第7話 電子の妖精と銃撃戦(ルートα)

 十二月二十五日深夜。


「紫火花さん、早く……外のハイエースに乗って」


 バーの外に連れていかれて路地裏で言われた。耳元で、「あなたを助けに来た妖精フェアリーよ」と言われた。牢屋で拘束され絶望を噛みしめていた火花は驚く。


「――え?!」


 告げたのは目出し帽バラクラバを被った小柄な女性兵士。

 先程まで未来翻訳書ミドラーシュが運ばれて行き、数分後に、兵士がハイエース二台でやってきたのだ。

 状況が理解しがたい。だが、火花は本能的に相手が誰かを理解した。


「早くして‼ 追いつけなくなる‼」


 後ろのドアからハイエースに乗り込む。中には拳銃から自動擲弾銃グレネードランチャーまでずらりと並べられてある。


「(紫火花……運転手は……C・Jの雇われ兵士よ。あまり大きな声を出さないで)」

「(あなたは……フェアリーさん?)」

「(アールヴ・イザベラ・パーシヴァルよ。あなたのこと私は嫌いだから)」


 そう毒を吐きながらフェアリーはパソコンを弄っている。パソコンの数字の羅列られつを意味が分かるかのように読み取り、もの凄く速いタイピングでそれらを操作していた。


「(今時のハッカーに防壁一枚とはC・Jが聞いて呆れるわ。ジャミングしてある拷問部屋ごうもんの回線はジャックした。これで話せるわね)」

「(……あなたもウィザードと話をしたいわよね?)」

「うん‼ もの凄く話したい‼」


 口元に人差指をフェアリーは付けた。若干声が大きくなっていたようで、運転手が咳払せきばらいをする。どうやら神経質な男のようだ。


「(ウィザード……ウィザード……ウィザード、聞こえている?)」


 パソコンの画面に音量や通信環境を示すデータが配置されている。


「(ウィズ……死んでない……よねぇ?)」


 数秒間、返事を待った。永遠ともいえる程長い時間だ。バーで拘束されてた時に、異端審問官インクイジターに薬漬けにされるとC・Jの構成員の男女が笑って話していた。


『(あ……ああ――火花……火花、ザザーッ…生きててよかった)』


 ホッとしたのは自分だと言いたくなった。だが、ウィザードの置かれている状況を考えれば心配させるようなことは言えない。

 小声でフェアリーが扉の電子キーをジャックしていると呟く。


「(フェアリーさんが……そこの扉の電子キーを開けるから……死んじゃダメだよ……)」

『勝手に電子キーがザザーッ作動しただと⁈』


 野太い男の声。そして静寂せいじゃく


「(ウィザード……火花さんは無事よ。今から言う通りの道順で、その場所を抜け出て……いいわね?)」


 フェアリーが優しく声をかける。ウィザードは呼吸するのも苦しそうに呻いている。


『ああ……フェアリー……いやアールヴだったか。ザザザッ……』


 フェアリーの目が鋭くなって、何故か自身をにらみつける理由が火花には分からなかった。

 フェアリーは、恋敵こいがたきだからだとは流石に口に出さなかったが剣呑けんのんな雰囲気だ。


「アールヴ・イザベラ・パーシヴァルよ。もう忘れたの?」


 女の人の名前を忘れるとは、ウィザードも失礼なことをすると火花はフェアリーに同情した。なんとなく、ウィザードに好意があるような空気が感じられる。


『ザザザッ……そうだったな……ははは』

「笑える元気があるなら……この先にいる番兵二人くらい朝飯前よね」


 パソコンには立体的な地図が表示されている。赤い二つの点が敵のようだ。

 こちらからのマイクを切ったフェアリーと火花は会話をしようとした。だが話題が思いつかず、地雷を踏み抜いた。


「妖精さんはお幾つなんですか?」


 ブチッと何かが切れる音が聞こえた……ような気が火花はした。


「……二十八歳よ。こんなババアがたかだか高校生くらいの男になんでれているんだって笑うのでしょうね?」

「いえ……そんなことは……全く」


 そう火花がしどろもどろになっているとフェアリーはガッツポーズをつく。地図上では赤い二つの点が動かなくなった。

 どうやらウィザードは上手く事態を切り抜けているらしい。


「次はオートマタか……一台乗り回そうかしら」

「オート……マタ?」

「戦闘アンドロイドのことよ」


 やはり目出し帽バラクラバから注がれるのは嫉妬しっとに似た色の視線。


「(そこから先はオートマタが動いているわ。同士討ちさせるから待っていて)」


 ピーガーガーという音がしてダダダンッダダダンッというもう今夜はうんざりするほど聞いた自動小銃の音。


「ウィズは無事なんですよね?!」


 無言でうなずくフェアリー。


「(一体は、私が操縦するから。通信を切ったら後を追いかけて)」


 段々と潮風しおかぜの匂いがしてくる。

 立体的な地図には一人の敵の影。画面がオートマタのものと思われる画面に変わった。廊下には散弾銃ショットガンを構えるバーテンダーの男。散弾銃を乱射している。火花から見ても分が悪いと思えた。


