第3話 魔女っ子クルミちゃん たのもーうっ!

 校庭こうていのそばにある花壇かだんには、色とりどりの花が咲いている。どれも綺麗きれいで、どれも美しくて、どれも可愛い。


 別世界の日本というところでは、春になると桜が注目をびるらしい。でも、私には桜よりも背の低い花々の方が魅力的みりょくてきに感じる。


 私は、桜なのかな、それとも花壇の花なのかな。


 仮称百合部かしょうゆりぶ却下きゃっかされた翌日よくじつのホームルーム終わりに、私とミミさんは教室に残り続けていた。


 窓の外をぼんやりながめていると、一つ前の席で項垂うなだれていたミミさんが、突然立ち上がった。その拍子ひょうしに、白くて長い髪が、二つにわけられた髪が、ゆらゆらと可愛く動いた。


「そうだっ! マナちゃん! Cクラスのクルミちゃんにけば、百合部の設立を認めてもらえるじゃん!」


 ぽかーん。


 私は唖然あぜんとしてしまった。


 まずCクラスのクルミちゃんという人物を知らないし、その子と接触せっしょくすればどうして百合部を認めてもらえるかがわからなかった。


 返事をしないただのしかばねとなった私に、ミミさんはいぶかしそうに言った。


「……もしかして、クルミちゃんのこと知らないの?」


「……はい。私、まだこのクラスのみんなの名前も覚えられてないから……」


「それじゃ今度、先生と生徒の全員の名前を言えるか、テストをしてあげようっ!」


「んんっ?! ぜ、全員っ?!」


「そっ! 学校に生息せいそくする生き物全員っ!」


「めちゃくちゃだよ……」


「そうかな? あたしはもう覚えたよ? カミーアちゃんが学校のことを色々把握してそうだったから、あたしも負けん気で徹夜てつやして覚えたのっ!」


対抗心たいこうしんが度を越しているっ?! でも凄いなあ、私にはとてもとても……」


 えっへん!


 ドヤッと胸を張るミミさん。スタイルが良いから、よくあるポージングでも、きゅんとしてしまう可愛さがある。


 ひとしきりドヤタイムを満喫まんきつしたミミさんは、コホンと咳払せきばらいをしてから、話を元に戻した。


「クルミちゃんは学校イチの情報屋なの!」


「情報屋? どういう情報を取り扱ってるんですか?」


「それはもちのろんで、先生と生徒、ひいては学校全体の情報! あり得ないって思うかもだけれど、これがまたあり得ちゃうんだよね! さて、ここで問題! どんな情報を聞き出して、どうやって部活として認めてもらうでしょう?」


唐突とうとつなクイズですね……。えーっと……カミーアさんの好きな食べ物を聞いて、それを渡して、部活動を認めてもらう……とかですか?」


「甘いねマナちゃん! 甘すぎるよ! 菓子かしパンくらい甘いねっ!」


「わざわざ食べ物にかけなくていいですよ……。それじゃあどうするんですか?」


 よくぞ聞いてくれた! そう言わんばかりに、ミミさんはこしに手を当てて言いはなった。


「それじゃあどうするか、愚問ぐもんだねマナちゃん! クルミちゃんは、カミーアちゃんと過去に親密しんみつな関係だったらしいから、クルミちゃんを懐柔かいじゅうして、二人に復縁ふくえんをしてもらって、カミーアちゃんに部活動を認めてもらうのっ!」


「何一つ情報を聞き出してないっ?! 情報屋うんぬんってところ関係ないじゃないですかっ! ……それにしても、親密な間柄あいだがら、ですか」


「そ。マナちゃんとあたしみたいなっ、ね?」


「……ん? それは一体……」


「またまたー! とぼけちゃってー! あたしたちなんか親密を超越ちょうえつして、もはや親密じゃん」


「超越できてませんよそれ……」


 やんわりとはぐらかしたものの、私の胸の鼓動こどう高鳴たかなっていた。


 出会って数日なのに、もうそんな風に思ってくれているんだ……。でも、親密って具体的にどういった関係性なのかな。


 ……まさか、カップル……? なーんて、そんなわけないよね。


 私は、ほおをぱちんと叩いて切り替えた。


「そういうことなら早速?」


「うん、クルミちゃんのことに行こう! どこにいるかは目星めぼしがついてるからね!」


「おともします!」


 日没にちぼつまで時間があったということもあり、私たちはその日のうちに、クルミさんに会いに行くことにした。


 ミミさんが小出こだしにする断片的だんぺんてきな情報からは、クルミさんの人物像は見えてこなかった。だけどどうやら、私の苦手とするタイプの人ではないみたいだった。だって、クルミさんも私と同じ百合だから。




