第6話 かくして百合カップルが誕生したのであーるっ!

 決戦けっせんの日。決行けっこう放課後ほうかご


 百合部一行ゆりぶいっこうは、それぞれの役割を確認し合ってから、所定しょていの位置についた。


 大丈夫。大丈夫。大丈夫、だよね……?


 ううん。上手くいくに決まってる。ミミさんが計画してくれたから。私は、ミミさんを信じる。


 ガラガラ。


 教室の扉が開かれた。


 青黒い髪を一本にたばねた女生徒が、たどたどしい足取りで、窓際まどぎわに立つクルミさんへと近づいていく。


 そして、足音が、消えた。


 目を伏せた彼女は、小さく身をよじりながら、第一声を発した。


「ちょっとだけ……久しぶり……ですね……」


 遠慮がちな言葉遣いの彼女とは対照的たいしょうてきに、クルミさんはおしとやかに微笑ほほんだ。


「私、カミちゃんに会いたかったんですよね」


「私もっ! ……私も、会いたかった。でも……どんな顔をして会えば良いのか、ずっとずっとわからなかったんです……」


「……同感ですね。私、あの一件で、あなたを――カミちゃんを傷つけたんじゃないかって……」


 カミちゃん改めカミーアさんは、丸い眼鏡めがねふちれた。それだけで、感情がれ動いているのがわかった。


 その手はスカートへと移り、しわができてしまうほどぎゅっと、ぎゅっと強くにぎられた。


「あの日のこと、後悔しているのですか……?」


「後悔なんてしていませんね。私も覚悟を持ってやったことですからね。ただ……」


「ただ……?」


「……ただ、あの後、色々と考えちゃって、カミちゃんをけ続けてしまったことは、心から後悔していますね」


「クーさん……」


「嬉しい、やっと名前で呼んでくれましたね」


 ついさっきまで勉学で使用されていた教室が、百合の花がうごめ密会所みっかいじょに形を変えている。


 私は、とんでもないものを目の当たりにしているらしい……。そのことを意識するだけでも、全身が沸騰ふっとうしそうだった。


 これが、本物。本物の、百合――。


 二人の距離が自然と近くなる。


 物理的にも、心理的にも。


 指と指が触れ合って。


 指と指がからまって。


 ふるえるリップが近づいて。


 一度、止まって。


 ――小振こぶりでうすい、桜色のくちびるが、重なった。


 私には聞こえる。リップ音も、四人の鼓動こどうも。


 二人は、ほどなくして距離を取り、間を取り、あやしく微笑み合った。


 目の前で繰り広げられたものがすべて演技だとしたら、カミーアさんに顔向けできなくなる。でも、その心配はない。言葉も行為も、すべてがクルミさんの意向で、すべてがクルミさんの意思だった。


 作戦を練った知将ちしょうはミミさん。だけど、台詞とか具体的にどうしてほしいとか、そういった指示まではしていない。あくまで大筋おおすじだけを決めて、そこからはクルミさんに任せる、といういかにもミミさんらしい作戦だった。


 しかしながら、私たちは大胆だいたんな生き物だ。本番でたかぶって、予想だにしない感情が込み上げてきて、思いもよらない行動にいたるのだから……。


 自然と生まれた静寂せいじゃくやぶったのは、やはりクルミさんだった。そして、さらに大胆にも、クルミさんは二人の関係性をはっきりさせようと動いた。


「……私と、付き合ってくれませんかね……」


 口を小さく開くカミーアさん。彼女のほおは確かに朱に染められていた。恍惚こうこつにも似たその表情は、クルミさんしか引き出すことができないのだろう。


 カミーアさんが出した答えは、誰もが予想できるものだった。


「はい……お願い、します……」


 う、ううっ?! ここに、百合カップルの誕生……! ……ということで、私とミミさんはお役御免やくごめんになった。


 教卓の下からミミさん、掃除用具入れから私が、一斉いっせいに姿を現した。


「え……? ええぇえええっ!」


 案の定、パニックにおちいるカミーアさん。こんなにも取り乱す彼女は、これで見納みおさめになるかもしれない。


 ミミさんが教壇から「よっ!」とおりて、カミーアさんのもとに駆け寄った。ミミさんに続くように、真反対にいた私も集合した。


「諸君。カップル成立おめでとうっ! パァンッ! クラッカーないから口クラッカーで許してね? パァンッ!」


「ぜ、全部、全部見ていたのでしょうか……?」


「いやいや、そんなまさか。見てたなんて人聞きが悪いよカミーアちゃん」


「で、ですよね……! 見てないですよね!」


鑑賞かんしょうしてた」


「ひぇぇえええっ!」


吟味ぎんみしてた」


「どっひゃぁあああっ! 消えたい! いますぐ消えたい! どうしよう、どう消えるのが手っ取り早いかな! そうだ、辞書で『消える』の意味を調べて――」


「回りくどいっ! ……ってかさ、別に良いじゃん、むしろ良かったじゃん。正式に付き合えたんだからさ」


「うっ……それは……はい、一緒になれたことは嬉しいです……。でもっ、それとこれと話が違います! ああもうっ、こうなったら、ミミさんを排除はいじょする校則こうそくを作るなりして、徹底的てっていてきらしめさせていただきますからっ!」