「(ウィザード、相手はかなりの手練れよ。私が殺人ルンバで突撃をしかけるわッ‼)」

『ザザザッ……ちょっと待ってくれ……』

「(でも拳銃でショットガンとやり合うなんて無茶無理無謀だわ)」


 しばらくすると何かをウィザードが投げた。散弾銃の発射音。そして突撃する画面のオートマタがバリケードを破壊していく。ホールドアップさせられたバーテンダーの男がヨダカに掴みかかって撃たれて倒れる。

 火花はその光景を見て、動悸が速くなったのを感じた。


「(ウィザード、そこから先のドアがバーと繋がっているわ)」

『フェアリー、ザザーッ……お前と火花は……どこにいるんだ?』

「(未来翻訳書ミドラーシュの護送車両の中の一台だよ。ウィズが無事でよかった……)」

『ザザーッどこに向かっているんだ?』


 フェアリーが答える。それと同時にどこかに情報を送っていた。


「(バーの前のレガシィに位置情報を送ったわ)」


 潮風の匂いで車内がいっぱいになった。港の倉庫群がガラスに映る。しばらく走っていくと車が停まった。大きな船が横付けされている。


「おい、お前らさっきからうるさいんだよ。そら武器を船に積み込むから退け」

「動くな。あと黙って運転しろ」


 カチッというコルトガバメント自動拳銃のハンマーを引く音。ベレッタ92が採用されるまで七十年米軍のサイドアームだった名銃だ。


「フェ、フェアリーさん、中々大胆だね」

「ホントはぶっ放したいんだけど運転は苦手なのよ」

「へっ、ぶっ放してみろよ。お前らだってただじゃ――」


 その声をフェアリーがさまたげる。


「バンッッ‼‼」

「ひええ⁈」

「次はないからね」


 目出し帽バラクラバからは目しか見えないが、確かにフェアリーは笑っていた。

 そこに車の誘導を行っていた目出し帽の男が現れる。

 車内が緊張感に包まれる。


「おい、聞いたぜ? 予知能力者すっげえ美少女なんだってな」

「(未来翻訳書ミドラーシュの場所を訊き出せ)」

「ああ……金髪ツインテールの美少女だ。未来翻訳書ミドラーシュの場所は分かるか?」

「八番倉庫だ。ヘリで、予知能力者と一緒に房総半島沖のタンカーに運ぶらしい」

「そ、そうか……じゃ、じゃあ俺は車を停めに行く」


 車を動かそうと運転手の男がアクセルペダルを踏む瞬間、また声がかかる。


「ミントのガム噛むか? 眠気が取れるぜ」

「いや、今はいらない。吐きそうなくらい頭が痛いんだ」

「(死にたいのか……ッ‼)」


 フェアリーが引き金に手をかける音がする。

 火花は緊張で背筋がゾクゾクした。じっとりと汗ばんだ手を思わず握ってしまう。


「まあ、朝には雪は止む。そしたらゆっくり休めるさ。じゃあな!」

「ああ……ありがとう……」


 運転手は八番倉庫へとハイエースを走らせる。


「あからさまに助けを求めて……本当に撃っちゃうぞ」

「フェ、フェアリーさん怖すぎ」


 七番倉庫から先はストップがかかった。フェンスと有刺鉄線ゆうしてっせんが張り巡らされており、容易には入れない。


「お前たちそこに車を停めろ。この先は徒歩のみだ。武器は置いていけ」

「(運転手さんぶっ飛ばしてくれるかしら?)」

「――え⁈」


 瞬間、発砲音。コルトガバメントが天井に風穴を開ける。

 哀れな運転手は、ひぃと叫びながらフェンスと有刺鉄線を破壊しながら八番倉庫へ。銃撃が木霊こだまし、ハイエースが穴だらけになる。途中で運転手がひるみ八番倉庫に突っ込む形で横転。


「舌噛んだ。痛い!」

「我慢しなさい。それより銃火器を使った経験は多少あるんでしょうね?」

「僕は自動拳銃程度の扱いなら何度も教わったよ」


 フェアリーはハイエースに積んであった96式40mm自動擲弾銃グレネードランチャーを引っ張り出し、ワラワラと砂糖に群がる蟻のように現れる敵を相手に攻撃を加えていく。


「じゃあ、ちょっと火力が低いけどこれでC・Jの部隊を食い止めて」


 渡されたのはコルトガバメント自動拳銃。マガジンも大量に渡された。更に手榴弾しゅりゅうだん十数個も。

 戦争みたいだなと火花は感じた。あとはウィザードがやってきて未来翻訳書ミドラーシュのコピーの一つを奪還できれば、上々だ。

 ババババッババババッと96式40mm自動擲弾銃グレネードランチャーが発射され、それまで、火花を護衛していた車両が爆発し吹き飛んだ。その合間に、フェアリーはパソコンを弄りまわす。未来翻訳書ミドラーシュのコピーの一つを積んだヘリの操縦システムを一時的にダウンさせているのだ。


 後は、ウィザードが早く来てくれることを願うだけだ。

 

 ホワイトクリスマスの終わりまであと三十分を過ぎていた。

 

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