第3話 ボーイミーツガール(ルートα)

 十二月二十四日クリスマスイヴ深夜。


  罠かもしれない。猜疑心さいぎしんがウィザードの心の大半を支配していた。自分よりも二、三個下の年齢に見える女の子――依頼主の紫火花むらさきひばなはモニター越しだが笑顔を崩さない。

 寂しそうだ。それが笑顔を見た第一印象。誰にも頼れない者が作るあきらめとわずかばかりの希望を信じる表情。ウィザードはその表情をイヤという程知っていた。


「(本当に依頼主なのか?)」

『ザザッ……ザザザッ……ウィザード……依頼主で……間違いないわ』

「(フェアリーありがとう。今度一緒に食事でもしよう)」

今夜イヴじゃないのが……ザザッ……ザザザッ……惜しいところね……』


 ウィザードはトラップなどがないか慎重に調べながら隠し扉の中に入った。クマのぬいぐるみがいたる所に配置された女の子の部屋。中では、豚のような顔をした男に赤いドレスを着た少女がグロック17自動拳銃を頭に突きつけている。


「火花……お前を匿ってやった恩を仇で返すのかッ‼」

「あなたは散々、やりたい放題してきてじゃない? もう魔法は解けたんだよ」


 豚のような男――おそらく黒渕幸平くろぶちこうへいは肩を落として、がっくりとうなだれた。

 ウィザードは、それよりも紫火花の方に注目する。長い金髪ツインテール、賢そうな青い瞳、褐色の肌。


 おそらくは欧米の中でも混血が多い地域の血が流れているのだろう。ということは孤児みなしごか何かか。親の転勤の可能性もある。


「ウィザードさん、考え込んでどうかしたんですか?」


 数瞬考え込んだだけだと思ったが、大分時間が経っていたようで、火花に声をかけられる。不覚だ。殺し屋失格といったところだろう。俺は一体どうしてしまったんだ。火花を見るだけで動悸が上がってしまう。がらにもなく顔が熱くなる。


「な、なんでもない……それより随分ずいぶん銃の扱いになれているように見えるな」

「ある人から徹底的てっていてきに教え込まれたんだ」

「そうか……それで能力者オーバーテイカーの子供たちを開放して、黒渕を殺せばいいんだろ?」


 火花はふうっと大きく息を吐いて、本題に入るようだ。


「黒渕幸平は殺さない方が後々いい結果に繋がりそう……」

「希少な能力者と聞くが本当に未来予知ができるのか?」


 紫火花は、まだあどけなさが残る笑顔を作り、「それはもう……精度は抜群ばつぐんに」と更にチャーミングな仕草ウィンクをとった。だが、銃口は黒渕に冷静に向けたままだ。かなりの腕のガンマンだとウィザードは看破かんぱした。


『ウィザード……ザザッ……ザザザッ……紫火花を調べたけど年齢素性ねんれいすじょう一切が不明よ』

「フェアリーの腕でも分からないのか?」

『未来予知を使って……ザザッ……ザザザッ……危険を……回避しているのかもね』

「そうだろうな。バレたら酷い目に遭うことは確実な能力だからな」


 話をしながら、黒渕のことを縛り上げ逃げられないように拘束する。あっという間にボンレスハムの出来上がりだ。ブヒブヒと豚の様に抗議の声を上げる黒渕。火花との話ができないのでやや乱暴にみぞおちへ手刀を繰り出し、意識をり取った。


「一つ提案があるんだけどいいかしら?」

「んん、重要なことなのか?」

「ええ、とっても。ウィザードじゃ可愛くないからウィズって呼んでもいい?」


 かなり重要な話かと身構えていた為、ウィザードは思わず笑ってしまう。そんなことかなくても、勝手に呼べばいいのに。そんなことを考えていると、「答えは?」と近寄ってきた。シトラスの匂いの淡い香水こうすいの匂いがする。


「構わないさ……俺はもう名前は捨てたんだ。誰に……どう呼ばれても構わない」

「…………本当に?」


 えらく真剣な顔をして火花がささやく。信じられない奇跡に出会ったかのような反応だ。核戦争が突然勃発ぼっぱつしたわけでもないのに、そんなに驚くことだろうか。火花は放心したようで、ついでに涙をポロポロと流し始めた。その瞳は先程までとは違い、希望を見出した様子だった。


「ウィズ……僕のことは火花と呼んでくれて構わない」

「火花、分かった……ほらこれで涙を拭きなよ」


 ウィザードが渡したハンカチで涙を拭う火花。その光景が可愛らしいとウィザードは自然に惹かれてしまう。昔話に出てくる竜にさらわれたお姫様を助ける騎士のような気分だ。


「ウィズには続けて依頼を頼みたいと思う。聞いてくれるかな?」

「かなりの金額になるぞ?」

「それだけの分のお金は稼いである」


 火花が、奥にある天涯付きのクイーンサイズのベッドから大きなボストンバックを持ってくる。中には札束がぎっしり詰まっていた。どんな悪さをして、手に入れた金なんだろう。そんなウィザードの考えを察したのか、火花はえへんと言わんばかりに胸を張る。


