第8話 未来翻訳書(ルートα)

 十二月二十六日深夜。


 レガシィが銃弾の雨を浴びながら、八番倉庫へとやって来た。片輪かたりんはパンクしておりもう片方のタイヤだけで曲芸のような走り方をしている。同じく穴だらけのハイエースの影に二人の影があることを確認しウィザードはホッと溜息ためいきく。

 ハイエースの所へ走ると小柄な目出し帽バラクラバを被った女性兵士と目を合わせる。

 最後に会ったのはいつだっただろう。懐かしさを感じ自然と互いに抱き合った。いつも自分を支援してくれる存在。母のような姉のような親しみを感じている。薔薇ばらのような香水の香りも相変わらずだ。


「フェアリー、助けてくれてありがとう」

「ウィザード……戦闘中よ。それに……少し力が強いわ」

「ああ……そうだな。で、この後の計画はあるのか?」


 フェアリーは首を横に振った。ノープランで火花を助けることを敢行かんこうしたのだ。

 ウィザードは、それを攻める気はさらさらなかった。もしフェアリーが動いてなければ火花も連れていかれ、自分も廃人になっていたかもしれない。


「ヘリに未来翻訳書ミドラーシュのコピーの一つが積んであるわ。そっちは手薄よ」

「フェアリーは、ヘリの操縦はできるのか?」

「任せて……一輪車からジャンボジェット機までなんでも操縦できるわ」


 そこで火花が言葉を発する。


「ここには一級ファースト能力者オーバーテイカーがいる。倒さないと……ヘリごと潰される」


 一級の能力者は軍隊をも凌ぐ力を持つ者を指す。厄介やっかいな相手がひそんでいるとウィザードは考え込んだ。だが、倒さなければ、どうしようもない。取り敢えずハイエースの中から、20式5.56mm自動小銃を取り出して、応戦することにした。

 丁度、クリスマスが終わり、深夜零時になった頃、銃撃の雨あられが止んだ。そろそろ敵の大将が出てきてもおかしくない頃だなとウィザードは心の中で身構えた。


「ウィザードとかいったか……手間をかけさせやがって。我が主ジョーカーに申し訳が立たなくなるだろう」


 キーンという耳鳴りが聞こえた。軽い吐き気もする。


「ウィズ……相手は……番号付きナンバーズだ。迂闊うかつな行動はすぐ死に直結するよ」

「それだけの情報があれば充分だ」


 ウィザードは、20式5.56mm自動小銃を構えて、ハイエースの物陰から銃撃する。だが、驚いたことに、赤い目を光らせた迷彩服の男に着弾する遥か先、約二十メートルの地点で銃弾は地面に落ちていった。流石は一級、一般人に有利に立ち回れる程度の三級サードとは比べること自体が誤りか。


「お前がウィザードか……確かC・Jの事前情報ではただのテレパスだったな。最弱の能力者が序列十五位の俺の相手になると思っているのか?」

「ああ……真正面からぶつかったら間違いなく死ぬだろうな。だが、所詮はサイコキネシス……ネタバレされてれば、対処法は幾らでもある」


 瞬間、乗り捨てられたレガシィがウィザード目掛けて飛んでくる。だが、ウィザードは心を読んでいた為、その場を走るだけで回避できた。相手も心を読まれていることは分かるだろう。だが、対策は立てられないはずだ。


「ちッ、心を見られているのか。うざってえ感覚だ」


 ウィザードはハイエースから離れる動きを見せた。敵はそれに釣られて動く。

 計画通り。あとは時を待つだけ。距離はそれなりに取っておく。


「俺の攻撃範囲を読んでいるのか」

「その通りだ。ついでに、飛ばせる物もないだろう?」


 シュンッという風を裂く音。ウィザードの頬に傷が走った。相手の心を読んでハッとする。薄い金属片をポケットに大量に持っているのだ。遮蔽物しゃへいぶつがあったらそれでつぶされる。かといってこのままでは、金属片を大量に投げつけられ、全身がズタボロになるだろう。

 ウィザードの背筋に寒いものが走った。ウィザードは20式5.56mm自動小銃を乱射しながら走り回る。敵の目に映っているのは、俺一人だ。ならば、まだ勝機はある。自動小銃の弾が無数に落ちていく。


自棄やけになったのか? 裏社会で能力者殺しと恐れられた男も……この程度とはな」

 瞬間、ババババッババババッとフェアリーの持つ96式40mm自動擲弾銃グレネードランチャーの発射音。敵の男の腕と足がもげる。男は血濡れになって倒れた。もはや意識はないだろう。だが、念には念をいれて、ウィザードは、20式5.56mm自動小銃で頭部に向けて弾を発射する。スイカが割れるように脳漿のうしょうが飛び散った。

