【完結&ハッピーエンド】Re:東京CONCRe:TE JUNGLE

色川ルノ

第1話 魔法使いと呼ばれた少年(ルートα)

 *銃火器などが多数出てきますが、実在するものとは設定が違う場合があります。ご了承の上お読みください。実在する団体とも関係ありません。あくまでフィクションです。


△▼△▼


 十二月二十四日クリスマスイヴの夜。


 冬の寒空の下、夕陽に東京コンクリートジャングルが赤く照らされている。その中の一つのはいビルで、少年は相棒のメンテナンスを行っていた。


 銘をベレッタ92ノーペインと名付けられた愛銃オーダーメイドは、バラバラに分解されている。側には、予備の銃が下向きに立てかけられていた。万が一襲撃を受けた時の為だ。少年は慎重というよりむしろ臆病おくびょうだった。だが、そのおかげで今まで生き残れてきたのだ。


 外からは学生服を着た中学生たちが笑いながら家路に就く声が聞こえる。平和で住み心地はさぞいいだろう。誰もが平和という名の甘い蜜を甘受している。だがそんな幸せは過ぎ去ってみなければ、幸せだったことに気付かない。


 愛銃の解体と点検が終わり、少年は、ふう、と白い息を吐く。今日はクリスマスイヴだ。天気予報を聞くと雪が降ると告げている。白い雪の降る聖なる夜が鮮血に染まるとは誰も思うまい。

 段々と夕陽がビル群に沈み闇夜が支配するようになる。奴ら能力者跳梁跋扈ちょうりょうばっこする時間だ。


 廃ビルの中も暗くなってきたので、LEDのランタンの光を灯す。


 まだ愛銃の組み立てが終わっていない。早く終わらせないと、時間に間に合わなくなる。少年は裏社会でウィザードと呼ばれていた。名前はない。もうとっくの昔に地中海の底へと捨ててきた。だが、未練はこれっぽっちもない。


 ネックレスにしている9x19mmパラベラム弾に触れる。今は亡き想い人への感情が疼く。


 ウィザードは、時計仕掛けの道化師クロックワークジョーカー――通称C・Jと呼ばれる組織に元々は所属していた。能力者オーバーテイカー至上主義を唱える国際テロ組織だ。


 能力者とは二〇〇〇年代から現れた異能を持つものを指す。最初の一人ファーストワンが現れてから、爆発的に増え、現在では世界の人口の五パーセントほどが能力者だと言われている。


 そんなC・Jを辞めるきっかけになったのは、親しかったバディーを殺されたからだ。組織への謀反を画策したといういわれのない罪で殺された。そんな彼女を助けられなかった後悔だけが今も燻っている。


『ザザッ……ザザザッ……ウィザード……また能力者を……殺すのね』


 耳小骨に付けている小型マイクから女性の優しい声が聞こえる。


「ああ、フェアリー。アイツらはやっぱり敵でしかないよ」


 昔からの相棒のフェアリーに対して答える。ウィザードの六歳の頃からの知り合い。天才的なハッカーらしく、簡単に国家レベルのセキュリティーを掻い潜ってみせる。


 信頼関係は、ウィザードにとって、会ったこともない親よりも親愛の情は深い。ウィザードの一週間の自慰の回数まで知っている相手だ。


『ザザザッ……でも本当に……能力者の子供を……ザザーッ……助ける気なの?』

「能力者なんて全部死ねばいいと思うけど……依頼だからな」

『いずれ……ザザーッ……ウィザードに……牙を剥いてくるかもよ』


 そうなったら殺すだけだとウィザードは考える。平和ポケしたお幸せな考えなんて反吐が出るだけだ。俺は……俺から彼女・・を奪った奴らの同類を赦しはしない。犯罪者なら尚更だ。刑務所に送られて数年後には出てくるような甘い社会には容赦のない鉄槌を下してやる。


 あとは、時間を待つだけ。簡単な読書をしてから一眠りしようか。


 神保町で手に入れたグリーンマイルのペーパーバックをリュックから取り出す。残り四分の一ほどしかないので、一時間もしない内に読み終わるだろう。


 その前に、やることが一つあるのを思い出した。無防備な状態になるので、トラップを仕掛けることだ。ウィザードは、どこまで行っても臆病だった。


 建物のフロアの入り口毎に赤外線センサーを張り巡らせる。人が侵入してきたら一発で分かるようにした。


 こんな世界の端の島国に自分を脅かすような存在がいるとは思えないが、念には念を入れる。そうして、今まで生き残れたのだから間違いはないだろう。


 大分、寒くなってきた。広げられた寝袋の中に入ろう。五万円もする雪山用の寝袋なので、入れば寒さは感じない。


 おもむろにラジオを点けると少年の好きな曲が流れる。Daydream Believerだ。モンキーズの一九七六年に作られた曲。オリコン四週一位だったらしい。日本では忌野清志郎が歌詞を変えて、歌い大ヒットとなったと音楽にやたら詳しいフェアリーから聞かされた。


