第6話 全てをぶち壊す

 若彦の夢の中に太陽コロナを背負い光るジャガーが現れた。爛々と光るその瞳、どこかで、見た事が有る気がする。

『ニギハヤの神転生者よ、わしとニギハヤの激闘を覚えておるか?』

「ニギハヤの神転生者? 僕は、一般ピーポーでパークレンジャーの、未知若彦だよ。」

『そうか、若彦……では、わしは一体だれだろうな?』

「誰って? 俺が聞きたいぞ?」

『貴様がうんと言わずとも、現世でも、のらりくらりの貴様から王座を奪い、我が世にしよう。』

「は? 我が世だって? 我が世たれぞ常ならむ、この世に生きる私たちとて、いつまでも生き続けられるものではない。てなもん、じゃね――の? 大切だから二度目は解説したぞ。」

ジャガーはフンと、鼻先で笑うと、そのまま、若彦の背後へ翔けて行ってしまった。

「……少しだけでも、寝させてくれないのか……。」


(もしもし亀よ、亀さんよ。

世界の内で、お前ほど

歩みののろい、者はない

どうしてそんなに、のろいのか♪)

(呪いのかっ、なんちってな。)


眠っていると確信出来ているのに、自分が考え込んでいるのが解る。

脳裏に歌が響いてくるのだ。

「僕は……、昔から、他の人よりおっとりしていて、地を這う虫、自由に駆ける犬、時々水たまりに卵を産み付ける、干上がったらヤゴなんて孵らないのにむやみやたらに夏の夕べに卵を産みにやって来るつがいのトンボを馬鹿にしていた。」

「そんな俺だが、高校まで何となく第一希望の学校に進学できた。大学は将来自衛官、幹部候補生に成れる防衛大学校と決めていた。」

「それなのに、努力不足なのか俺は、防衛大学校の試験に落ちた。……仕方ないから、子供の事から自然が大好きだったから、パークレンジャーを目指し、農大に入った。」

「なぜだか、すんなり、農大には合格し、パークレンジャーにも成れた。」

「休日には、赴任先で国立公園周辺の山野を歩き、歩きながら、ちょいエロ小説読むのが大好きな大人になった。」

「誰の視線も感じない、大自然の中で俺好みのエロ本を読み、己の中に巣くう野生を満足に表現出来る。表現も出来るし、自然の営みを肌で感じる事も出来た。」

「……営みは、俺以外の動植物だが。」

「昔から、思う、(もしもし亀よ、亀さんよ 世界の内でお前ほど 歩みののろい ものは無い どうしてそんなに のろいか)、これ、歌うたび、聞く度、俺の事なんじゃないかって思う。」

「でも、兎と争うのは、亀じゃなくても、いいんじゃないか?」

「そして、亀、どうして、亀なのか?」

「のろいから? (呪いだから?)俺、三十二だけど、まだ結婚出来てない。なんのせいだ?皆、まだ遅くないって言うけれど、動植物大好き、考古学大好きな俺が、自分の子供の顔を見るのをずっと、待たされるなんて、蛇の生殺しってもんだ。……俺の事を好きな子に俺の子を産んで欲しいと常日頃思っているし。……なのに、どうして、こう、俺はのろいんだ♪」

「のろい、呪いにかかっているとすれば、俺の結婚は遅くなる、そんな気さえする。あの、のったりゆったり、あるく亀のように。鶴は千年、亀は万年、鶴亀つったら結婚だよな。それにしても、亀は、最終的には兎に勝つんだ。」

「いつも、いつも俺は思う。あの亀、うさぎに勝って嬉しいんだろうか? 自己陶酔だぜ。」

「なんだか、最近さ、花鳥風月とか言う龍なんかをよく目にするけれど、亀が居たら、四神の玄武だ。(ま、俺はエロ小説を信仰していても、俺への信仰は無いから、俺の花鳥風月は居ないだろうけどさ)ああ信仰と言えば、亀を象徴に使う信仰は確か……古来、亀、蛇、蛙は冬眠し脱皮する。うさぎは月の中に住み毎月蘇りを繰り返す。俺の花鳥風月が、亀ならば、俺も、色んな意味で脱皮しよっかな。」

「二人で玄武、北方を守護する水神。玄は黒を意味し黒服の男性。亀は長寿と不老の象徴、蛇は生殖と繁殖の象徴。もしかして、これは、もしかするかもしれないぞ?」

「ニギハヤを自覚する事によって、ついに俺にも婚期が訪れる可能性大じゃないか!」

「黒い男、って、黒子みたいでそこはちょっと、気になるが。」

(ふふふ、ニギハヤに興味がそそられるのは、あなた自身の写し鏡だからですよ。)

「な、なんだ――。誰だ? 俺に話しかけるのは!」

(ひとは……それを、甦り……恐れ……あの世からの再生と……。現世に生を受けた事、それ即ち御霊の神意、……人を、神を思い出し……担がれ巡る……巡る思いに、君はなに馳せる……)


「にゃぁん。」

甘ったるく、懐っこい毛玉が鼻先を撫で、痒くてくしゃみした瞬間、若彦は目が覚めた。

(なんだ、猫か?)

起き上がってみたら、

「ちょっと、これは、どう言う事ですか!」

近くに居た人の肩を思いっきり引っ張ってしまった。

白い精霊の狼は、雷鳴の如く深山に姿を消した。

 若彦が目を覚ました場所は山の谷間、田んぼの側道。人間らしき人達が、猫耳、猫尻尾で蠢いている。

(あれは、なんだ!)

若彦に肩を引っ張られた男は、さも嫌そうに、こちらを見たと思ったら、目をまん丸く見開き叫んだ!

「いちごちゃん!」

「いや、大の男の顔見て、いちごちゃんとか。どういう了見で、ですか?」

呼ばれた、いちごちゃんは走ってやって来た。

「若彦!」

(言葉にして現すのは難しいが、この匂い、この波動は加持祈祷し黄泉の国で繋がった男……。)

「いやいや、こちらの……お嬢さん? は、俺とは初対面ですよね?」

「八切! エナジーバーをもって来て! 黄泉の気を浴びて朦朧としているわッ。」

(もはや、この男、あちらの世界へ染まり過ぎている黄泉帰りだ。この世の物を食べさせ、原子をこの世の摂理に組成し直さないと。危ないわ。)

「いちごちゃん、この人なんか、おかしいですよ。」

(そんなの、解っているわ! 早く。持ってきて頂戴。)

いちごちゃんが、若彦の背中に手をかざした。若彦の背中がほんわか暖かい。

(本当は、男女の交接をするのが一番手っ取り早く強制組成変更、出来るけれど仕方ないわ。)

