3-2 バカと祓い屋と公園の怪



「いいか!? 右太郎ゆうたろうのヤローは絶対オレの部屋に入らせるなよ!」

「おい夕善ゆうぜん見ろこないだ買った下着すげぇぞ」

「どうすげーんだよ……うおすっげ」


 棒を突っ込んだ矢筒やづつを背負い、玄関に立つオレを無視して透山とおやまと夕善はソファで話している。シャワー上がりの透山が、いつものようにTシャツ一枚にズボンを履かずうろついていた。

 透山は数ヶ月に一度、アホみたいな買い物をする。保護者代理から金をちゃんと使えとせがまれた結果らしいが……今回はアホみたいな下着を買ったと言っていた。


「話聞けクソバカ共!!」

「おーノリボシ、お前も見ろこれホントにすっげーぞ」


 思わず玄関から戻ってきたオレに夕善が手招き。時間に余裕はあるが……このままだと家を出るときにバカと鉢合わせする。


「オレの名前はのりと暁星あけぼしだッ!! ……オレァ今夜帰りが遅いが、ぜってェ右太郎のバカは泊めさせるなよ、飯さえ作って録画さえすませりゃ何があっても追い出せ。あと戸締まりと火の始末と……うわすっげェ」


 ……ってヤローのパンツに驚愕してる場合じゃねェ!! 上着の襟を直し、今度こそ玄関へ向かった。もうカレンダーは五月だというのに夜の風は未だ少し冷える。オレは家の裏に周り、車庫を開けた。

 暗闇の中に現れた黒光りする装甲。そこを雷のように貫く赤いライン。必死こいて貯めた金を注ぎ込んだオレの相棒バイク。見ているだけでにやけてきそうだ。高校時代よりバイトに明け暮れ、怪異祓いに精を出し、カスタムを日々行ったもはや我が子。オレは車体を撫でヘルメットを手に取った。


 門の外までバイクを押す。見上げた家、やっぱりデカい。透山の保護者代理が借り、オレ達へルームシェア用に当てられた家、二階建てに敷地も広く、車庫も完備で申し分ない。……甘やかされ過ぎでは?


 ため息をひとつ、ヘルメットを被って出発しようとしたその時。



「やっほーノリボシさんっ!! こんばんわ────ッ!!」

「────ッンだテメェコラァ!!」



 暗闇から響いた声、咄嗟に矢筒をバズーカの用に構えて殴ろうとした。だが気づく、こんなことをするバカはひとりかふたり。デケェ声を出したことに恥ずかしさを覚え、オレは矢筒を降ろす。


「クソつまんねェことしてんじゃねェぞ右太郎よォ……」

「悲鳴より先に恫喝どうかつを済ますノリボシさん流石っすねー」


 目深に被ったキャスケット帽、浮かれた調子の声色と口調、右太郎のバカだ。相手にしてる暇はねェ。とっととヘルメットを被りバイクにまたがった。


「オレの部屋に入ったらぶっ飛ばす」

「え〜なんか見られたくないものでもあるんですかね?」

「ぶちのめす。あと泊まるなよ、やること済ませりゃ帰れ」

「えぇ〜! 左吉さきちも来ようかって言ってたのにぃ!」

「帰れ!!」


 イライラしながらエンジンを吹かす。小気味好い重低音、内臓に染み入る振動、やはり良い。


「あああと!」

「あァ!?」


 右太郎が手を振り上げオレの行く手を塞ぐ。なんだコイツ。



暴力は御法度・・・・・・っすよ!」

「────おう!」



 そして、夜の住宅街を走りだす。





 ──────





 六道ろくどう市はオレ達の住む御霊みたま市から車で十分ほど行ったところにある。それはバイクでも変わらない。オレの通う専門学校よりは近い。目的地の公園は、六道市にある大学の側だそうだ。御霊市よりかは栄えている印象を受ける。

 この近辺はオレのツーリングルートでもある。特に語るべきことはない。行きに寄ったコンビニで不良ぶった中学生達を散らしたくらいだ。コーヒーを買いに寄っただけなのだが、入口前でたむろしていた彼らはオレを見るなりそそくさと逃げ出した。失礼な連中である。


 飲み終わったコーヒーの缶、口が当たった部分をティッシュで拭いポケットに仕舞う。ゴミは持ち帰る派だ。このまま向かえば、約束の時間までには着くだろう。左吉のヤローはちゃんとオレの代わりにバイトをこなしているだろうか。右太郎のヤローはちゃんと録画さえすりゃ帰ってるだろうか。いや帰ってないと困るのだが。




 ──────




 夜の公園とは中々不気味な雰囲気である。個人的な意見だが、昼間賑やかな場所ほど静まり返った夜は得体のしれない恐怖があると思う。オレからすれば怖くは無いが。学校などそれの最たる例だろう。昼間は生徒も多く賑やかなのに、夜の学校と聞くと不気味に感じる。

 まァこの公園は昼間でも人は少ないそうだ。少子高齢化の影響をモロに受けたのか、はたまたそれ以外の理由があるのか。消えかけの街灯が、公園の中央に生えた大きな木を照らしていた。


『その公園では二十年近く前に自殺者が出ているらしいです。女大生が首を吊ったとか。吊ったのが噂の御神木ごしんぼくだそうです』

「……そうかよ」


 オレはスマートフォンを耳に当て、ペンキの剥がれたベンチに座っている。大きな木の根本にあり、公園の入り口から寂れた遊具まで一望できるこの場所、座った瞬間にスマートフォンが鳴った。出れば事の発端左吉の名前。バイトの休憩中らしいが──相変わらずタイミングが良すぎる。


