第37話 廃王説得

「というわけで、私たちは、廃王の都ミクロニアに来ております。」

 ティーノが、どこかの誰かに向けて話し出す。


 何となくデジャブー感が…。


 ◇ ◇ ◇


「ダ~リン

 なんか骸骨が門兵してるんだけどぉ~~。」

「ナオキ

 気味悪いんだけど。」

「ごめんなぁ、アル、エル。

 付き合わせちまって。」

 愚痴る姉妹に謝るクリス。


 ナオキはドラゴン退治と同じようにスピーカーを腰に巻いている。

 ティーノは相変わらず飄々ひょうひょうとしている。


 ◇ ◇ ◇


 五人は門兵に近づいていく。

 ここで戦闘になりそうなものだが、門兵は動く気配がない。

 五人が門兵の前に立つと、声帯のない骸骨がしゃべりだす。


「ミナサマ、キョウハドノヨウナヨウムキデショウカ?」

「城の主に、お目通り願いたい。」

「シバシマタレヨ。」

 クリスの言葉に骸骨は沈黙する。

 しばらくすると、門の奥から別の骸骨が出てくる。


「ゴアンナイシマス、ドウゾコチラニ。」

 促されるまま、骸骨の後に従い、門の中に入って行く五人。


「大丈夫なのかなぁ?」

「おねぇちゃ~~ん…。」

 不安げなアルと泣きそうなエル。

「まぁ、ここで暴れてもどうにもならないだろうし…。」

 ナオキがつぶやけば

「ごもっとも。」

 ティーノがうなずく。


 しばらく歩いて行くと、大きな扉の前に着く。

「コチラニオハイリクダサイ。」

 骸骨が扉を開き五人を案内する。


 案内された部屋は文字通り、大広間であった。

 そして、玉座に座る一人の男。

 深く悲しみの刻まれた顔に、赤い瞳が鬼火の様に輝いている。


「久しぶりだね、クリス。」

「はい、わが主。」

 玉座の男性にこうべれるクリス。


「して、今日の用向きは何かな?