「またぁ、そこの人。人の顔見ておかしいとか、俺の何処がそんなにおかしいんですよぉ?」

若彦は嫌味ったらしく八切を見つめた。

「若彦さん。」

身体についた葉を払いながら、玄利が近づいてきた。

「あ……貴方も、黄泉がえり? え、なにそれ、何を持っている?」

いちごちゃんは目ざとく、玄利を下から上まで見つめた。

「ああ。これですか、これは、羽の頭飾りを付けた男の花鳥風月から頂いたのです……そう言えば、あの人は僕を(望月の君)って言っていました。」

「黄泉がえりだと思ったら、君達も花鳥風月と接触したのね。しかもそれ、なに? 黄泉から物を持ち帰られるなんて……いえ、花鳥風月と接したからこそ、黄泉がえりが出来たと言っても良い。」

いちごちゃんは、二人に向かい何やら呪文を唱えると九字を切り、祈った。

(応急処置の手当と、これで、今すぐ黄泉へ誘われると言う事は無いと思うけれど。)

「我は神なり~。にゃぱ!」

祈られた若彦は、神を真似てポーズした。

「……。」

流石に、皆、シーンと静まり返った。

「えっ、なに、なに、なに? 急にどうしたの? ここは、「あんたったらぁ――」って、突っ込みする所、なんじゃない?」

「……私達は、一応、修験の道を究めるべく、日々過ごす者ですから、神が神を神と自称しても何も、驚きません。」

八切はそう言ったが、若彦をまじまじと見つめる、オオカミ君、いや、宇佐野を見つめてため息をついた。

「八切さん、いつもの、謎トークして頂けないですか?」

こりゃ、まいった。いつもの宇佐野の知的好奇心に火を付けてしまった。

「やはり、いちごちゃんとオオカミ君が揃うと、こういう展開に発展するから、僕は嫌なのですよ。ああ、そうだ、これも、良い機会ですから、これから話す、お話をユーチューブにアップしましょう。」

いちごちゃんと、宇佐野は大きく頷いたが、若彦と、玄利は何が何だか、展開の速さに戸惑っている。

「僕は、宮城の松島基地でメディックを生業としている、宇佐野戦星です。失礼ながら、貴方は?」

「松島基地……。航空自衛隊松島基地ですね!」

「ええ、そうです。」

「ああ! いいな! 僕は陸自の幹部を目指し、防大を受験したんですが、落ちちゃって……。航空自衛隊、しかもメディックに成れるなんて、心技体、男の中の男ですね!」

「えへへ。」

「つもる話は、後よ、八切のトークショーの動画に、あなた達二人も出てくれないかな?」

いちごちゃんの二人への圧苦しい視線が痛い。

「え、僕がユーチューブに顔バレしてあんなことやこんな事をするのですか?」

「勿論よ……。今回の騒動に関係しているのだから、半分以上仕方なしよ。」

「そして、その重厚な弓矢を持つ貴方。貴方も、顔出しオッケーかしら?」

「はい、僕は大丈夫です。一応、ミュージシャンとして活動しています。僕は長月玄利です、よろしく。」

「ミュージシャン! まぁ♡ 後で、サイン頂戴ね! それじゃあ、撮影に入りましょう。矢切!」

「はい、それでは……。ライブと動画どちらにしますか?」

みな、直ぐにでも動画を取るのかと思い、少しこけそうになった。

辺りは静寂に包まれているが、昼間。まだ、お天道様が頭上高くにある。

(災害が立て続けに起こっている今はネット環境が相当悪い。少し周知が遅れたとしてもきちんと撮った動画をアップした方が良いわね。)

「動画を取りましょう。」

山の谷間である為か、車通りも無いので、四人は道路に腰かけるとスマホをセットし撮影を開始した。この時点で、どんな話になるのかは八切以外誰も知らない。

「皆さんこんにちは――、どんな時でも元気ないちごちゃんでぇ――すぅ。今回は大物特別ゲストセーフティー・ムーン・ヴァのボーカル長月玄利さん、と未知若彦さん、瞬く星宇宙の戦士オオカミ君をお迎えして、この災害続く今だからこそ、井戸端会議風なお話をしちゃうわよ!」

 いや本当にこれからアップする動画はどれだけの人の目に留まりその心を打つ事が出来るのか、今迄とは遥かに状況が違うので、半ばバズることは諦めているけれど、何かしなければ仕方ないと、気がせくのだ。

 この混乱に乗じて、この数日で日本のほぼ半分の人口は、ニャンビーと化し、残り半分は古代の猛々しい神の神性を取り戻した神転生者に覚醒し、ここは俺の土地だとか、人間(ニャンビー)をどう、駆逐して、神転生者(神)が住める国にするかとか、画策し始めている。

血の気の荒い者達が勇出て神族闘争も明るみになり、諸所で死者も多数出ているがそれを隠蔽する為に国営、民放共に震災を特集する事に明け暮れている。

荒ぶる神々が所々で猛威を振るっているそれが、一気に全世界に波及しているので、なぜそうなったのかと、国は調べてからでないと発表出来ないと、いつもの後回し政策でしかない。 

お上は動かず、生き残っている民間人へ、もはや避難場所も無く、警報はただ流しっぱなし、やりっぱなしのお粗末様。

 この長野の谷あいはとても静かで外で起こるそれを、いちごちゃん達が全を知っている訳では無かったが。

――それこそ、修験道の、根本は体験して感じる所から。

「どのくらいの方々が、この動画を見て頂けるか分かりませんが。」

八切が呟いた。

「そんな、しみったれたチャンネルじゃないわよ、いちごちゃんチャンネルは、猪突猛進チャンネルよ。それではいつもの八切がくらぁい想念をぶった切って行くわよ!」

いちごちゃんが、背中をポンと強く叩き、ゲラゲラ笑って始まった。

「今、甦りし太古の神々よ。最近立て続けに起こる地震、災害、神災、猫耳猫尻尾の人間、ニャンビーの出現はどう思われますか?」

八切は、近くに生えていたねこじゃらしの穂を摘むと若彦に渡した。

「太古の神々の血を受け継ぎ今の時代を生きる全ての諸君に。多分、この質問はこの動画を見てくれている人達全てに言っているで、良いのかな? 俺的にどう思うって言われたら、猫耳、猫尻尾の可愛いお姉さん縛りでなら、わざわざ秋葉に行かなくても、いや秋葉の猫メイドさんらより、よりリアルな猫耳、猫尻尾というお姉さんならば、俺はねがったり、叶ったりだ! イエーイ!」

