第4話 世界の終焉の時
金曜の明け方近くに、箱根を中心に震度7以上の地震が発生した。慌てて、玄利のマネージャーとイベンターがシークレットフェスの会場、桃源台に戻って来たが、無残にも設備は破壊され、ステージ前には巨大で深い大穴が開いていた。
「マネージャー、これは……。」
イベンターは絶句した。
「さっきの地震で穿った穴なのか?」
確かに地震自体、巨大なモノであったが、このような穴が出来るとは見た事も聞いたことも無い。
「とにかく、玄利を探さそう!」
マネージャーが意気込んだ瞬間、
ゴォゴォーー。
鈍い地響きと共に、立って居られない大きな揺れが襲う。
マネージャー含めイベンター達は大穴に落ちないよう、地面にしがみつく事しか出来ない。
「玄利……、お前、もしかして、この大穴に落ちたんじゃないか?」
マネージャーは大穴から吹き上がったムワッとした硫黄の風を嗅ぎ、絶望した。
日本中、世界中が地震に揺さぶられ、人々は右往左往、どこへ逃げても逃れない恐怖に震え、持てる物だけ持ち家を捨てる者、田んぼの真ん中でいつ止むともしれぬ地震の恐怖から逃れる為に、佇む事しか出来ない者など、情報網は幅広い割に世界中で震災が起きているので、情報は錯綜し、安易にWi-Fiすら繋がらない。
地震と地震の合間を縫い、いちごちゃん達は戸隠で出会った白い女性(巫女)の花鳥風月が言った不思議な言葉を噛み砕き、次の目的地は何処にするのか、いちごちゃんの電波……いや、チャネリングで探りを入れる事にした。
いちごちゃんは後部座敷に一人座り、軽く瞼を閉じ、
(先ほどの、巫女の花鳥風月と、この箱根を中心とした妙な地震について。次に私達が行くと良い場所を教えて欲しい。)
「……えっ。」
「いちごちゃん、どうしました?」
「ウーーンと、これは、どう言ったら良いのか迷う。」
「何を迷っているのです。そのままをお伝えください。」
「ええと、分かった。」
「なんと言うか……。朝、お参りしてきた、八海山尊神社の、そのお社の裏の森が見える。」
「八海山尊神社の鎮守の森ですか? と、言う事は、そこにおわす神様が我らに力を貸してくれるのではないですか?」
「うん……。そうだ、もう少し見る。」
「……。あっ。社に視線を戻したら、社を抱え込む、大きな龍……、いえ、これは、八海山尊神社の龍の花鳥風月か。」
「八海山尊神社も龍神信仰もあるのは、間違いないですからそうなのでしょう。いちごちゃん、その花鳥風月は何かいちごちゃんに仰っている事はあるか?」
「う……ん? 確かに、私を見てる。何と言うか、何かがあったら立ち上がり飛び立とうとしている感じ。」
「なんと? 悪神なのでしょうか?」
「いえ……違う。……何と言うか、難しい。私の事を凄く好いてくれている。……これって……。」
「いかに?」
「い、嫌だわ! 私のファンと同じ視線!」
(はぁ、そうですか。僕は、ちょっと心配して、損しましたよ。)
「それで、その花鳥風月は、いちごちゃんに何か話しかけてきますか?」
「いえ、別に。何も話さない。シャイさん。あっ。」
「場面が、切り替わったのですね? そこはどのように見えますか?」
「ああ……、ここは苔むしている斜めの岩が他の岩に支えられていて潰れそうで潰れない洞窟。……泰賢行者の霊窟だ。」
「と、言いますと、奉賢行者が何か伝えて下さるのかな?」
「ああ、はい。そうね……。雲、いえ、霧のかかる空を飛んでいる。眼下に湖が見える。」
「湖ですか?」
「ええ。そうよ。この湖、船の形に見えるわ。」
「あの船? ですか?」
一瞬、八切にもイメージが来た。船と言っても、現代の船ではなく、和舟だ。
「ええ。」
「いちごちゃん、その湖は日本の湖ですか?」
「ちょっと、見てみますね。」
いちごちゃんは、周囲を見渡し、鼻をひくつかせた。
