15妄想①

 茂木萌絵(もてぎもえ)は30歳の誕生日を半年後に控え、選択を迫られていた。


「そろそろ結婚を考えたらどうなの?」

「私、結婚をするので仕事辞めます」

「お姉ちゃん、私、今年結婚するよ」


 周りが萌絵に結婚を意識させるような発言を次々としてくるのだ。親は子供の将来、自分の孫を期待しているし、仕事の同僚は自分と同い年で結婚を機に退職、寿退社をすると言い出した。さらに妹は3年ほど付き合った彼氏と今年、籍を入れるらしい。


 そうなると、30歳を目前にした萌絵はどうするのかという周りからの視線が痛い。自分は果たして結婚したいのか、それともこのまま独身を貫くのか。


(どうしようかなあ)


 とりあえず、現状は結婚を保留にして独身を満喫したいと思ってしまった。とはいえ、少しだけ結婚に興味を持ったのも事実。


(結婚をするかは置いといて、まずは結婚相談所にでも登録してみるか)


 思い立ったら行動だ。萌絵は適当に評判がよさそうなところをネットで探し、予約を入れた。



「お願いします」


 当日、萌絵はかなり緊張していた。よく考えたら、自分は男と付き合ったことが片手で数えるほどしかないことを思い出す。最後に付き合ったのは大学生の時で、卒業の時に別れてしまった。それ以降は、就職して家と会社を生き帰りする日々が続き、男性との出会いがなかった。会社は中小企業で男性社員はみな、萌絵より年上で既婚者ばかりだった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 結婚相談所は車で40分ほどの場所にある雑居ビルの3階に入っていた。エレベーターを使い、目的の階について、相談所の看板がかかっている場所まで歩いていく。


 中は二人ほどが話せるようなスペースで区切られていて、それが10ほどあった。一番手前のブースに案内されて席に着く。案内してくれた女性は優しそうな笑みを浮かべている。そのまま奥のブースに消えたかと思うと、両手に温かいお茶の入った紙コップを持っていた。


「では、はじめていきましょう」


 萌絵の対面の席に座り、紙コップを机に置いて、カウンセラーが話し出す。自然と背筋が伸びて、萌絵は緊張気味にはいと小さい声で返事する。萌絵とカウンセラーの面談が始まった。



「では、入会に必要な種類に記入をお願いします」


 カウンセリングは20分ほどで終わった。結婚相談所を訪れるのは今日が初めてで、他も当たろうかと思っていると伝えたが、優しい表情からは予想つかないほど強引に今決めないとだめだと、ごり押しされてしまった。


(まあ、どうせ結婚するならどこかに登録しないと、出会いなんてないしなあ)


 ごり押しされて強引に入会の手続きへと進んでしまったが、入会が嫌という訳ではない。もう少し、他の結婚相談所などを吟味して決めてもよかったかなと思う程度だ。ここまで来てやめるというのも面倒くさい。萌絵は言われるままに、書類に記入を始めた。


 萌絵は相談所で初めて知ったのだが、どうやら女性は30歳未満だと入会金や月額の支払いが安くなるらしい。男性からのお見合い申し込みも、30歳未満のほうが多いということをカウンセラーは教えてくれた。そのため、30歳目前の萌絵は20代割で入会することが出来た。


 書類の記入が終わったが、それだけで婚活がすぐ始められるというわけではない。お見合いに使う写真や入会金と月額の費用を引き落とすための銀行口座などを準備する必要があった。


「独身証明書を市役所で発行してもらってください」



 さらには独身であるための証明書が必要らしい。市役所に私は婚活をしますよと宣言するみたいで恥ずかしいが仕方ない。そのほかにも今の仕事の年収を知るために源泉徴収票もいるみたいなので、家に帰って準備することにした。


 こうして、必要書類をそろえて結婚相談所に提出して、審査を終えてようやく婚活が始まる。順調にいくと、二週間ほどで完了するらしい。


(うまくいくといいなあ)


 期待と不安が入り混じった感情を抱え、萌絵は結婚相談所を後にした。

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