4-4 バカと泊まりとアパートの怪



さきがけさん……」

「……なんだ左吉さきち

「どうしたんだよ、相棒?」


 魁さんが寝ると言ってから十分後。左吉相棒のタイピング音が響く室内に声。寝袋に収まっていた魁さんが声を上げる。彼は寝付きが悪い。ネットサーフィンをしていた俺も返事をした。


「どうすればモテますかね……」

「とっとと寝させろ」

「そういうところじゃね?」


 冷たくあしらった魁さんは無視されたのに、まともな意見をした俺は蹴り飛ばされた。なんで!?


「モテたいんですよ! 大学ももう三年生、イベント度に何が悲しくて右太郎ゆうたろうと過ごさなきゃいけないんですか……!」

「ひでぇ言い草だな相棒よぉ!!」


 左吉は常に敬語で喋り、人はのことはフルネームで呼ぶため、基本礼節のしっかりした人間だと思われがちだ。だが片手で収まる歳からの付き合いである俺は、彼がそこまでまともな人間でないことは知っている。


「教えて下さいよ魁さんどうやったら女の子にチヤホヤされるんですか! 野郎共に囲まれるのはもううんざりです!!」

「おいおいそれ俺も含めてない? 相棒?」


 パソコンを投げ出し魁さんの寝袋へすがりつく左吉。いやマジでそういうところだろ。普段ふざけてるのは俺で、左吉は俺をたしなめる、そんな構図ばかりだが……女子が絡むとこれだ。黙ってたらモテるだろうになー。面倒見良いし。

 魁さんは暗がりでもわかるうんざりした顔で、左吉を振り払った。また首まで寝袋へ潜り直す。


「まず髪を切れ。目を出せ。あとネットストーキングをやめろ。それからまず女子が多いところに自分から行け。以上」

「思ったより辛辣!!」


 だが真っ当。うんうんと頷く俺へ再度蹴りが放たれた。酷いぜ相棒。

 確かに左吉は髪を伸ばしている。後ろ髪は結び、前髪は目が出ない程度に伸ばされていた。顔はそこそこ整ってるんだから目ぇ出せばいいのに、とは数年前に一度言ったが、「年中帽子を目深に被るお前が言うな」と正論をぶちかまされてから何も触れていない。


「それと、俺はネットストーキングが趣味なわけではありません。右太郎の馬鹿と一緒にしないでください」

「相棒? 俺泣いちゃうよ??」


 左吉の趣味はあくまでもプログラミング。ウェブサイト作成などで収入を得ている辺り、本物だ。ネットストーキングや特定はあくまでも俺の補佐、俺だって趣味なわけでは……うん。


「エンジニア系はモテるだろ。合コンでも行ってアピールしろ」

「そういう場に誘われないんですよ……学校に友達いないんで」


 がっくりとうなだれてしまう。可哀想な相棒、と慰めようとしたら三度目の蹴りが入った。なんて野郎だ!! 俺じゃなきゃ同居破棄だね破棄!!


「そうか、俺もダチは少ないが誘われるぞ」

「畜生格差社会!!」


 パソコンを置いて頭を抱え込む相棒。うん、現実は残酷だ。涙を拭うフリをしながら俺は寝袋へ入った。こうなってしまった相棒は面倒臭い。夕善ゆうぜんさんやノリボシさんに送る資料作成を手伝うつもりだったがその気も失せた。


「まあ、とにかく自分から声かけてみることだな。知らねえが」

「無責任だ……魁さんレベルだから成功するんであって、俺が声かけまくったら犯罪なんですよ……」


 ぶつぶつ文句を垂れ始めた相棒に、魁さんが大きなため息をついた。魁さんの場合、人気の理由は顔というよりはスペックな気がするけどね。学年首席、法学部のエース、そのくせピアスばちばちに開ける不良感。相棒が逆立ちしたって適うもんか。無理だね無理。

 魁さんの顔はどちらかというととっつきづらい方だ。少し下がりがちな目と対抗するように、不機嫌そうに寄せられた眉。一年中目の下にくっきり刻まれた隈、むすっと閉じられた口。やっぱり人間顔じゃないね。


「成績一位とったり、なんかの大会出て優勝してみたらどうだ。いい事して人の目に付けば好かれるだろ」

「……魁さんは好かれるために勉強してるんですか?」


 負け惜しみみたいなセリフに、魁さんは言葉を詰まらせた。彼はそんなに気合い入れて勉強しなくても、成績を保てるだろう。そんな彼が精進し続ける理由、高校時代から接している俺達も知らない。



「……昔テストで満点取ったら家族に褒められて、嬉しかったからだな」



 ぽかん、と俺らが晒した間抜け面は、この暗がりのおかげで見られていないだろう。魁さんは狭い寝袋の中で思い切り寝返りをうち背を向けた。家族、なるほど、この人にとっちゃ────大事か。


