3-1 バカと祓い屋と公園の怪



 黒くフィルターのかかった視界、まばゆい火花が爆ぜては消える。耳の奥に響き続ける工具の音、手を止める。顔の前に当てていた手持ち面を外す。まっさらな酸素を吸って吐いた。


「うす、次ほら」

「お、おお……」


 溶接が完了した機械部品を持って、オレはとっとと器具を受け渡した。後ろで待っていたヤツは、小せェ声を上げながら恐る恐る受け取る。その怯えた態度にいらが立つ。だがいちいちこんなことで腹を立ててはいられない。あくびをして組み立てに入った。






「────と、のりと

「あァ?」


 集中して基盤を作成していたオレの頭上から声がかかる。緊張した顔をした同級生だ。集中からかゴロゴロした目を押さえ、オレは顔を上げる。


「なんだよ」

「おまっ、いや、その、祝って溶接めちゃくちゃ上手いよな、だから、その」


 言い淀んで何度も詰まる。いつものことだ。染めた金髪、デカい体、目つきは悪い、おまけに常に不機嫌そうな顔をしている。別にそんなことはねェんだが。


「んだよ。なんもねェなら作業すんだが」


 怖がられているというのは、気分がいいものではない。だから普段からオレはあまり人に近づかない。


「ちょっ……! いや、溶接のコツ、教えてもらいたくて……」

「……貸せ」


 部品のいくつかをヤツの手から取り、溶接器具の元へ向かう。オレは口で教えるより見せる方が得意だ。どんなふうに言えば怖がられずにすむか、どんなふうに接すればわかりやすく伝えられるか、オレにはそれがわからない。

 分厚い手袋をめ、視界の保護の為手持ち面を顔の前へ。


「火花にビビんな。卒業できねェぞ」

「う、おう……」


 先程ぶりの火花が、フィルターがかった視界に咲いた。




 ──────




 オレは元々機械いじりが好きだった。おもちゃを直したり工作で物を作ったりが、ガキの頃から楽しくてたまらなかったのだ。

 本当は高校も工業高校に行きたかった。まァそれは叶わなかったが。しかし卒業した今こうして専門学校に通えている。髪だって染めてやったし家も出た。万事うまく行っている。同居人達がどうしようもないのが悩みだが。


 昼休み。食堂に行ったら怪訝けげんそうな目で見られるため、オレはいつも適当に飯を買って外で食っている。中学時代に暴力団まがいの連中を殴り倒したという噂が、思った以上に広まっているらしい。……群衆の中で頭ひとつ抜けている体格のせいもあるだろうが。

 何をするにもビビられるというのはかなり堪える。


 いつもの場所、校舎裏のベンチに座り、朝コンビニで買ったパンをかじる。栄養のことを考えると渋い顔になるが、構ってはいられない。とっとと食って、昼休みの間は寝る。今夜はバイト終わりに見たいドラマが続く。

 同じく昼休みを迎えたのであろう他の大学に通う同居人から、クソみたいな内容のラインが来る。「黙れクソバカ」それで十分。スタンプ爆撃、ぶん殴るぞ。


 そんなことをしながらパンを食い終わり、ビニール袋を小さく畳んだ。その時足音、振り返りはしない。背中合わせのような形で置かれたベンチ、そいつはオレの斜め後ろに座った。

 どうせここで寝るだけのつもりだったが、人が来たか。普段この付近はオレしかいないのだが。まァたまにはこんなこともあるだろう。ラインの通知を切って寝る体制を整える。


「どうも」


 聞き覚えのある少し低めな声。閉じかけていた目を開いた。背中は向けたまま、視線だけ横に滑らせる。後頭部で結んだ黒髪、あァ、コイツ・・・か。



「お久し振りです、のりと暁星あけぼしさん」

「テメェもな、左吉さきち



 伸ばされた前髪、頭の左側には一房、青のエクステがぶら下がる。ヤツの名は「左吉」。先日高校時代の知り合いに頼まれたサークル棟の怪異祓い、その際に勝手に協力してきたネットバカ──右太郎ゆうたろうの相棒である。


