3-3 バカと祓い屋と公園の怪
日本一の祓い屋、
祝家は日本中の霊感持ちを束ね、仕事を集め怪異を祓う。いつも誰かの目を気にして、見栄を張って過ごしている。あの家は、オレにとって窮屈そのもの。
「その呼び名はやめろ。オレァ嫌いだ」
オレは振り返り、目の前に立つ大きな木を眺めた。両腕を広げても抱えきれない太い幹、高校生達は喉を鳴らしてオレの後ろへ立つ。
「オレは
本当は名字さえも捨てたかった。だがこの日本、名字を捨てるなんて真似は早々できない。
「下がってろ」
「はい……」
木の表面を撫でる。公園に立ち込める嫌な空気はここからだ。自殺した女大生とやらはおそらくここでやっている。発生の条件は。
「怪異の詳細!」
「はっ、はい!!」
リュックサックを背負った方がメモ帳を取り出す。一応調べることはしてきたらしい。
「この木は……古くから
呪いの御神木と呼ばれる木、それは知っている。
御神木、それがこの土地に絡みついたもの。それだけなら怪異にはなりえない。これが怪異へと変異したきっかけの話は詳しく知りたいが、それは祓った後でもいい。
「ちげェ、ここで怪異が出る条件が知りてェ。テメェらが前ここに来たとき、どうやったら怪異が出た?」
「な……なにも、なにもしてないっ! です! あのときは夜ここに来たら、いきなり……!」
ならば、霊感の問題か。高い霊感はそれほど向こうも察知する。自分に害をなす存在だと理解する。霊感の高いオレがいるから出てこねェ、なら。
深く息を吸い、浅く短く吐く。鋭く、切り込むような呼吸。目を細める。
オレが天才と呼ばれる
霊感は高ければ高いほど怪異への影響が大きい。その代わり、怪異
圧倒的な攻撃力を持つ夕善。周りさえも守れる鉄壁の
目の前で闇が揺れる、影が震える。後ろに立った高校生ふたりが引きつったように喉を鳴らした。目を凝らす、息を吐きながら握った棒を大きく振りかぶる。
汚れた衣服、紐が絡みつく伸びきった首、その先についた頭部。そこをめがけてまず一撃、そこから返しの手で殴打。確かな手応え、当たった。
一歩後退、息を吸って吐く。ヤツの姿が揺らいで
オレは自身の霊感をコントロールできる。接近時は霊感を落として向こうから認識されづらくし、攻撃の瞬間は逆に高めてダメージを増幅させる。それが、オレが「天才」たる理由だ。
向こうからすれば、いきなり何もない空間からとんでもない力で殴られるのだ。相当だろう。手の中で棒を握り直し再度の殴打、慣れたもの。
オレ自身が霊感を落としたとしても、この棒がある限りは怪異と立ち向かえる。この棒は、幼い日からオレが霊感を込めて練り上げ続けている一品だ。貼られた札も、込めた念も相当のもの。マイナス感な透山が振り回したとしても、怪異を捉えることができるだろう。
コントロールできるというのはまた違うかもしれない。自身の内包する霊感を周りへ拡散させる、周りが高まることで相対的に自分が下がる、そんな感じだ。
「ウう、うゥゥあ、あァ、あああああ!!」
声、オレは辺りへ拡散させていた霊感を束ねる。地面へ這いつくばった怪異、それは長い髪をした女だった。噂を怪異へ変貌させるきっかけとなった、自殺した女大生というヤツだろう。哀れだが見逃しはしない。これは仕事だ。
「ゆルセ、ユルせないッ、ゆルせナイユるセナいゆるせなイ!!」
「何がだよ」
必死に言葉を叫び、地面を叩きつける哀れな怪異。この
地面を叩くその手を棒で打ち砕く。ようやく崩壊し始めた。随分固いヤツだった。先のキャンプ場のときより固い。それだけ恨みつらみがあったということだ。しかし一度崩壊し始めれば早い。オレはしゃがみこみ怪異の頭を掴んだ。
振り乱した長い髪、血走った光のない瞳。土色の顔、ヤツは干からびたような腕を、土が挟まった爪を伸ばし、オレの顔を掴もうとする。即座に霊感を辺りへ散らした。オレの手から、ヤツの頭を掴んでいた感触が消え去る。となれば向こうも触れない。
「うわあぁぁぁ!!」
背後から聞こえた悲鳴、やっぱりか。目の前のオレを見失えば、次に見えるヤツの元へ行く。腐っても霊感持ちではあったらしい。
一気に息を吸う。視界が冴え、ふたりの元へ這い寄った怪異の姿が明確に見えた。地面を踏み込み、上体をひねる。その勢い、地面に這いつくばったヤツへ棒を放つ。それは鋭い槍のように、ヤツの体を地面へ縫い止めた。
「ふざけ、フざけルナ!! フザケるなふザケるなフザけルな!! あぁ! アぁァ!! あぃぐアィやぎィぐあァぁァァ!!」
「うるせェよ」
もう言語にもならない恨みを吐き続ける怪異の体から棒を引き抜いた。その背に膝を乗せ、体重をかけてヤツの体を固定する。ポケットに入った容器から塩を取り出し、手にすり込んだ。その両手で棒を握りしめ、ヤツの後頭部の上へ構えた。
「どんな恨みも知ったことかよ。死ぬ前に全部精算しとけ」
あとはこれを、ヤツの頭を砕くように落とすだけ。その瞬間、紐が絡みつき伸び切った首がぴくりと動き、頭がこちらを向いた。その目がオレを捉える。
「────ユるセナィ、ユりな、ツきシロさん、カえせ」
「……?」