『おそらくそれ関連の怪異でしょうね。虚実きょじつ型となるとピンキリですが、まあ祝暁星さんなら祓えますよね』

「嫌味かテメェ」


 噂だけで構成された虚像きょぞう型。

 そこにあった噂と事実の融合で生まれた虚実型。

 噂もなくそこに在る・・もの、実像じつぞう型。


 危険の度合いで行けば後者に行くごとに高い。噂の量と質によって怪異は強化されていく。上ふたつは徐々に風化していったり、変な噂が生まれる可能性もある。しかし実像型は違う。ヤツらは噂に左右されず、ひたすら貫いた「核」を持つ。変な噂によって弱体化されることもなく、一定の水準を保ち続ける。



 怪異が出たから噂が流れるのか、噂があるから怪異が生まれるのか、オレらは後者であると主張しているが、実際のところ未だはっきりとはしていない。

 卵が先がニワトリが先か、といったふうに怪異もまた、噂が先か発生が先かと議論は続けられている。



 今回は虚実型。おそらく元々何かしらの噂があった公園で自殺者が出たことにより、怪異が発生したのだろう。左吉の言うように虚実型の脅威はピンからキリ。オレならまだしも、下手に素人が出張ると厄介だ。


『なんでも夜遅くにこの公園の前で、木にぶら下がって何かをぶつぶつ言う女の霊が出るそうですよ。ふた月前、掲示板サイトの片隅に近隣住民らしき人物が書き込んでいます。同じような書き込みが同時期から現在までに多数。ふた月前以前に公園関連の噂はゼロ、妙ですね』

「……その近隣住民ってのが依頼主か?」


 腕がだるくなったので、スマートフォンをスピーカーにしてベンチに置いた。近くの公園が不気味だから、そんな理由でわざわざ十万も出す人間はいない。しかも怪異だなんだとうさんくさいヤツに。予想はしていたがすぐにいえ、と否定が入った。


『依頼主はまた別ですね。もうそろそろ────』

「……あ!!」


 響いた声に顔を上げる。そこには、なにやら荷物を持ったふたり組がいた。スポーツバックにどこかの高校のジャージ……高校生か? こんな時間に。オレは低い声を出し、スマートフォンに向かって問う。


「……オイテメェ、今回は『依頼人を守らなくていい』って聞いたんだが? オレァてっきり誰もこねェのかと思ってたんだが?」


 普段、怪異祓いの現場には依頼主も共にくることが多い。その時ズブの素人を守るためにいるのが透山のヤローだ。零感越えてマイナス感の側にいる限り被害はない。今回左吉は「オレ個人」へ依頼をしてきた。てっきり依頼主はこの場に来ないと思っていたのだが?


「ど、どうも! 自分、祓い屋の者ですっ!!」


 手前に立った、肩からスポーツバッグを下げた少年がオレに手を伸ばす。祓い屋、その言葉に眉根が動いた。……マジか。


「今回はご協力感謝します!! ですが……このことはどうか、『連盟』には内緒でお願いします……!」


 自分でも驚くくらい、不機嫌なため息が出た。見るからに不良な男が気分を悪くした様子に、高校生達が縮み上がる。あァ、それは良くない。無理にビビられたらこっちとしても迷惑だ。悪い、こっちの話だと一言かけるがどうやらもう遅そうだ。


「……手助けっつーわけか」

『そのとおりです。彼らが引き受けた依頼の尻拭い、というところですね』


 ベンチに置いたスマートフォンから聞こえる左吉の声に、高校生ふたりは肩を震わせぎくり、と強ばる。



 零感を持ち、怪異祓いを生業とする「祓い屋」。仕事を得、怪異の被害を減らすために彼らはある組織を立ち上げた。それが「対怪たいかい連盟」。そこに所属すれば、フリーで動くより圧倒的に多くの依頼を得ることができる。

 この高校生ふたりは見るからに素人だ。遊ぶ金欲しさの延長で選んだのが今回の仕事。しかしどうにも無理そうだと悟り、依頼を「横流し」できる相手を探した。そして左吉や右太郎を見つけ出し、巡り巡ってオレの元、というわけか。


『元の報酬が十五万。まー素人が何を目的で選んだのかは知りませんが、連盟も馬鹿ですね。どう見ても素人に祓える怪異じゃないってのに。俺らが出なきゃどうするつもりだったんですかね?』


 おそらく隠していたことまで暴き立てたのであろう左吉の言葉に、ふたり組は見るからに顔を青くしていた。図星だろう、幾度目かのため息。


『依頼の途中放棄は連盟じゃ厳罰です。分不相応な依頼を引き受けた場合は連盟に連絡し、上位の助っ人を頼まなくちゃいけない。……まあその場合、依頼半分持っていかれてさらに手伝い金請求されますけど』

「左吉、これスピーカーだ。そんなにビビらすな」


 矢筒を開ける。中に入っているのは無数の札が貼られた棒。重い腰を上げてベンチから立ち上がる。


『おっとそれは失礼……では、休憩終わりなんで』

「おう」

『じゃあ頑張ってくださいね。のりと暁星あけぼしさん』


 ……最後の最後に、余計なことを言いやがった。オレの名を聞いたふたりが驚く。素人でも流石に知ってるか。


のりと……? しかもアケボシって……!」

あの・・? あれだよな??」


 ふたりは顔を見合わせささやきあった。オレは矢筒をベンチに置き、棒を肩に担ぐ。



「対怪連盟最高峰────日本一の祓い屋、祝家の長男!?」



 ────あァ、大嫌いな呼び名だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る