「なんの用だテメェ」

「俺が学校で話しかけるなんて決まってるでしょう」


 右太郎は学校へ行っていないが、左吉は偶然にもオレと同じ専門学校へ通っている。普段は顔も合わせやしない。オレは目立つし、左吉コイツは目立つのを嫌うから当たり前だ。


 ネットストーキングが特技の右太郎と、プログラミングに長けている左吉。ふたりは共に霊感持ちだ。高校時代に色々やらかしたコイツらを──まァ、ちょっと反省・・させたところ、オレらの舎弟になった。それから様々な「手伝い」をしてもらっている。


「仕事の依頼です」

「いくらだ?」

「ざっと十は出せると」

「……」


 怪異退治──うさんくさいの極みみたいな響きだが、オレらのような連中にとっては立派な食い扶持。バイトだけではやっていけねェ。表舞台では一蹴されるかもしれないが、極少数とはいえ実際誰かは被害にあっている。

 今の御時世、大っぴらに「怪異退治承ります」とは言って回れない。冷やかし、精神病院、晒し上げがいいところだ。

 祓い屋、そう呼ばれる連中は手を組み大きな組織を築き上げ、あるルートを通じて仕事を得ている。だがオレ達はその組織に属してはいない。


「額がやけに多いな。……確かなんだろうな?」

「……調べた限りでは」


 だがどういうことか、左吉と右太郎はその祓い屋集団から漏れた「仕事」を取ってきてオレらに斡旋してくれる。どこからどうやって探り、接触し、契約するのかは知らないが……とにかく今のところ被害はない。高二くらいのときからこうしてちまちま依頼を貰っている。


「んで、なんでオレに来た?」


 いつもなら仕事の依頼の際は、オレ達三人の元に来る。しかし今日オレだけに来た。これはなにか意味があるのだろう。


「今回は。それに……夕善ゆうぜんよしさんだとちょっと厄介なので」

「……いつだ?」

「今夜九時、六道ろくどう市の公園です。呪われた御神木ごしんぼくに憑いた、女の霊」


 ……六道市は県内とはいえ、急過ぎる。流石に勘弁してほしい。おまけに、何故時刻の指定?


「……オレァ今晩バイトがあるんだが」


 おまけに見たいドラマもある。怪異祓いなんてやってるオレが言うのもなんだが、そんなに急な依頼は怪しい。遠回しに断る。


「バイトは俺が入ります。あそこは以前俺も働いてたんで。それと、『化け狐の嫁入り』は録画するように伝えたらどうですか」

「アイツらが録画してくれるワケねェだろ!! それにリアタイ視聴じゃねェと意味ねェんだよ!! ……ってなんで知ってんだよ!!」


 このクソ「ヘンタイ」野郎が!! クソ、プライバシーもクソもない。しかし十万……リアタイは諦めるしかないか。配信サービスに頼るのは負けな気がして癪だ。


「電話しましょう、ほら、今なら向こうも昼休みですし。ほら、ほら。早く早く早く、俺から頼みますから、録画の方法も右太郎に教えさせますから、ね?」

「テメェが透山とおやまと話してェだけだろ!!」


 左吉は突然饒舌じょうぜつになり、勝手にオレのスマートフォンを奪い取り通話を始める。すぐに繋がった。左吉が背もたれを飛び越えオレの横へ座る。


『もしもしー? どしたノリボシ!』

「テメェかよ……まァいい」

『なんだなんだー?』

『夕……よ、喜君そんな勝手に……』


 呑気な夕善の声に呆れる。向こうも昼休みだからか賑やかな声がしていた。その中で、遠慮がちな声が聞こえてくる。新しくできた友人か? 透山も交えて飯を食うなど相当だな。


