第2話 襲撃作戦開始(ルートα)

 十二月二十四日クリスマスイヴ深夜。


 ウィザードは、子供の能力者オーバーテイカーの救出依頼があった黒渕幸平という男の豪邸を訪れていた。正面玄関から堂々とインターホンを押す。子供の悪戯のように押し続けていると、強面の男が顔を出す。腰には拳銃を差している。テレパシー能力を使わなくても、歩き方を見れば一目で分かった。


「高校生か……何の用だ?」

「プレゼントをもらいに来たんだよ」

「プレゼント……どういう意味……だ⁈」


 ウィザードはベレッタ92ノーペインを至近距離で男の腹に一発撃ち込んだ。くぐもった甲高い音が響く。男は血の泡を噴き出しながら、力なく前のめりに倒れた。


 ご愁傷様。きっとお前は天国へは行けないよ。そう思うや否や廊下から音を聞きつけたPMC民間軍事会社の連中が数人駆け込んでくる。飛んで火にいる夏の虫というヤツか。


 ウィザードは、ベレッタ92ノーペインを構え、一発、二発、三発と弾を発射した。男たちの頭部に吸い込まれるように着弾。まさに、魔法使いといった具合の腕前だった。


 ウィザードの青い瞳がやや赤みを帯びている。カラーコンタクトでバレないように抑えているが暗い場所では、不気味な赤い光が漏れ出てしまう。能力者を憎む者が能力者であるという事実が皮肉だなとウィザードは考える。


『……ザザザッ……ウィザード……相手の通信機は……ジャックしたわ。……連携は取れないはずよ……』

「流石世界トップレベルのハッカーだよ。フェアリーが味方で良かったよ」

『……ザザザッ……もっと褒めて……いいのよ……』


 ウィザードは、テレパシー能力の感度を上げた。目の赤い光が強くなる。建物に十人、裏庭に五人、子供の捕えられている場所に五人、敵がいる。屋敷の地下にも二人の人間がいることを確認した。


 依頼では黒渕幸平という孤児院を経営し、裏では能力者の孤児を海外のマフィアに売り払っている男も捕縛するということになっている。うっかり殺したら大変だ。


 また、異常を発見した有象無象うぞうむぞう雪崩なだれれ込んでくる。ターンッターンッターンッと悲鳴のような銃声。全てヘッドショット。神業かみわざとしか言いようがない。


「通信機が使えないのか……誰か応援を寄こせッ‼ 相手は能力者に違いねえッ‼」


 比較的優秀なPMCらしい。だが、全員皆殺しなのは決定事項だ。ウィザードは臆病だが、敵を前にして怖気づきはしない。


『早速……ザザザッ……バレたわね……大丈夫そう?』

「ああ……イタリアでのマフィアの抗争に比べたら……軽すぎるさ」

『相手をあなどる……ザザザッ……傲慢ごうまんな者は……己をかえりみない……よ』


 フェアリーの言葉を反芻はんすうしながら廊下を駆け抜ける。PMCの死体から流れる粘つく血液が革靴ローファーの裏に貼りつく。廊下の曲がり角でPMC一人がAK47自動小銃でウィザードを狙っている。


 ウィザードのテレパシー能力の使い方は、合理的だ。相手より先に行動を感知して、拳銃で一撃のもとに粉砕する。


 転がるようにして相手の前に出る。自動小銃が発射されるが、狙いは定まらない。ベレッタ92ノーペインが発射された。ターンッという愛銃が死神のように歌う。


 呆気なく建物の中を制圧した。


 ウィザードは肩透かしを食らった気分だ。この程度の相手に警戒していた俺がバカだった。当然の考えの帰結きけつだ。もっと悪人らしく子供でも人質にすれば、こっちもやりやすいが、どうにもこの国はPMCまで平和ボケしているらしい。


『……ザザッ……ウィザード……この先には……』

機関銃マシンガンだろう。感知しているよ」

『更に先には……捕縛対象ターゲットが閉じ込められているわ』


 ウィザードは……走る狼の様に低姿勢で先へと出た。太った男が、機関銃マシンガンを発射しようとする。だが、遅すぎる。眉間に9x19mmパラベラム弾がめり込み赤い血しぶきを上げて倒れた。


 パラベラムとは「平和を望むならば戦いに備えよ」というラテン語から来ている。そういう意味では、彼らPMCは不憫だ。戦いに備えても、圧倒的な力の強さに蟻のように押し潰されて死でいる。


 ウィザードの背筋に悪寒が唐突に走った。急いで近くの部屋に退避する。炎による轟音。相手にも能力者がいたのだ。先に相手の動きを知ることができるからの芸当。攻撃にも防御にも最弱の能力であるテレパシー能力は使える。


