2-1 バカと焼肉とサークル棟の怪



 白く煙る天井、目の前で立ち上る煙。鼻孔と空腹ををくすぐる香ばしい匂い。あたりから聞こえる賑やかな声。


「どけクソ! これはオレが焼いた肉だ!!」

「おれのために焼いてくれてありがとよ!!」

「こんのクソバカ! オラ!」

「おれのカルビ!!」

「うるせえ奴らだ……」

「タン横から取るんじゃねェよ!!」


 目の前で殺し合いさながらの殺気を放ちながら争う三人を前に、俺は財布の中を思い浮かべながら意識が遠くなっていた。





 先日、俺が主催のひとりを努めた親睦会と言う名の合コンにて、ひとつの事件が起こった。俺の知らないところで、友人が肝試しを計画していたのである。しかもヤツは「本物」を引き当てやがった。まあ、このあたりのことは深く話はしない。





 目の前の三人のおかげで、怪異現象による被害は出なかったものの……今こうして、俺は焼肉を奢らされている。


「ん? どした? ああ、バーベキューのときより量は抑えるから安心しろー」

「あのときの量食われたらこちとら破産だ!!」


 口いっぱいに米と肉を詰め込み笑うこいつは夕善ゆうぜんよし。体力バカな寺の息子。運動能力はピカイチ。人懐っこく友人が多い、おまけにスポーツの天才だ。


「バカかテメェ、腹いっぱい食ってもバチはあたんねェよ」

「もうちょっと手心ってもんをさぁ……?」


 舌打ちをしながら肉を網へ並べる金髪頭のこいつはのりと暁星あけぼし。人を射殺しそうな目つきに鍛えた体、通りすがる店員が肩をすくめている。しかしそんな彼は機械いじりに長けており、ふたつ離れた市の専門学校では一目置かれる存在らしい。


「早く焼け」

「お前も焼け────ッ!!」


 一言そう言い、網から肉を奪い去る細身の男、透山とおやまさきがけ。人を寄せ付けない態度ではあるが、孤高の空気が一部で大人気。おまけに法学部所属で学年首席、そんな才知あふれる男。


 ……と、まあこの三人はそれぞれひとりでいると、各分野のカースト頂点な奴らなのである。ひとりでいると、だが。


「なんで焼肉屋に来て葉っぱ食わなきゃなんねーんだよ!! 肉焼け肉!! おーれーのーにーく!!」

「テメェで焼けやコラァ!! 焼かねえヤツは葉っぱでも食ってろ!!」

「おい祝腕どけろ邪魔だ」


 網の上で押し合いする三本の手。各席の仕切り、店自体の賑やかな雰囲気に感謝しかない。大学に近いせいもあってか、近くの席からもここと負けず劣らずの声が聞こえてきていた。


「それよりアマヒコー、ちゃんとあのプリン頭に謝罪させたんだろーなー」

「させたさせた! てか、俺からもめちゃくちゃ叱った!」


 箸を咥えながら言う喜。アマクニとは俺のあだ名だ。天沢あまさわ国彦くにひこ、名前を名乗ると高確率で「イメージに合わない」と言われてしまう。……間違いなく、大学デビューで染めた髪のせいだが。


「主催グループからここのメシ代集めてもよかったんだけどよぉ……お前らのこと話しても信じてくれねぇだろ? フツー」

「だろーな」


 よく焼けたカルビを米に乗っける喜。その食いっぷりに俺は逆に食欲が失せる。


「加減してくれよ〜こちとら学生だぞ……」

「みんな学生だろ」


 容赦なく次の注文をする祝。悪魔め!!


「最悪サキに出してもらえよ」

「誰が出すか!!」

「この中で一番金持ってんのはサキだろ」


 透山は今こそ三人でルームシェアをしているが、家はかなりの金持ちだ。言うなればボンボンである。保護者の仕事を手伝って小遣いをもらっているとか。……小遣いっていう金額ではなさそうだが。どうしようもなくなったら泣きつこう。


「んで、詫びに肉食わせるためだけってんじゃねェぁろ」


 一通り皿が空く。次の皿が来るまでの間、唐突に祝が言った。その言葉に俺はどきりとし、噛んでいたサンチュをそのまま飲み込んでしまう。喉を何度も叩き胃に押し込んだあと、恐る恐る声を出した。


「……よくわかってらっしゃいますねー」

「まどろっこしい真似すんじゃねェよ」


 今回の焼肉は先日の詫び……それだけではなく、次の「依頼」、その報酬も兼ねていた。




 この三人とは同じ御霊みたま高校の同級生だった。なんなら、喜とは幼稚園生からの付き合いである。

 小学校に上がり祝と出会い、高学年になって俺は県内だが少し離れた場所に引っ越した。それまではかなり仲が良かったと思う。中学卒業まで離れて過ごし、高校に入って再会した。透山は小六のときに越してきたらしく、俺が会ったのは高校時代が初めてだった。