『何やってんだお前ら……ん?』

『お、戻ってきたー』

「こんにちはっ!! 透山とおやまさん!! 俺です、左吉です!!」

『あぁ……? なんの用だお前らが揃って』

『おっ、ひだりー!! 元気かー?』


 離席していた透山が戻ったらしい。オレを押しのけて右太郎がテンションの上がった声を出した。……コイツは本っ当に何故か透山の以上なファンなのだ。


「オイ透山、今夜ドラマ録画しといてくれ」

『は? 録画の仕方わかんねえっての』

「何っ回も説明したよな!? いい加減覚えろ!!」


 同居人のふたりは揃って機械音痴だ。何度説明してやってもテレビの録画ひとつできない。録画の再生もできない。手順書でも作ってやろうかと思うほどに。


『おれがやろーか?』

「テメェがやったら過去の録画データ消しかねねェんだよ!! クソバカは触るな!!」


 以前全部消された経験があるので全力で防ぐ。


「右太郎が家行って録画しますよ〜! なんなら夕飯も作らせるんで!!」

「テメェらは家入んな!!」

『やったー! 右のメシ!!』

「聞けクソバカ!! オイ!!」


 ……駄目だ、なんとか録画はできるだろうが。この流れで左吉と右太郎にまで住み込まれりゃたまったもんじゃない。


『……祝』

「ンだよ」


 やいやいと騒ぐ左吉と夕善の声がうるせェ。その中で透山がオレを呼ぶ。



『あのドラマ面白えか? 前見たときそんなにだっただろ』

「ぶっ飛ばすぞ一話から見ろ」



 あらゆる創作物において、途中の部分を見て判断すんな。最初から築き上げた物を見ていけ。それさえできねェヤツはコンテンツに触れるな。これがオレのモットーだ。


『まああんまり遅くならねぇようにな。どーせ怪異だかなんだがのせいだろうが……』

「その通りだわ」

『俺は怪異なんてもん信じねぇけどな』


 このクソゼロ感が。


「右太郎にオレの部屋近づけさせんなよ!! 前来たときヒデェ目にあったんだからな!!」

「あいつは部屋を片付けてちょおっと趣味を覗いただけだと思うんですけど」

「人のパソコンに変なブクマ残しまくったのはどこのどいつだっつっとけ!!」

『ケンカはやめろー!!』

『よ、喜君!!』


 そんな騒ぎを続けるオレ達を余所目に、スマートフォンの向こうからは弱気な声が響いていた。


『喜君次教室遠いんでしょ……早めに出ないと……』

『ヤベ、忘れてた!! んじゃなノリボシ!! なんかあったら呼べよ!』

「オレの名前はのりと暁星あけぼしだッ!! って誰が呼ぶか!」


 ぶつんと途切れた通話に歯軋りする。左吉は背もたれを超えてもとの席に戻り、満足げな顔でエクステを指先でつまんていた。昼休みが台無しだ。


「そういえば祝暁星さん」

「ンだよ」


 まだなんか用あんのか。オレは首だけ向けてヤツを見る。



けど」




 ──貴方は祝家の跡取り息子。立派にお務めを果たすのよ。

 ──大丈夫だ暁星、俺が守るからな。

 ──どうして私の言うことを聞かないの! 貴方はこうすれば──




 オレは、首を戻して立ち上がる。嫌なことを思い出した。


「知るかっつっとけ。オレァ家は出た。今はただの学生だボケェ」

「……そんな内容が伝えられるわけないでしょう」


 ひとつ、忘れていた。左吉と右太郎は霊感持ちである。末端の祓い屋の血筋を持つ左吉と、憑依体質の右太郎。故に、左吉はオレの家・・・・と繋がりがある。


「右太郎に言って御家族みんなの連絡先特定して先行してブロックしときますか」

「そりゃいい。頼む」


 オレは次の講義がある教室まで歩き出した。夜に仕事が入ったってことは少しでも寝ておきたい。全く、しちめんどくせェことになった。


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