 暖色だんしょくが強まった校舎こうしゃを渡り歩いた私とミミさんは、道中どうちゅう他愛たあいのない話をした。


 好きな食べ物の話。


 好きな漫画の話。


 好きな絵以外の話。


 好きな女の子のタイプの話。


 本当にありふれた話ばかりだった。


 そこにふと、私はとあることをし込むように口にした。立派で人気な桜と、校庭の花壇の花だったら、そのどちらが私っぽいか。


 頭を悩ませていたミミさんから飛び出した答えは意外なものだった。


「桜くらい魅力的! ……だけど、よくよく考えると、どっちとも言えないかな。マナちゃんはマナちゃんだよ」


 ミミさんは、小走りで私を引き離して、後ろ手でピースをしてみせた。


 の光にけてしまいそうな白さをほこる髪。二本に束ねられたそれは、彼女のトレードマークで、彼女の魅力の一つだ。


 細身なシルエットも、ミミさんをミミさんたらしめている一つの要素。私と同じ制服を着ているはずなのに、ミミさんがまとうだけで羽衣はごろもに早変わりしてしまう。


 連想されるのはまさしく天使。妖艶ようえんさのなかに愛でたくなるような幼さをはらんだ天使。


 ミミさんはまぎれもなく、私の天使だった。




 中学時代では想像できなかったようなイベントが次々と発生して、私の思考回路は混線状態こんせんじょうたい。幸せと驚きと不安がごちゃ混ぜになった心を整理する暇もなく、とある教室の前に到着とうちゃくしてしまった。


「ここは何をする教室か知ってる?」


 いかにも試してやろうという顔つきで、質問をしてくるミミさん。


 予備知識がなかったけれど、ここに来て違和感を抱いていたことがあった。


「茶道、とか……?」


「ええーっ! すっごーい! 知ってたの?!」


「ううん。でも、お茶の香ばしい匂いがしたから……」


「そんな些細ささいなヒントから答えを導き出すなんて……マナちゃんは麺探偵めんたんていだね!」


「それを言うなら名探偵めいたんていですよ……。そんなことよりも、クルミさんって茶道部員だったんですね」


「いや、確か茶道部にはまだ入部してないみたい」


 クルミさんも情報屋さんらしいけれど、ミミさんもミミさんで情報通というか、入学して間もないのに、この学校のことを知りすぎている気がする。


「さ、入るよー?」


「は、はい」


 私は、咄嗟とっさにミミさんのかげに隠れた。


 その直後、ミミさんが扉を壊さんばかりの勢いで開扉かいひした。


「たのもーうっ!」


 当然、茶道部員の視線がミミさんに集中する。ミミさんの背中越しでも、これだけ注目を浴びると委縮いしゅくしてしまう。うう……怖い……。


 茶室の奥に座っていた女生徒が立ち上がり、ミミさんをビシッと指差した。


道場破どうじょうやぶりかっ!」


「違うっ!」


「残念ながら道場破りは受け付けてないっ! 何故なら道場じゃないからだ!」


「違うって言ってるでしょっ!」


「ええ? じゃあ何なのさ、あまりさわがれるとこっちも困るんだよね」


「あなたも騒いでたじゃん……。まあそんなことはどうでもよくて、あたしはクルミちゃんに用がある!」


 その一言で、このなかの誰がクルミちゃんなのか一発でわかった。


 一人、私たちのすぐそば、つまりは入り口の近く、要するに下座しもざ、そこからおびえるようにこちらを見つめる女の子がいた。


 その子は、頭にとんがり帽を被っていて、マントも羽織はおっている。はっきり言って、この場所に相応ふさわしくないよそおいだ。


 腰まで伸びたクリーム色の長髪、大きな瞳、色白の肌。可愛いがこれでもかというくらいにふんだんに盛り込まれた女の子だった。


 彼女は、戸惑とまどいながらも、生まれたての小鹿こじかのように震えながら立って、自身を指差した。


「クルミ、ですかね……?」


 ミミさんの機嫌きげんうかがうように訊いてくるとんがり帽の女の子。そんな気持ちが届いたのか届いていないのか、ミミさんは品定しなさだめするように彼女の全身を見た。


「うーん。はいはい。おー! へえー!」


「ちょっと……あまりジロジロと見られても困りますね……」


「いやいや、じっくり見させてよ!」


「そうは言っても困りますよね……」


遠慮えんりょしないで遠慮しないで。どうせ見たって減らないんだからさ」


「ええ……」


 流石にあばれすぎだよ……! というかほとんど変態へんたいだよ……!


 見かねた私は仲裁ちゅうさいに入った。


「ミミさん! これ以上はみなさんの邪魔じゃまになりますし、一度退散たいさんしましょう?」


「えー。まあ、うん、そっか。じゃ、帰ろっか……クルミちゃんもねっ!」


 ミミさんは、私とクルミさんの手をつかんで、「今度は道場破りさせてもらうからねー!」

と言って、廊下を光の速度でけ抜けた。


 ミミさんの運動能力の高さ、底知れないパワーに驚愕きょうがくしつつも、抵抗する理由もない私は、おとなしく彼女の背中に身を預けた。その間、クルミさんは驚きというより、戦慄せんりつしているようだった。無理もない……。

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