第15話・ ルフルン、ルフルンと黄昏は鳴く

 レムリアは第七層を散策する。

 途中で出現したフロストドレイクを狩り、壁にぽっかりと開いた横穴からフロストドレイクの巣を見つけ出しては殲滅し。

 その都度、第七階層の瘴気濃度を計測。

 六層の倍の濃度に膨れ上がった瘴気を薄めるため、次々と見かけた敵は殲滅する。

 倒せば倒すほどに瘴気は霧散し、レムリアはドロップ品をひたすらに集める。

階層を下がることに瘴気濃度は少しずつ高くなっていくのが当たり前なのだが、ここまで濃度が濃くなることは自然にはまずありえない。

 もしもそれが起こるとするならば、それはダンジョンスタンビートの前触れ、それも【人為的】な状況。


 それを調査するかのも念頭にいれて、その頭の端に晩御飯のフロストドラゴンのタンシチューを浮かべつつ、第七階層をぐるりと回り終えた。


「……まだ生きていたのね」


 そして六層へと上がる階段の手前で、階段の途中で蹲っているアクセルたち3人の姿を確認。

 そこには、女魔術師のメロディの姿はない。


「どうしてだよ……どうして、こんなことになったんだよ……メロディは食われたんだぞ! あんたがあのフロストドレイクを殺してくれたら、メロディは氷漬けになることはなかったんだ……」

「やめろ! あれはメロディの作戦ミスだ」


 レムリアに向かって叫ぶスパーダに、アクセルが手を伸ばして制する。

 

「くそっ……あんた強いんだろ? だったら倒してくれてもよかったんじゃないのか?」

「ファーストアタックはあの子が取った。つまり、あのフロストドレイクに対する権利は貴方たちのパーティが保有する。それを私が攻撃するわけにはいかないし、あの場で『援護要請』をしてくれれば、私がとどめをさしてあげれた。ルール通りだけど、何か問題はある?」


 無表情で返答するレムリアだが、彼女の言葉は正論そのもの、間違ったことは一言も話していない。


「そうだが……そうだけどよ、こう、俺たちのように弱い奴に手を差し伸べるとかないのかよ?」

「ない。弱いのは自分のせい、悔しかったら強くなればいい……私も何度も死んだ、その都度、エリオンに蘇生してもらってきた。強くなるために努力もした、ジャイアントキリングに何度も挑戦した。生きたまま下半身を食われたこともある。装備を全て失い、ダンジョンの最下層で彼が助けに来てくれるまで、必死に空腹に耐えつつ隠れていたこともある……」


 淡々と話をするレムリアに、アクセルたちは息をするのも忘れたかのように耳を傾ける。


「誰だって弱い。だからこそ自分でできることを探し、間違えながらも先に進む。あの女は私の獲物を横取りしたり、私の得たものを奪おうとした。だから、私はルールに従った。このことで意義があるのなら、冒険者ギルドの調停員に書類を提出して。不当な対応により仲間が死んだと……」


 アクセルたちは何言えなくなっている。

 自分たちがまだ冒険者になったばかりの時、何度も死にそうな目にあったこと。

 自分たちより弱いものを狩り続けながらも、少しずつ装備を整えていた時を。

 初めてダンジョンに来た時も、入り口から入ってすぐのところで瀕死の重傷を負い、その治療費で蓄えが消えてしまったことも。

 そんな経験をして来たからこそ、今の自分たちがあることも思い出す。

 それでも、目の前で他の冒険者が莫大な財宝を手に入れるのを見た時は、やはり動揺は隠せないし自分たちもと思うのは仕方のないこと。

 それが、今回は悪い方に動いただけ。


「わかった、俺たちが全面的に悪い。まだまともに体を動かせないから、もう少ししたら戻ることにするよ」

「そうすればいい。ダンジョンの中で死んだものは、ダンジョンの一部になる。それだけは覚えておいて」


 そう呟くと、レムリアは再びフロストドレイクを探しに向かう。

 その様子を、アクセルたちは黙って見送ることしかできなかった。

 

………

……

 