「確かに、日本です。匂いも。……匂いは森の匂いがむわっとして、その後に湖の湖水の匂いがするの。やっぱり、日本ね。」
「ええ? その湖の名前は? 場所はどこですか? ……少し、調べてみますね。」
八切は、タブレットに「日本の湖」の画像を検索してみた。
「……ふぅ。」
いちごちゃんはトランス状態から戻ると、エナジーバーをまたかじった。
八切のタブレットの画像に、船に似た日本の湖がヒットしない。
「なに、分からなかった?」
「はい。……少なくとも、現代の日本の湖で船形の湖はございませんでした。」
「じゃあ、アレだわ。過去の湖。」
「過去……の、ですか?」
「ええ、そう。」
いちごちゃんは自信ありげにニンマリ笑った。
「いちごちゃん、電波受信完了しましたか?」
「そうなの、よぉ! いちごじるマックスエボリューション!」
ダブルピースで目の前で左右の指先を合わせ、チョキチョキして見せる。
「はぁ、いちごじるマックスエボリューション……。」
「おっほほほほ、そうよ、良いノリですわ! 乗りの良い男は大好き! さぁ、行きましょう! ゴーツー諏訪湖!」
「……諏訪湖ですね?」
八切は、少し腑に落ちなくて顎をかいた。
いちごちゃんは、ポリポリ、エナジーバーをかじりつつ、助手席に座り込みニタっと笑った。
『八切、先にも言った通り、わしがいちごちゃんに見せたのは過去の諏訪湖である。龍神を巡るのであれば、諏訪湖へ行くとよい。』
「いちごちゃんの守護の奉賢行者!」
「……。」
いちごちゃんは、両足を組み揃え、頬に手をやり、にこりと頷いた。
(いや、どう見たって、女性だ……。奉賢行者のフリをしている。)
いちごちゃんが前を指さす。
(おいおい、言いたいことはそれだけじゃないのか……。今は浄霊する暇なんてないぞ。)
いちごちゃんは、八切が車を出すまで、静かに見つめてくる。
(こりゃ、せめて、諏訪湖まで行かないと、落ちないやつだ。)
微かに微笑んだ気がした。
「それでは、諏訪湖まで行きます。途中、寄らなければならない場所があればその都度、教えて下さい。」
静かに、いちごちゃんは頷いた。
世界の雛型と言われる日本で起こる事は、世界でも起こる。そう、感の良い人々は囁いた。
『馬鹿な奴の相手をするのは、大変だが恐ろしく興味深い。』
バビロニアに眠る神々が目を覚ましたのは、日本の箱根で大震災が起こった瞬間だった。
『とはいえ、果てしなき太古の時代に別れた民族の住む日本で、大将が起きたのだから、少し挨拶しに行かねばなるまい。』
神殿は、もはや崩れ跡形もなくなってはいるが、瞬時に空間移動できる船は地底深く残っていたので、速やかに、神々はそちらへ移動した。
神々の手に持つスライドが、世界各地の只今の状況を映し出す。
『なぁ、コレ、やべくね?』
同僚の男神がそれを覗き見、半笑いして言った。
日本の山の谷間にひっそりある小さい田んぼの真ん中で中年の男が一人……震災で精神を病んだのか、身体の何処を病んだのか、頭に茶虎の猫耳、お尻から猫尻尾がにょきりと生えて、その人間自体がまるで猫そのものの有様だ。
ぺろん、ぺろんと手を舐めて顔を洗っている。
『あら、そうだわ。これに関して、どうして、こんな現象が起きてしまったのか、今を生きる人間は気が付いているのかしら?』
女神が心配そうに相槌をうつ。
『ハハハッ、その、些細な変化に気が付いているような人間が居たとしたら、我らへの信仰が薄れているわけなかろう?』
『我らは絶対的に、人間を助け、人間を滅ぼす力を持っている。』
吐き捨てるように言う男神もいる。
バビロニアだけでは無い、ヨーロッパ、いや、世界中のありとあらゆる神々が永久の目覚めるはずのない眠りから目を覚ましていた。
神と言う人生を辞め、死を求め人間として地球に転生した神々も、若彦とニギハヤの様に半覚醒状態で目覚め始め、パニックに陥っている。
――神転生者だ。
