第6話 逆襲の始まり(ルートα)

 十二月二十五日クリスマス深夜。


「ウィザード……いや……ジョン・ヴィクトル・ハルトマン……君の働きで、長年探し求めてきた……予知能力者が見つかった」


 六本木の場末ばすえのバーの下には時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカー簡易的かんいてきな拠点が作られていた。現在、ウィザードは独房どくぼう尋問じんもんを受けている。鎖で宙釣りにされている状態だ。相手の名前は異端審問官インクイジターと呼ばれていた。何度も何度も非抑制型自白剤ひよくせいがたじはくざい投与とうよされ、洗いざらい知り得た事実を吐かされそうになったが、火花のことを想う気持ちが一欠片ひとかけらの反抗心を芽生えさせている。


「中々強情だな……君は……大変優秀だと聞いている。できれば廃人にならない内に……洗脳せんのうでも施して……使えるこまにしておきたいんだが……聞こえているか? そういえば耳小骨にイヤホンがあるのか……まあ、ここはジャミングしてあるから通信などこないか……」


 宙釣りになっているウィザードをスタンガンでいたぶり続ける。

 幻覚と吐き気、頭痛が万華鏡まんげきょうのように錯綜さくそうした。ウィザードは自分が何故ここにいるのかも分からない。自白剤の効果で体感時間は引き延ばされて一時間程度の尋問が一日のようにウィザードは感じていた。異端審問官インクイジターの言葉が間延びして聞こえる。全てを話せば楽になるという誘惑との葛藤が続く。


「ふんッ、まだまだ時間はあるからな……続きはまた後でだッ‼」


 手に絡んだ鎖が下ろされて、凍るように冷たい床に身体が倒れる。ああ……何日経った? 火花はどこだ? 思考がぐちゃぐちゃになる。何を信じて生きていたか。何を求めて生きていたか。何が原因でこんなことになったか。どうでもよくなりそうになる。


 ――火花の独特の悲しさが伴う笑顔が脳裏を過ぎる。


「火花……起きなきゃ……君を……失いたくない」


 声を絞り出して、意識の糸を離さないでいる。それだけでも奇跡だった。だが、異端審問官インクイジターの足音が再び聞こえる。武器は……ウィザードは、何か大事なことを思い出そうとする。だが、思考にもやがかかって思い出せない。


「まだまだ、尋問はこれからだぞ……自白剤もたっぷり持ってきた。すでに致死量はとっくに超えているのに死なない……いや死ねないのは地獄だろうな」

「お、お前……」

「なんだ? 何か言いたくなったか?」

「口が……どぶ……臭いんだよ」

「ッッ⁈」


 異端審問官インクイジターがぶちぎれて、腹を蹴り始めた。内臓にダメージを受けたのかウィザードは吐血とけつする。十数分、暴行を加えて、尋問係の男は満足したようだった。

 自白剤の入った注射を男が準備している。

 その時声が聞こえた。


『(ウィザード……ウィザード……ウィザード、聞こえている?)』


 聞き覚えがある声がした。反応したくても声の出し方が分からない。


『(ウィズ……死んでない……よね?)』


 火花の声で薬漬けの脳内が覚醒していく。そうだ、俺はウィザードだ。声を出せ。


「(あ……ああ――火花……火花、生きててよかった)」

『(フェアリーさんが……そこの扉の電子キーを開けるから……死んじゃダメだよ……)』


 ガチャンと音がして鉄格子てつごうしが開いていく。暗かった部屋から明るい廊下へと道ができた。


「勝手に電子キーがが作動しただと⁈」


 異端審問官インクイジターが後ろを向いた瞬間ウィザードは立ち上がり、自白剤入りの注射器を手に取り首に刺した。最初こそ抵抗すれど、異端審問官インクイジターはへなへなと寝っ転がる。寒さと痛みで、ウィザードは衰弱すいじゃくしていたが、倒れている男の腰からグロック17自動拳銃を奪い取った。

 そして銃を胸の位置ハイポジションで構える。視界は自白剤の影響で揺らいでおり、キーンと耳鳴りもしていた。満身創痍まんしんそういそのものの状態だ。


『(ウィザード……火花さんは無事よ。……今から言う通りの道順で……その場所を抜け出て……いいわね?)』

「ああ……フェアリー……いやアールヴだったか」

『アールヴ・イザベラ・パーシヴァルよ。もう忘れたの?』

「そうだったな……ははは」

『笑える元気があるなら……この先にいる番兵二人くらい朝飯前よね』


 それには答えず……ゆっくりとかがみながら進んだ。突き当りの左の道には馬鹿笑いしている番兵二人が並んでいる。グロック17自動拳銃を構え、突撃。突然の急襲に番兵たちはM16 自動小銃を構えるも先手をとったウィザードの勝ち。ターンッ。一人は銃口で殴られて昏倒し、もう一人は腕を撃ち抜かれた。階段をゆっくりと上ると赤外線カメラらしきものを付けた四つ足の殺人用機械兵器――オートマタが十数機廊下を埋め尽くしている。二進にっち三進さっちもいかないなと嘆息たんそくしたところに通信。