 こういう雰囲気だとコーヒーが一杯飲みたくなるものだ。明るくもなく暗くもない光景、適度に空いた胃袋、お気に入りの曲。実に心地いい。


 外を見ると雪がしんしんと降り始めている。


『ザザーッ……こちらフェアリー……厄介なことになったわ』

「厄介?」

『暗殺対象の家で……ザザーッ……民間軍事会社PMCの……兵士が見張りを……し始めた』

「襲撃の情報が流れたっていうのかッ⁈」


 ウィザードの驚きの色を隠せない声が響き渡る。やや気を取り直して再び耳を傾けた。


『いや……子供たちを……ザザザッ……明日……血濡れのサンタの……プレゼントに……するつもりのみたい。夜中に……港区の埠頭に……ザザー……運ばれる予定よ』


 一旦、お互いが黙り込んだ。


 そして数分後フェアリーが一言、『奴らにあなたの魔法を見せてやりなさい』と言った。


 ブーッブーッという携帯の振動が唐突に耳に入る。予備の銃と共に立てかけていたベレッタ92ノーペインを手に取り、ウェポンライトを装着させた。


 ウィザードは能力者としては最弱と言われているテレパシー能力を使う。チャンネルを浅く相手に気が付かれない程度に繋ぐ。


「(女の人が追われてこのビルに入ってくる。追っているのは男が五人か……)」

『ウィザード……ザザッ……依頼に支障が……出ないように気を付けて』

「(フェアリー……上手くやるよ。今夜は大仕事だしね)」


 呟き声が消えぬうちに、ウィザードは三階から一階へと賢い狼のように音もたてずに疾駆する。一階のエレベーターホールから出入り口のあるフロアへとウィザードは足をゆっくりと進めた。男たちの下卑た笑い声が聞こえる。


「女子高生がさ……なんでこんな夜に東京を出歩きしているんだ?」

「や、やめて……塾があるから近道しただけなの」

「やめて……だってさ。俺たちまだ何をするか言ってないのに」


 暗闇に五人の赤い目が光を放つ。能力者オーバーテイカーの特徴だ。目に浮かぶ紋様でどのような能力者かがわかる。一人は発火系、もう一人は空間移動系、あとの三人は背中を向けている為分からない。


 ウィザードはこの手の一般人から少しはみ出た悪漢を最も嫌悪する。奴らは昼間は無辜の民に擬態して正体を見せない。その辺のやくざ者の方が余程分かりやすくていい。


 俺の前に現れたことが不運だったな。


 ウィザードはベレッタ92ノーペインを発砲。ターンッターンッターンッ甲高い音。正確すぎるヘッドショット。がくりと倒れる三人の悪漢。残り二人がパニックに陥る。構わず発砲。ターンッターンッ。硝煙と錆びた鉄の匂いが充満する。


「な、なにが?!」

「お姉さん、ここで起こったことは忘れてくれないかな?」

「あ、あの私……お礼を……」

能力者悪い奴らを連れてきてくれただけで感謝してる」


 ウソ偽りのないウィザードの気持ちだった。能力者を内心では皆殺しにしたいほど憎んでいる。だが、害のない一般人を殺すことはできない。絶対悪を探すことは難しい。誰もが良心の一欠片かけらくらいは持っている。だから、甘い蜜に群がる虫のような相手は好都合だった。


「ささ、さようなら……あり、ありがとう」


 そう言って女子高生はけつまろびつ逃げ去っていった。


『せっかく若い女の子と知り合うチャンスだったのにね』

「フェアリーが一番可愛い可愛い」

『……ザザー……少し雑になっているわよ……お姉さんは……ザザザッ……もっときちんと……褒めて欲しいなあ』


 フェアリーが不服そうなのをプロサッカー選手のように華麗にスルーして、ウィザードは三階へと戻った。


 冷たい風がコンクリートむき出しの建物を通り抜ける。


 まだまだ、依頼開始まで時間はある。携帯用のコンロに火を点けた。そしてシチューの元を入れる。少し離れたところには広げられた寝袋。全て、都内の登山ショップで買ったものだ。


 ウィザードは、愛銃の他は現地調達をポリシーにしていた。


 グツグツとシチューがあっという間にできる。濃厚なミルクの香りが辺りを満たす。湯気が出るシチューをスプーンで一口食べると、冷えた体が芯から温まった。


 ビルの外はすっかり銀世界へと姿を変えている。雪は今もなおしんしんと降り積もっていく。

 銃声の一つも聞こえないとは平和な国だとつくづく実感させられる。時計を見ると午後九時を指していた。ウィザードは寝袋に入りLEDランタンの光を消す。


「フェアリー……少し寝ておくよ。依頼に備えたいからね」

『ザザザッ……起こすのは……二時間後でいい……かしら?』

「それでお願いするよ。クリスマスイヴのフェアリーさんの格言は?」

『ザザザッ……人は恋するまで……恋したことを……ザザー……認識できない』


 ――人は恋するまで恋したことを認識できない。


 ウィザードは、その予言めいた言葉を反芻しながら眠りに就いた。

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