2-2 バカと焼肉とサークル棟の怪



「は? 俺は行かねえぞ」

「はあぁぁッ!?」


 お冷を飲みながらさらり、と言い放った透山とおやまにその場にいた全員が声を上げる。奴は唇をぺろりと舐め、湿らせてから続けた。


「今日はツバ兄・・・・との通話の日だ。ぜってえ邪魔されたくねえ」

「お前なー!」


 ツバにいとは奴の保護者代わりの男である。海外を飛び回っており、中々会うことができないとか。高校時代にも顔を見たことはないし、どんな人かは知らない。だがこの傍若無人ぼうじゃくぶじん、他人に興味無しな透山が慕う数少ない身近な人間──過去の偉人や俳優、学者などは割と尊敬している──である。


「はっ、どうせ透山は役にたたねェ。留守番してろ」

「あぁ!? 筋肉馬鹿が何偉そうに言ってんだ」


 いつものようにいがみ合いを始めたのりとと透山をよしと協力して引き剥がす。ふたりは本当に仲が悪い。何故ルームシェアしていられるんだ。


「んじゃーとにかくサキは留守番、おれらも一回帰るよ。ノリボシは道具いるだろ?」

「ホントに今夜するのかよ……クソだりィ」


 うきうきと肩を弾ませ喜は言う。頼んでおいてあれだが、俺も祝には同意だ。今夜解決してくれとは一言もいってない。


「善は急げってな! あと、土曜の夜はノリボシが見てるドラマもねー!」


 祝がぐっと言い詰まった。祝は見た目こそ体力系のヤンキーだが、実はドラマや映画鑑賞が好きである。一話を見れば、何が何でも全話を見るとよく話していた。


「仕方ねェなァ……」

「行くぞー! 会計よろしく!!」


 俺が立ち上がる前に喜と祝は外へ消えた。机の上、綺麗に空いた皿達。ひとり無言で残った米をかっこむ透山。


「四分の一だ」

「ありがとうございます……」

「……」


 何か考えてる風な透山から渡された札を、俺は我が子のように抱いて感謝した。




 ──────



 御霊みたま市にあるこの大学、俺や喜、透山が通う本校は広大な敷地と幅広い学科が魅力である。日中は学生が行き交う校舎だが……金曜の夜となればかなり静かだ。課題に追われる連中や一部の生徒がいるくらいだろう。


「よーしこっちからだノリボシ」

「おう」


 本来夜間の侵入は警備員に許可を得なくてはならない。俺や喜はまだしも祝は駄目だ。透山の学生証を借りる案は即座に却下された。


 ──ので、今現在祝は喜に続いて植え込みを突っ切っている。枝葉が折れないように慎重に。


「これバレたらやばいんだぞー……てか夜じゃなくても昼間ならまださぁ……」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねェよここまで来といて」


 背中に担いだ細長い筒、弓道部員が矢を入れるのに使う矢筒やづつだ。高校時代と変わらず、祝は除霊道具をこれに入れている。


「透山がいないから俺いても危なくないか?」

「危ねェな。気をつけろ」

「勘弁してくれ〜」


 かと言って頼んだ本人が帰るわけにもいかない。俺も植え込みの隙間を通り抜ける。夜のキャンパス内、サークル棟を指で指し示す。なるべくキャンパス内を歩き回らなくて済むように、サークル棟そばから侵入して正解だった。


「んで、その後輩とやらはなんのサークル入ってんだよ」


 こそこそと中へ入りながら、祝が小声で聞いた。このサークル棟にも残った生徒がまだ数名はいる。暗がりとはいえバレない保証はない。


「……オカルト研究会」

「自業自得じゃねェか」


 元々都市伝説や怖い話が好きな後輩だった。なんでも二十年近く前から続くサークルなんだとか。うさんくさい、俺からしたら忌々しい響きだ。


「噂したりそれを集めたり読んだりすりゃァそりゃ寄ってくる。後輩にキツく言っとけ」

「おう……」


 盛大な舌打ち。後輩をこの場に呼んで頭を下げさせたい。

 喜と同じく、祝とも小学生時代からの幼馴染ではある。しかし俺はこいつが苦手だ。見た目が不良、怖い、それもあるがこいつは言動がキツい。喜も歯に衣着せず何でも言うが、こいつの場合はまた違う。威圧感とでも言うべきか。