『(そこから先は……オートマタが動いているわ。同士討ちさせるから待っていて)』


 ピーピーガーガーという電子音が聞こえ、ダダダンッダダダンッ。次いで爆発音。慎重に覗くと一体のオートマタを除きすべてが焦げ臭いにおいを出して、燃えている。


『(一体は、私が操縦するから。通信を切ったら後を追いかけて)』


 階段を何回か上り鉄格子に行き着くも、フェアリーが電子キーを解除してくれた。


 通ろうとすると、ダンッダンッダーンというショットガンの銃声が聞こえる。


「まさか……異端審問官インクイジターを倒して、ここまで来るとは……流石はウィザードと裏社会でささかれる存在だ。だが、これも組織C・Jの為、降伏しないならば排除はいじょするのみです」


 バーテンだった男がレミントンM870ショットガンを撃つたびにウィザードの隠れている壁がえぐれる。少しでも飛び出れば、殺傷力さっしょうりょくが極めて高い鹿狩り用の散弾バックショットを撃ってきた。突撃したら間違いなくハチの巣なる。様子をうかがうとバリケードの後ろから攻撃しているようだ。


『(ウィザード……ザザザッ……相手は……かなりの手練てだれよ……私が殺人ルンバで突撃を……しかけるわッ‼)』

「ちょっと待ってくれ……」

『(でも拳銃で……ザザーッ……ショットガンとやり合うなんて……無茶無理無謀だわ)』


 距離もレミントンM870ショットガンが有利な近中距離だ。そしてこっちはグロック17自動拳銃一丁だけ。弾もあと十発もない。


 体調が良くない時に使いたくないが『魔法』を使うことにした。シーンと音がしなくなり視界にもやがかかる。


《あと二発で弾丸を装填リロードしなくては……》


 そこで、相手に心を読んだと気付かれる前に、精神感応テレパシーのチャンネルを閉じる。


「うん? 今の感覚はなんだ?」


 気付かれる前に精神感応テレパシーのチャンネルが切れてよかった。

 ウィザードは一安心する。

 バーテンの男は、ダンッダンッと二発、レミントンM870の弾を撃つ。装填された弾はもうないが、薬室内に一発撃てるように残されているはずだ。そこで空になったマガジンを放り投げる。人間は予測不能のできごとに対応するのは困難だ。ダーンと散弾が発射される。そこでフェアリーが制御するオートマタと共に逆襲を図った。

 ダダダンッダダダンッオートマタに装備された自動小銃が火を噴く。バリケードが壊れ、バーテンの男の足を弾がかすめる。バーテンの男はすぐに冷静になり、腰のワルサーP99を引き抜く。だが、後出しジャンケンをしたウィザードの勝ち。正確無比せいかくむひにワルサーP99を撃ち抜く。そしてバーテンの男をホールドアップさせる。


「くそ……だが、『ノストラダムスの娘』は既にここを発った。全てはC・Jの為に……」

「あんた洗脳されているのか?」

「自分でもよく分からない。だが、一つ言えることがある……私の家族は……私の命と引き換えに幸せな日常を過ごせるッッ‼」


 ターンッ。一発の銃声が響き渡る。間違いなくウィザードが撃った銃弾だ。銃を奪われそうになれば、撃たざるを得ない。

 洗脳せんのうだろうと妄信もうしんだろうとバーテンの男は報われない。

 後味の悪い一発だった。


 ウィザードは火花に出会ってから強くなった。守るべき者がいる雄は強くなるものだ。


『(ザザザッ……ウィザード……そこから先のドアが……バーと繋がっているわ)』

「フェアリー、お前と火花はどこにいるんだ?」

 それに対して明るい火花の声。

『(ザザーッ……未来翻訳書ミドラーシュの護送車両の中の一台だよ。ウィズが無事でよかった……)』

「どこに向かっているんだ?」


 声がフェアリーのものに再び変わった。


『(バーの前のレガシィに……位置情報を送ったわ……ザザザッ……)』


 ウィザードはグロック17を腰に差すと、レミントンM870を手に長い階段を上る。自白剤の効果は続いており、時々耳鳴りと吐き気がした。段々と冷たい空気が漂う。天井のドアを開けるとバーの裏に出た。雪はまだ降り続けており、まだ夜明けまで時間がある。バーの中には客を装ったC・Jの構成員が歓談かんだんしていた。ドアを蹴破けやぶってレミントンM870を向ける。


「う、撃つな……組織の命令だったんだ」


 男女のうち大柄な男が怯えて、息を切らしながら言った。

 ウィザードは構成員の一人に声をかける。


「俺の装備を渡せッ‼ そこの女一人ずつ拘束しろッ‼ 下手なことをするならクリスマスが命日になるぞッ‼」


 全員の武装を解除した。男三人はテーブルに手錠で繋がれた状態だ。

 最後に女に手錠をかけようとすると踵落かかとおとし。緊急回避。


「くッッ‼ 抵抗したなッッ‼」


 テーブルに踵から伸びた鋭利な刃物が突き刺さっている。レミントンM870の銃口で女の頭部を殴打し気絶させた。すぐに女にも手錠をかける。


「こちらウィザード。フェアリー聞こえるか?」

『ザザーッ……ザザザッ……ターンッターンッ……ダダダンッッダダダンッ』

「こちらウィザード……何が起きているんだ?」

『ザザーッ…ザザザッ……』


 カウンター席に置かれているベレッタ92ノーペインと車の鍵を奪い返した。カーナビには港区の東京湾に面した埠頭の位置が示されている。


「火花たち……無事でいろよ」


 そう漏らしながらキーを回すとレガシィの水平対向4気筒エンジンが唸りを上げる。時間は午後十一時。


 ホワイトクリスマスが終わろうとしていた。


 

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