16妄想②

 お見合いに使うプロフィール写真や独身証明書、源泉徴収票などを用意して結婚相談所に送った萌絵は、これからの婚活に期待を抱いていた。


 萌絵は中小企業で事務の仕事をしていた。卸売りの会社で、同じ事務仕事をする同僚は女性ばかりで男性はおらず、営業の男性はみな、日中は外に出ていて、そもそも男性と出会う機会がなかった。


(イケメンとかいるのかな)


 自分のことを棚に上げながら、想像に胸をおどらす。審査期間の二週間はあっという間に過ぎ、無事、萌絵は結婚相談所に入会することが出来た。




「それでは、今後はスマホの専用アプリで男性にお見合いを申し込んでください」


 入会後、一度結婚相談所に足を運んだ萌絵だが、それ以降は結婚相談所に行かなくてもよいことに驚いた。どうやら、スマホに専用アプリをダウンロードして、そこから男性にお見合いを申し込み、交際、結婚へと進んでいくらしい。相談所でさっそくアプリをダウンロードすると、そこにはたくさんの男性の顔写真が並んでいた。


(ホストみたいだな。実際に行ったことはないけど)


 カウンセラーから簡単にアプリの説明を受けながらも、萌絵は率直な感想が浮かぶが口には出さない。素直に説明を聞いていたが、ずらりと並んだ男性の顔写真のインパクトが強すぎてまったく説明が頭に入ってこなかった。



 帰宅した萌絵は、相談所で見たアプリをもう一度じっくり眺めてみる。画面をスクロールしていくが、なかなか男性の顔写真の画面は終わることがない。それだけたくさんの男性が萌絵の入会した結婚相談所に登録しているのだ。


 自分の部屋のベッドに横たわりながら、萌絵は自分と同じように結婚しようと行動を始めた同志たちに思わずエールを送りたくなった。しかし、スマホのアプリにエールを送る機能は備わっていない。心の中だけにとどめておくことにした。


「あれ、これってもしかして」


 たくさんの男性写真を見ていたが、なかなか自分の好みの男性が見つからない。世の中、そう簡単に理想の結婚相手に巡り合えることはないのだと、結婚相談所に登録して早々に現実の厳しさを知る。しかし、一枚の男性の顔写真を見た瞬間、そんなことは頭から吹き飛んだ。


 その男性は萌絵にとってとてもなじみ深いものだった。スーツ姿で髪型も顔もきりっと余所行き用に着飾られているが、萌絵が見間違うはずがない。


 萌絵が見つけたのは、まさかの大学の時に別れた元カレの顔写真だった。



 大学時代に萌絵が付き合っていたのは二人だったが、結婚相談所に登録していたのは卒業の時に別れた元カレだった。卒業後の互いの就職先が遠くなり、遠恋とはいかずに別れてしまったのだが、相手は結婚相手を探しているようだ。卒業後、彼女が出来たのかどうかはわからないが、現時点ではいないということなのだろう。


 写真をタップすると、男性の詳しいプロフィールを見ることが出来る。慌てて見覚えがありすぎる男性の顔写真をタップして詳細を見る。居住地や就職先、年齢や誕生月、家族構成などを読み込んでいく。


(やっぱり、この男は元カレで間違いない)


 就職先と居住地が違う気がしたが、転職したのかもしれない。年齢も誕生月も家族構成も記憶に間違いがなければ元カレのものと一致していた。趣味や性格は首をかしげるものとなっていたが、これだけの情報があれば確信が持てる。


「これは、運命だろうか」


 つい、独り言が口から出てしまう。部屋を見渡すが、萌絵のほかに人はいない。別れたとはいえ、理由が理由であるため、もしやり直せるのならやり直したいなと思っていた。


 とりあえず、萌絵は見つけた元カレらしき男性をお気に入り登録することにした。さすがにすぐにお見合いを申し込む勇気はなかった。


(とりあえず、まずはほかの男性にあってみて婚活に慣れることから始めよう)


 萌絵はスマホをとじて、部屋を出る。いったん、気分を落ち着かせるため一階のリビングでお茶を飲むことにした。

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