『ザザザッ……ウィザード……第三サード級の能力者よ』

「(第三級……人を殺せるレベルの……能力者か……)」

『ザザザッ……どうする気なの? ……真正面から迎え撃つなんて……ザザ……バカな真似――』


 フェアリーの言葉をウィザードはさえぎった。そしてマガジンを換える。


「――正面から、特殊弾を撃つつもりだ」


 扉を開ける。顔とベレッタ92ノーペインを出す。二発発砲する。ターンッターンッ。そして相手の男から発せられる炎が弾を焼き焦がす。一発目は薬室に入った9x19mmパラベラム弾。二発目は、特注のタングステン弾だ。重量は二倍近くあるので、威力も二倍近くある。更にタングステンの融解温度は金属の中で最も高い三四二二度だ。炎を受けても融解せずに発火能力者の頭蓋を貫通する。近くによると頭蓋がバラバラに砕けて脳漿がぶちまけられていた。


 ウィザードは、手にかけてきた人間はごまんといる。能力者の敵との戦いも数百を超えていた。対処法も大抵の相手には通用する。


「(フェアリー……楽勝だな)」

『ザザザッ……さっきのお姉さんの……忠告を忘れたの……かしら?」

「(でも……弱すぎて話にならないよ)」


 すぐにPMCがわらわらと集まって来る。有象無象がいくら集まっても俺は殺せないぞ。ウィザードは余裕の笑みをこぼしながら、この世で最も重い罪を重ねていく。顔に貼りつく表情は死神の笑顔だ。しゃれこうべがカタカタと笑う。そんなイメージがウィザードの心に浮かぶ。

 突き当たった二階への階段下の物置が地下への隠し通路だとフェアリーが伝える。


『……ザザザッ……ウィザード……その先の地下は……建設業者の設計図にも載っていないわ。……気を付けてね』

「了解……ッ⁈」


 真っ白な視界とキーンッという耳鳴りが同時に起こった。スタングレネードを使った罠だ。してやられたとウィザードの頭に、「相手を侮る傲慢な者は己を省みない」というフェアリーの言葉が流れた。少しばかり悔しさが残る。


 ウィザードは手探りで地下への扉を開き、侵入した。ダダダンッダダダンッとAK47自動小銃がドアをガリガリと削る。まるで猟師に追われる鹿のような気分だ。


 初歩的なミスだな。この国に来て平和ボケしたんだろうか。

 心を読む限り、十人前後の相手には能力者はいないようだ。


 撃ち放題だなと視覚も聴覚もダメになったウィザードは大胆不敵に笑う。場数が違うのだ。ただの非能力者を相手に手こずったのは片手の指で数えるほどしかない。


 ――ウィザードはテレパシー能力の感度を更に上げた。


《なんてガキだ……このままじゃ皆殺しにされちまう》

《仲間の仇を討たないでみすみす死ねるか》

《全員……三秒後に一斉発射だ。グレネードも用意しろ》


 声が聞こえる。遊園地の乗り物に酔ったみたいに少し気持ちが悪い。

 ウィザードはその数瞬後隠し扉を開いて、ベレッタ92ノーペインの引き金を引く。ターンッターンッターンッと甲高い銃声。次々に倒れていくPMCの構成員。死ぬ間際の声が聞こえる。


《死にたくない……母さ……ん》

《痛てえ……痛てえよ》

《畜生……紗月……会いてえよ》


 亡者たちの声がウィザードの脳内に負荷をかける。視界がおぼろげに回復した頃、ウィザードは鼻血を出していることに気が付いた。ウィザードは、少しばかり驚く。この国のPMCは中々やるらしいな。他の国なら全員逃げている劣勢だ。


 余程優秀な指揮官がいるか、練度が高いのか、どちらかだなと推測する。


 ウィザードはテレパシー能力のレベルを下げて、携帯しているグレネードを常備しているピアノ線で隠し扉に括りつけた。挟み撃ちにならない為の手段だ。


「(ふう、この先何が待っているのやら)」

『ウィザード……ザザッ……ザザザッ……気を付けてね』

「(フェアリーは……いつも優しいな)」

『今更気が付いたの? お姉さんは少しがっかりしているわ』

「(そういうところが可愛いよ)」

『…………ばか』


 ウィザードは螺旋状らせんじょうの階段を音も気配も殺気も消して下りていく。その姿は草食動物を狙う狼さながらといった雰囲気がある。突然、コンクリートむき出しの大きな空間に出た。モニターが一つ天井てんじょうに吊り下げられており、金髪碧眼きんぱつへきがんの絵に描いたような美少女が映る。肌は健康的に焼けていた。どう見ても欧州出身……そう俺は信じ込んだ。だが――不正解。


「――僕の名前は紫火花むらさきひばな……未来予知の能力者だ。ウィザードいや時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカーに所属していた時は……ジョン・ヴィクトル・ハルトマンか……どちらにせよ、ここまで来てくれてありがとう。やはり君に依頼するのが正しい『選択肢せんたくし』のようだね」


 ガチャリという音がする。見れば奥では分厚い金属製の扉が開いていた。


「その扉からこちらに入って来てくれ。大事な話がある」

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