第2話 トカゲ擬き
「さてさて、さっきの人影は?
…っと。」
トカゲの亡骸はそのままに、人影を捜索する江田島…
だったが、エンジンがガスンガスンと音を立てだす。
「燃料切れか…。」
燃料計を見ると『
「とりあえず、どこかに降ろさないと…。」
エンジンの調子とにらめっこをしながら着陸地点を探す江田島。
「お、あそこにするか。」
森が切れた先に平原が広がっている。
乗機を目的地に向け、着陸態勢に入る。
「どぉ~こぉ~~~…い、せ~~~っと!」
着陸成功!
乗機を止め、エンジンをカットすると、手早く風防を開き機外に飛び出す江田島。
機体の損害状況を確認して回り。
「もぉ~んだぁ~い、なぁ~~~~~しぃ!」
指差し確認を済ませ、ようやく外の風景を見渡す江田島。
周辺を一通り見渡した後、乗機の主翼によじ登り、後席風防を開け、小銃と雑のう袋を取り出す江田島。
前席、後席共に風防を締めると、手早く双眼鏡を雑のう袋から取り出し、周囲の警戒に当たる。
暑くなってきたのか、飛行服を脱ぎ、風防に乗せながら、さらに周囲を見渡している江田島。
機体後部越しに広がる森の切れ目から人影が現れる。
一度双眼鏡を外し、目視で確認、再度双眼鏡で同じ場所を確認する。
手かせをされ、麻袋のような服装、はだしの人が森から出てくるのが見える。
数にして十名程度。
体格から見るに家族連れのようにも見える。
どれも髪が長く女性のようだが、頭に見慣れないモコモコがある。
そして、人々が出てくると、それを追いかけるように、先程のトカゲ擬きのような生物も森から出てくる。
「まずいなぁ…。」
手早く発煙筒を焚き、
「こっちだぁ!!」
声に気づいたのか、煙を見たのか、一団がこちらに向かって近づいてくる。
「後ろのトカゲさんは…
邪魔ものね…
っと!」
機体後部に上半身を乗せ、小銃を構える江田島。
トカゲ擬きを的に、射撃を開始する。
一発二発…五発撃ったところで弾倉交換が待っている。
幸か不幸か、三発が個別の的にそれぞれヒットし、先頭のトカゲ擬きが倒れ込む。
後続は、前途を遮断され、動きが鈍る。
隙をついてどんどん逃げてくる人々。
人々とトカゲの間に一定距離が出来たところで、足止めを兼ねて小銃を打ち込む江田島。
トカゲたちは一声鳴くと、森に戻って行った。
息を切らせながらやって来た人々は、やはり女性と子どもたちだった。
そして、全員が犬や猫のような耳を頭に着けている。
手に付けられたかせの周りには血が滲み痛々しい。
見れば足かせをつけられているものもいる。
「おまえら、だいじょうぶか?」
走って来た者は首を縦に振るだけでしゃべろうとしない。
言葉が通じていることに安堵しながら、追手が来ていないことを確認する江田島。
後席から取り出した酒瓶と雑のう袋を抱え、地上に降り立つ。
「まずは全員ここに並んでくれ!!」
逃げてきた全員を、自分の前に一列で並ばせる江田島。
「ちぃ~~と染みるが我慢せぇ~よ。」
カセを外す度に、酒を口に含んでは、傷口に吹きかける江田島。
手早く包帯を取り出し、傷口を覆い隠す。
一人目の手当が終わったところで、次の手当に入る江田島。
手当が済んだものが、包帯を巻く手伝いを始める。
ようやく全員の手当が完了する。
「すまね~な、わしが出来るのはここまでだ。」
江田島が頭を下げると、何を考えたのか、手当を受けた者たち三名が、先程倒したトカゲ擬きの骸へ向かっていく。
「お…おい…。」
「ダイジョウブ、アイツラノナキガラガアレバ、ダイジョウブ。
キズノテアテニカンシャスル。」
数名の女性陣を止めようとする江田島の前に、リーダーらしき女性が子どもたちを連れ立ち謝辞を述べる。
「お、おう。
それならいいけど…。」
トカゲモドキの亡骸を取りに行っていた女性たちが手ぶらのまま戻って来る。
リーダーとともに、零戦を見ながら、何事かを話し始めている女性たち。
やがて結論が出たのか、リーダーの女性が、江田島に話しかける。
「アナタハ、コノトリノモチヌシカ?」
「いかにも、自慢の愛機だ。」
大人同士が頷き合い、リーダーが話を続ける。
「アナタニハ、ニドタスケラレタ。
オレイガシタイ。」
「そうか…。」
と答えてみたものの、自分が置かれている状況が全く解らない江田島。
分かっていることは、
「とりあえずは、
「アイテムボックスガアリマス。
ソレヲツカイマショウ。」
「ん?
