第5話 よーし、登下校後の作戦会議だっ!!

 あれやこれやしているうちに日はれてしまい、悲しきかな、良い子たちが帰宅きたくする時間になってしまった。通常つうじょうならいさぎよく解散するところだけれど、この日の私たちは浮足立うきあしだっていた。そうなった原因はほとんど私にある。


 突然逃げ出したかと思ったら、その日に和解わかいして、おまけに友情も確かめ合った。


 ……さっきまでの出来事を改めて要約ようやくしてみたけれど、私を取り巻く環境の破天荒はてんこうさには、笑いが込み上げてしまいそうになるほど呆れる。……だけど、だけどそれは……これまで私が経験したことのない、嬉しい破天荒さでもあった。


 そんなこんながあって、もろもろがあって、かくかくしかじかがあって。さわがしくて、騒々そうぞうしくて、和気藹々わきあいあいとしていて。盛り上がりに盛り上がっていた私とミミさん、クルミさんの三人は、それぞれの自宅ではなく、駅前の喫茶店きっさてんおとずれていた。


 店の奥の席に腰かけたころには辺りは薄暗うすぐらく、これが非行ひこうなのかと少しワクワクした。


 テーブル席に通された。私は窓際まどぎわ、隣にミミさん、クルミさんは対面たいめんに座った。


 さて何を注文しようか。ミミさんが代表してメニュー表を持ってくれる。


「二人とも、晩御飯ばんごはんは家で用意されてるでしょ? それじゃ……あたしはアイスコーヒーかな!」


「あ、あ、あ……アイスコーヒー?! お、大人ですね……。私は……うーん……迷いますね……」


 クルミさんがあごに手を当ててうなっている。魔女さんの『考える人』のポーズもなかなか可愛いなあ……。


 ……っと、それよりメニューメニュー!


 ミミさんが「ありゃー、ホットもあるのかー。うぉー、サイズも変えられるのかー」と至極当然しごくとうぜんのことで興奮こうふんしているのを横目よこめに、私もどれを頼むか思案しあんした。


 お腹はそこそこ空いている。でも、家に帰ったら温かいご飯が待っているからなあ……。


 「満腹まんぷくで食べれないよ」と言って、ママを悲しませたくないし……。だけどだけど! 非行というものに興味がなかったわけではなくて……もちろん背徳感はいとくかんで身がげそうになるけれど、それを受け入れてでも経験してみたい気持ちもある……!


 ……ああ、こんな発想をするなんて、私、悪い子じゃん!


「うんっ! あたしはアイスコーヒーでいーや。店員さーんっ!」


 手をげて、ミミさんがウェイターさんを呼んでくれる。


 呼びかけに現れたのは、白いシャツと黒いエプロンのよそおいに、顎にひげたくわえたしぶめのおじさんだった。そして、「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか?」とこれまた渋い声で言った。


 ミミさんは「渋いなあ……」と内心ないしんをこぼしながらも、「んじゃ、アイスコーヒーのSサイズでっ!」と注文した。


 次は私か……。よし、ここは……!


「私は、カフェラテのSサイズを――」


「ナポリタン、カルボナーラ、ペペロンチーノ……いちごパフェ、バナナチョコパフェ!」


 私のひかえめオーダーを嘲笑あざわらうかのように、規格外きかくがいの注文をしてみせたクルミさん。


 ……いやいや、パスタが多すぎるよっ! パフェも二つだしっ!


 私とミミさんが「ええ……」とつぶやくなか、渋いウェイターさんは淡々たんたんとメモを取った。徹底てっていして渋いなあ……。


 まあまあ、何をたのむかは個人の自由だからね。さてと、いきおいで来店したはいいものの、せっかく三人がそろっているんだし、決めること決めないとね。


 飲食物が並ぶ前に、私は話を切り出した。


「新たにクルミさんが加わってくれることになりましたが、カミーアさんをどう懐柔かいじゅうすれば良いと思いますか?」


 ミミさんは考える素振そぶりを見せ、クルミさんは「お腹が空きましたね……」と上の空だった。


 とがった耳をでながら、ミミさんが答える。


「クルミちゃんとカミーアちゃんを復縁ふくえんさせる! それがベストじゃない?」


「復縁……? そもそも、二人は……カ、カップルだったんですか?!」


「そこまではわかんない。クルミちゃん、そこんとこどうなの?」


 ぐぅうう。


 誰かのお腹が鳴った。


 おそらく、というか絶対に、赤面しているクルミさんが犯人だろう……。


 クルミさんは、下手くそな口笛を吹いてから、「はっ! そうそう、カミちゃんの話ですね」と思い出したかのように口にした。そして、姿勢しせいを正した後、過去を打ち明けてくれた。


