第16話・異界貴族というもの

 世界の歴史は、ゆっくりと紡がれる。

 高度に発達した世界文明は、ある日を境に崩壊し終わりを迎えてしまう。

 多くの人々の血が大陸に流れ、かつて繁栄していた国々も滅亡。

 僅かな時間で人類は全ての文明を失い、星を捨てて新たな土地を求めなくてはならなかった。

 やがて、彼らを乗せた箱舟は、かろうじて人が住むことができる星へと辿り着く。

 滅びから逃れた人々は、あらたな時代の中心となる国を作り始める。


 人々はゆっくりと繁栄を続け、かつて暮らしていた故郷へと夢を馳せる。

 やがていくつもの村が集まり町となり、国となり、王国が生まれる。

 長き時の中で、人々は高度文明を失い、その記憶すら消え始めていた。

 この時期になると、始原の民の残した遺物は全て失われ、海から聳え立つ巨大な塔は、神の住まう塔と崇められていた。

 残念なことに、神たちの残したテクノロジーは最初は広まりつつあったものの、魔法技術にとって変わられてしまう。


 神の塔、その恩恵たる科学を再現するには、この惑星では資源が足りなすぎたのである。


 形あるものはいつか壊れる。

 それを示すかのように、文明もまた、ゆっくりとした繁栄に切り替わっていった。


………

……


「赤のトワイライトだって? あの変態紳士がダンジョンの中にいたっていうのか?」


 未だダンジョンの攻略を続けていたレムリアから届いた通信。

 それはエリオンにとって信じがたく、それでいてうれしい報告でもあった。

 

『赤のトワイライトの目的はダンジョンスタンビート、それに伴う冒険者の強さの底上げ、この大陸の顧問は他大陸よりも弱い、それを強くするのが目的だって話していた。もう逃げたので追いかけられないけど、どうする?』


 オールレントのカウンターに両足をぶん投げて、エリオンは深々と椅子に座りなおしてレムリアの話を聞いていた。

 彼女の能力も赤のトワイライトの能力もエリオンは熟知している、それ故に彼女では荷が重いと判断したのだが。


「奴は直接手を出してきそうか?」

『ダンジョンコアに細工をしたらしい。多分、あいつはどこかで高みの見物をしていると思う。ダンジョンコアを破壊すれば終わりだけれど、出来るものならやって見ろっていう感じ。相変わらず、自分が前に出るようなことはしない卑怯者』

「いや、、、それだけ慎重なんだよなぁ。あいつがダンジョンコアを弄っているとなると、今のレムリアでは勝ち目はないと思っていいだろう。そうなると何か対抗策を練り上げる必要があるか」

 

 そう呟くと、エリオンはアイテムボックスを展開する。

 そこに収めてある様々な素材や魔導具を検索し、今の説明を聞いたうえでの対策を練り始める。


「……レムリア、追加で手に入れて欲しいものがある。アビススライムの核と黒竜の翼膜、それとルビーマリオネットの素体を出来るだけ多めに。どうだ?」

『まだ、その三体の魔物は確認していない。もう少し深く地ようさを続ける必要がある』

「そうか。まあ、それも出来るだけ急ぎで」

 

 エリオンなりに考えた対策。 

 それを実践するためには、新しい魔導具を開発することが必要。

 それもそんじょそこらの魔導具ではない。

 最低でも先史古代魔導具アーティファクトクラスのものを新しく生み出す必要があった。


『了解した。数日待って欲しい』

「はいはい、安全第一で、くれぐれも晩御飯のおかずをついでに探したりしないように」

『大丈夫、もう確保してある』

「……はぁ、それならあとはうまくやってくれ。こっちはこっちで、全体的な戦力の底上げを考えることにするから。以上、You copy?」

『I copy!』


 これでレムリアからの通信は終わる。

 そしてエリオンは立ち上がって店の入り口に向かうと、【臨時休業】の看板を外に出した。


「異界貴族の痕跡を掴めたのは300年ぶりか。今度こそ、この腕の呪いの鍵を手に入れる」

  