「若彦さん。こんな時に不謹慎ですよ。」

玄利が、不満そうに言う。

「もしかしたら、そう言う玄利さんが不謹慎かもしれません。こちらが、今回の神震災の立役者、若彦さんです。」

「え? 何故、僕が不謹慎なのですか?」

いちごちゃんは、それに答えず。

「いちごちゃん、初めてそれ、聞くわ。俺がこの神震災の立役者だって? どこが? どの辺が? 嘘ついたら、一晩抱かせてもらいますよ。」

「いやん♡ 若彦さんたら。私にはもう、心に決めた男性が居るの。」

苦虫噛んだ顔して、八切が何か言ってこようとした。

「……若彦さん、いちごちゃんは。」

「あらやだ、八切、若彦に嫉妬?」

「いちごちゃん。ああ、やめて下さい。問題がそれてしまいましたね。皆さんが、聞きたいのは、なぜ、若彦さんが神震災の立役者かと言う事だと思います。」

「若彦さんは、ニギハヤ様の生まれ変わり、ようは、神転生者です。」

いちごちゃんが今までにない真剣な面持ちで。

「神転生者……。」

若彦は、胡坐をかきなおし、八切を見た。

(百匹目の猿現象か。如何にも今、いちごちゃんが作った造語みたいに言っているが。神転生者の事、俺は知っていたぞ。それにしても俺が禍の立役者ってどう言う事さ。まるで、日本神話の素戔嗚の立ち位置だな。これは。)

「ああ、このネーミングは最近流行の転生系から……。ま、そう言う事です。」

八切がいちごちゃんの横顔を見つめつつ言った。

「若彦さんがニギハヤ様へ覚醒したのは、箱根の芦ノ湖で、白和龍王の花鳥風月を呼び起こし、黄泉の国への鼠穴を穿ったと言う事ですよね。」

いちごちゃんは若彦の背後を霊視したようだ。

「ああ、いえ、あの大穴は白和龍王の花鳥風月が、勝手に穿って、玄利を連れて行ったのです。俺のせいでも、俺の? 前世のニギハヤのせいでもないと思いますよ。」

(どちらかと言えば、俺は、玄利を連れ戻そうって、玉姫に地獄覗きを強要されて、ん? そう言えば玉姫って何処に行ったんだ? 一緒にケツァルコアトルに食われてきたはず。)

動画撮影中だが、気になって、チラチラ辺りを見回して見たが、玉姫の居る気配が全くしない。

「玄利さんも、白和龍王の花鳥風月の側にはいましたよね、それは本当ですか?」

「本当です。あの白くて、大きな蛇の様な龍の様な、人の言葉を話す花鳥風月に……。僕

は飲み込まれた。」

(その時もついさっき、ケツァルコアトルに飲み込まれた時と同様に不思議と痛みは無くて。)

「次に目を覚ました時には、春の里、梅の樹の下で、素性法師に助けられました。」

「素性法師ですか? あの、平安時代、三十六歌仙のひとりでしたよね。」

八切が嬉しそうに話す。

「今来むと、いひしばかりに、長月の、有明の月を、待ち出でつるかな。――今すぐ行きましょうとあなたがおっしゃったので、九月の長い夜を待っていましたが、とうとう有明の月が出る頃を迎えてしまいました。って言う歌を歌った、歌人ですね。」

若彦も、負けじと語録を披露する。

「若彦さんは、古典がお好きなのですか?」

八切がずいっと、若彦の目の前に顔を寄せてきた。

(俺、男に顔を寄せられても、なんも、嬉しくないから。こう見ると、髭濃いし、身体を


普段から鍛えているのか、かちっかちの身体だな。この人はほんまもんの修験者なんだな。)

「古典が好きかと言えば……、なんと言うか、俺の仕事で必要なスキルの一つに考古学に精通する必要がありまして。ちょっと、知っていると言うか。」

「それは、どういった仕事ですか?」

八切はすかさず聞き返す。

「パークレンジャーです、主に国立公園、その他、日本の自然環境を保護、育成、観察、そして、日本の自然を多くの方々に知ってもらうのを生業としているモノです。」

「パークレンジャー、なかなか、かっこいいわね♡」

いちごちゃんは艶めかしい足を組みなおした。

「てへへ。」

「若彦さんは、パークレンジャーで、玄利さんはミュージシャン。……これも、また因縁ですね。日本の自然環境を愛し育んだモノと、歌と他者愛の不変さを解くモノ……。」

八切は、深く深呼吸した。

「ただただ、俺は自然が大好きなだけですよ。……本当は、オオカミ君のような国民を護る自衛隊員の幹部に成りたかった。」

(戦車とか、乗り回して、弾薬を山に演習だって言ってぶち込むのを指揮しに行きたかった。なんて、いえない。自然好きなのに、破壊するのも好きだとか。幹部なら、俺の指示一つで国の運命をも司れるしネ。)

「若彦さん、自衛隊の幹部になったとしても、国の運命まではどうにも出来ませんよ。」

オオカミ君がぽつりと呟いたから、心臓が飛び出る程ショックだった。

「オオカミ君、俺今、何か言った?」

「いえ、僕は何となく、若彦君の仰りたい事が分かる「者」ですから。」

二人の間に険悪なムードが占める。

「ああ、言っていなかったわね。初めてこの動画を見てくれた方にも、紹介するわ。この宇佐野くん、いえ、瞬く星宇宙ほしそらの戦士オオカミ君は、私と矢切と同じ、ちょっと、そちらの感覚がある人なのよ。……その感覚は……えぇと。」

「はい、宇宙に浮かぶ星から来ています。降りて来るというか。僕自身が金星人だったのかも知れませんね。でも、オリオンかも知れません。どうしても、金星とオリオンの三ツ星が子供のころから気になっていて。僕の名前自体も宇佐野戦星ですし。宇佐野はもしかしたら、宇佐八幡の宇佐かも知れませんし、八幡神社の神様達は戦にまつわる神様ですし、八幡神社にまつわる女神様が見出した、住吉三神も僕は気になります。僕は様々な神様からの御助力を賜っての、この力なのかも知れません。」

「ハハハッ。この力? 人の心を読む力? それがどう、戦と関わりあるのかなぁ。(俺には全くそう思えない)全部仮定だな。」

「未知若彦、あんただって、若彦って名前は体を表すって言うでしょうに。若彦って「若い男」の意よ……アメノワカヒコ、つまり、「天津国の若い男」詳細を不明にし、ニギハヤ様だと後世に伝えられていない。これは天津国側の陰謀ね。アハッ。過去世(ニギハヤ)の想い残し。その命を受け受胎し、未来のこの世界に産まれたのが、若彦、貴方なのよ。もう、嫌って言う程分かっているはずよ。そんな貴方ならきっと、オオカミ君の事、私達の言っている事が解るはずなのよ!」