名前? ゆりな、ツキシロ、どこかで聞いたような。だが迷いは時間の無駄だ。オレは何も言わず、ヤツの頭部へ棒を振り下ろした。かすかな手応えを残し、踏みつけていた体が霧散する。
立ち上がり、土で汚れた膝を叩いた。下をジャージにしてきて正解だった。目の前、腰が抜けて座り込んだ高校生ふたりを見下ろす。
「こっち来い」
「あっ、はい、えっと……」
ぽかんとした顔で見上げたふたりは、オレの言葉に少し間を開けて立ち上がった。汚れた尻を叩きながら、オレの後をついてくる。
見上げる高さの立派な木、オレは再度それを撫でた。先程までのような気配はしない。
「一応木に塩は……やめとくか」
怪異を消すのと同じように、本来噂に汚された地は、清めた塩を用いて浄化させる。しかし植物に塩というのは。地面に塩水を撒くと、あたり一面草一本生えない地になってしまう。それは駄目だ。
自然豊かなこの公園、おまけにこれだけ立派な木を枯らしたくはない。オレは棒から一枚札を剥がす。それをくしゃくしゃに握り締め、なるべく気づかれにくそうな場所────草の茂る根本に押し込んだ。
口の中で言葉を紡ぐ。棒に貼られた札、実質濃縮されたオレの霊感を媒介に、木にこもった念や悪い噂を消滅させる。オレ程の霊感があれば可能だ。こういうことは幼い日から散々叩き込まれた。
「オイテメェら」
一通りの処理が終わった後、オレは後ろのふたりへ声をかける。びしりと背筋を伸ばす様はまだまだガキ臭かった。
「あっ、ありがとうございます! 本当に……ご迷惑っ、おかけ、しましたっ!!」
「依頼金の方は……もう、まるごと、お渡しします! なので……」
連盟には伝えないでくれ、か? オレがそう問うとふたりは今にも泣きそうな顔でこっちを見てくる。本日もう何度目かのため息。オレは手を伸ばす、ふたりは身を縮める。
「金はいらねェ、テメェらで使え。……勉強になっただろ、分不相応な仕事を受けりゃ、テメェら自身が後悔するんだ」
ふたつの頭へ手を置き、髪を掻き回した。ふたりは呆気にとられた顔でオレを見る。取って食うかと思ったか?
「怪異ってのは危険だ。だから祓い屋の連盟なんてモンがある。アイツらはテメェらみてェな素人でも引き込むがな、怪異に素人向けもクソもねェんだよ」
オレはふたりの頭から手を離す。ベンチに立てかけた矢筒を背負った。
「これにこりたら怪異退治の仕事はやめとけ。金がねェなら大人しくバイトしろ。じゃァな」
呆けたふたりを置き去りに、オレは公園を出て路駐していたバイクに乗る。ヘルメットを被り、エンジンをかけた。小気味好い振動と排気音、今から飛ばして帰ればドラマに間に合うだろうかと考えながら、オレは帰路を急ぐ。
──それにしても、引っかかる。
先のキャンプ場での一件。右太郎や左吉に調べさせて判明したが、あの場で事件が起きたのは二十年も前らしい。それから今の今まで、対怪連盟に依頼は出なかった。
怪異はいたものの、誰も気づかなかったということもないだろう。実際合コンに参加するような浮かれた連中の耳にも届くくらい、噂は広まっていた。噂が広まっていれば広まっているほど、怪異は強烈な場合が多い。あの日夕善と共にいたヘタレ野郎なんぞは、あの場に入っただけで怪異の存在を感じていた。
それに、先日のサークル棟の怪異。根も葉もない噂の大本は、これもまた二十年ほど前だという。
それからこの三月頃まで完全に忘れられていたが、何故か三月頃からいきなり大きく広まった。なんだったか、たしかそのロッカーがある教室を掃除したから、だとか言っていたか。
じゃあ誰が、その部屋にあったロッカーが呪いのロッカーだと気づいた? 誰がそのロッカーを開けた? 誰がその噂を覚えていた? 二十年、対怪連盟に依頼が出ないほど、被害はなかったということだ。現れた途端、学生達が震え上がるような怪異なのにも関わらず。
そして今回。これもまた二十年ほど前、公園で自殺した女大生の霊。御神木という大元があったのはわかるが、何故今更? あれ程の怨念なら、もっと噂になっていてもおかしくない。いくら人がいないとはいえ、二十年も気づかないわけがない。
ここの噂に関しては、本当に最近出現したものだ。ふた月前、二月の末。それ以前までは噂すらなかった。あれだけの怨念を持っていたのに?
怪異が先か、噂が先か。
ひとつだけ、これらの現象に納得がいく理由がある。それは、「誰かが最近になって、噂をばらまいている」ということ。
噂が広まるほど強烈な内容になる。そして噂が強烈になればなるほど、怪異も強化される。元々怪異になりもしないほど弱いものだった、もしくは風化して弱くなりかけていた、それを誰かが脚色し広めて回った? それならば納得がいく理由になり得る。
駄目だ、頭が煮える。オレはこんなに考え事をするのに向いていない。
何も考えず祓うくらいでいいのだ、オレは。そういうややこしいのは頭の硬い大人達、対怪連盟の連中が考えればいい。
今オレが考えることは────ドラマ「化け狐の嫁入り」の今週の展開についてだけでいい。
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