「んで、どんなやつが出たんだ?」

「あ、ああ、それが────」


 そのとき、ポケットの中から聞こえた着信音。俺のスマートフォンからだ。何事かと思いながら取り出し、画面を見る。知らない番号、フリーダイヤルでもない。俺は慌てながら喜達へそれを見せた。


「おっ、えっ、これ! これ!!」

「んー?」

「あァ……?」


 鳴り響くコール音。このままでは誰かに気づかれる。喜達はふたりで顔を見合わせると、俺に出ろとサインを送ってきた。嫌だよ!! 怖いし不気味だが、恐る恐る応答した。


「もしもし……」

『私メリーさん。今サークル棟の前にいるの』


 悲鳴を上げそうだった。だがそれを踏みとどまったのは、電話口から聞こえてくる声がやけに高くよそおった男の声だったから。おまけに、聞き覚えがある声。……俺はに電話番号を教えた覚えはないのだが?


「バカなことやってんじゃねェぞ、右太郎ゆうたろう

『ちょっとノリボシさ〜ん! んなこと言ったらつまんないじゃないですかぁ!』


 取ってつけた女声を脱ぎ捨て、響いたのはお調子者な笑い混じりの声。……やっぱりか。俺はため息をついた。


「俺の名前はのりと暁星あけぼしだ!! んで、何の用だクソつまんねェいたずらしやがって……」

『え〜そんな酷い言い方ないでしょ!? こっちはさきがけさんから頼まれたんですよーぅ』

左吉さきちは?」

『アイツは今夜バイト〜。とゆーわけで今日はこの俺右太郎が助っ人でーす!』


 電話の主、彼の名は右太郎ゆうたろう。先程名が上がった左吉さきちという男と共に、喜達三人組を慕う霊感持ちだ。彼らのほうがひとつ歳上にも関わらず、喜達の舎弟と言って様々な活動をしている。


『あ、久しぶり天沢あまさわクン。元気〜?』

「久しぶりです右太郎先輩、俺あんたに電話番号教えましたっけ……?」

『その程度寝ぼけ頭でもヨユーヨユー、俺を舐めてもらっちゃ困るよー?』


 右太郎先輩達はパソコンやインターネットの知識に長けている。透山曰く「ヘンタイ」。ハッキングから特定、プログラミング作成、ネットストーカーまでなんでもござれ。……今回もその腕前自慢の一環で、俺の電話番号は割り出されたわけだ。


「んで、透山に言われたってどういうことだよ」


 夜の廊下で長話はまずい。俺らはひとまずトイレへ逃げ込んだ。何が悲しくて夜の校舎に野郎三人なんだと虚しくなる。


『そのまんまで〜す。久しぶりに魁さんからいきなり電話来て、喜ぶ間もなくサークル棟について調べろ、夕善達がいるって! も〜あの人は冷たいんだから〜』

「あの野郎ォ……!」


 祝が歯軋りをして俺のスマートフォンを握りしめる。頼むから壊さないでくれ!! 透山のドヤ顔が浮かぶのか、祝は盛大な舌打ちをした。


『んじゃま、本題に入りますね〜。サークル棟の怪って聞いて、とりあえずそんな噂を調べたんすよ。したら即ビンゴ! 年度末辺りから広がりだしたみてぇですね』


 ぴこんと通知。メールアドレスまで把握されてるのか!? 恐る恐る本文を見る。「天沢クン君へおすすめのえっちな漫画家リスト」……ぶっ飛ばすぞ!! 腐っても一個上の先輩、喜達がいないときに助けられた相手とはいえ殺意が湧いた。

 そんなクソみたいなリストを爆速でスクロールし、現れたのはいくつかのスクリーンショット。うちの生徒のSNSらしい。やっぱ気持ち悪いなこの人。


「ずるずるさん、開かずのロッカー……? サークル棟の人影……?」

『そ。そのへんが噂らしいんすよね。夕暮れのサークル棟で人影が見える、後を追ってもすぐに消える。寝過ごしたら廊下から足を引きずるような音がした……そんな感じの。何人かが遭ってるらしくて、人によって話はバラバラ。でも共通してるのは人影・・


 サークル棟に怪しい影が出る。確かに全てに共通していた。


『んで原因はなにかなーと、ざっと大学設立からの死亡事故を調べたわけですよ』


 この大学は設立五十数年と言っていたか。それだけの分を透山に指示されてから今までの時間で!? やはりいつ聞いても驚かされる。


『まー目につくものはナシ! サークル棟関連の死人はゼロ!! 酔っ払った生徒が校門前のオブジェに登って落ちて死んだとか、酔っ払った生徒が校門前で全裸になって凍死したとか、そんなぐらいでしたねぇ』