 …懐かしい客人の顔も見受けられるが…。」

「久しぶりですねぇ、廃王マッケンジー。」

「あなたも、相変わらずのようだ…

 クロムウェル卿。」

「ああ、私改名して、バレンタインと名乗っているんで、よろしく!!」

「あはは…クロウは、相変わらず面白い事を言う。」

 ティーノは軽くお辞儀をし、その様に渋い顔をする廃王。


 クリスはナオキを従え、廃王の前に進み出る。

「この者が用向きのすべてにございます。

 さぁ、名乗っておくれ。」

「僕は手島 直之、日本人です。」

「テシマ、ニホンジン…そうか、転移者か。」

「御意にござます。」

 物珍しそうにナオキを見る廃王。


「して、手島殿の用向きとは?」

「はい、貴方を説き伏せろという依頼への対応です。」

「ははは…。

 面白い冗談だ。

 いったい、私の何を説き伏せるというのだ?」

 玉座から立ち上がり、ナオキの前に近づく廃王。


 その廃王を見据えるナオキ。

 アルとエルは抱き合って震えている。

 クリスとティーノに動く気配はない。


「解りません。」

「ほう、解らん…と。」

「ええ、ですから音楽を携えてきました。」

「オンガク…?」

「王よ、これから余興を一つ行います。

 どうか玉座に御身をお預けいただきたく存じます。」

「ふむ」

 廃王が玉座に着くと、ナオキは手早くスピーカーを設置し、スマホから音楽を奏でる。


 ピアノソナタ 月光。

 ピアノの音が大広間に広がる。

 はじめこそ、その音に驚いていた廃王もいつしか目を瞑り、玉座にもたれかかった。

 程なくすると、廃王の顔に苦悶の表情が現れる。

 何か思い出したくもない記憶が呼び覚まされているのか、時折天を仰ぐようなしぐささえ見せる。大粒の涙を流しながら。

 音楽が鳴りやみ、何かを語りそうになる廃王に、唇に人差し指を立て、「静かに」と合図を送るナオキ。

 そして、次の曲が流れる。


 ピアノソナタ 月の光。

 同じピアノ曲でありながら、先程とは異なる調べ。

 廃王は玉座のひじ掛けに身体を擡げ聞き入っている。

 その顔に先程の苦悶の表情はない。

 ただ優しい眼差しが見える。

 そう、そこに愛おしい何者かを見るように。


 音楽が鳴り終わり、我に返る廃王。

 先程まであった冷酷な顔が今は影を潜めている。


「今まで聞いて頂いた音楽

 二つは『月の光』を題材にしたものです。

 二人の人間が同じものを見て、ここまで違う音楽を作り上げました。」

 ナオキの言葉に、じっくりと耳を傾ける廃王。

「しかし、一つだけ確かな事は、いずれの曲も私たちの心を揺り動かすものです。

 場合によっては人生すら翻弄するかもしれません。」

「そして、余の心も大きく揺り動かされたという事か…。

 ははは、転移者よ、すでに捨て去り、記憶の奥底に封じられていた諸々の感情がよみがえってしまったではないか!」

 響き渡る廃王の怒号。

 そして、殺気立った眼差しをナオキに向ける。

 が、ナオキは怯まない。


 そんなナオキを睨みつけていた廃王の目元も緩み

「そうだな。

 怒りによって押しつぶされていた、大切な思い出も余の下に帰って来てくれた。」


「今一つ、私から王に献上する最後の音楽です。」

 ナオキはゆっくりと頭を下げた。


「僕は、音楽で何かを成し遂げるために、ここに居ます。

 この曲は、僕が苦境にある時に勇気を与えてくれた曲です。」


 戦メリ

「こ…これって…クラッシック?。」

「何となくJ-POPぽくも聞こえるんだけど?」

 ピアノとは違う音色にアルとエルがビックリする。

 誰もが音楽に聞き入り、誰もが音楽に触発され、思いのままに心を揺り動かされている。

 アルとエルは抱き合ったまま、ナオキは目を瞑り、ティーノは広間の天井を眺め、廃王もひじ掛けにもたれかかり目を瞑っている。


 クリスは封神の儀式の様に魔法陣を自分の前にかざしている。

 音楽がフェードアウトしていく中で、かすかに聞こえる小さな女の子の声。

「…おはよう…あなた…おはよう。」

 声はだんだん大きくなってくる。

「おはよう、あなた。

 もう、起きて下さい!」

「サーシャ!!」


 廃王が立ち上がり、声のする方向を向く。

 そこには魔法陣を構えたクリス。

「クリス、サーシャの魂は確か…。」

「はい、苦悶の内に亡くなられたため、その思いに釘づけられていましたが…。

 貴方様の心と共に、苦悶から解き放たれました。」

「では、サーシャは…。」

「いえ、この心は、引き裂かれたままです。

 新たな命として生まれるべきかと存じます。」

「そ…そうか。」


 玉座に座る廃王。

 そして、魔法陣を構えたまま正対するクリス。

「クリスと話がしたい、すまぬが皆席を外してくれ。」

「仰せの通りに。」

 ティーノはお辞儀をすると、手荷物スピーカーをまとめ、ナオキと姉妹を扉の外に連れ出す。


「何の話しかしら?」

「気になるぅ。」

 アルとエルが扉に近づくのを抑え込むナオキ。

「今度こそ、クリスを嫁に迎えるかの話しでしょう。」

 ティーノがしれっと横やりを入れる。

「え~~~!!!」

「ほんと~~~に!!!」

 驚く姉妹。

 そして、突き飛ばされるナオキ君。


「ええ、彼らはアキラ様が崩御されて以降、ずっと一緒に居ましたからなぁ…。」

「えっと、それはどのぐらいの期間なの?」

「かれこれ、二百年ぐらいでしょうか…。」

「はいぃぃぃぃ~~~~~!!」

 ティーノの発言に、奇声を上げる三人。

 …というか、このティーノさんて、お幾つなのよ?

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