「おやすみ」

「はーい魁さん、おやすみなさーい」

「おやすみです」


 照れくさくなったのかめんどくさくなったのか、魁さんは寝る挨拶をしいよいよ動かなくなった。俺らも挨拶を返し、作業に戻る。

 しばらくしたら寝息が聞こえてきた。静かな部屋の中、相棒が小声で聞いてくる。


「──プログラミング関連の大会とか無いか、右太郎」

「へいへーい、探しとくぜ、相棒」


 寝るまではもう少し掛かりそうだな。俺はあくびを噛み殺し、寝転がりながらキーボードを叩いた。




 ひとしきり調べ、相棒にオススメな大会等の資料をまとめきったのは、日付が変わる頃だった。相棒もほぼ同時に作業を終えたらしく、お互い目をしぱしぱさせながら顔を見合わせ、寝袋に潜り込んだ。


 さーて、どんなものかね? 怪異ちゃん。

 俺は暗闇の中で目を閉じる。



 ──────





 部屋の中にいる。眼の前に見える窓、普通の部屋にある普通の窓だ。ブラインドは開いている。


 これが夢の中か、と気がついた。頭だけはやけに冴えている。ユースケクンの話では体が動かないということだったが……動いた。首をかすかに回すしかできないが、俺でも動かせる。驚いた、憑依体質ひょういたいしつの俺より彼は霊感が低いのか?


 部屋の中央に置かれた机、天井から見て窓が上だとすると、俺は右に座っている。右に座り、上の窓を見るように首が回されていた。その首を戻す。向かい側、部屋の左側に相棒の姿。彼も体は動くらしい。俺達は向かい合う。

 肩から腕を動かすことはできない。指先を上下させるのが限度だった。


 声は出るだろうか、と俺はかすかに口を開き喉震わせようとした。無理だ、魁さんによって下げられた俺の霊感ではこれが限界。だが、いま俺達は奴のてのひらの中、危険なことには変わりない。


「右太郎、声は、無理か」


 左吉の声、俺はわずかに首を縦に振る。もう少し首を回した、天井から見て部屋の下側、窓の真正面。魁さんがいる。零感でさえも引き込めるのか。彼は眠っているようで、首をうなだれている。何もできない、だから怪異も何もできない。


 必死に視線をあちこちへ向けた。部屋の中を探れ、記憶しろ。夢の中は記憶が曖昧なものだ。俺と相棒、ふたりで少しでも情報を集める。どちらかが忘れても、どちらかは覚えている。

 壁にぶら下がったコルクボード、そこに貼られたメモ、戸棚に並ぶ本、背表紙とタイトル。小物のメーカーまで見落とすな、この情報が夕善さん達に繋がる。


 とん、とん、とん、と。窓を叩く音がした。視線を向ける。窓の下から伸びた手、骨ばった男の手だ。その手が窓ガラスを叩く。



 霊感が高いほどこの空間内で自由にいられるが、その分察知されやすい。相棒はよじった体のまま動きを止めた。

 呼吸すらはばかられる空間、窓を叩く音はやまない。


「お邪魔します」


 低い声、中年の男か? かつてこの土地に住んでいた女大生を殺したという犯人。

 やはり変だ。被害者がこの世への未練で怪異化したとして、自分が殺される瞬間を様々な人に味あわせようとするのはおかしい。殺された側が、これまで強烈な怪異になるのもおかしい。


 ならば、なんだ? 噂によって変異をしない明確な「核」を持つ実像じつぞう型ではないのか? 虚実型? いや、虚像型が夢という領域を持つはずがない。


「そこにいるんでしょう? いるんだよね。開けて、ねえ、開けてよ」


 窓を叩く手は止まない。指を立て、爪を立て、ガラスを引っ掻く音が響き出す。窓の奥、見える景色。住宅の屋根が並ぶ。ただここだけがおかしい空間。頭が痛くなる。呼吸すら止めて、悟られないことを願った。


「開けてってば、ねえ」


 窓に、突き立てられたのはマイナスドライバー。鍵の側、突き立てられたそれはガラスの表面に傷を刻む。ぐっと押し込まれ、割れる音がした。三角割り、随分とガチ・・な手口を。

 入り込んだ手が鍵を回す。窓は開いた、抵抗もできない。ここはすでに奴の領域。下手に手出しをすれば──まとめて潰される。


 今の俺達は随分と霊感が下げられている。それにも関わらず、今奴に侵攻されている。ユースケクンの平常時の霊感が俺ら以下とは考えにくい。キャンプ場での一件の話は聞いている。どういうことだ?


「そこにいるんでしょ?」


 少しずつ迫り上がってくる影。その顔がこちらを向く寸前、左吉が手を伸ばし、魁さんの肩を掴んだ。魁さんの体がびくり、と揺れる。まだ目は伏せられたまま、だが頭の奥がばちりと痺れる感覚と共に、俺の意識は覚醒した──────。





 ──────





「……相棒」

「……おう」


 時刻は就寝から一時間ほど、まだ深夜と呼ぶ時間帯。六畳間には魁さんの静かな寝息だけが響く。俺が漏らした言葉に間髪入れず左吉は返した。だからあの夢でのことは間違いない。


「寝れなくなっちゃった……!」

「俺もだわ……」


 一言言える、今回はやばい。

 俺は鼻を鳴らしながら相棒の資料作成を手伝い、夜を明かすことを決めた。


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