第4話 ラブホテルでのハプニング(ルートα)

 十二月二十五日クリスマス深夜。


 東京スカイツリー近くの浅草のラブホテルに、黒渕の豪邸で盗んできたレガシィツーリングワゴンでやって来た。ラブホテルが顔を見られずに泊まれるので日本での依頼の時は重宝ちょうほうしている。

 フロントへ金を払うと車酔いしている火花を支えながら二階の客室へと向かう。時間が時間なだけに、男女のあえぎ声がれ聞こえ、初心うぶなウィザードは顔を赤くする。

 それを見た火花が一言。


「ラブホテルで、ウィズは僕とセックスがしたいのかな?」

「ち、違う。身分証明書がいらないだろ?」

「あー、そっかなるほどね。僕たちの年齢だと普通のホテルでは怪しまれるからね」

「そ、そういうことだから……さっさと寝よう」


 だが、そこで火花は衝撃の発言をした。フェアリーのむせる声が聞こえる。


「僕は……ウィズになら抱かれても平気だけど?」

「あ……ああ……バカなことを……そんな年齢で言うんじゃない」

「でも、生理せいりもきてるし、身体の方は準備ばっちりだよ」


 そこでフェアリーから激怒した声がキーンと耳小骨の小型イヤホンがけたたましく耳に響く。どうやら電子の妖精フェアリー様は、不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆうは認めない派閥はばつに属しているようで――


『――ウィザード……ザザッ……ザザザッ……変な気を起こしたら警察を呼ぶわよッッ‼』

「フェアリー……そう怒鳴どなるなって変な気ってなんだよ」

『それは……そのキスとか……ハグとか……エ、エッチとか……ザザザッ……』

「俺がそんなことしたことが今まで一度でもあったかい?」

『ザザザッ……ウィザード……ごめんなさい……ゆっくり眠って……』


 フェアリーは少し仮眠をとると言って通信を切った。

 なんとなく心細い。フェアリーは優秀だ。世界のどこにいても抜群のタイミングでサポートしてくれる。だから、ウィザードは頼りっきりになってしまう。せめてフェアリーが仮眠をとる間は起きて有事ゆうじに備えようと決める。


「フェアリーさんは、もう眠るって?」

「ああ……そうだけど……変な気は……起こすなよ」

「ウィズは……何を期待しているの? ふふふ、僕ね、黒渕の家から玩具おもちゃ持ってきちゃった」


 ウィザードは卒倒そっとうしそうになった。夜に使う玩具って……ごくりと生唾なまつばんでしまう。それは火花にももろバレなようで、クスクスと笑われる。


「じゃーん、トランプに、ウノ、チェスに、囲碁、あと人生ゲームもあるよ」


 激しくなっていた動悸どうきが急速に収まり、腹の底から笑いがこみ上げてくる。それを見て、火花は釣られて、あははは、と声を出して笑う。俺は何を身構えていたんだ。バカらしい身構え方をしたものだとウィザードは思うのだった。


「じゃあ、最初はポーカーからだな」

「え⁈ 普通ババ抜きからじゃないの?」

「二人でやるならポーカーだろ?」


 ウィザードと火花はわいわいと騒ぎながら、遊び倒すのだった。気が付けば深夜一時半を回っている。将棋しかやったことがないという火花にチェスでウィザードは劣勢に立たされていた。


「投了した方がいいんじゃないの? クイーンも僕が取っちゃったし」

「甘いな、よーくキングの周りを見てみろよ」

「げ……ポーンがプロポーションしそうになってる。これでクイーンになられたら……ああ……僕の方が詰んでたなんて……悔しいから……もう一回戦しようよ」

「仕方がないな……でも今度負けたら大人しく寝ろよ」


 その後、ウィザードは、火花の連勝を止められなかった。どうやらピンチになると本気が出るタイプらしいとウィザードは感じていた。それを見て火花が小悪魔っぽい感じで笑う。


「ウィズは……ウィズなんだね」

「そりゃそうだろ。俺が俺じゃないなら誰なんだって話だろう?」

「そういう意味じゃないんだけどね。人間ってどうして楽しかったり嬉しかったりすることをずっと覚えてられず、悲しかったり苦しかったりすることをずっと覚えているんだろうね」

「生存本能だろうな。苦しいこと悲しいことを回避する為にいつでも思い出せるようにしている……と俺は考えるよ」

「僕はね……神様って意地が悪いんだと思ってるんだ。きっと楽しい笑顔に嫉妬しっとしているんだよ」


 未来予知の能力者にしては感情的な部分があるんだな。だけどまだジュニアハイスクールの歳のはずだ。心にブレがあるのは、正常な証拠かもしれない。ウィザードは火花の思春期特有のうつっぽい雰囲気が死んだパートナーを連想させた。


