第64話 アキラ

「それでは、行って参ります、父上。」

「おうっ!」

 江田島に出立の挨拶をする旅装束のアキラ、後方にはクロウが控えている。

「クロウ様。

 アキラの事、くれぐれもよろしくおねがいします。」

「心得ました、パティー殿。」

 涙にむせぶパティーに、優しく答えるクロウ。


「アキラ、この世界には、私ら以外にも、転移者や転生者が居るかも知れない。

 どんな知識を持ってるかも解らないから、注意するのよ。

 まぁ、クロウが味方についているうちは、心配しないけど…。」

「ありがとう、ルーシーさん。」

 ルーシーと握手を交わすアキラ。

「近くまで来たら、家に寄るのよ。」

 絹江の言葉に頷くアキラ。

「では、行きます。」

 妹たちから花輪を受け取り、街道をスフランに向け出発するアキラ。


 ◇ ◇ ◇


「行きましたね、アキラ。」

 泣きじゃくるパティーを抱きしめ、江田島の傍に立つ絹江。

「ああ、転生者というのは、初めてだったな。」

「私らのような転移者が居るんだから、転生者が居てもおかしくないわよ。」

 ルーシーもパティーの頭を撫でながら会話に入ってくる。


 アキラが転生者として覚醒したのは五歳の時、どうやら、ルーシーよりも更に未来から訪れたようだった。

 一番衝撃を受けたのはパティーだった。

 持ち前の明るさでなんとか取り繕っていたが、話の隔世具合に目を回してしまうこともあった。

 そんなパティーを支えたのは、絹江とルーシー、そしてミルだった。

 結局、転生者はアキラ一人であり、他の子達は至って順調に育っていた。


 ◇ ◇ ◇


「じゃぁ、私らも帰るわ。」

「ほいじゃね。」

 ルーシーとミルもラインに帰るべく、孤児院を後にする。

「気をつけてねぇ」

「ええ、オキヌも後のことよろしくね。」

 ルーシーはラインの政務官、ミルはその補佐役につき、多忙を極めている。


「パティー、部屋に入るわよ。」

「う…く…。」

 まだまだ泣いているパティーを抱え自宅に戻る絹江。

 娘たちもパティーを支えながら帰って行く。

 玄関では、ミランダも出迎え、優しく撫でながら受け入れている。

 アキラを見送り、自宅へ戻ろうとした江田島をテリーが呼び止める。


「アキラくんは旅立ちましたか。」

「はい、無事に。」

 二人は揃って、江田島宅へ入っていく。


 ◇ ◇ ◇


「サイネスも人口が増えたし、開墾もだいぶん進んだな。」

「ラインも相当賑やかになったようですし…ね。」

 そう話しながら、テリーにお茶を出し、江田島の隣に座る絹江。

 サイネスの近況は、クローネから逐次入ってくる。

 また、ノイスからはメアリが、ラインからはルーシーから情報が入って来ていた。


「で、本日の用向きは?」

「たまの息抜きで遊びに来ただけなんだが…。」

「おいおい、子守は大丈夫なのか?」

「今日は、女王陛下の貸切状態さ。」

 女王陛下も一男二女の子宝に恵まれ、本日は視察という名目で湖からラインに向かって、遊覧船の旅を楽しんでいるそうだ。


「旦那さんは、お供に…ついて行けなかったのね。」

 絹江の言葉に、コクリと頷くテリー。

「たまには、休養しろって、怒られて…。」

「何をやらかした?」

「…。」

 江田島のカマかけに閉口してしまうテリー。

「まぁまぁ、今日はゆっくりしていってくださいね。」

 そう言って、席を立ち、部屋を出ていく絹江。


「スフランもいよいよ動乱期に突入したよ。」

「近隣国が全て動乱期ですか。」

「ああ。」

 浸透している部下からの報告は、相変わらず暗い話ばかりのようで、テリーの顔色は冴えない。

「この時期に、アキラくんを出奔させるのは、あんまり感心しないなぁ。」

「まぁ、本人が言いだしたことだから、親としては応援するしか無い。

 あんたの所は、しっかり守っていかないとな。」

「ああ。

 …まぁ、セガレが元服する頃には、安心して王位の移譲が出来るようにしないとな。」

「女王の支持は安定しているから、移譲も安泰だろう。」

「今はな。

 今後も支持を受け続けるためにも、いろいろ施策を打たないといけない。」

「そうか。

 …無理や無茶はするなよ。

 この国は全員で参加、全員で悩んで、全員で解決していくんだからな。」

「家族だな…まるで。」

「家族…か。」

 テリーの言葉に含み笑いを浮かべる江田島。

「???」

 不思議そうに顔をのぞくテリー。

「いやぁ、すまない。」

 お茶をすする江田島。


「アキラのげんを借りると、この国は一つの身体…らしい。」

「ほう。」

「『実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。

 もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。

 また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。

 もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。

 もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。

 そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。

 もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。

 ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。

 目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。

 そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。

 麗しくない部分はいっそう麗しくするが、麗しい部分はそうする必要がない。

 神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。

 それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。

 もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。』‥だとさ。」

「面白いことを言う。」

 アキラの言葉に身を乗り出してくるテリー。


「ああ、ルーシーは驚いていたけどな。

 …なんでも、彼女の宗教観念にそのものズバリの言葉が出てくるらしい。」

 テリーがククっと笑っている。

「トマスのところは、これを地で行ってるんだろうなぁ。」

「恐らくな。」

 テリーが茶をすすり、江田島も茶をすする。


「面白い話を聞いた。その話が出るんなら、アキラも安泰だな。」

「そうかもな…。」

 一頻り笑ったあと、立ち上がるテリー

「帰るわ。」

「もう少しゆっくりしなくて良いのか?」

 江田島がテリーを見上げる。

「ああ、今からこの言葉を法律に織り込まないとな。

 ちょうど、手詰まり感が出てきたところだったしな。」

「そうか。」

「あら、もう帰られるのかしら?」

 絹江がパティーを従え、部屋に入ってきたところだった。


「ああ、いい話を聞いたからな。」

 そう話、おもむろにパティーの前に立つテリー。

「素敵な息子さんを産んでくれてありがとうな、パティー。」

 パティーの両肩を叩き、笑みを浮かべるテリーだった。

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