「カミちゃんとは中学が一緒だったんですね。カミちゃんは、当時から学業優秀で、全学のお手本という感じでしたね。私にとってもカミちゃんは高嶺たかねの花でした。だからではありませんが、話したこともなかったんですね……。高校進学を目前にして、カミちゃんから呼び出されたんですね。『ずっと好きでした』と告白されたもので……私も感情がたかぶって、チュッとしちゃったんですね。そうしたら、カミちゃんは音速で姿を消して……それからは何となく話せていなくてですね」


「やけにアダルティだな」「チュッ……? それって、あの、チュッ……?」


「……えっと、私とカミちゃんの関係性はそんなところですね。私は、お二人の計画に乗り気ですが、カミちゃんがまた逃げ出さないか心配で……」


「それは――」


 ミミさんが言いかけたところで、「大変お待たせしました」とウェイターさんが注文の品を配膳はいぜんしてくれた。


 私は、話が中断ちゅうだんしているすきに、ウェイターさんの後ろ姿をぬすみ見た。やっぱり渋い……。


 ミミさんは「食べながら話そうか」と前置きをして、アイスコーヒーを一口飲んだ。


「まっ! 対策たいさくはあたしに任せてっ! 頭のなかに色々と構想が浮かんでるんだよね! んじゃ、次は――」


「百合部の活動目的ですかね?」


「ナイスマナちゃん! 可愛いねマナちゃん!」


「可愛いは関係ないです……」


「えっとねえ、うーんとねえ、そうだねえ……。もう百合百合したいからでよくない?」


「それじゃダメですよ……。対外的たいがいてきに『これなら学校の部活として認められる!』というものにしないと」


「うっ……。きびしいねマナちゃん」


「当然です」


 カミーアさんをこちらに取り込むことができても、部活のことを学校側にどう説明するか、という問題が解決しないと、いくら生徒会長からの申し出でも承認しょうにんしてもらえない。……と思う……多分……。


 だけど……どうすれば……。


 百合部を部活にしてもらえるような、正当な理由が何一つ浮かばないよ……。


 ここは一旦、クルミちゃんの意見をいてみて……って、ええっ?!


「はー、美味しかったですねー」


 新入りのクルミちゃんが、さっき運ばれてきたはずのパスタとパフェをもう平らげたのだ。大食いで早食い……フードファイターの素質そしつがありすぎる……。


 顎が痛い。開いた口がふさがらないとは、まさにこのことですか。


 口ガン開きの私を見て、クルミちゃんはいぶかしそうに言った。


「お腹、空かないんですかね?」


 気になったところそこなの?!?!


「お腹はそこそこです……。それよりクルミさん、百合部の部活の説明のことで、先生たちが首を縦に振るような妙案みょうあんはありませんか?」


「妙案……うーん、難しいですねー」


「私もお手上げです。こうして集まっているだけで楽しいので、いまのまま、ありのままの私たちの日常が、百合部の活動として認められたら嬉しいのですが……」


「ですねー。食べるだけの部活とか最高ですねー」


 暗礁あんしょうに乗り上げた。そう思っていたところに、ミミさんが「そうか、それじゃん……!」と興奮気味に言った。


 当然、私とクルミさんの脳内にハテナが浮かぶわけで。


 ミミさんは、アイスコーヒーの残りを一気にあおって、テーブルにグラスをドンッと置いた。


「妙案、だね!」


 いたずらを画策かくさくする子どものように笑うミミさん。


 いじらしい可愛さに胸がときめきそうになる……。


 窓ガラス越しの世界は黒に染まっていて、街灯の白さがさっきよりも際立きわだっている。通行人つうこうにんも学生から社会人に変わっていたこともあり、高校生が出歩いてはいけない時間だということがわかった。


 あともう少し。もうちょっとだけだから。


 二人と一緒に話していたいな。

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