 認識できないものまで防げるほど能力者は万能ではない。洗脳されているのかは分からないが、運が悪かったなと心の中で呟いた。

 ウィザードは、まるで男の墓標ぼひょうの様に20式5.56mm自動小銃を置く。そして、ベレッタ92ノーペインを懐から取り出し、火花とフェアリーがいる場所へと戻る。


「フェアリー……無茶させてごめん」

「これくらいのことで謝らないで……それよりヘリに向かうわよ」

「ウィズ……流石は……僕が見込んだ男だね」

「さっさとヘリに乗ろう。未来翻訳書ミドラーシュのコピーとやらも拝んでおきたいしな」


 八番倉庫の奥の広い場所にアパッチ軍用ヘリが停まっている。兵士が五人程警備をしているが、ベレッタ92ノーペインで発砲。ターンッターンッターンッと甲高い銃声。暗視ゴーグルに直撃し、数名が倒れる。それをカバーする者にも発砲。硝煙しょうえんの鼻につく匂いがする。

 敵の本陣というのは意外と手薄なものだ。敵が入り込むことが想定されていないのがその理由。フェアリーがヘリの操縦席に乗り、ウィザードは火花と後部席に座った。


 その時、突然の吐き気とキーンという耳鳴りと共に視界が暗転する。


「な、なんだと……死んだはずじゃ」 


 目を開くと先ほど殺したはずの男が笑っていた。確実に脳を破壊したのになぜ生きているのか。


「俺は幻覚使いだ。さっきまで見てたのはお前に俺が幻覚ハルスィナトリィを見せてやった光景だ」

「く、くそ……ああ――痛いからやりたくないんだがな」


 ウィザードはそう言って、取り出した足に装備していたナイフで思いっきり、太ももを刺した。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”、痛い、痛い、痛い。俺の足が……足がッッ‼」

「俺も痛いよ。精神操作系の能力者は相手と感覚を共有する。幻覚を見せるレベルになれば、その感度は本人の確か十倍増しだったかな?」


 ウィザードはその痛みに慣れっこだった。踏んだ場数が違うのだ。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……あ”あ”あ”あッッ‼」

「聞こえないか……無抵抗な相手は能力者だろうと罪悪感がほんの少し沸くんだが……さよならだ」


 ウィザードは、20式5.56mm自動小銃で頭部に向けて弾を発射する。今度こそスイカが割れるように脳漿が飛び散った。今度は自動小銃を持っていくことにした。


「ウィズ……幻覚を見せられていたんだね」

「さきに未来予知で教えてもらいたかったよ」

「ごめん……そう上手く未来が分かるわけじゃないんだ」


 ウィザードは謝るなよと火花の頭を撫でてやった。「んんん♪」と気持ち良さそうな声を出す。だが、これから先が正念場しょうねんばだ。ヘリを奪ったとしてもどこへ逃げればいいのかが皆目見当もつかない。


「ウィズ、フェアリーさん、僕の隠れ家がある秋葉原に行こう、ヘリは途中で公園にでも乗り捨てればいいさ」

「まあ、敵さんも未来翻訳書ミドラーシュのコピーを積んだヘリを奪われたら、突いたハチの巣みたいに過剰に反応するだろうからな」


 ウィザードは、ヘリの周りの敵兵を20式5.56mm自動小銃で薙ぎ払い。アパッチ軍用ヘリに乗り込んだ。C・Jの構成員は一斉射撃してくるが空の上には銃弾は届かない。


「じゃあ、秋葉原から少し離れた公園に行きましょう。隠れ家とやらがバレたら面倒だしね」


 そう言って、フェアリーは、ヘリを一気に上昇させた。上下にかなり激しく揺れる。火花は気分が悪そうな顔をしていた。ウィザードはヘリの後部に仕舞われていた小さな箱を開く。M文書とタイトルに書かれた小さな日記帳のような者が入っている。一ページ目を読んで目を見開いた。


「東京が核攻撃される……?!」

「ウィズ、ダメだッ‼ それ以上見たら未来が狂う‼」


 乱暴に未来翻訳書ミドラーシュのコピーを奪われて、ウィザードは放心していた。東京に核攻撃。なぜそんなおぞましい未来が待っているんだ。しかも六日後の大晦日おおみそかと書いてあった。

 火花は、コピーを赤子を守る母のようにがっしりと掴んで離さない。


「火花……教えてくれ。この後何が起きるんだ?」

「こんなイレギュラーな『選択肢せんたくし』が現れるなんて……」

「イレギュラー? 予知から外れたってことか?」

「僕はこのイレギュラーに賭ける。六日後の東京に核ミサイルが落ちる。そして半年後に第二次太平洋戦争が起きて、その一年後に第三次世界大戦が始まるんだ」


 ヘリが浅草近くの大きな公園に止まる。フェアリーはそこで別れた。

 別れ際にウィザードの耳元で囁く。否、脅す。


「火花さんに手を出したら……絶対に許さないからね」

「あはははは……分かっているよ」

 

 ――古い罪の上に新しい罪を重ねてウィザードは生きている。

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