いちごちゃんが、男の様に低い声で凄んできた。

「いやいや、だって、これきしの事で信じれと言われても。」

玄利に助け船を出せと視線を向けた。

「そうですね若彦さん、では、貴方にお伺いしますが、黄泉の国(過去)に居た時、小さな爬虫類が、にゃんとか言っていませんでしたか? アレ、僕らだったのです。」

八切がいちごちゃんに視線を送り、いちごちゃんは「にゃん」と応えた。

「にゃん? ああ、その声その声です。爬虫類のくせして、にゃんとか言う鳴き声はあり得ないと思った。アレが君達?」

「あれです、いちごちゃんと私が加持祈祷し、黄泉の国にいる若彦、あなたと爬虫類を眷属とし通信したのです。」

「あの後、あの子は死んだんだ。」

「それは、可哀そうな事をしてしまいました。」

八切といちごちゃんは顔を見合わせ頷いた。

(式神は、信仰の型であり、神だから術を解く事はあっても死ぬと言う事は無い)

「まあさ、貴方らがどんな力をお持ちか知らねえけど。俺が神震災の立役者ってどう言う事です?」

「どうしてか分かりませんか? そうですかぁ。若彦さん、なにか、地震が起きる前に何かを強く念じたりしませんでしたか?」

八切の切れ長の目尻がキツイ。

「いや、全く。そんなの覚えてない。」

(それにしてもさ、玉姫が居ない。さっきまで俺の事好きだ、好きだって言って纏わりついていたのに、傍に居ないのも、なんか、違う気がするな。)

「若彦君、さっきから、背後に居る女性の事が気になっているのですか? この女性、若彦さんと言うより、あなたの前世の男性……着ている服装からすると、日本の古代人だと思うのですが。ああ、女性自身の着物も同時代に着られていた着物です。同じ時代の方なのでしょう。」

オオカミ君が、話に割り込んできて言った。

「た、玉姫さんと、ニギハヤ様では?」

玄利も身を乗り出す。

「玉姫……は、この時代だと悪霊なんかいッ!」

(だから、時々背後から女性の声がした。アレか。だから黄泉の国では、あたしを抱けると言っていたのか! 背後霊だけに、俺に付きまとっているのも、理解できた。俺越しに前世のニギハヤを見ていたんだッ。俺越しに見るより隣を見ろよ……まあ、何となく知ってたけどな。)

「ふふふ、玉姫さんを悪霊と仰るだなんて。若彦さんも僕らに慣れてきましたね。」

それにしてもとオオカミ君が、ムキムキの腕を組む。

「ん? なんですか?」

オオカミ君が虚空を見て呟いた。

「ん、ふむふむ。なんだって! 僕が、若彦君の守護神の一人、風光の神転生者? ……ああ、でも、若彦君より魂濃度、いえ、この世に転生した目的が薄いと。ふむふむ、風光の転生者は意外と多いかも知れないですね。」

「あっ、そう言えば、どこかでその名前も聞いたような。」

「ああ、八切、それに若彦、今撮影中よ。皆、置いてきぼりになっちゃっているわ。私達なんの話していたのだっけ。」

八切は、うむと頷いて考え込むと、言った。

「我ら二人は、神震災の立役者は若彦、貴方だと推測していたのですが、オオカミ君のお話からも、若彦あなたの背後に居る、玉姫、ニギハヤ様、風光……が神震災の立役者なのかも知れません。」

「あン? それなら、あともう一人抜けてる……ような。いやいや、そうじゃなくてそこの、お兄さん、決めつけるのは時期早々ですよ。」

若彦は大袈裟にのけぞって、玉姫が居るであろう背後を見たが、視覚で捕らえる事も嗅覚で捕らえる事も、触覚で捕らえる事も出来なかった。いる気がしない。

「本当に、震災がある前、何かありませんでしたか? 背後から女性の声で何かを囁かれたり……、人は、知らぬ間に、あらゆる力(原子の波動や音)から突き動かされてしまうものです。」

「あらゆるものから突き動かされて、ですか? う――ん、突き動かされる事なんて決して無いが確かに何か囁かれた気がしますねぇ。あまり良い意味では無かった気がする。……あなたを想う、私の気持ちは、終ぞ消える事はありませんとか。そうです、囁かれてた。」

「そうですか、「あなたを想う、私の気持ちは、終ぞ消える事はありません」に、何かを求めようもないですね。」

いちごちゃんが若彦と八切の話に耳をそばだてる。

「そうですよ、なんたって、「あなたを想う、私の気持ちは、終ぞ消える事はありません。」ですから。もし、何か俺に革命を起こさせようとして魂を揺さぶるのであれば、(貴方には国の立て直しができぃるぅ――。)とか、言ってきそうじゃないですか。」

「確かに、そうですね。」

いちごちゃんは気恥ずかしそうに足を組み直し、もの言いたげに流し目で玄利を見つめる。

(僕は、もっと、ぽっちゃりした女性が好きなので。)

気を逸らそうとするが、そんな目でいちごちゃんが見ていたのでは無い。

(あちゃ――。ここに居る男性陣には、誰一人、乙女の気持ちが分かる者はいないのね。)

突っ込む気力も消え失せかけて。

「ねえ、玄利。あなたの持ってるそれは、なんなのよ。」

「これは……。」

「羽の頭飾りを付けた、男の花鳥婦月から頂きました。」

「そうなの。それじゃあ、その男が玄利に託したって事は、貴方にはその弓矢が使えると思うのよね。神から直に授かるなんて光栄な事ね。何か、感じる事ない?」

「……感じる事ですか?」

(感じると言われたら、僕の愛用している鞭と同じ感じがする。矢を放とうと思えば、放てるそんな気もする。的をどのように捉え、放てば良いのか。僕は弓使った事ないのだけどな。)

「弓矢、使った事ないのですか? それなら、僕がレクチャーしますよ。」

「流石、オオカミ君だわ♡ 一度、ぶっぱなしてる所、見たいわね♡」

「いちごちゃん、怖い事言わない。玄利さんが持つ、弓矢は花鳥風月から頂いたモノならば、神器ですよ。」

八切が盛り上がる三人を止めに入った。

「これが、神器ですか。」

玄利は、今まで地面に置けずにいたが、もっと、置けなくなった。

「ああ、皆さん、若彦君の背後の玉姫さんから、メッセージがありますが。聞きたいですか? 僕が言って良いものでしょうか。」

と、オオカミ君。

「ええ、良いわよ♡ ハッキリ言って頂戴♡」

「ニギハヤ様は、墓所であり、永遠の楽園である日出る国の没落していく様を見ていられなかった。だから、この時代に若彦となり、転生し、ん? 「時を止める魔法」をかけたかった? ん? どう言う事でしょう?」

「は? 何をおっしゃいます、オオカミ君? 時を止めるって、ラノベ世界で言う、最大級の魔法じゃないかぁ!」

(なんなん、急に面白くなってきたぞ!)