「運が悪い」


 あちこち散策したのち、必要な素材や探し物を全て回収したレムリアは、もう一つの素材を求めて第八階層へと続くボス部屋を踏破する。

 そして何事もなくボス部屋に居座っていたフロストドラゴンを撃破し、第八総へと続く扉を開いた時、目の前に立っていた人物を見て思わずそう呟いた。


「そうかね? こちらとしても君に会えるとは予想していなかったから驚いたよ。こんなところで何をしているのかね? 白のブランシュ。いや、レムリア君と呼んだ方が良いのかね?」


 黒いマントにシルクハット。

 片眼鏡を付けた白髪の老紳士が、目の前で身構えたレムリアに優しく問いかけた。

 そのレムリアはというと、老紳士を見た瞬間にエリオンにデバイスで連絡を付けようとしたのだが、ジャミングされているのか連絡が取れなくなっていた。


「それはこっちの質問でもある。私はエリオンに頼まれて、魔法薬の素材を集めに来ただけ。それよりも、『異界貴族』のあなたがどうしてここにいるのか、それを説明して欲しい。赤のトワイライト、貴方はエリオンの呪詛をはがすために倒さなくてはならない敵だけど、素直に首を差し出してくれる?」

「はっはっはっはっ。それはできない相談だなぁ。さすがにこの私でも、首を取られると死んでしまうからね。さて、君の目的は知ることが出来たので、せっかくだから質問には答えてあげよう」


 くるりと手にしたスティッキを回すと、赤のトワイライトは階段を軽く叩いた。


「スタンビートを起こしたくてね。いや、それも答えではないか……この地に住む冒険者の進化の過程を見たい。他の大陸とは異なり、この地の冒険者は身体的に一ランクから二ランクほど劣っている。それがスタンビートによる魔物の大氾濫を経験してねどの程度まで引き上げられるのか、それを見たかったのだよ」

「相変わらずのマッドサイエテンティスト。人間の進化については自然に任せるというのが、この星に漂着した異界貴族の統一見解であったはず。それをあなたは破るというの?」


 まるで異界貴族がなにものであるのか知っているような口ぶりで、レムリアは話を進める。

 いや、正確には彼女は異界貴族という存在を知っているのである。


「残りの七織ななしょくとは話はついているよ。あとは黒と白だけだったのだが。そもそも反逆者である黒と白については、意見を求める必要はない……我々の計画を邪魔したばかりか、ラグナロクを破壊した貴様らに我々が許しを得る必要があるというのかね?」

「そういうと思った。でも、今の話が本当なら、この瘴気の濃度上昇も」理解できる。この近くにあったもう一つのダンジョン、それを暴走させたのも貴方?」


 その問いかけと同時に、レムリアは左右の両手剣を上下に構える。

 赤のトワイライトもまた、レムリアの動きに合わせてスティッキを左肩に担ぎ、右手を前に突き出した。


「如何にも。まさかグレイス大陸にいた君たちがここまで転送されてくるなど、こちらとしては予想外であったよ。この地は、君たちにとっては禁忌の場所のはずだからね」

「それ以上は言うな!」 


――シュンッ

 床を力いっぱい踏み込み、レムリアはトワイライトとの間合いを詰めて連撃をたたみこもうとする。

 だが、そのレムリアよりも早くトワイライトはその場から姿を消すと、近くの壁の中から溶け出すように姿を現した。


「武人の君では、元素使いの私とは相性が悪いことは理解しているだろう? さて、それでは私はそろそろ失礼するよ。ここのダンジョンコアはすでに改良させてもらったので、あとは結果を見させてもらうとするよ」

「相変わらず口数が多い。それなら、ここのダンジョンコアを破壊するだけ」

「出来るのならやって見たまえ。では、失礼」


 シルクハットを脱いで深々と頭を下げるトワイライト。

 レムリアはその頭上から二本の両手剣を垂直に叩き落すのだが、それは全く抵抗を感じさせずに彼の体を透過、地面に深々と突き刺さった。

 そしてニイッと笑いつつトワイライトの姿が消えると、それまでのジャミングが全て解除されていた。


「……報告しないと」

 

 レムリアはすぐさまデバイスを取り出し、エリオンに連絡をする。

 呪詛を取り除くための鍵である異界貴族、その一人がここにいるという事実を急いで教えないとならなかったから。

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