「うぉっ、それは勘弁かんべんっ! そ、そんなことよりさ。マナちゃん、伝えちゃってよ」


 ここでようやく発言権を与えられる私。まったく、地獄のようなタイミングだ。


 頭のなかで言うべきことを反芻はんすうする。一言一句いちごんいっく、言い間違うことのないよう、慎重につむがなきゃ。


「えっとですね、つまりですね。カミーアさんにも、百合部に入ってほしいんです」


「百合部って……まだ諦めていなかったのですか……」


「部員は、ミミさん、私、それにクルミさん。この三人です」


「クルミさんって……クーさんもっ?!」


 ちらとクルミさんの方に目をやるカミーアさん。すると、クルミさんはにっこり笑って頷いてみせた。可愛い、落ち着く、すんごい可愛い。


 カミーアさんは、怖いくらい可愛いクルミさんを見てから、「うーん」と考え込んで、答えを出した。


「ぜひ、私も入りたいです。ただ、以前聞いた活動方針では学校に認めてもらえませんよ」


「その通りですね。それは私たちも痛いほどわかっています。だから、考え直したんです。そしてその結果、百合部という部活動の名称を改めることになりました」


「百合部が、別の名前に?」


「はい。百合部改め、広報部・百合の花こうほうぶゆりのはなは、学校と地域の広報活動を行い、それぞれの活性化かっせいかを目指します!」


「……つまり、何をする部活?」


「学校行事とか校内トピックをまとめたり、あるいは地域の観光名所かんこうめいしょ穴場あなばめぐったりして、広報部のSNSと当校HPにて宣伝せんでんするんです。イチから始めるので、トントン拍子びょうしにいくとは思っていません。投稿とうこうに対する反応をもとに、宣伝手段の再考をしていくんです。……ほとんど独学にはなりますが、広報を勉強するんです。それは、私たち学生にとって、得難い経験だと思うのです。……といった感じのことをする部活です……」


 話し始めたときにはもう覚悟は決まっていたのに。カミーアさんが黙ってしまい、そのことをまずいと感じた私は、咄嗟とっさにミミさんと顔を見合わせた。あのミミさんですら目が右往左往うおうさおうおよいでいた。


 カミーアさんが了承りょうしょうしてくれるということはすなわち、学校が受け入れてくれたも同然だ。だからこそ、回答が待ち遠しくも、このまま保留にしてほしいという気持ちが生まれた。


 放たれた窓から、すーっと風が入り込んでくる。普段なら心地良い春風。それも、今日の私には悪寒おかん助長じょちょうするものでしかない。かんばしくない回答が返ってくるんだと、思考が消極的になっていく。


 どうすれば――。


「……素敵。多方面に意味のある、この学校にはない革新的な部活動だと思います」


 優しく、おごそかな声色だった。


 けれど……要するに……?


 結論が待てなかった広報部・百合の花は、三人とも身を乗り出す形で、「ということは……?」と声をそろえて言った。


 そんな私たちに苦笑しながらも、カミーアさんはしっかりと首を縦に振った。


「認めてもらえるよう、学校側にかけあってみます。同じ、広報部・百合の花の部員として」


「良かった……!」「よーしっ!」「わー!」


 歓喜というより、阿鼻叫喚あびきょうかんだった。このひとときだけは、世界で一番、この場所が幸せの輝きを放っている。


――マナちゃんはマナちゃんだよ。


 あのときの言葉……そうだ……そうだったんだ……。


 私は桜か、それとも花壇の花か。三人と一つになって、私なりの答えが見つかった。


 私は、そのどちらでもないんだ。クルミさんもカミーアさんも……ミミさんも。誰もが一輪いちりんの花じゃない。


 一人じゃ、花になんてなれない。


 四人が手を取り合って、ようやくカタチになる。


 私たちという花弁はなびらが重なって、花になる。


 その花は、世界のどこを探したって見つからない――広報部・百合の花だ。


 ここから始まる、私たちの物語が。


 ここから始まる、広報部・百合の花。


「……見て、綺麗」


 ミミさんが指さした外の形式は、美しくて、まばゆかった。


 今日も今日とて、私たちの住む箱庭は、オレンジに染められていく――。

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