「すみません、最後の方は、解釈の仕方が難しすぎます。……少し、疲れました。」

「フン、これくらいで疲れるとか。貴様の能力とはその程度のものかっ。」

「そんな事を言うなら、若彦、あんた自分でニギハヤ様や玉姫さんにアクセスしなさいよ。そうすれば、もっと具体的な詳細が分かるわよ。」

(そんなん、分かったら俺は今頃、可愛い奥さんと子供と自然の中で楽しく戯れてんよッ。)

「ああ、分かった気がしたよ。……俺はこのまま時が止まってくれて良いのだと思う。神意識で生きれば、なんとかやって行けそうな気がするヨ。」

「は? 若彦、それ、本気で言ってんの! 私らが此処へ来るまで、食料集めるのにどれだけ苦労したと思ってる? 炊き出しも無かったし、善意で半ば半壊していたコンビニの店員さんにパンを分けてもらうくらいしか、出来なかったよ。そんな世界で時が止まってしまったら、それこそ、地獄よ!」

「……衣食住全て、一から僕らで作なきゃいけないって事か。こういう、震災があると普段どれだけ色々な人に支えられて自分は楽に安穏に生きていたのかって分るよな。」

若彦のしんみり話す言葉に一同静まり返る。

「じゃあ、神震災が起こった、理由は、若彦の前世のニギハヤさんが沈みゆく日の出国、日本の姿を見たくないから、天地騒がしく、創り返すぞって事でオーケイ?」

「はぁい、そんなところだと思います。」

若彦は左手を軽く上げ、額に手をやり、気のない返事をした。

「と、言う事で、この様に、神転生者の一人、若彦さんのお話でした。日本各地で神転生した神様達、慌てず、騒がず、まずは若彦さんや私達と語らいませんか?」

「語らって、どうすんのさ?」

若彦が八切に食ってかかった。

「まずは、ばらばらに行動していても、花鳥風月、神転生者は鎮まりません。国が、そうそれは、日本国だけでは僕は決して無いと思います。日本は世界の雛型。日本で起こる事は世界でも起こるからです。」

八切はオオカミ君に視線を向けた。オオカミ君は頷きぽつりと話す。

「ああ、そう言えば、俺、ゴ〇ラ並みに大きい、ジャガーに航空機落とされました。その、いちごちゃん、八切の思う、花鳥風月って言うのは、信者が信仰する神の遊びらしいじゃないですか、それで、ジャガーと言う事は、日本にはジャガーを崇拝する宗教は無いと思うので、海外の神なのだと思います。」

「海外の神の花鳥風月も目覚めたと言う事か。こりゃ、どうにもなんねぇんじゃないの? 俺、山で隠遁生活するわ。」

「甘ったれた事、ぬかすンじゃないわ! 若彦あんた、心底そう思っているの?」

「心底……。心底、良く分からん神をリスペクトして俺に戦えって言うのも、暴言だ! もう、俺は行く。」

若彦はそう言うと立ち上がり、藪の中へ入って行った。

「ねぇ、皆、若彦を追わないの?」

(動画を取っているのも忘れ、ニギハヤが前世であるくせに、日本を、国のこの状態を懸念するどころか、見て見ぬふりをするなんて。)

「俺達が、物事を解る感覚を持っていたとしても僕たちだけじゃ、助けられない事もあるって事だとおもいますよ。」

オオカミ君は。若彦が消えた藪を見つめ言う。

「この、動画を見てくれた神転生者は一人でも、この神震災を極力抑えるのに力を貸して欲しいと、私は切に願います。」

そう言って、八切は動画の録画ボタンを止め、アップした。

すぐさま、コメント欄に、

「神震災を起こした日本の神なのに、平時は俺らにお賽銭投げさせておいて、ここぞって時に国防に、国民に背を向け逃げる奴なんて、俺達の神でもなんでもねぇ! さっさと、死ね。」

「花鳥風月って、そこら辺に出没してる、ロボットアニメの敵役みたいなやつね。」

「没落していく日の出国って、もう、震災とか、ニャンビーとかもう、日本、オワタ。」

「神震災を起こした張本人が、救世主って事? 救世主なのに、一人で先に藪へ逃げるとか、まんま、藪蛇だな!」

「いやいや、本人に、この世を救う、救世主って言う、意識がそもそも無いのだよ。」

「てか、この若彦って奴自体も被災者なんじゃねえの。ま。日本に住む俺達も被災者だけど。」

「いやいや、もう、世界中が震災だらけでいちごちゃん達が言う、花鳥風月って奴が出まくりで、今は何処へ行っても。神震災起こりまくりだべ。」

「若彦さんが、神震災の立役者って事はだな、あいつを殺せば、この震災は治まるんじゃね。」

「そうだ、そうだ。」

コメント欄は一気に、若彦を殺せと言う、書き込みで埋まり、炎上した。

「若彦はあれから、何処へ行ったかと、問い合わせのメッセージが沢山来ますね。」

オオカミ君がため息をついて言った。

「この動画、今からでも消した方が良いのでは無いですか?」

玄利がいちごちゃんへ向けて言った。

「あら、こういうのは残しておいた方が良いのよ。この動画を見て、少しでも神転生者が私達の想いに共感してくれれば、御の字なのよ。」

「え、でも、あの動画で共感できますかね?」

「だからこそ、じゃないの?」

「いえ、僕には分かりかねます。」

(本当は、何でもだけれど、本人にしか分からないものなのよ。)

「ねぇ、八切。今から、私達、お山に住むかしら?」

八切は、ドキッとして、頬を赤らめた。

「私は、いちごちゃんがお山へ行きたいと言うのであれば、何処の山でも登ります。」

「あら、登るんじゃないわよ、お山に住むの。」

「僕と、ですか?」

八切の瞳に光が差した。

「八切もお山へ行くのなら、僕も付いて行きます!」

「僕も行きます!」

オオカミ君と、玄利もすかさず。

「いやあねぇ、一人の乙女に三人の男を引き連れて? 私だけでは乙女の人数が頼りないから。そこの電柱に隠れている女の子も一緒に行きましょう、ね?」

玉姫は、電柱から姿を現した。

『あたしは、若彦が国を救わないと決めたのならば、それがニギハヤ様のご意思でしょう。あたしはそれを見守っているだけです。皆さんは、この国を助ける必要があると思いますか?』

「まぁ、母国なわけだしね。愛着あるのよ。」

「困っている人や、救助を待っている人がいれば、助けたい。」

『そうですか、皆さんがどう生きるかは本当に、自由なのです。この時代のこの時間、それは今を生きる、あなた方の決断と実行次第で変えられます。』

玉姫はそう言い残し、電柱の裏に消えた。

(まるで、いつか見た、電信柱の後ろから長い手を伸ばし連れ去ろうとした宇宙人の動画に少し似ていた気がするのは、僕だけですかね。それとなんだか、玉姫さん、ちょっと、雰囲気が違った様な気がしますが。)