 ――私が死んでもジョンは私の好きなジョンでいてね。


 その言葉の後、マリアはC・Jの刺客に身体を氷の彫像ちょうぞうにされて死んだ。マリアは即死だった。せめてもの神の慈悲だったんだろう。それから俺は彷徨さまよい続けている。ウィザードは復讐鬼ふくしゅうきと化していた。


 ネックレスにしている9x19mmパラベラム弾に無意識で触れる。今は亡きマリアのことを思い出していた。この弾丸はマリアの銃から一本だけ抜き取ったものだ。


「ウィズ……ウィズったら……聞こえてるの?」

「え……ああ、ごめん……考え事してた。で、なんだっけ?」

「僕、お風呂に入りたい。多分、日中は外で行動するし……ウィズの前では綺麗でいたいんだ」


 うんうんと首肯しゅこうすると部屋に備え付けられているバスローブを借りて、火花は風呂に入る。ふんふん♪ と鼻歌交じりで歌を歌っている。多分、いきものがかりの曲だとウィザードは思った。歌を覚えるのは現地人と仲良くなる為のコツの一つだとか。


「火花……風呂はデカいのか?」

「三人で入っても余裕そうだよ」

「あとで、俺も入る。三日間入れなかったからな」

「あっ、あ、あ、あ、大変⁉」


 急に取り乱したような声を出す火花にウィザードは驚きを隠せなかった。何か問題が起きたのか。女性の風呂を見るのは初めてだが……致し方ない。火花の身の安全の方が大事だ。


「きゃあッッ⁉」

「なッッ⁈」


 石鹸で滑って転んだ火花に手を差し出したまでは良かったがウィザードも水で濡れたタイルで転んでしまう。素っ裸の火花に覆いかぶさるようにして、顔を合わせる。


「な、なにがあったんだ?」

「ゲジゲジが……一匹歩いていたんだよ」

「ちょっとこの状況はヤバいな。お互い離れよう」


 うんと言って火花は立ち上がり、ウィザードは少しばつが悪そうに浴室から出ていった。もう一歩踏み込んでいたらどうなっていたか分からない。それにしても体毛が薄いんだなとゲスなことを考えるウィザードは、自分をぶん殴りたくなった。


 数分後、バスローブ姿で浴室から出てきた火花は美しかった。すっぴん美人とでもいうのだろうか。化粧をしなくても火花は下手なテレビに出てくる芸能人とは格が違う。乱れた金髪、少し露出度の高い薄い褐色の肌。潤んだ青い瞳。上気した頬。

 時間が停止したかのように、ウィザードはそれらを凝視ぎょうししてしまう。


「ウィズもお風呂入って頭空っぽにしてきなよ」

「そう……だな」

「やっぱりノーペインも持っていくんだね」

「念の為だ。何が起きるか分からないからな」


 そこでウィザードは違和感を感じた。ベレッタ92ノーペインと紹介したか。いやでも、ノーペインと英語でデカデカと刻印されてるし気のせいだな。ウィザードは気を取り直して風呂にお湯を貯めていく。


「(シャンプーが男性用と女性用に分かれているのか)」


 ウィザードは女性用のシャンプーを手の平に少し出してみる。甘い匂いがした。この匂いに火花は包まれているのかと思うと、なんとなくそっちを使いたくなってしまう。


「(依頼人に手を出したら、フェアリーが社会的に殺しにくるぞ。しっかりしろ)」

『ザザッ……ザザザッ……ウィザード……呼んだ?』

「うわッッ⁈」


 ウィザードは驚きでたたらを踏んだ。もう少しで後頭部こうとうぶからタイルの床に倒れるところだ。

 自分の自制心じせいしんのなさと冷静さを欠いた行動を戒めたくなる。


「ウィズ……なんかあったの?」

「大したことじゃないから火花はそろそろ寝ておけよ」


 思わず大きな声で火花に声をかける。その違和感をフェアリーは察知する。


『ザザザッ……ウィザード……ザザッ……何かあったのね?』

「はい……ありました」

『神様に懺悔ざんげしながら……ザザザッ……お姉さんに……罪を告白しなさい』


 「俺は無宗教派だが?」などと言えば丸一日話してくれなさそうなので、起こったことを正確に……否……オブラートに包んで、ウィザードはフェアリーに話した。段々と、相槌あいづちが氷のような冷たさを持ってくる。


『……ザザッ……男女が同じラブホテルに……ザザザッ……泊まるんだから……最低限の予防策を講じなさい。まずは――」

「えええ⁈ こんな状況で出せっていうの⁈」

『ザザザッ……ウィザード……ザザッ……自分で……言ってたじゃない。少し……ムラムラするんでしょう……?」

 

 ――そんなことできるわけないだろッッ⁉


 ウィザードの悲鳴が浴室内に響き渡るのだった。

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