングルを眺めていた。車の流れや人の往来は見ていて楽しいものだ。
「あ……こんなところにウィズがいた」
「なんか用か?」
「買い物に行きたいの……」
「何を買いに行きたいの?」
火花はもじもじとして答えに詰まっている。小声でつぶやいた
「え⁈ 生理用品? 分かった一緒に買いに行こう!」
――パンッと乾いた音が響く。火花のビンタだ。
「ウィズはデリカシーがないんだね。僕はかなりがっかりしたよ」
そこにフェアリーが通信でぼやく。
『やっぱり……ザザッ……ザザザッ……ウィザードは
「やっぱりってなんだよ。地味に傷つくな」
『そういう場面では……ザザッ……詳しく聞かないで……ザザザッ……察するものよ』
「フェアリーもその……彼氏とかいたから……分かるのかい?」
『ザザザッ……ウィザード……ザザッ……妬いてるの?』
それにウィザードは答えない。答えたら……今のままの関係ではいられなくなる。
ああ、これが独占欲ってヤツなのか。ウィザードは一人得心がいった。
――大人になるとは、魂が
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