玄利は、手に持っている鋼色に光る弓矢をまじまじ見て言った。


  若彦は藪へ入り、谷を下って、沢の小さな流れに耳をすましていた。

「あいつらは、ニギハヤが日本を救いたいと思い、俺が神震災を起こした立役者だと言っていた。立役者って、良い響きだよな、なのに、神震災を起こすのか。なんか、矛盾してないか。しかも、神震災を起こしたことで、日本の、世界中の神様達が目覚めたって。どうして、俺が起こした神震災で目覚めんのさ。俺がやったにしては、どうしても腑に落ちない。」

「それに、それが分かった所で、俺に神震災を止められるのか? 自然災害を、人間のニャンビー化を、荒れ狂う花鳥風月達を。」

「ん? ニャンビーって、なんだ?」

沢の水が、絶え間なくちょろちょろと流れている。

「ある種の、神の囁きはビーム波をあてる事で誰もが聞けるようになるとか、誰かが言っていたっけ。『それは、原子、人が神の波動と触れ合い交雑する事で神の告げの様に感じる。』俺が思うのは、神の囁きなのか?」

(なんだ? 俺なんかおかしい。)

「だとすると、玉姫の正体は俺の敵であるのかも知れない。『それは。嘘だ。』ん?」

「そもそも論、他人に「なになに」をしなさいとか、命令するくだらない奴は、俺を操作しようと目論んでいる奴だ。……玉姫は俺を操作したいのか。あんな、男のイチモツを抱えた女に俺が?」

「玉姫はともかく、ニギハヤと、僕の守護霊って言われた風光は、『雷光はどうした?』ニギハヤが三輪山の神様だとしたら、風光は灘に近い住吉神社の神なのだろう。宇佐野が言う事が本当ならば。と、なるとだ、どちらかと言えば、守護霊の二人は敵同士なんじゃないか、国津神と天津神なのだから。もう一人、「雷光」って言う守護霊の存在は神だか仏だか未だに不明だし。」

「宇佐野が、風光の神転生者だなんて。俺よりその、風光の魂の濃さが少ないらしいけど。風光は、俺の背後にもいて、俺を護り、宇佐野に神転生し、メディックとして、国民のみならず、海外の漁船の乗組員も助けている。それに比べ俺は全く、人助けなんかしていない。俺は……神災害を起こしている、だけの、ただの人なんじゃねえの。」

「……こんな人生、やってらんねぇよ。」

「あ。あああ、猫耳、猫尻尾な人間をニャンビーって言うのだって、アイツらに教えてもらった気がする。……神の天啓じゃねえのかよ。」

「そもそも、ニャンビーは自由気ままに生きる。それで、良くないか? 自然の中で生きるのが本来の人の動物の姿。人間は己が動物であると忘れている。俺も現代の生活に染まり切っているって、ニギハヤの時代に行きつくづく分かった。本来動物は自分と家族以外助け生きようと遺伝子にインプットされていない。俺が宇佐野に嫉妬する必要なんて、微塵もないんだ。俺は動物の中の一人なのだから。『大自然の中のひとりだ。』」

(綺麗なお姉さんと、宇佐野がヤリまくりであれば、羨ましくってならないが。)

「のらりくらりと、年齢を重ねるうちに、俺は少しだけ野生を忘れていたな。」

「勉強も、受験も、就活も、何もかも、檻の中でジタバタさせられているだけで。掴んだ自由はパークレンジャーとしての、見かけ上大自然と触れ合う仕事。本当の自然を育成するには至らない。ちっぽけな偽善。……本気出してやるなら、日本全国、いや、世界中の近代文化を破壊、記憶の削除をしなければならんだろ。」

「そこまでしないとしても、黄泉の国、いや、過去の時代。自由に戦を行えていた時代は、確か素性法師の生きていた平安時代、国が重税を課したりすると、土地を捨てて逃げる人も普通にいた。そして、山野で生きる。自由人もいた。今現代にそう言う俺が一人居たっていいんじゃないか。世界を自然の秩序に戻せないのならば、自分の幸福追求するくらいなんだって事無い。皆、一人で生きられないと錯覚の内の奴隷に成り下がっているんだ。」

「老人のベットで寝ながら長生き問題がそうだ。長生きする事が幸福だと思い込んでいる。」

沢の豊富な水は冷たい。この水だって、煮沸消毒すれば大概飲める。

(まあ、そのまま飲んだら下痢するって解るから、飲めんのだけど。ああ、もう、感覚で生きる全くの自然的生き方は出来ない俺。なのに、それに固着している。)

「今や、水だって、ペットボトルで買うのが主流なんだ。水なんて、蛇口をひねればただ同然で飲めるのに。わざわざ、労働の対価のお金を水に支払う。」

(全くの自然も嫌だが、何をするにも労働の対価のお金を消費させるシステムがイライラするんだよな。)

そもそも、完璧な自然の循環の中で生きるとすれば、現代の半分程のテクノロジーでも楽しく生きられる。それは、俺がパークレンジャーとして、フィールドワークしているとまざまざと見せつけられる。それなのに、パークレンジャーの俺にさえ自然保護観点で近代化を求められる。――道路を引く為に、その場に残る自然環境を保全しつつ自然を壊すとか。

((過去の時代も自然を崩さず、人はこの島で生きて来た訳ではないぞ。山、川、沼。自然……地理をヨミ、自然災害を避けるために土木工事も慣行してきた……。))

(あ――あ、もう、戦前に比べて、いや、それ以前に比べて、人の手が入っていない手付かずの自然は、山自体が神と崇められている鎮守の森や山で、人によってわざと護られた自然だけだ。その他の人の手が入った自然の中での生活はもう、人や動物が幸せに暮らすと言う事はその環境に適応した種だけになる。……ビオトープが好きな人ならば、何となく柔軟に対処できそうだけど。俺は、どうかな。どう言ってもさ、過去の日本みたいな自然は無いし。過去よりも今の方が山林の木々は背が高くてうっそうと茂っているし。慣れてしまえば、俺にとって、今のありのままの自然が好きだったりする。現代は自然が無さ過ぎる、昔の自然を取り戻そうと、パークレンジャーになった当初は浮かれていたけど、他人を賛同させるには、それ相応の何か人間に利益がある場合のみに限る。人間に有害ならば、計画は立ち上がりすらしない。どうせの所のご都合主義だから、俺は心の底で絶望してた。)

「現代の人達は、どれだけ自分が暴利をむさぼれるのかを考えるのに必死だから。俺の言葉なんて、聞こえないし。それで、良かったとさえ思う。結局、俺のそう願う気持ちだって、自然と言う観点から言えば、人工的だ。俺はパークレンジャーとして生きる限り国の一つの駒に過ぎないから。好きなように動けなかったんだ。ある意味人間が自然を壊し自然が失われて行くのも、大いなる自然の営みなのだろう。」