どこか格納できるのか?」
「オマカセクダサイ。
ミル、タノミマス。」
ミルと言われた女性が
「な…な…わ、わ、わしの
「オチツク、オチツク、アイテムボックスニハイッテイル。」
大慌てし始める江田島を抑え込む女性たち。
◇ ◇ ◇
「…ふむ、事情は分かった。」
江田島が落ち着いて来たところを見計らい、
「私達は、東シプロアへ連れていかれる途中で逃げ出した亜人の奴隷です。
馬車がドラゴンに襲われた事で逃げられました。
何人か巻き込まれてしまいましたけど…。」
「そうだったのか…。
で、ドラゴンというのは?」
「貴方が倒した化け物です。」
「あぁ、あの巨大トカゲ擬きか。」
「と、トカゲ擬き…て。」
江田島との会話で、残念そうなものを見る目になる女性たち。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。」
立ち上がり、陸軍式の敬礼をする江田島。
「帝国陸軍 第六航空軍 第六飛行団 知覧飛行場所属 江田島 権蔵 飛曹長。」
すると、座ったままでリーダーの
「私は、メアリ。」
左隣に座っている女性を紹介するメアリ。
「先程零戦をアイテムボックスにしまった、ミル。」
ミルと呼ばれた
ついで、右隣りにいる二人の女性を紹介するメアリ。
「こちらがモリオンと、マユミです。」
モリオンと呼ばれた
「そして、私達の子供たちです。」
七人の子どもたちは、安心したのか、モリオンたちの膝の上でかわいい寝息を立てている。
「しかし、この近隣に村や町は見えなかったが。」
江田島は、彼女たちと正対する位置にあぐらをかいて座る。
その足元には、雑のう袋を始め、酒瓶、小銃、軍刀とにぎやかなエモノが転がっている。
「はい、ですので少しでも見通しの良い場所で野宿を…。」
メアリの会話を遮り、江田島が周囲に目くばせをする。
血の匂いがする。
それも、森の方ではなく、自分たちの座っている平原の風上の方から。
両腕に子どもたちを抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がる一同。
江田島は
モリオンを
江田島の眼前に、平原から丘にかけて登る道が見え、そこに複数台の馬車があった。
馬車の周りには、先程まで
ここまで来ると、風に乗って悲鳴も聞こえてくる。
全員を平原にかがめさせ、小銃を取り出す江田島。
クリップを銃の
動きの止まっているものを優先に撃ち抜いていく。
トカゲも事態にびっくりし、慌て始める。
五発の度にクリップを弾倉に押し込み撃ち続ける江田島。
トカゲ共も、銃声のする方向に気づいたのか、こちらに二匹が近づいて来る。
他のトカゲは、荒らした現場をそのままに森へ逃げ出した。
近づく二匹を手早く仕留め、小銃をミルに預ける江田島。
周りを警戒しながら、小走りに馬車へ近づく。
女性陣は周囲を警戒しながら、現場待機している。
日本刀を持ち直し、止めてある馬車三台を用心深く調べはじめる江田島。
物音などは聞こえないが、幌に覆われている以上、万が一にもトカゲが飛び出す事態も想定しなければならない。
刀の束で馬車の車体を叩きながら、中の反応を確認する。
幌の扉を落ちていた木の棒で、一台、また一台と開いてまわる江田島。
中身の確認はとりあえず、全ての馬車を同じ方法で調べ、三台目にたどり着いた…。
刀の束には反応はなかったが、幌の扉を開くと、隠れていた一頭のトカゲが馬車から飛びかかってくる。