元々、人は誰しも神なのだが、(役目を担わされた、担がれた神々(人々)が多数)そういった神々が自覚し行動し始めたのが、日本、オリエントの神々が早かっただけなのだが。
神々の天翔ける船の怪しげな行動は、震災に怯え切った人間をなおさら、震え上がらせた。青空一面に大小さまざまなUFOが飛びかう。
日本上空を飛びかっているUFOは主に、海外勢の神々なのだ。日本の八百神に気を使い、日本上空を旋回するにとどめ様子を見ている。
こういった事があれば、直ぐ世界の雛型(頂点であり司令塔)である、「日本へ行く」と言うのは分ってはいても、その日本の神々から、なんのアクションも無いのが世界の神々は不思議でならなかった。
それもそのはず、かつて、世界の神々を統率していた日本の神々であるが、その神々はオリエントなど世界各国に派遣されたり、日本人に荒ぶる神としてその多数が、各地の子孫の日本人や渡来人により手厚く、手厚くねぶた祭のように、足蹴にされ封印されてしまっているから。その封印は転生も許されず地に縛り付けると言う、半ば過酷なやり方で。
若彦とニギハヤの様に、うまくそれらを切り抜け転生しても、覚醒と目覚めで気がふれてしまったのか、太古の感覚がなかなか戻らないようなのだ。
はたから見ると、被災したことにより絶望し自殺した転生者や、そもそも、震災に巻き込まれ亡くなってしまった神(人)さえ居た。
白龍神社の花鳥風月が穿った穴、根の国へ行ける穴から黄泉の国へ(過去へ)行ったのは、若彦、玄利くらいだろう。
日本政府の行動は表面上では緩やかで水面下では忙しなく動き出した。
やっと、自衛隊を被災地に派遣する要請を出したのだ。
被災地は、もはや日本国中。大地は裂け、橋は落ち、山は土砂崩れで車が先へ進めない道が多い。
その一方で封印され動きの遅い神が多いとはいえ、覚醒した神転生者の動きは早く、避難誘導に、山野草で食べられるもので炊き出しをし始めていた。
海外からUFOでやって来た神は剣山の頂上付近を走行中、感の良く、黄金の髪をたなびさせる男神が一人居るのを見つけた。
『貴様は、なんと言う名の神か? いつ、俺達は天下って良いか?』
と、話しかけてきた。
『俺は、ニニギの神転生者。いつ、天下っていいかって? おいおい、この状況見て分かるだろう?』
『ああ、貴様ら日本で今大変な事が起こっておろう?』
『はぁ――。今の状況を理解しているのならなおさら、今、天下られても困る。しかも、そちらさん、UFOでお越しでしょ? そんな仰々しく降りて来られたら、今の人達は驚き狂い死んでしまう。現代の人達はUFOに免疫は無い。』
『それじゃあ、俺達が二次災害みたいな感じに、なっちゃうって事ですか?』
『まあ、そう言う事だ。まぁ、俺にそう言う事を相談されても、正直困るがな。』
『じゃあ、君から、上の神に取り次いでもらえないかね?』
『いやぁ、実は、俺より上の神って言われてもな。日本の神に上下の区別など無い。皆、神なのだ。』
『みなかみ? それは、どう言う事ですか?』
『俺達日本の神は、その時代、時代の中で宇宙からとか、地球からだとか、そもそも、自然崇拝の神だとか。もう、どの物差しを持ってして、自分より上の神と呼んで良いのか、話が割れるのだ?』
『みなかみ……興味深い。日本の事はまだ分からない事が多い。』
『そうか、興味を持って頂けるなら幸い。今回の混乱についても、現代における日本国民の揺れ動く気分を読み取り、俺達には出来ないアプローチを海外の神々にはして頂きたいものだ。あ、ちょっと、今、こちら立て込んでおるので、UFOで天下る話はまた、後程だ。』
『日本の神よ。出来得る限りの協力はしよう。そして、日本の神も我らを助けよ。』
『ああ、その時になったらな。』
海外からUFOで飛来した神々は早々に自国へ戻り、自国でも連動し発生した震災の被害を少しでも軽減すると共に、自然がこれ以上猛威を振るわないよう、神力を尽くした。