「こんな、山の中では人間もただ、生きる事に精を出せる。それが、面白い。俺は好き。」

「……山は、豊かな資源を人に与えてくれる。俺は、山で生活したい。」

(何度も自分に問いかけ思うが、現実逃避したところで、どこかの時点で現代の生活へ戻らなければ生きて行けない。女も抱けない。生涯童貞を貫くのは嫌だ! 動物だから仕方ないだろう。俺は米が食べたい! 米はその昔、気の漢字の懐に入っていた「氣」だ。大切な気は米で出来てたんだ。元氣! 勇氣! 古代の人が率先して米を作った理由が分かる。)

(ニギハヤは田を開墾し、米を作るのに人生の心血を注いだ。日本の自然と人を愛し国を護って来たニギハヤの気持ち……少しは。少しは解る。気がする。)

背の高い杉の幹に触れ、天を仰いで見る。遠くで見るより近くで見て触れた方が厳しい自然の中で生きている木々の樹皮のごつごつとした荒々しさが感じられて嬉しい。

――過去の山は今の山程、背の高い木々は無かった。薪に使われていたからな。

視線を沢に戻し、引き寄せられるように、ちょいちょい、石を飛び跳ね行く。

(自然の煌めきは、マイナスイオンとか言われたりするけれど、匂い、木の葉の擦れる音、清水の滴る音。鳥のさえずり、様々な味のする植物。ほんと全てが癒される。)

「こんな小さな沢でも、下流へ行けば大河に成り、その周辺には人の暮らしがある。」

若彦は、下流を見つめ、郷愁に浸ろうとした。今こそ世捨て人に成る気満々だから。

 目の前をちょろちょろ、サンショウウオが二匹現れた。

「ペアなのか?」

この感じ、箱根でもこんな感じのペアを見たような気がする。

右にいたサンショウウオが左のサンショウウオにお腹を見せながら寄り掛かった。

「おや、どうしたのかな?」

右のサンショウウオ、すっかりへそ天。前足で胸を叩いている。左のサンショウウオ、見つめている。

「あ。」

右のサンショウウオ、口を薄っすらと開け、目を閉じた。

(右、もう、ヤバイのか。)

右サンショウウオ、その小さな手で、胸元にハートを作り、ガクッと頭が地面についた。

(ああ、やっぱり、もうだめなのか。)

左サンショウウオ、悲しそうにじっと見つめると、右サンショウウオを置いて、その場から去って行ってしまった。

(例え、どんなに愛し合った中でも、こんな小さな動物でさえ、別れとはこんなあっさりしているもんだ。動物の方が、後腐れなくて良いのか? 片方が死んでも、片方が生き残り子孫を確実に残していく。愛だのなんだの言って、悲しんでなんていたら残された者で子を育て抜く事が出来なくなってしまうしな。)

右サンショウウオ、前足で胸元にハートを作ったまま息絶えてしまったのか、石の上からへそ天のまま動かない。

 若彦は、蘇生法でも施そうかと手を伸ばし、ふと思い出した。

(そう言えば、サンショウウオって、お腹引き裂いて、内臓取り出し、焼けば食べられるよな。旨味があって、意外といける!)

ヨダレが出てしまいそうだ。

だが若彦は、パークレンジャー。腐っても世を捨てたとしても、目の前にいるサンショウウオを食べてしまっても良いのだろうか? 

(最近、綺麗で冷たいサンショウウオの住みかや個体数が減っているらしいし。もし、まだ生きていたら……いや、俺が食べる事も自然の循環の一部だよな。)

ここは、国立公園か、はたまた、誰かの所有地か? せめて、国有林の山であれば。

(やっぱり、食べたい。)

(そうだよ。税金も今までちゃんと納めてきたし、死んだ生き物を食らうことぐらい多めに見てもらえるよ。)

日本の野山は誰かが、必ず所有している。そうでなければ、国が。

全てが誰か「ヒト」の所有物である、現代は、過去の時代のサンカや、山男の様に山で自由気ままに猟をしたりしては生きられないのだった。

――サンカ自体も、気ままに生きていたわけでは無く、竹で加工品を作り里の人に売ったり、直したり、畑仕事を手伝いその日の糧を得ていた――

(俺のひと時の夢、儚い夢が山の中、自然の中には詰まっている。)

今はただ、サンショウウオに食らいつきたい。腹ペコだ。

(そもそも、サンショウウオは死んだふりなんて、しないだろうしさ。さあ、火を起こし、焼いて食べよう!)

「捕まえ……。」

『お主は、同族の子女が腹を引き裂かれ殺されようとするのを黙って見ていられるのか?』

(……ん?)

複数の細かな動物の気配が、若彦を取り囲んだ。

そろそろと、岩の間や、沢の中から、捕まえようとしたサンショウウオと同じ種類のサンショウウオが捕まえようとしたサンショウウオを取り囲むように続々と出てきた。

(おおっ! 一杯食える!)

嬉しくなった。もう、食う事しか頭に無い。

『僕たちは、この子を見捨てたりはしない。』

(まずは、この死んだ? サンショウウオから!)

手を伸ばしたら、周りにいるサンショウウオが少し後退したが、若彦をじっと見つめたまま逃げようとしない。

『どんな事があっても。』

「ん? どんな事があっても?」

一斉に、サンショウウオ達は頷いた。

「おおっ、コワッ。」

若彦は、出した手を引っ込めた。

若彦が躊躇したのを察したのか、そのうちの大きい一匹が、へそ天のサンショウウオの首をひと噛みし、岩陰へ必死に連れ込んで行く。

(ん? 何、御託並べても、やっぱ、動物は共食いするのか?)

「……そうだよな。お腹がすけば。同族でも食料だ。人間も飢饉の時とか、同族食っていたもんな。」

『食わね、食わね。』

(食わね……、ああ、食わないと言う事か。)

へそ天サンショウウオが岩陰まで連れ込まれると、集まって来たサンショウウオ達もほっとしたのか、ばらばらと沢に姿を消した。

「ふう。」

なぜだか、若彦はほっとした。ほっとしたら、眠たくなった。ここは小さな沢。横になれそうな大岩も無いな。

(仕方ない、さっきの道路へ戻ろう。)

いちごちゃん達から逃げた時から、だいぶ時間が経っている。もう、彼らはあの場所にはいないだろう。

どこかで、いちごちゃん、玄利の顔をもう一度見たくもなった。

(僕たちは、この子を見捨てたりはしない……か。もしかしたら、俺はあの人達に見捨てられたく無い。)

居てくれたらいいな。

なんか、さっきいちごちゃん、エナジーバーを俺にと言っていたけれども。

(貰えたらいいな。……お腹が空き過ぎちゃったよ。いや、そんな事思っちゃいけない。俺は、あの人達の仲間でも、なんでもないんだ。……こんな、神震災の世にしてしまったこの俺を許してなんてくれやしないだろうし。許す、許さないも、俺は……何をしたって?)