 そう呟きつつ、エリオンは裏口から外に出ると、立ち並ぶ倉庫の一番端へと向かう。

 そして【第零番倉庫】と書かれた扉を開くと、入り口近くにある証明のスイッチを入れた。


「さてと。レムリア用の武器と追加防具の作成、あとは赤のトワイライト対策か……元素魔法使いだから、それに対抗するための装備となると……」


 アイテムボックスから次々とレア素材を引っ張り出し、錬成魔法陣の中へと並べていく。

 そして一冊の書物を引っ張り出すと、それをめくって術式の確認。


「……忘れている部分があるなぁ。そもそも、この装備を作るのなんて800ム年前に異界貴族対策に作ったのが最後だったからなぁ」


………

……


 神の塔の管理者たち、選ばれし7名が【異界貴族】とよばれていた存在。

 それぞれが色彩の称号を持ち、エリオンもかつては【黒のハーケン】、レムリアは【白のブランシュ】とよばれていたこともあった。

 だがある日、残りの7名はこの世界を自分たちの手によって統治すると宣言。

 本来の【神の塔の管理者】としての任務を放棄し、世界を自在に操ろうと動き出したのである。

 そののち、エリオンとレムリアは残りの7名と敵対し、神の塔から脱出。

 やがて1000年動乱期と呼ばれる異界貴族同士の戦争に発展したという。


 この戦争において7名の管理者は【七織】という名前で自分たちを呼び始め、エリオンたちを敵対者という意味の【異端】と命名。

 神々の遺産を自在に操る七織と、異端の力を持つ二人はやがて神の塔の中枢を破壊、七織は世界各地に散り、復讐の時をじっと待っていた。

 だが、その際にエリオンは【虹の術印】という呪いを受け、それを解くためには七織が持つ解除術印を奪うか、彼らを全員抹殺する必要があったという。


 赤のトワイライトが元素魔法をおやつるように、それぞれの色彩は特殊な能力を一つずつ有している。

 レムリアが持つ能力は【武神】、いかなる武具をも自在に操る力。

 そしてエリオンが持つ能力は【錬成】と呼ばれている。

 錬金術とも呼ばれていたその力は、まさに無から有を生み出し、たただの石ころを黄金へと変える力を持っていたのだが、虹の術式によりその力はかなり制御されてしまった。

 

 その後、エリオンは異界貴族の足取りを探すべく世界各地を旅してきた。

 そして幾度となく彼らを追い詰めたものの、最後の詰めで取り逃がしてしまっている。

 エリオン自身は、単独で異界貴族のすべてを倒すだけの力を持っていたものの、虹の術式により能力は七分割され封じられている。

 命があるだけでも奇跡という状態で、今日まで生きながらえ、彼らを探して旅を続けていたのである。


………

……


 一日、エリオンは倉庫に籠って開発を続けていたのだが。

 残念ながら、これといった進展は見つからず。

 いくつもの武具を作っては見たものの、どれも出来具合は今二つか三つというところである。

 

「やっぱり素材をけちると廉価版しか作れないよなぁ。直にレムリアが戻るまで待つとするか……つて、そうそう、ダンジョンの危険性について、あのおっさんにも忠告しておいた方がよさそうだな」


 倉庫から出て店に戻る。

 そしてカウンターで手紙を書くと、エリオンは一匹の狐を召喚する。

 これは彼が作り出した式神型ゴーレムであり、エリオンの意思を式神内部に登載されている制御の魔石にコピーすることで、離れていても自由に操ることが出来る。


「この首に手紙を入れた袋を下げて……と、よし、配達にいってくるか」


 椅子に座って精神集中。

 そしてエリオンの意識が式神に憑依すると、そのまま店舗の窓から外に飛び出し、キノクニヤを探しに走り出した。

 

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