世界各国、日本で一気に神や、神転生者が現れ、神力を尽くすので一気にその存在が世に知れ渡り。人々は、口々に息を吸うように言った。
「終末に救世主が、神が現れるとはこういう事なのか!」
と。
人間、神、神転生者は苦しい中で助け合い、大変な中でも少しの喜びを見つけ喜びあった。
まるで、ミロクの世の訪れかとも皆口々に呟いたりした。
――金曜日の夜だった。
「世界の立て直し、ミロクの世が来たと。……神ども皆現れて、人間、神、皆精神病んでいるのだな。……フフフ。面白い。一部の人間に猫耳、猫尻尾が生える奇病が蔓延しているようだ。こりゃ、まるで、人狼ではなく、人猫(ジンビョウ)だな。ま、言い得て妙だ。人間だからこそなる病気だものな……日本の住人は恐れ、逃げ惑うだろう。ソ奴らの姿を見れば。……そして、確信するだろう。」
ニギハヤは、磐座の奥岩屋の中でひっそりとアムリタをあおり、オルハルコン製の薄型タブレットの画面を見てため息をついた。
アムリタは、セオリツ乙女集団に頼み、大和の地で再現してもらった酒の一つだ。
「ニギハヤ大王、また未来の日本国を見ているのですか?」
「ああ、君か。」
「毎日、毎日……。そのようなモノばかり見ていては、ご自身が歴史から消されてしまう日に瞬く間に、なってしまいますよ。」
「それは、解っているさ。しかし、どうしても気になるのだ。わしは、わしが居た、わしの痕跡がかき消されようとしているが、そもそもどのように死ぬのか思い出せん、それ故、この世界が若き日に思いを寄せた桃源郷のようだと思う。再び、来世で未知若彦として生きなおす事も出来るのだ。」
「未来が分かると言うのに、どのように死ぬのが分からないですか?」
「ああ、分からんのだよ。だがな、わしには、死者も生き返る呪術がある。ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たりや。と、唱え天璽瑞宝十種を……宇宙創成の記憶を呼び起こせれば、死者も生き返ろう。」
「はぁ? 何をおっしゃっているのです?」
「ハハハ、直ぐに分かってしまわれたら、最高次の呪術ではなかろう。簡単に言うとだな、わしの範疇には、レイはない。意味が分かれば、理解できるだろう。これだけは雲がかかった今のわしでも思い出せたわ。』
息を整え、
「八雲立つ……そんな土地は日本に残る。我らの本分にはレイはなし。だから、わしはこのひと時に、なんら未練などは無いのだ。」
「卑屈なニギハヤ大王は、わたしは嫌いです。心を振るわす歌でも歌いましょうか。」
「ハハハッ。そう見えるか、鬱々としているからか。とはいえ、君達がわしの死後生きにくくなるのは、わしとて無念な事よ。出来るだけ上手く君達が生活出来るようにはする。」
(それが、この時の呪術を知る一人としてのわしの役目だ。)
「そう、貴方がおっしゃって下さると、我らセオリ達も安心しますわ。」
「勿論、セオリツ、君達にもシッカリ、働いてもらうぞ。」
「はい。」
セオリツ乙女の一人は胸をなでおろすと、歌を歌い上げ山ブドウの入った籠を一つ置いて行った。
「山ブドウか……。黄泉の国へ舞い戻ってから、もう、一つの季節が過ぎようとしているのか。」
感慨深い。
確かに、ニギハヤは今まで何もやって来なかった訳では無が、何をしたのだと、言われると、とたんに言葉が詰まる。やりたい事を好きなだけ。過去に出来なかった事を少しだけ。
「ふむぅ。」
磐座奥の洞窟から出ると、木漏れ日の中でセオリツ乙女達がきゃっきゃっと、楽しそうにわらべ歌を歌いながら輪になり舞い踊っていた。
「……ん? あぁ……、そうか、分かった。それが良い。そうしよう。」
考えがまとまった。
(今まで、なぜ、こんな事に悩んでいたのだ。こういう時こそ若彦の学識を利用せずに、なぜ、黄泉の世界へ、わしが戻って来たと言うのだ!)