「アホの生徒しかいねェのか」


 怪異の出現は噂、もしくはそこで起きた事件事故が引金となることが多い。元々そういう・・・・のが溜まりやすい場所で、なにかのきっかけ──この場合では死人が出るような事件事故が起これば、人々が噂をばら撒き怪異は生まれる。

 しかしそういう枠に収まらないのが怪異というもの。事件事故がないということはつまり今回の怪異は。


虚像きょぞう型ってわけな」

『御名答! 先のキャンプ場のときよか対処しやすいでしょーねぇ』


 喜がそう言って笑った。虚像型? 聞き慣れない言葉に俺は首をひねる。その反応を見た祝はぴくりと眉を動かした。


「名前の通り、虚像の存在だ。噂だけで生まれた、実態となる『核』がない怪異。祓いやすいし勝手に消えやすい。たまに厄介なのもいるがな」


 意外と丁寧に説明をしてくれる。まあ俺は一般人だしな……。色々あって怪異に近づきすぎているが。


『とゆーわけで! まあそいつを一発喜さんやノリボシさんがぶん殴れば終い、なん、です、ケド……』

「んだよーみぎ!! なにがあんだよ」


 そこで右太郎さんは言い詰まる。喜がスマートフォンを奪って続きを促した。右って。


『相変わらずヒデーあだ名! せめてライトに〜』

「ぶちのめすぞ右太郎」

『はーい』


 調子良さげに上げた声を、祝の低い声が黙らせる。ごほんと咳払い。夜のトイレ、蛇口から落ちた一滴の水が跳ねる音がやけに耳に響く。


『その怪異……一定ルートを回ってるとかじゃないんすよねー。大体空き部屋にひとり・・・でいるときとかに出現するらしくって』


 やはり人数がいたら現れないのか。怪異というのはいつもそうだ。人の噂や念によって生まれてくるから、大人数がいると何かが乱れるのだろうか。


『喜さんやノリボシさんじゃ霊感強烈過ぎて向こうも気づくし』

「そーだな。おれが気づいたら向こうも気づく」

「出てくる前に逃げられちゃかなわねェな」



 こちらが姿に気づけば、向こうもこちらがわかる。

 こちらが霊を見れれば、向こうもこちらを見える。

 こちらが声を聞ければ、向こうもこちらへ話せる。

 こちらが霊に触れれば、向こうもこちらを触れる。


 喜達は気軽に「祓える」代わりに、向こうもそれを「認識」する。奴らも身の危険を感じるのだ。

 普通霊感が強ければそれに伴い霊の被害も増える。彼らがそうならないのは、持ち合わせた「本能」とでも呼ぶべき対応力で被害を受ける前に霊を祓うから。常人なら間に合わず憑かれるところだが、彼らはそうはならない。


 もし、もしもだ。喜達でも祓えないような強烈な霊が現れたら? 間に合わず、憑かれてしまったら? ──その場合の被害は、俺が憑かれる場合の比ではない。霊に対して強い分、万が一霊の被害にあえばそれも莫大なのだ。

 諸刃もろはの剣、ともまた違う。物凄く強い武器を使えるが、その武器は万が一に起こる反動が物凄くデカい、とでも言うべきか。



「……え」



 そんなことを考えていたら、気づくのが遅れた。何故か、喜達は俺をじっと見ている。スマートフォン越し、右太郎先輩もこちらを見ている気がする。



『喜さんやノリボシさんが駄目となりゃ……』

おとり作戦しかねェよなァ……」



 祝の目が、きゅうと歪む。彼が珍しく見せる、笑顔だった。


 脚がすくむ俺の肩に、喜の手が乗る。彼はにかっと笑い、言い放った。



「安心しろアマヒコ! 死にゃしない!!」

「死んだら終わりだろうがぁ!!」

『へいへーい! 男見せろよ天沢ク〜ン!!』

「てか電話料金考えてくれ!! ラインにしろ!!」

『え〜でも天沢クン通話し放題プランじゃん? なんとなく選んでいややっぱ使わないな……とかって後悔してるんだろうしここらで有効活よ──』

「うるせぇ────ッ!!」



 元はと言えば後輩のせいだ、あの野郎、焼肉じゃすまねえ額奢らせてやっからな!!

 俺はそんな恨み言を心に抱きながら、夜のトイレで唇を噛み締めた。


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