「僕が自分のお金を自分で増やして手に入れたお金だ。能力者の子供を売ったりした汚いお金じゃないぞ」


 強い意志を秘めた青い瞳でウィザードを見つめる。

 一つ不思議な気持ちが起きた。能力者なら瞳は赤いはずだ。だが、火花の目は青い。コンタクトを付けているような感じでもない。ウィザードは何となく違和感を覚えた。だが、依頼は依頼だ。余計なことに首を突っ込んでもいいことは何一つない。


「火花……それで続けての依頼ってなんだ?」

「僕と一緒に……とあるものを探して欲しいんだ」

「ものを探すくらいなら、その辺の探偵たんてい事務所を使えばいいだろう?」

「ウィズの……力が必要なんだ。ダメ……なのかな?」


 火花は上目遣うわめづかいでウィザードにくっついた。柔らかい優しい感触がする。煩悩ぼんのうが刺激されるが、力いっぱい理性をフル動員して、反応しないようにする。依頼人に手を出すような真似をしたら、フェアリーにどんな風にののしられるか分からない。最悪バディー解散になるかもしれないと考えた。


「分かった。分ったから……離れてくれ」

「本当だな。本当の本当に本当なのだな?」

「ああ……だからくっつくのをやめてくれ」


 火花は自分が何をしているのか分かっていないようでキョトンとしている。

 更に、その後の行動がぶっ飛んでいる。洋服ダンスを引っ掻き回すとジーパンと少しくすんだ白いセーターを出す。そしてドレスを脱ぎ始めた。下着姿になった火花はジーンズとセーターに身を包むと颯爽とウィザードの元へと戻って来る。恥じらいといった精神に欠けていると感じるウィザードを疑問符ぎもんふを浮かべるようにして火花は見つめる。


「これなら……外でも一般人の目は引かないでしょ?」

「ああ……でもピクニック気分でする任務じゃないんだろう?」


 紫火花は顔をブンブンと縦に振って、肯定する。ウィザードとは少ししか歳は離れていないが、色々と常識不足なのかもしれない。


『ザザザッ……ウィザード……ザザッ……れしい女の子ね』

「もしかして……フェアリーさんは焼いてくれてるのか?」

『…………ばか』


 紫火花は、ムスッとした顔を隠さない。何か悪いことをしただろうか。


「ウィズ……今夜のヒロインは誰かな?」


 その言葉を咀嚼そしゃくして理解するのに少し時間がかかり、段々と火花の雰囲気がとげとげしくなる。考えに考えた末にひねり出した答えを火花に告げた。


「今夜のヒロインは……火花……君だろうな」

「答えるのが遅いけど僕は寛大かんだいだから許してあげよう」

「それでもの探しって一体何を探すんだ?」


 具体的な内容をき出そうとウィザードは不機嫌さを装って質問する。だが、実際のところは、もの探しは得意なので機嫌はよかった。


「五十年先を予知したとある文書を探し出し破棄はきして欲しい」

「文書の名前は?」

未来翻訳書ミドラーシュと呼ばれている。おそらくコピーも少数の人間の手に渡っているから、それも一緒に見つけ出したい」

「何でそんな代物しろものが出回っているんだ?」


 その一言に火花は、涙があふれるのを懸命けんめいに抑える顔をする。ウィザードは女のそういう顔を見るのが一番嫌いだった。C・Jに殺されたパートナーの顔を思い出す。いつか復讐ふくしゅうを果たしたいと思いながらも躊躇ちゅうちょしてしまう自分を嫌悪していた。


「私が……不注意だったんだ。だが、その過去はもう変えられない」

「未来っていうのは確定したものなのか?」

「いや……無数の選択肢せんたくしを選ぶことで少しずつ変わっていく」

「でも……それは大きくは変わらないってことか?」


 火花は、罪人になった姫のような顔をする。ウィザードは見るに忍びなかった。だから、言った。言ってしまった。


「俺がそれを全部見つけ出せば……満足してくれるのか?」

「ああ……ああ――だけどウィズも酷い目に遭うかもしれないんだぞ?」

「裏社会で鍛えた腕を見せてやるよ」


 ウィザードは報酬ほうしゅうがくかずに、誰が持っていそうなのかを聞いた。


「オリジナルは東京のどこかにある。恐らくコピーも海外には渡ってないはずだ」

「なぜそんなことが分かるんだ?」

「ウィズ……忘れていないか? 僕は……未来予知の能力者なんだ」


 ズーンッという重低音が聞こえた。すぐ近くからだ。おそらくはPMCがウィザードの仕掛けたグレネードの罠に引っ掛かったのだろう。ここも時期に危険になる。一人ならどうとでもなるはずだが、火花を連れてとなると難易度が高そうだ。


「火花……ここをさっさと脱出する。PMCを倒した後、俺に続いてくれ」


 だが、ちょいちょいと火花は、ウィザードの服の裾を引っ張る。そして箪笥たんすの奥のレバーを引く。ズズズズーンッ。壁が割れて地上へ出るコンクリートむき出しの階段が現れた。


『……ザザッ……ザザザッ……ウィザード……そこから上は丁度車庫の位置よ』

「車の運転には自信があるんだ」

『火花さんが……ザザッ……悲鳴を上げないと……ザザザッ……良いけどね』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る