フッと、第三の目のある額を撫でた。
(そもそも、若彦にわしの生きざまを教えるはずだった。)
「……蛇でも見に行こう。」
ため息つく間もなく、意識は若彦へと変わっていた。
(なんだ? いきなり……ニギハヤの声、ここは? ニギハヤの生きた時代だよな?)
「ニギハヤ、どこ行くの?」
踊っていたセオリツ乙女の一人が駆け寄って来た。
(俺の見た目は、ニギハヤだもんな。)
もう、何が何でも、若彦が行くところ行くところ、こうやって、乙女達が駆け寄って来るのが、もう、面倒くさくなってしまった。
(それ、イコール、ニギハヤがどれだけ担がれていたのかが分かる。……それだけ信頼の持てる男……モテル男って事なのだろうけどさ。俺はどう動いたら良いんだ?)
『ちょっと、下の沢にでも行って、蛇でも捕まえようかと思ってさ。……蛇、触りに行くんだけど、君も行くかい?』
「うん、行く! 行って捕まえたら、ピ――っと、革剥いで焼いて食べようよ。あたし、お腹空いたからさ。」
『ピ――って、革を剥ぐ……の? 俺が。』
「ニギハヤは、革剥ぐの上手いもんね。山刀、一刀、懐刀は正に、ニギハヤ。」
きゃ、きゃっと笑って、すぐさま蛇の居そうな、藪を覗き込み始めた。
「今日は、絶対、私と、二人っきりで蛇取りして! 私が食べます! 他の子達には秘密です。」
『あっはははは……はぁ。』
(俺は食いたくない……。あんなつぶらな瞳の可愛い子達を。でも、言える雰囲気じゃ、ないよなぁ。この子なんだか、蛇狩りするの、すんごく楽しみにしているし……。)
「若彦……。」
若彦の意識が遠のき、ニギハヤの意識にぐわんと戻った。
ニギハヤは藪に手を突っ込むとやすやすと、ヤマカカシの頭を捕らえ引きずり出した。
「わあ、やっぱり、ニギハヤは凄いなぁ! 美味しい蛇だ!」
「少し、一人で用事をたしたい。君は、こいつを捌いて食べると良い。」
「ありがとうございます!」
にこにこ笑って、一人で食べると言う事をすっかり忘れ、その子はセオリツ乙女達の輪に戻って行った。
「うむ。」
ニギハヤは、少し山を降り、藪に隠しておいた木箱の中から、隣国人の(商人)に変装した。
(この服装は、隣国に遊びに行く時に着る服装の一つで、これを着るといつも思うが気合が入る!)
行商のモノは、普段は舶来の陶器や絹織物。今回は、箱の奥に大切に麻布でくるんでいた物を取り出すと、革の袋に詰め、藤弦で編んだ籠に入れ担いだ。
(高級な一品だから、セオリツ達にプレゼントしたい所だが、他国の商人を装うのであれば、小物は最重要なのだ。)
「普段のわしと、やっている事が正反対な方が、まず怪しまれずに済む。」
山を下りかけた時、背後から声をかけられた。
『貴方は、ニギハヤ様……いえ、若彦さんですか?』
ニギハヤはゆっくり振り向いてみた。
一見、姫に見える艶やかな黒髪に白い肌、その華奢な体つきは誠に男なのかと問いかけそうになってしまうが。
((セーフティ・ムーン・ヴァの長月玄利さん!))
口が勝手に声を出そうとした。
「もしや、若彦の知り合いか、長月玄利。」
玄利は両手を前に差し出し、敵意が無い事を示すと微笑んだ。
微笑みは、どことなく寂しそうで虚空に見えていた。
『少し、僕から、ニギハヤ様にお話があります。』
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