木の棒をトカゲに投げつけ、着地ミスをしたスキを突いて、相手を一刀両断する江田島。
トカゲは吼えること無く絶命して果てた。
周囲の安全を確認し、女性の一団を呼び寄せる江田島。
全員が合流したところで、メアリが馬車の内部を確認し始める。
モリオンとマユミが、亡くなった人々の遺体を一所にゆっくりと運んでくる。
江田島は、倒したトカゲどもの死体を馬車から少し離れた所にまとめて積み上げた。
子どもたちは、ミルの周りに集まり震えている。
「江田島、ちょっと。」
三台目の馬車を調べていたモリオンが声をかける。
行ってみると、荷物の下に隠れるように倒れている三人の女性と一人の子供。
幸いトカゲによる外傷はなさそうだが、気を失っていた為、とりあえず馬車から降ろす。
他の馬車に乗っていた人々は残念ながら殺害されており、彼らの遺体も葬る事になった。
モリオンとマユミが、亡くなった人々の遺体を馬車から運び出し、一所にゆっくりと運んでいく。
馬車は、商隊だったようで、荷物の中身は、古着から薬品、乾物などが揃っていた。
古着はありがたく頂戴し、メアリたちに着てもらう事にした。
全裸に近い女性人の出で立ちは、さすがの江田島も目のやり場に困っていたのだ。
江田島が埋葬用の穴を掘り始めると、メアリとモリオンが薪を求めて、周囲の木々を見て回る。
馬たちは既に逃げていたため、とりあえず馬車3台をコの字に配置し、マユミが焚き火を起こしている。
ミルと子どもたちが平原で食べれそうな草を確保し、馬車にあった水と干し肉を使い簡単なスープを作り食事を始める頃、気を失っていた人々も目覚め始める。
「ここは?
あなたたちは?」
目を覚ましパニック状態になっている女性を優しく介抱しながらミルが事情を説明し、マユミがスープを渡す。
「あ、ありがとう。」
三人の女性は食事を口に含みながら、辿々しくミルへ自己紹介を始める。
女性たちが食事を取り、少しずつ落ち着きを取り戻してきた頃、亡くなった方の火葬を済ませた江田島がメアリ、モリオンとともに戻ってきた。
ミルが女性たちを紹介し、自分は火葬の交代に入る。
「大変だったねぇ、あんた達。
…おっと、いけねぇ。
わしは江田島ってもんだ、よろしくな。」
平原に座り食事を取っている女性陣に声をかけた後、慌てて正座をする江田島。
メアリとモリオンも江田島に併せて平原に座る。
「私は、クローネ。
彼女達はミランダとパティーです。」
クローネと名乗った女性は胸に左手を当て、右手で二人の女性たちを紹介する
ミランダと言われた女性とパティーと言われた少女がお辞儀をする。
江田島も頭を下げ、話を続ける。
「すまないが、古着を何枚か頂戴した。
それと、水と食料も。」
「かまいません。
…ところで、他のメンバーは?」
「すまない、助ける事が出来たのは、あなた達だけだ。」
江田島の言葉を聞いて泣き崩れるミランダとパティー。
クローネは二人の頭を抱える。
江田島は馬車の向こうで燃え盛る炎に目をやる。
「亡くなった方は、火葬してこの地に葬る事にした。
勝手なことをして申し訳ない。」
そう言って、クローネたちの方に視線を戻し、深々と頭を下げた。
「そうでしたか。
…埋葬いただき
…感謝
…します。」
クローネの目にも涙が溢れ、気丈な言葉に反して、口元は震えている。
「すまない。」
江田島は、泣いている女性にかける言葉を見つけられなかった。
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