 喜と透山のふたりはそのまま、高校と同じ御霊市にある大学へ。俺も同じく。祝だけはふたつ離れた市にある専門学校に通っている。

 県内の大学、同じ高校の奴は珍しくもないのだが──この三人は別、だ。


 俺は今でこそ、こんなはしゃぎ野郎なわけだが……高校時代はある事件により一時期登校拒否をしていたのだ。それを解決してくれたのがこの三人なのである。





 目の前の三人、こいつらは「霊能力者」だ。

 そう言ってしまえばなかなか安っぽいが、実際には少しニュアンスが違う。「退魔師」、とも少し違うし……「祓い屋」とも違う。近からず遠からずではあるが。



 人並み外れた霊感を持ち、素手で怪異を祓える寺の息子、喜。

 高名な祓い屋の息子で、場数を踏んでいる祝。

 霊に見ることも触れることも、逆に見られることも触れられることも叶わない透山。




 こいつらが「怪異祓い」なる仕事を行っていることを、俺は高校時代に初めて知った。




 この世界に人が生まれる限り、どこかで人が死ぬ。人が死に続ける限り、人が何かを恐れる限り……それはいる。

 聞いたことはあるだろう。口裂け女、メリーさん、赤マント、最近ならばきさらぎ駅や八尺さま、くねくねなど。人の噂から生まれるもの、人の怨念から生まれるもの。その経緯は様々だが、彼らはひとつ「怪異」という括りにまとめられる。

 彼らはそんな怪異を祓い、消滅させる仕事を高校時代より行っていた。



 ネオンの明かりが闇夜を殺し、巨大モニターが静寂を奪うこの時代、恵まれたときほど人は恐怖を求める。恐怖を娯楽に食い潰す。怪異は終わらない。SNSが普及し、「名前」も「性質」もより伝わりやすくなった。人の噂はやがて強い意志を持つ。故に怪異は終わらない。人がその名を覚え、語る限り──怪異は脚色され増長し続ける。


 先のキャンプ場でもそう。きっかけはひとりの女性が殺された事件、だがそこに処刑場の土地、その怨念、森の中をさまよう──そんな噂がつく。そして噂は形となり、あの森の中には「帰る場所を求めて這い回る怨霊」という怪異が生まれた。


 人の噂も七十五日、しかし生まれたものは消えることがない。消さない限り、それと相対した者がさらなる噂を付け、より強固になる。どこかで根を断たなくてはならないのだ。それがこの三人。……いや、直接祓えるのはふたりか。

 この時代、除霊だ祓いだなどと言ってまともに聞き入れてもらえることは少ない。彼らは知り合いや信頼できる筋を頼りに話を集め、怪異を祓い報酬を得る仕事を行っていた。






「まーたお前なんか連れてきたのかー?」

「今回はちげえよ! ……多分」


 俺は高校時代からよくこいつらの世話になっている。俺は直接被害を食らったりするわけではないのだが……とにかく、憑れて来やすい・・・・・・・。そのままどこかに置いてきたり、逆に持っていったりしてしまうのだ。イメージとしては、体に種をつけて移動する動物に近い。


 怪異は見えるもの、触れられるものに反応する。見えれば見えるほど、干渉される。霊感自体は高くないのだが、霊感の質が他とは異なる。何が奴らの琴線に触れるのか、本当に取り憑かれやすい。こういうのを「憑依体質ひょういたいしつ」と言うそうな。

 俺自身へ身体的な問題や精神的な問題が出るわけではなく、まわりの人に迷惑を掛けるのだから、たまったものではない。


「今回はどうにも……大学のサークル棟に憑いてるらしくてよ」

「サークル棟? ……単にまたテメェが連れてきただけじゃねェのかよ」

「違うんだって! ホントに!! 後輩から相談されてよ……俺が入ると悪化させちまうかもだから近寄ってねぇ!! マジで!!」


 高校時代、部活の後輩だった奴がこの春入学してきた。未だに付き合いがあり、たまに話したり飯を奢ったりしていたのだが……サークル棟の怪異現象で精神を追い詰められている。可哀想でならない。

 サークル棟は、昨年どこかの部が天井に穴を開けたとかで工事が行われていた。この春改修工事が終わったばかりである。


「頼むよぉ〜喜〜!!」


 喜は顔が隠れるほどのどんぶりで米をかきこみ、音を立てて机に置いた。口の横についた米を指で取って舐める。


「当たり前だ!! 行くぞ、今から!!」


 流石は喜!! 彼はお人好しで優しくて、そんでもって普段はバカだがとても頼りになる! ……ん?


「今からぁ!?」

「今からだとクソバカァ!?」


 俺と祝の同時に発せられた声は、換気扇に吸い込まれるようにして消えた。


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