考えながら、来た道を登って行った。藪から出る時、光が満ちた。

  道路に、いちごちゃんを筆頭に四人は先ほどと変わりなく、いや、道路の隅で、煮炊きをして若彦が再び戻って来るのをのんびり待っていてくれた。

「若彦くん、あんた、私達があんたを見捨てると思ったでしょ! オオカミ君が言っていたわよ。私達は、若彦、貴方を見捨てたりはしない。貴方が今回の神震災の立役者だと言う事は変わりないとしてもね。」

「それって、やっぱり俺は、人類の敵なんじゃないですか? 敵にあなた方は情けの塩を送るのですか?」

「アハ! いいもんじゃないけど、若彦お腹空いたでしょ。まだ、作り始めたばかりで、八切特製、サバイバル料理は出来ていないから、あたしの特製エナジーバーを食べなさい。……食べないと、また直ぐ黄泉の国へ誘われてしまうわよ。」

いちごちゃんはラップに包まれたエナジーバーを一つ渡してくれた。

「これ、俺が食べて良いんですね?」

「ええ、安心して、毒なんて入っていないから。」

「それに、まだ、エナジーバーは沢山ありますよ。」

オオカミ君が言った。

「それ、私のセリフ。オオカミ君たら、グローブボックスの中を見たのね。いつ見たのよ、エッチ♡」

「はい、見ましたよ。多分、僕はいちごちゃんの全てを知っています。」

「す・べ・て! ドキッ♡ いや――ん、オオカミ君たら、エッチなんだから♡」

「それほどでも、ありませんよ。」

この二人の何とも言えない不思議な絡みが、口いっぱいに広がる甘さをまろやかにしている。

(俺がただ、超次元的な彼らの力を理解出来ていないだけで、この人達はあのサンショウウオと同じく仲間思いの心根の優しい方々なんだ。)

 直ぐに何でも信じ切ってしまう若彦は、最近は特に信じると言う事を警戒していたからなお、美味しい。

「あ。若彦さん、それ、食べましたね。もう、貴方は私達の仲間ですよ。これも、食べて下さい。同じ釜の飯を食う、これも、仲間の証です。」

八切はとっておきの、お湯を入れたカップラーメンを差し出した。

(これ、釜の飯……カップラーメンでないの、最高の釜の飯だぜ!)

「私達からも、お願いがあるのよ、若彦くん、この世を建て替えて。」

いちごちゃんがカップラーメンを渡したまま若彦の手を離さない。

「ちょ、ちょっと、待って下さい。」

修験装束の胸元から、豊満な胸のふくらみが若彦の視線を奪う。

「あのさ、どうすれば俺に国を建て替えられると思うの?」

(手を離してくれないと、僕、いちごちゃんの胸から目を離せないしラーメン食べられません。胸胸……ラーメン、ラーメン。)

「ふふふ、私の胸触りたいの? そうは、させないわよ。」

「当てが外れて、俺はショックです。」

八切の視線が冷たい。

「やめなさい、いちごちゃん。さっき皆で話したのですが、こういった震災、神が起こした震災下であれば、神の力を持ってすれば、一気に国を建て替えられると僕は思います。」

八切が顔を引きつらせながら、追い打ちの波を仕掛ける。

「は?」

「普段と違う、今だからこそ、一介の人間でしかない私達でも、ニギハヤ様の古代の英知、神力を借りれば国を新しく建て替えられると思うのよ。今のごたごたに便乗して。若彦、貴方がキーパーソンってそう言う事なのよ。」

「ニギハヤ……は俺じゃないので。俺が力を貸すとか、約束出来ない。」

折角だが若彦は暖かい、カップラーメンをいちごちゃんの胸元へ押し返し言った。

「そこにいらっしゃる、玄利さんは俺より先に芦ノ湖の白和龍王の花鳥風月を召喚していました! 玄利さんの方が俺より、優秀なのではないですかね――。」

「玄利さん、それ本当?」

(もう、知っていて、さも、今分かったかのようなそぶりはやめてくれ。)

「そうですね、でも、若彦さんが沢へ行っている間に、僕らで玄利さんにどうやって花鳥風月を召喚したのか、その手に持つ、鋼鉄の弓矢はどうしたら使えるのかを伺ったのですが、玄利さん自体もどうやって花鳥風月を呼び出せたのか、弓矢なのに、どうしてこのように重くしなりもしない弓矢なのかは、分からないそうです。ね、玄利さん。」

オオカミ君が穏やかな視線を玄利に向けた。

「ええ、その通りです。」

(おまっ。いえいえ、玄利さん、何も知らずに白和龍王を召喚出来たのですかね。俺より、先に花鳥風月呼び出したのは玄利さんじゃない。俺じゃなくて花鳥風月の男に神器を託されたのも俺じゃなくて玄利だ。立役者だって、玄利、お前なんじゃ。)

((壊して(もいい)……。))

「はっ? ナニナニ! この展開は、華奢な乙女に乞われ、召喚される破壊神若彦降臨シーンなんじゃ、ねぇの! なのに、なぜだ! 小声で、(もいい)って、どう言う事だ!」

ちらっと、艶やかな青大将の振り向き顔が目に浮かんだ。丸い黒いつぶらな瞳。

(うひょひょ、多分、青ちゃんかな? なんだよ、なんだよ、青ちゃん……捕まえちゃいたいぞ。)

「若彦さん。いま、何者かに干渉されましたね。なんて、言われましたか?」

オオカミ君が身を乗り出した。

「壊して……(もいい)と……言われた気がした。言われてみれば。おおっ、こえぇ。」

背中を丸め己の身を抱え込んだ瞬間、身震いして目を瞑った。

一瞬、あたかも地球儀を眺めている神視点で地球を見ている自分の意識がそこに有る。日本からみて、太平洋沖に見た事のない大きな島があった。

――それを、確かに俺は今この手で「壊そう」と意識している。

(どうやって、そんなもん俺は壊すんだ?)

男が何かに挑み係る瞬間の苦痛の横顔と、こちらを見上げる巫女の様な乙女の姿。

地下宮殿は上部から、攻撃なのか、自然的な何かの影響で突然崩れ、轟音と共に水がなだれ落ち、諦めたのか巫女は俯いた。

それを見た瞬間、意識が戻り、目の前で瞳を輝かせているいちごちゃんの顔が見えた。助けを求め、若彦はうそぶいた。

「宇佐野、俺、なんも見とらんよ。」

  

  

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