第57話 門出と巣立ち(其の一)

 師範試験が終わり、三日後。

 ここは、アルザリア郊外の街道入口。

 第四次ノイス派遣部隊が出発の最終確認を行っている。


 その中に、ロイとルーの若夫妻、メアリとモリオンの一家、そしてロイの使用人ミオの姿も見える。


「先生、道中くれぐれも気をつけて。」

「マクス、俺達はお互いに師範だぞ。

 今日からは、俺が兄貴で、お前が弟だ。」

「わかったよ、ロイ兄ぃ。」

 見送りに来たマクスの頭を優しく撫でるロイ。


「ルー、向こうでも無理をしないように、頑張ってね。」

「み~姉ぇも、お元気で。」

 ミユウとルーが手を取り合ってお互いの顔を見つめている。


「じゃぁ、パティー、しばしの別れだけど、アキラが大きくなったら、遊びに来るのよ。」

「わかってるわよ、メアリ姉ぇ。」

 パティーは赤ちゃんを抱き、その赤ちゃんをあやすメアリとモリオン。


「クローネ、後のことは宜しく。」

「ええ、メアリも、しっかり頑張ってね。」

 クローネとあいさつを交わし、

「権蔵さんが居ないのが残念ですが…。」

 絹江が申し訳なさそうに頭を下げる。

「いいのよ、おキヌ。

 あっちが落ち着いたら、連絡するから、必ず遊びに来るのよ。」

「分かりました、メアリ姉さん。」

 クローネの傍に居る絹江をそっと抱きしめるメアリ。


「クローネ、お世話になりました。」

「ええ、モリオンも…。

 なんだか息子さんが大変そうだけど…。」

 モリオンの息子タウスの方を見ると、メアリの娘達カミラとアムに挟まれて、少々困った顔になっている。

「あの子、料理の腕で…何かを掴んじゃったみたいね。」

「困ったわ、メアリ姉さんに怒られそう。」

 クローネとモリオンは一頻り笑う。


「おキヌ、ありがとうね、あの子にお菓子作りを教えてくれて。」

 モリオンが絹江の手を掴む。

「いえいえ、彼の才能はなかなかですよ。

 ルーシーが『婿に欲しい』とか言ってたから…。」

 また、笑いの花が咲く。

「向こうじゃ、パティーの真似をして喫茶店してみようと思うの。」

 絹江の隣にいるクローネに話しかけるモリオン。

「素敵ね。

 みんなで遊びに行くわね。」

 クローネがウィンクする。

「待ってるわ。」

 モリオンはそう言って、クローネと絹江の下を離れた。


「では、出発します。」

 第四次ノイス派遣部隊の馬車群が動き始めた。

 ラベリオンたちの合流も有り、ノイスの復興は予定を大きく前倒して順調に進んでいる。

 目下の問題は食料と衣類の確保ということで、派遣部隊も頻繁に使われることになった。

 そして、人の交流が増えれば、相応のトラブルも起こってくる。

 その調停役として、ロイが選ばれ、今回の派遣部隊に帯同することになった。

 ただ、単身赴任に納得いかないルーと、ルーの身を心配したメアリが、モリオン一家と同行することになったのだ。

 なお、ミオに至っては、医師兼物見遊山しごととしゅみということらしい。


 第四次ノイス派遣部隊が街道からノイスに向けて移動を始める頃、彼らの上空でゆっくりと旋回を始める零戦。

「まぁ、見送りは出来ないけど、見届けはできそうね。」

 空を眺めてクローネが話せば

「役得ということにしておきましょう。」

 絹江が答える。


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃のミルとルーシーは、というと…。


「あ~ぁ、今日これで何回目の飛行かしら?」

「三回目よ親分キャプテン。」

 操縦桿をにぎりボヤくルーシーと相槌を打つミル。

 現在、三回目の荷物おろしが行われている。


 ノイス復興に弾みが付いたことに呼応して、サイネス復興の機運も高まってきている。

 また、仮設とは言え河川の中間施設を建設したことで、いままで無かった、海から湖までの中継地点が出来あがり、船舶の途中停泊などに利用されることも多くなった。

 今では、ここ自体が街になりそうな勢いになってきている。


 荷物の積み下ろしで活気づく窓の外をよそに、ぼんやりと空を眺めていたルーシーがつぶやく。

「そういえば、ミルぅ」

「なんです?

 ルーシー」

「今日って、メアリたちがノイスに旅立つ日よね。」

「そうですよ。」

「あんた、見送りに行かなくてよかったの?」

「そんな、大げさな。

 馬車を飛ばせば、一昼夜で着くようなところよ。」

「そうだけどさぁ。

 あんた、世話になったんでしょ、メアリに。」

「う…うん。」

 ミルも空を見上げる。


「でも、メアリ姉ぇなら、許してくれるかな?」

「なんなら、この後ノイスに飛んでも良いんだよ。」

「それだけは、ご勘弁っ!」

 いたずらっぽくミルに視線を向けるルーシーと、口を尖らせるミル。

 外の荷物出しには、もうしばらく時間がかかるようだ。

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