第4話 本気で打ち込めるものがほしかったんだ
ミミさんという名のタクシー
乗り物
「ほい」
グロッキーになっていた私とクルミさんに差し出されたのはお水。ミミさんが気を利かせて買ってくれたみたいだ。男前だ……と思いつつも、もっと他に気を
「ありがとうございます。ミミさん、ちょっと待ってくださいね」
そう言って、私はスカートのポッケをまさぐった。
だけどミミさんは、「ちょいちょい。たかが水だよ? こーゆーのは返さなくていーのっ!」と笑って
お、男前だ……。紛れまなく男前だ……。と思っていたら、「マナちゃんに家買ってもらおーっと。どれにしよう、あっ、
やっぱり男前じゃないよ!
ともあれ私は「ありがとう」と
あはは。みるみるうちにクルミさんの顔色が良くなってる。
それにしても、それにしてもだよね。クルミさんを連れ出すことはできたけれど、これからが本当の勝負、本番だよね。
私は、ペットボトルをぎゅっと
「えへへ。貸す貸すー。耳なんていくらでも貸すよ?」と、まるでやましいことでも考えているかのように、ニヤニヤ顔のまま頬を
……あ、良い香り。こんなに顔を近づけたことがなかったから気付かなかったけれど、何だか落ち着く香りがするなあ……。でも、香水とは違う感じがする……。ミミさん本来の香りだ……。
……って、私の方がやましいじゃんっ!
「クルミさんを何とか
「マナちゃん。近くで見るともっと可愛いね」
「えっ。な、な、な、急にそんなこと……!」
「いまわかった。目に入れても痛くないってこういうことなんだって」
「……はあ」
「だから、目に入れさせてくれる?」
「入れさせませんよっ! くだらないこと言ってないで、どうするんですかっ!」
「どうするもこうするも、略奪の後は、略奪しかないでしょ」
「略奪の後に略奪……? どういう意味です?」
「言ったじゃん。クルミちゃんを懐柔して、二人に復縁してもらって、カミーアちゃんに部活動を認めてもらうの。つまり次の略奪は、クルミちゃんを百合部に
「ですが……
「大丈夫っ! そこらはあたしが上手くやるから、
「……わかりました」
ミミさんは
「ようこそ我が百合部へっ!」
「へ……?」
それでもミミさんは、いつも通りマイペースに続けた。
「クルミちゃんには、百合百合する部活に入ってもらいますっ! これは強制ではありません、
……。……。……えっ、ええええぇええっ!!!
強制じゃなくて、まさかまさかの既定事項っ?!?!
この強引さには……というか、この
「ミミフェン・スアサンさん。中学生のときから、
「へー、あたしのことも知ってるんだ」
私は、クルミさんの言葉に耳を
どうやらミミさんは、私と住む世界が違うらしい。
ミミさんは、私よりも
きっと、桜だ。ミミさんは桜なんだ。
そして私は、花壇の花――。
「……おーい。……マ……ちゃ……ん……。マナちゃーん!」
はっ……!
ミミさんの声で、私は我に返った。そして、何ごともなかったかのように
「ごめんなさい。私は……私は、クルミさんの言う通り、ミミさんには――」
「あー、ぼけーっとして聞いてなかったんでしょー。クルミちゃんの
「却下って、どうしてですか……! 私は、ミミさんがその気なら、百合部だって
「マナちゃん……どうしちゃったの……? あたしはさ……」
言葉に詰まりながらも、何とか
私は、つまらないことを考えた。
もしも、ミミさんが私を追う気なら、運動能力的にすぐに捕まったはずだ。だけど、私はこうしてここにいる。要するに、即座に追うことはしなかった、ということになる。
……わかってるよ。だからどうしたのって話だよ……。それがわかったところで、どうということでもないのに。
だって私は、
……でも。
ガチャ。
再び、屋上の扉が開かれた。
私は振り返らなかった。
ううん。違う。それは違う。
本当は、振り返ることができなかったの。
だって、空の音しか聞こえないこの屋上で、女の子の
そしてその子が誰がかは、私にはわかってしまったから。
「重いですねー、うう……。そろそろおりてほしいですね」
……クルミさんの声、一緒だったんだ。
「よいしょ」
私の
……何も言うつもりはなかったけれど、
「さっきはごめんね、突然怒ったりして……」
私の謝罪でようやく顔を上げたミミさん。せっかくの天使の顔が……私のせいで
「あっ……あだじの……ほうごぞ……ごめっ……ごめんね……」
「ううん……。ミミさんは悪くないです。私がミミさんと一緒にいたいって、そんな
ミミさんとクルミさんの姿が
私、泣いてる……?
こんな感覚、いつぶりだろう……。涙を流すなんて、いつぶりだろう……。
ただただ立ち
「あだじも……マナちゃんと……一緒にいだい! でも……それを
「どうして……? ミミさんは、ミミさんが評価される世界に行くべきだよ……」
「……誰かに評価されるために生きるなんて、あたしにはできない。あたしは……あたしは……近くにいてくれる人に……愛してくれる人に……理解されたい……理解、されていたい……。それ以外は、何も、何もいらない」
「ミミさん……。それなら……部活じゃなくて、同好会から始めませんか……? その方がクルミさんを巻き込まなくて済みます」
「ミミさんもされるがままじゃないですかね。私、言いましたよ。ミミさんが納得してるなら、面白そうだし入りますねって」
……。……。……え。ええっ?! そんなこと言ってたの?!
私は、
「いつ入ると言いました……?」
「やっぱり。聞こえてなかったんですね。マナさん、さっきぼーっとしてましたよね。そのときにはっきり言いました。ね、ミミさん?」
ウインクするクルミさん。それに戸惑いながらも、ミミさんは小さく
「……そう。一応、
なおも
「部活を渡り歩いてわかったんですよね? どれだけ優勝しても、その部活にいる子たちの
「それは……」
ミミさんは答えかねていた。多分、心のなかでは主張したいことがあって、けれど私に遠慮して
「……クルミさんの了承が得られていて、ミミさんがやりたいということなら、私はその気持ちを
「あたしは……二人に……甘えたい……」
「決まり、ですね」
あーあ、泣きすぎちゃった。
私もミミさんも冷静になったころ、クルミさんがスカートからステッキを取り出した。
「私は魔女なんですね。といってもまだ見習いですけれどもね……。ともかく、多少の魔法なら使えるんですね。お二人とも酷い顔なので、私の魔法で可愛い顔に戻してあげますね」
「そんなことできるの?!」「おお、楽しみです!」
「それではいきますねー。ヘオカ・ナイレキ!」
クルミさんがステッキをぶんぶん振り回して、
そして、煙が徐々に消えていって。
「クルミちゃん、どう?」「元に戻りましたか?」
「ええっと……あのー……そのー……」
おどおどを通りこして、私たちの周りをぐるぐるとランニングし始めるクルミさん。
な、な、な、何これーっ?!
顔が……馬になっていました……。
【この後、すぐに元通りになりました】
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